演説

伊藤外務副大臣演説

国際シンポジウム「食料安全保障を考える」
伊藤外務副大臣 基調演説

平成21年3月5日
於:グランドプリンス新高輪

(写真) (写真)

ご列席の皆様

 本日は、お忙しい中、本シンポジウムにご出席くださり誠に有り難うございます。また、このイベントのために遠路お越しくださったニャッカ・モザンビーク農業大臣、リペンガ・マラウイ経済開発大臣をはじめとするパネリストの皆様に対し、この場を借りて深く御礼申し上げます。

(本シンポジウムの趣旨)

 昨年の今頃、急速に上昇を続ける食料価格が、石油価格の高騰と相俟って、多くの開発途上国において飢餓の拡大や政治的・社会的危機を引き起こし、大きな国際問題となりました。しかし、価格高騰を契機に高まった食料問題への国際社会の関心が、その後の価格下落に応じて、特に日本を含む経済的に豊かな国々において急速に低下し、この傾向がその後世界を襲っている金融・経済危機により、更に助長されていることに憂慮を覚えます。なぜなら、多くの途上国において食料危機は終わっておらず、むしろ世界の飢餓・栄養不足人口は増大しているからです。その数は10億人に達しつつあるとも言われ、ミレニアム開発目標が掲げる2015年までの飢餓人口半減の経路から遠ざかりつつあります。

 世界経済の回復は目下の最大の課題ではありますが、これが回復した際の、昨年を上回る食料価格の高騰を懸念する声もあります。更に、世界の食料需給を巡る基本的条件の不安定化、すなわち、人口増加、食生活の変化、気候変動、水資源の逼迫、土壌の劣化などが進行しつつあり、世界の食料生産の見通しが大変不確実なものとなってきています。

 このように、食料危機は、環境、エネルギー、人口増加、貿易、金融など、自然と人間活動が相互に関連しあった複合的な問題であるため、総合的、包括的な対応が必要とされています。北海道洞爺湖でG8の首脳達が呼びかけたように、政府だけでなく、企業と市民社会を含むすべての関係者が手を携え、食料安全保障に関するグローバル・パートナーシップを構築していくことが急務です。自然と人間活動の関わりについて、共生、知足の境地、中庸の精神が求められています。これらはまさに日本が古来、狭い国土に多くの人口を抱える中で育んできた思想と言えますが、グローバルな食料危機への対処にも通じる大事な精神だと私は信じています。

 本日のシンポジウムは、以上のような問題意識に基づいて開催するものです。複眼的な議論を提供できるよう、多様なバックグラウンドを持ち、国際的に活躍するハイレベルの方々をお招きしました。

 ところで、「食料安全保障を考える」というこのシンポジウムのタイトルには含意がございます。すなわち、国際場裡でfood securityという言葉を使ったときに一般的に想起されるのは、途上国の食料不足や貧困の問題であるのに対し、我が国で「食料安全保障」が議論されるときには、我が国自身の食料自給率の低下に論点が集中するきらいがあります。しかし、世界の食料問題に貢献することがひいては日本の安全保障の強化にも繋がるという視点が不可欠です。なぜなら、世界と日本の食料安全保障の問題は相互に不可分であるからです。世界全体の持続的な農業生産・投資の増大や国際的な市場・貿易システムの強化に加え、環境保全や適地適産への考慮なくして、日本への食料供給の安定はあり得ないことを、常に念頭に置いておく必要があります。

(我が国の政策の方向性)

 私は、日本外交の重要な目標の一つは、世界が調和的に共存、発展できるようなルール作り、あるいはモデル作りであると信じるものです。それは、全ての国及び個々の人間の公平で均衡のとれた経済発展と地球環境の保全の同時追求であります。こうした視点から、日本と世界の食料問題に今後取り組んでいく施策の方向について、3点を申し上げたいと思います。

 第一に、日本は、DAC諸国の支援総額の約3割を担う世界第1位の農業分野のODA供与国として、世界全体の食料生産の増大と農業生産性の向上に引き続き取り組んでいきます。その際は、世界各地の伝統的な農業や食生活を十分に尊重し、世界レベルで適地適産を行い、環境を壊さない、持続的な生産を達成していくという基本的な考え方を堅持し、広めていきます。水や土壌の問題も重要です。開発の世界では、水問題の重要性が増大しつつありますが、土壌改善の問題にも、同様の関心を振り向ける必要があるのではないでしょうか。日本はこうしたことを様々な国際フォーラムで提起していきたいと考えています。

 二点目として、日本は、海外農業投資の促進のための官民連携モデルの構築を、新たな政策の方向性として提案していきたいと考えています。その背景には、農業投資には天候の問題をはじめとして非常にリスクが大きいため、特に途上国において、十分な投資がなされていない現状を変える必要があるとの問題意識があります。公的資金のみでは資金量に限界があり、より創造的なかたちで民間資金を動員していく必要があります。農・商・工の連携により、必要な場所に必要な資金と技術が適時に配されるように図ることが重要です。我々は、海外農業投資に関する官民連携を推進し、投資国政府が民間企業のリスクを一部負担するかたちを作れば、この分野の民間投資を促進できるのではないかと考えます。そして、これを国際的に推奨し得るかたちで実施することが重要であると認識しています。すなわち、投資国と投資受入国のwin-win関係を築き、双方に恩恵が行き渡るかたちで海外農業投資を促進していくことが現在求められており、それを確保するためのビジネスモデルが必要なのではないか。このような観点から、日本は、国連、FAO、WFP、UNICEF等の国際機関やパートナー諸国とともに、検討を進めていきたいと考えています。その際、資金や物資の提供という面にとどまらず、我々は、新しいパラダイムの提示という形で知的貢献を行う強い意志があることをここに宣します。

 第三点は、世界最大の食料純輸入国である日本において、より強靱で持続的な農業生産体制を整備することは、世界の食料安全保障に対する大きな貢献となり得るということです。そのための農業改革を後押ししていきたいと思います。

(締め括り)

 最後に、改めて強調したいのは、食料問題の解決には、環境・水・エネルギーから文化・歴史・生活様式に至る、まさに全体論的な理解とアプローチが求められるという点です。飢餓の撲滅がミレニアム開発目標の第1番目に掲げられ、人間の安全保障の根幹に位置づけられているのも偶然ではありません。尊厳を保ち、健康で生産的な活動に従事し、自らの運命を支配する上で、食料問題の解決は、人間の最も根源的な欲求であり課題であるからです。本日のシンポジウムを通じた皆様の真剣な討議が、こうした食料問題の多様な側面に多くの人々の目を見開かせ、解決のための新たな知恵や可能性の地平を授けて頂くきっかけとなることを、大いに期待するものです。

 ご清聴ありがとうございました。

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