経済外交
基調講演「我が国の経済外交の推進に向けて」
1 導入
本日は,「経済外交シンポジウム」に多くの皆様にお越しいただき,誠にありがとうございます。
本日お手元に,「我が国の経済外交2017」という書籍をお配りしております。外務省経済局が編著という形で,経済外交に関する様々な取組を包括的に取り上げた初の書籍です。
経済外交は,世界情勢や経済情勢に応じて急速に変化が求められる分野でもあり,これまで,包括的に把握できる公開情報は多くありませんでした。経済外交の主役はあくまで民間の皆様ですから,経済外交の推進のためには,皆様の御理解及び御支持をいただき,官民が連携することが一層不可欠です。
外務省として,今こそ能動的かつ積極的に,経済外交について発信する必要があると考え,この書籍を出版するに至りました。
本書の出版にあたっては,経団連の榊原会長,先ほど御挨拶をいただいた片野坂委員長を始め,経済界や論壇の皆様,関係省庁に幅広く御寄稿をいただきました。経済外交は,民間の皆様や関連省庁と協力しながら,オールジャパンで進めていることをお分かりいただけると思います。民間企業の皆様にとって,外交政策や世界情勢の「参考書・解説書」となることを願っています。
本日は,普段から経済外交に御協力をいただいている経団連と共催という形で,今後の経済外交が向かうべき方向について御議論いただく機会を得ることができ,大変有り難く思います。是非皆様から,忌憚のない御意見を聞かせていただきたく思います。
2 現在の国際情勢の認識
なぜ今経済外交が重要なのでしょうか。
振り返れば,戦後の国際経済秩序は,ブロック経済や保護主義が世界恐慌を背景として1930年代から台頭したこと,そして,二度にわたる世界大戦を防ぐことができなかったことの反省の上に築かれてきました。そして日本は,自由で開かれた国際経済システムのメリットを最大限享受し,経済大国として成長してきました。
今,まさに我々の発展の基礎となった原則が,揺らいでいると言えるかもしれません。国際経済体制は新興国の台頭や国内経済そのものの産業構造の変化により,変容しつつあります。
世界経済の重心が先進国から新興国にシフトし,かつては米国に次いで世界第二位の経済規模であった日本経済も,急成長を遂げた中国に続くポジションとなっています。
また,第四次産業革命時代を切り拓いた情報通信技術は,IoT,ビッグデータ,人工知能及びロボットなどにより,ものづくり,サービス,流通及び貿易の全てにおいて劇的な変革をもたらしています。
ただし,我々の経済力はいまだ世界第三位であり,第四次産業革命での競争のカギは,日本が強みにしてきた技術力です。
この流動的な世界の中で,日本が持つ優位性はまだ大いにあると言えますが,一方でこれを当然視してはいけないのだろうとも思います。
2017年も,我が国を取り巻く国際情勢は大きな変化の中にあります。本年は,1月のトランプ米政権発足に続き,英国のEU離脱交渉の開始や,フランス,ドイツ及び韓国等の主要国でも国政選挙が予定されていますし,安全保障面でも北朝鮮情勢を始め,予断を許さない状況が続いています。
このような中,従来は自由貿易の旗振り役であった先進国でも保護主義や内向きの傾向が見られます。
資源と市場を海外に依存している日本が,経済的に発展し続けるためには,国際経済関係を状況に応じて自ら最適化し続けなければなりません。こうした変化の時代において,経済外交を外務省として担う責任を一層感じています。
日本の繁栄の基礎である,自由で開かれた国際経済システムの上に,日本企業が活躍しやすいルールを描くことが,我が国の経済外交にとっての最重要課題です。
3 日本の経済外交戦略
外務省は,岸田大臣の就任以来,「日本経済の成長を後押しするための経済外交の推進」を日本外交の3本柱の1つとして取り組んでまいりました。
経済外交には,3つの側面があります。
一つ目は,「自由で公正な国際経済システム構築のためのルールメイキング」です。日本は,自由で開かれた国際経済システムの恩恵を受けてきました。貿易や投資は国際ルールの下で行われますので,国際ルールが変わればビジネスの在り方はがらりと変わります。日本に不利なルールができないように,ルールメイキングの段階から,能動的に,「ルールをつくる」側に立つことが重要です。
さらに,安定した自由貿易体制の維持は,経済面だけでなく,安全保障上も重要な意味を持ちます。既存のシステムへのフリーライドをできるだけ防ぎながら,新興国を自由貿易体制に取り込み,応分の貢献をするよう促していく必要があります。
日本は,自由貿易の旗手として,自由で公正な市場を,アジア太平洋地域をはじめ,世界に広げていくことを目指しています。本日,チリで開催される中南米とアジア太平洋諸国との対話においても,我が国はこうした考えを積極的に発信する予定です。
TPPについて,米国が離脱を表明しましたが,その重要性については何ら変わりありません。数年間の交渉を経てTPP協定に結実した新たなルールは、今後の通商交渉におけるモデルとなり,21世紀の世界のスタンダードになっていくことが期待されます。
