(外務省・大阪大学大学院共催、大阪府後援)
平成18年2月17日
ブラヒミ元国連事務総長特別顧問、
キャロン在京カナダ大使、
ご列席の皆様、
本日多数の皆様をお迎えして「国際平和協力セミナー」を開くにあたり、一言ご挨拶申し上げます。
こんにち日本は、平和と繁栄を謳歌しています。しかし目を世界に転じると、紛争は依然多発し、やむことを知りません。これを自分たちとは無縁の出来事だとみなすなら、やがては自分たち自身の安全と繁栄を守ることができなくなります。人類はいま初めて、そのような意味で真に国境の消えた世界に生きています。地理的距離は、もはや全くその意味を失いました。日本が世界に平和をもたらし、定着させるため努力することは、他のだれのためでもありません。自分たち自身のためであると言うことができます。
超大国が核戦力の均衡によって対峙した冷戦期、わたしたちはやはり平和を論じました。しかしながら言葉こそ「平和の実現」といい同じであっても、冷戦後の今日その意味する内容と、実現のため取り組まねばならない課題は、ともに大きく姿を変えています。
紛争の予防、紛争後の停戦監視といった平和維持、さらには紛争の再発防止から、本格的な国造りに向けた人道・復興支援まで、国際社会の課題は広範な局面に及びます。国連PKOも、かつては停戦や軍の撤退監視など、事態の再発防止を主たる目的としたものでした。ところが今日、紛争がますます「国内型」、あるいは「国際紛争と国内紛争の混合型」へと変化するにつれ、国連PKOの任務に次々新たな課題が加わるに至りました。選挙の実施や治安維持、人権の保護や難民支援、さらには暫定行政事務をつかさどり、復興を支援するなど、任務の多様化は、おのおのの課題に応じた専門家をますます多く必要とするようになっています。
援助を与える側の国や国際機関、NGOなどを通じ、様々な分野の専門家が、平和を創る継ぎ目のない営みに従事しており、またしなければならなくなりました。言い換えますと今日「平和」を創る作業とは、軍人や外交当局者といった限られた人だけの仕事ではなくなってきています。私たちにとって「平和」とは唱えるだけのものではなく、まさに実践することが求められる時代が来たと言えるのです。もちろん、日本人の活躍の場もそれだけ拡がっています。
そこで最も必要とされるのは、「調整」であり、「連携」であって、そのための方法を磨き、経験を蓄積することだと言わねばなりません。平和の定着を目指す実際の活動現場では、さまざまな支援主体が、おのおの少しずつ異なる目標や理念を掲げて活動しています。昨今、「平和支援活動(Peace Support Operation)」や「民軍協力(CIMIC、Civilian-Military Cooperation)」といった新しい言葉を用いて政策論議がなされるようになったのは、いずれもこのような現状と、問題意識を背景としています。多様な団体が、各々比較優位のある分野で働きつつ、最大限の相乗効果を挙げることこそが求められており、そのためいかにすれば調整と連携をよく計ることができるのかを、考えていかねばなりません。ここに、世界の議論はいま焦点を合わせようとしています。
では、国際平和協力のために、日本という国が、あるいは私たち一人一人が、何をなすことができるのか、何をしなければならないのでしょうか。それを皆様と共に考えるため、ブラヒミ元国連事務総長特別顧問を始めとする国際平和協力分野で第一人者の方々をお招きし、大阪大学大学院の共催を得て、本日のセミナーを開く運びとなりました。
我が国には、戦後復興という独自の体験があり、平和憲法の下、国際平和を希求してきた積年の思いがあります。これらを土台とし、今日まで我が国は様々な支援に努めてきました。例えば「人間の安全保障」という概念は、我が国の極めて重視しているものです。これは紛争や自然災害、さらには感染症などの頻発する厳しい環境の中、そこに暮らす人々一人一人の力を強くし、個人個人を保護していくことを目指すものです。「平和の定着と国造り」という目標も、「人間の安全保障」と合わせ、今日我が国の対外協力を導く太い糸となっています。例えば2003年に改定したODAの大綱では、平和構築を重点課題として明確に規定しました。
一方で自衛隊も、グローバルな安全保障環境を改善する国際社会の取り組みをになうべく、主体的・積極的に平和協力活動を進めています。1992年に国際平和協力法が成立して以来、自衛隊は、カンボジアや東ティモールでのPKO活動などを通じ、豊富な実績を積んできました。テロ対策特措法及びイラク特措法に基づいて、インド洋における国際的な対テロ対策や、イラクにおける人道復興活動に参加していることもご承知の通りです。
