演説

中村滋政府代表基調講演

日・EU共同シンポジウム「グローバルな世界における欧州とアジア」

(平成23年3月3日(木曜日) 於:ハンガリー)

ご来臨の皆様,

<冒頭>

 ただ今ご紹介にあずかりました中村滋です。本日の基調講演を行う予定であった徳永政務官はNZの地震を受けて急遽現地に向かいました。政務官自身,ハンガリー訪問を非常に楽しみにしていましたが,事情が事情だけにご理解頂ければと思います。

 先ず,今回のシンポジウムの準備に御尽力下さった皆様に,厚く御礼申し上げるとともに,このたび御参集いただいた皆様を心より歓迎いたします。

 日・EU共同シンポジウムは,2002年の第一回開催以来,両者の協力を推進する場の一つとして,ほぼ毎年の開催を重ね,今回で9回目を迎えました。このことは,日本政府がEUとの協力関係を常に重視していることの表れでもあります。日EUは基本的価値を共有し,国際場裡の様々な場面で協力することが可能な,グローバル・パートナーであり,私はこのようなEUとの関係を重要であると認識しています。私は今回,このハンガリーで開催される第9回シンポジウムを,日本とEUの関係が更に大きく羽ばたくきっかけにしていきたいと考えています。本日は,日本とEUが広大なユーラシア大陸を隔てているにもかかわらず,日EU両者が協力していくことの重要性について,私の考えをお話しさせていただきたいと思います。

<我が国の基本認識>

 現在,国際社会には,環境問題,テロ,貧困,軍縮・不拡散,海賊,人権などの課題が山積しています。また,新興国の台頭が世界経済に好機をもたらす一方で,資源・エネルギーの争奪等を背景にした緊張関係が存在します。さらに,金融危機など世界経済全体を不安定化させる要因が,大規模かつ突発的に発生しています。これらの課題は,個々の国家や一部の地域だけで対処しても解決できるものではなく,新興国も巻き込みつつ,世界の主要国が協力して秩序を形成することが不可欠です。

 日本と欧州は,まさしくこのような秩序形成において協力できる,そして協力すべきパートナーです。両者は,単に経済大国であるにとどまらず,法の支配,基本的人権の尊重,民主主義といった基本的価値を共有し,過去数十年,様々な国際的なフォーラムにおいて協力してきました。両者はいずれも,今後も国際社会の共通利益を追求することが予見できる,信頼すべき国際社会のプレイヤーです。このような認識の下,昨年は日EU間で三度もの首脳協議を行っており,中でも10月のASEM第8回首脳会合(ASEM8)の際に行われた日・EU首脳協議で,菅総理が「具体的で行動志向な日・EU関係を構築するため全力を発揮したい」と決意を述べたとおり,日本政府は,様々な国際的な課題において,EUや欧州諸国と緊密に連携していきます。

<対欧州外交>

 現在日本政府はダイナミックに変革する世界の中で,日本外交がより一層建設的な役割を果たしていくためには,国力の充実が必要との考えの下,経済外交をその最優先課題に据えています。その中で4つの柱を掲げており,それぞれ,自由な貿易体制,資源・エネルギー・食料の長期的な安定供給の確保,インフラ海外展開,観光立国の推進,であります。

 日本の対欧州外交においても,経済関係強化は重要な柱の一つです。欧州は世界のGDPの約3割を占めるとともに,世界の主要通貨の一つであるユーロを擁しています。我が国からEUへは累積で約1400億ユーロを投資し,約3300社が進出し,約40万人以上の雇用を欧州で創出しています。主要な貿易投資相手である日本にとってはもちろん,世界経済全体にとって欧州経済の安定は極めて重要です。日本政府が本年1月,どの国よりも多くの欧州金融安定ファシリティー(EFSF:The European Financial Stability Facility)債を購入したのも,このような考えからです。この関連で,現在,EU議長国であるハンガリーが,経済成長と雇用創出などの優先課題を掲げてリーダーシップを発揮されていることに敬意を表します。

 日・EU経済関係においては,特に,経済外交の柱の一つである,自由な貿易体制を更に推進させるべく,日EU・EPA交渉を早期に開始したいと考えています。現在,昨年4月の首脳協議で立ち上げられた日EU合同ハイレベル・グループが,日・EUの政治部分を含め経済関係についても包括的に強化・統合するための選択肢に関する共同検討作業を進めている段階です。EUの皆様の関心の高い非関税措置については,総理が議長を務める行政刷新会議において,4案件を採り上げ,現在前向きな答えを出すべく議論を行っており,3月中に結論を出す予定です。また,その他の非関税措置や政府調達を含むEU側要望についても,引き続き合同ハイレベル・グループによる作業を加速し,我が国として真剣に対処する意思と能力を示していきたいと考えています。各種の計量分析により,日EU・EPAが実現すれば,日EU双方の経済にとって大きなプラスであることが示されております。EUから日本への貿易・投資が一層促進されるばかりではなく,日本からEUへの投資も促進され,雇用をはじめ欧州経済に大きく貢献することから,日EU間でwin-winの関係を構築することが可能です。また,レアアースの確保など経済安全保障の分野でも,両者は協力可能です。日・EUの経済関係の強化が,双方にとって有益なものとなるよう,日本政府は今後も尽力していきます。