先般の日米首脳会談で,米国は「日本が既存のイニシアティブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進すること」について了解しています。日本がTPPにおいて持っている求心力を生かしながら,今後どのようなことができるか,先程申し上げたチリでの対話を含め,米国以外の各国とも議論していきます。
さらに,今後,日EU・EPAの可能な限り早期の大枠合意を目指すとともに,東アジア地域包括的経済連携(RCEP),日中韓FTAについても,質の高い協定を目指していきたいと思います。
各地で保護主義や内向き思考が強まっている今,安倍総理が「日本は,常に,自由貿易体制の旗手であり続けたい」と述べているとおり,自由貿易体制の意義と具体的メリットを訴えていくことも,日本に求められている役割です。
G7・G20サミット及びAPECなどの国際的枠組みは,各国の首脳が定期的に集まり,国際社会が直面する様々な課題についてコンセンサスを形成する場です。
特に,本年5月にイタリア・タオルミーナで開催されるG7サミットでは,議長国のイタリア,米国及び英国を始め,半数の首脳が初めての参加となり,ドイツのメルケル首相の次に長い在任期間を誇る安倍総理には,議論をリードする役割が期待されています。自由で開かれた経済こそが平和と繁栄の礎であることを,G7が結束して発信したいと思います。
これまで国際経済秩序を形成してきた国際機関が果たす役割も忘れてはなりません。特に,WTOは,第二次世界大戦後,世界経済のブロック化が大戦の1つの要因となったことへの反省から設立されたGATTが前身であり,現在も,WTOを中心とする多角的貿易体制の重要性は日々増しています。WTOにおける貿易自由化のルールづくりについては,ドーハ・ラウンド交渉が行き詰まる中でも,できる合意から進めていくという強い意志の下,先月,WTO設立後初めて,全加盟国が参加して新たに作成された「貿易円滑化協定」が発効しました。関税手続の簡素化等を通じて,加盟国の貿易コストが平均約14%減少し,貿易を促進する効果があるとされています。
二つ目は,「日本企業の海外展開」の支援です。かつては,政府が民間企業活動に関与することに消極的な時代もありましたが,今や時代は変わりました。世界で日本企業が活躍し,日本産品を売り込んでいくために,ODAを含むあらゆる政策ツールを活用していきます。
そのために,世界中の在外公館は,日本企業にとって,開かれた,役に立つ,困ったときに頼りになる存在となるべきだと考えています。在外公館が行った日本企業支援の数は,4年前は年間2万件でしたが,昨年度は約4万6千件と倍増しています。今後も,企業からの御相談にきめ細やかに対応してまいります。
新興国を中心にインフラ需要が拡大している中,政府一丸となってインフラ輸出を推進しており,インフラ受注額は2010年の10兆円から,2014年には19兆円となりました。また,農林水産物や食品については,在外公館を活用したプロモーションなどを通じて,2019年に輸出額を1兆円にするという目標に向けて,取り組んでおります。
さらに,日本経済の成長のためには,地方の活性化は不可欠です。外務省としても,地方の魅力をグローバルに発信するための取組に力を入れており,先週末には,「地方を世界へ」プロジェクトの第三弾として,岸田大臣と私が,駐日外交団とともに,力強く復興に取り組む熊本と, アジアの玄関口である福岡を訪問いたしました。企業の皆様とも地方を元気にするために連携していきたいと考えています。
三つ目は,エネルギー・鉱物資源及び食料等の安定供給の確保,投資や観光客の国内への呼び込みといったインバウンドの促進です。多くの資源を海外に依存している日本は,資源産出国や食料輸出国,及び,関連国際機関との良好な関係を維持・構築し,これら資源の安定供給の確保に努めなければなりません。 また,日本経済のリスクの一つは少子高齢化による,購買力の減少,市場の縮小及び労働力の減少です。対日直接投資の促進や外国人観光客の呼び込み,高度な専門性や技術を持つ外国人材の受入れも積極的に推進していく必要があります。
4 日米経済関係
最後に,米国の新政権との関係について触れたいと思います。
先般の首脳会談では,安倍総理はいち早くトランプ大統領と個人的な信頼関係を確立するとともに,日米経済関係の重要性について認識を共有した上で,日米両国,アジア太平洋地域,ひいては世界経済をリードしていくため,対話と協力をさらに深めていくことで一致しました。その上で,麻生副総理とペンス副大統領の下で新たな経済対話を立ち上げることに合意しました。
この新たな経済対話では,
- (1)経済政策,
- (2)インフラ,エネルギー,サイバー,宇宙などの分野での協力,
- (3)貿易・投資に関するルールについて扱う予定です。
日米双方にとってウィン・ウィンの経済関係を一層深めるため,今後建設的な議論を行ってまいります。
5 結語
国力の源泉は経済であり,これを担っているのは民間企業の皆様です。経済外交は,今まで以上に官民が連携して取り組むべきフロンティアであり,ヒト,モノ,カネ,技術などのリソースを有する民間企業の皆様のお力が不可欠です。今こそ自由で開かれた世界経済の維持・発展,そして,日本経済のさらなる成長ために,経団連をはじめとする経済界の皆様と軌を一にして邁進したいと思います。
御静聴ありがとうございました。