紛争後の国造りの現場では、このように、我が国の人道・開発関係者や自衛隊が活躍していますし、そうした経験を通じ、我が国なりに蓄積してきた平和構築や国造り支援のやり方があります。この会場にも案内をお配りしていますが、現地時間の昨日と今日、アジスアベバではTICAD「平和の定着」会議が、我が国を議長として開かれています。TICAD(ティカッド)とはTokyo International Conference on African Developmentの略語で、1993年に東京で大きな会議を開いて以来、アフリカ開発を論じる主要な国際舞台として成長してきたものですが、今回の会合で我が国は、アフリカの自助努力と国際社会のパートナーシップを基本理念とした、アフリカにおける「平和の定着」のための新たなイニシアティブを発表しました。このイニシアティブの下での当面の支援として、我が国は3月末までに、総額約6000万ドルの支援を実施します。
アフガニスタンでは、日本の政府とNGOが協力してDDRを推進しました。DDRとはDisarmament, Demobilisation and Reintegration of Ex-Combatants、すなわち元兵士の武装解除、動員解除、社会復帰ということで、こういう仕事にも、日本のNGOは大きな役割を果たしています。またイラクでは、自衛隊による人的貢献とODAによる資金協力が「車の両輪」として復興支援を展開し、我が国の貢献のあり方に新たな境地を開いています。どのような支援の手段があるか、それをどのように組み合わせると、日本が実現したい「人間の安全保障」などの価値が実現できるのか。現地情勢などによって支援を行う形態は様々です。他の国や機関と国際協調という形でうまく連携し、生の現場と整合的で着実な国造り支援を行いうるような、柔軟性と実践性も求められています。
我が国は、「平和の定着」を平和協力の柱に据え、今後もこの分野で指導力を発揮していきたいと考えています。具体的には、地雷除去、小型武器対策、DDR、和解促進、選挙支援といった分野ですが、紛争後の国造りにおけるこうした領域で文民の役割が増大していることを考えれば、資質の高い人材を民間から育成し、輩出することが何にもまして肝要です。
今回お招きしたアルベロート氏が所属する「フォルケ・ベルナドット・アカデミー」や、デリック中佐所属の「ハワイ災害管理・人道支援COE(Centre of Excellence)」のように、国際平和協力に従事する意志のある人材に門戸を開く訓練機関が、世界にはいくつもあります。欧米の実績に比べ、アジアにおける人材育成の取り組みはまだこれからと言わねばなりません。平和構築に役立つ人材が地域に育つことで、アジアの平和と安定や、地域内の信頼醸成を促進することが期待できます。また、こうした能力により、紛争対応だけでなく、先のインド洋津波やパキスタン地震といった自然災害にも即応できる態勢と、強靱さを同時に備えることができるのです。
日本はこうした取り組みをアジア諸国と一緒になってやるべきですし、これは平和主義を標榜する日本にこそ相応しい役割であると思われます。このような問題意識から、先月、麻生外務大臣は国会外交演説の中で「国際社会と協力し、平和の維持・構築、紛争の再発防止といった活動を担う専門的人材をアジアにおいて育成する取組を検討したい」と述べました。もちろん、その実現のためには、地域諸国間で一層連携を進めるとともに、人材育成に熱心な諸外国の協力も得ながらネットワークを活かして進める必要があると考えています。
このような構想にご理解を頂きつつ、ここにおられる皆様の中から一人でも多く、国際平和協力分野で活躍される方が生まれるよう、政府に何ができるのか、今回お招きした経験豊富な専門家の皆様との対話を通じて、ヒントや知見を共有していきたいと考えております。
持続可能な平和の実現に向けたアプローチは、遍く国際社会が、継続して議論していかなければならない、終わりのないテーマです。折しも国連では、平和構築委員会が、本年から活動を始めます。このシンポジウムで得られる貴重なメッセージは、この平和構築委員会にも発信したいと考えています。
平和活動の政策策定や、紛争後の国造りの支援のあり方に、どのような変化が求められているか。平和を実現するために、様々な支援主体はどのような苦労をしてきたか。現場ではどのような能力や、連携の精神が必要なのか。そしていかなる教訓や知見を政策に反映すべきなのか。本日お話し頂く方々は、それぞれ平和構築に様々な角度から関わってこられました。本日の議論からは、平和構築委員会の活動のあり方についても大変良い示唆が得られるのではないかと期待しております。
皆様におかれては、この機会に是非活発な質問をして頂き、共に考え、平和協力に対する認識を一層深めてください。本日のセミナーが会場の皆様にとって、有意義な知見を得る機会となることを期待しています。
最後になりましたが、開催にあたりご協力頂いた大阪大学大学院の皆様、及び後援くださった大阪府に心より感謝いたします。
ご清聴ありがとうございました。