 政治・安全保障分野においても,日本と欧州の協力が重要です。日本とEUは,アフガニスタン警察訓練支援や中央アジア国境管理などで,具体的な協力案件を積み上げています。また,日本と多くの欧州諸国は,NATO・PRT連携を通じたアフガニスタン支援や,ソマリア沖の海賊対策などで密接に連携しています。さらに,気候変動・生物多様性などの環境分野や海上航行の安全確保,核軍縮・不拡散などのグローバルな課題についても,引き続き,共に国際社会の取組を主導していくことが可能だと考えています。

 本日,この場にはイスティチョワイア・アジア局長(Managing Director)にもお越しいただいていますが,日本政府は,今年初めに欧州対外活動庁が本格的に活動を開始したことを歓迎します。欧州対外活動庁の発足により,今後ますます,日・EU関係強化に向けた取組が加速していくことを期待します。

<アジアの安全保障環境>

 ここで,アジアの安全保障問題が世界の安定に及ぼす影響に注意を促したいと思います。

 日本政府は,経済外交を推進するためにも,国際社会の平和と安定に貢献するための前提として必要な,日米同盟を基軸とした盤石な安全保障体制を強化していく考えです。しかしながら,今,アジアの安全保障環境は厳しさを増しており,不安定・不確実性を抱えています。

 アジアは,中国やインドなど,急速な経済発展をとげている国がみられ,世界経済の成長センターとして関心が高まっていますが,一方で,政治体制や経済の発展段階,民族などの多様性があり,さらに,安全保障観についても各国によって様々であります。このようなアジアの安全保障環境について,冷戦終結に伴い欧州でみられたような安全保障環境の大きな変化が,当然アジアでも起きているという見方はあてはまりません。

 国際社会の多極化が進む中で,残念ながら,共通の土台がないまま自国の利益のみを追求する傾向も見られます。このような不確実性は,世界経済の重要な牽引役となっているアジアの安定を損ないかねず,また,大量破壊兵器の拡散などを通じ,世界の平和に対する脅威を生みかねません。

 特に,北朝鮮の核及び弾道ミサイルの開発並びにその拡散は,日本及びアジア太平洋地域の安全保障に対する直接の脅威であり,欧州を含む国際社会全体の平和と安定を著しく害します。また,日本には北朝鮮による拉致問題という人道上の問題もあります。諸問題の解決のためには,北朝鮮が六者会合共同声明や国連安保理決議などにしたがって具体的な行動を取ることが国際社会全体にとって不可欠であり,日本と欧州はそのために努力せねばなりません。

 また,中国が国際社会と協調した形で発展することは我が国を含む国際社会にとって一つの「機会」であり,歓迎すべきものです。我が国としては,中国との間で幅広い分野での協力を積み重ね,「戦略的互恵関係」を充実させていく考えです。他方,目覚ましい経済成長を遂げた中国による透明性を欠いたままの国防力の強化や海洋活動の活発化は,地域の安全保障という観点から懸念材料となっています。中国が国際社会の責任ある一員としてより適切な言動をとることを期待しており,そのために働きかけを行っていく考えです。グローバル・パートナーであるEUにも,責任ある対応をお願いしたいと思います。

<アジア・欧州関係>

 このように,アジア情勢には安全保障上の課題もありますが,この地域の世界における重要性が,飛躍的に増していることは疑いありません。米国等太平洋諸国を除くアジアの世界のGDPに占めるシェアは,2009年が25%だったのに対し,2030年には40%に達するとの推計もあります。

 日本は,覇権の下ではなく,協調を通じて地域全体を発展させることが,各国の長期的利益と不可分一体であるとの基本的考え方から,特にアジア地域における新しい秩序形成に全力で取り組んでいきたいと考えます。2012年にはロシアをはじめ,アメリカ,韓国,中国といった国々で指導者の選出がおこなわれる,いわゆる「2012年問題」もあり,こういったことも,アジア,欧州の双方にとって重要なポイントです。このような文脈の中でも,欧州との関係では,ASEMをはじめとする既存の対話の枠組みも大いに活用し,各国と協調していきたいと考えます。

 日本政府は,ハンガリーがEU議長国として6月にASEM外相会合を主催することを歓迎します。今回で第10回目を迎えるASEM外相会合は,これまでもアジアと欧州の間での良好な関係を築くことに大きな役割を果たし,また,前回のハノイの例に見られるように,世界的な金融・経済危機に対処するための協力を推し進めてきました。アジアと欧州のより強くて深い相互理解と協力関係の推進に向けた,今年のハンガリーのリーダーシップに期待します。

 最後に,「グローバルな世界における欧州とアジア」をテーマとする本件シンポジウムが,日本を含めたアジアと欧州の結びつきを強めることに貢献し,更なる信頼関係の醸成に寄与することを期待し,私の講演とさせていただきます。

 御清聴ありがとうございました。

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