寄稿・インタビュー
岸田総理大臣対面インタビュー
(ニューズウィーク誌(紙面国際版)2024年5月10日号)
岸田文雄総理大臣「日本は中国と北朝鮮の脅威をどのように封じ込めるか」
力の一手
日本の武装への呼びかけ
「平和を愛する国」が防衛費を倍増させている。中国と北朝鮮に対抗するためになぜ日本が積極的な姿勢を取る必要があるのか、岸田文雄総理が説明する。
岸田文雄総理は、第二次世界大戦後最大規模の軍事力増強に踏み切った日本の重大な決断について語る際、「平和」という言葉を十数回使った。
「私の総理就任後、日本の国家安全保障戦略を大幅に見直した。」、日本のリーダーとしてジョー・バイデン大統領との会談のために初めて(原文ママ)ワシントンD.C.を訪問した後、岸田は東京の官邸でインタビューに答えた。「もちろん、その戦略をもって、平和を愛する国としてのこれまでの歩みを変えるつもりはない。」
日本が直面しているのは、自国周辺、あるいはそれ以外における、平和とは言い難い国際秩序の変化である。2021年以降、岸田氏のリーダーシップの下、日本は防衛力を強化し、米国をはじめとする欧米諸国との同盟関係を強化する一方で、歴史的に日本の意図を警戒することもあったアジア諸国と新たなパートナーシップを築くという方針をより積極的に打ち出している。
中国は最先端の軍事技術を急速な開発を進め、米国との世界的な競争激化の中で、ますます支配的な地域の地位を主張しようとしている。東シナ海の島々の領有権をめぐる、散発的な日本との海上での衝突は、より大きな争いの兆候である。北朝鮮は、国際的な制裁にもめげず、敵国に対して激しい暴言を吐きながら、核ミサイルの発射可能なミサイルを日ごとに開発しているように見える。
一方、日本はロシアによるウクライナ戦争の影響に直面している。ヨーロッパにおけるNATOとのより広範な戦争の可能性を示すとともに、モスクワは東京と長年にわたる領土問題を抱えている東方にも目を向けているからだ。
日本を取り巻く軍事力の不均衡は、ニューズウィーク誌に提供された日本政府の文書にも表れている。日本の軍隊(原文ママ)と航空機は、3方面すべてにおいて圧倒的に劣勢である。北京とモスクワはそれぞれ、東京の4倍以上の海軍艦隊を指揮している。
「質・量ともに充実した軍事大国が日本の周辺に集中しており、さらなる軍備増強や軍事活動の活発化といった明確な傾向が見られる。」と同文書は述べている。
歴史的転換点
岸田氏にとって、その答えは軍備増強である。第二次世界大戦が終結し、大日本帝国がアメリカの手に敗れた約80年前以来、このような呼びかけは日本では見られなかったことである。岸田家は広島の家系で、戦争を終結させ、何世代にもわたってアメリカの優位性を確立した世界初の原爆投下を受けた被爆者の恐怖体験を聞いて育った。
日本にとっても世界全体にとっても現在「歴史的な転換点」にあると表現する岸田氏は、ワシントンを最も重要な同盟国とみなしている。日本の態度から、アジアと太平洋の大部分を征服し、1941年の真珠湾攻撃でアメリカを驚かせた膨張主義を読み取ることはできないが、帝国主義の遺産は、依然として国内外ではセンシティブなトピックである。
論争の絶えない靖国神社の、日本の19世紀と20世紀の戦没者(第二次世界大戦の戦犯を含む)に対し、4月21日に岸田氏が奉納をしたことについては、中国だけでなく、同じアメリカの同盟国である韓国からも抗議を受けた。両国にとって、それは日本の過去、占領と残虐行為の記録の象徴である。その遺産が、戦後日本が軍事力の再構築を嫌ってきた理由である。岸田氏は、今後5年間で軍事費を倍増させることを意味する計画に今なぜ取り組んでいるのかについて率直に語った。
「私たちは第二次世界大戦後、最も困難で複雑な安全保障環境に直面している。」と語る岸田氏は、戦後政治を牛耳ってきた保守自民党に属している。「このような状況において、国民の生命と生活を守らなければならない」。
パワー、ハードとソフト
岸田氏は、日本は戦後、侵略を嫌ってきたと繰り返し主張する一方で、軍事的再起を説明する努力を続けなければならないとした上で、「誤解を招かないようにしなければならない。」と述べた。
ストックホルム国際平和研究所(Stockholm International Peace Research Institute)の中国・アジア安全保障プログラムのシニア・リサーチャーであるJingdong Yuan氏は、この地域はこの傾向に強い警戒感を抱いていると述べた。
「日本にとって重要なのは、武力行使は防衛目的に限るというコミットメントを示すことであり、増大する軍事力を一方的な方法ではなく、より広範な同盟関係やミニラテラルな安全保障の取り決めの中に位置づけることである。」と同氏はニューズウィーク誌に語った。日本の政策転換は、この地域における軍備増強の原因ではないが、軍備競争を促進しないまでも、軍備増強の速度を速める一助にはなるだろう、とYuan氏は述べた。
日本は友好国を増やし影響力を高めようとする中、経済発展にも重きを置いている。アフリカへの新たな300億ドルの投資枠組や、鉄道インフラ、クリーンエネルギー開発、共同海上安全保障機構など、東南アジア全域にわたる一連のプロジェクトに費やされる750億ドル規模の投資などが計画されている。
昨年、主に欧米諸国が参加したG7を広島で主催した際、岸田氏は東南アジア諸国連合(ASEAN)の代表2か国、インドネシアとベトナムを招待した。
シンガポールのYusof Ishak研究所(ISEAS)が最近行った調査によれば、ASEAN諸国がどちらか一方と同盟を結ぶことを強いられた場合、どちらの超大国を選ぶかという点で、中国が米国を上回ったが、日本は、米国と中国を抑え、地域で最も信頼される国に選ばれた。
日本がこの地域での結びつきを強化する用意があることを示すため、岸田氏はバイデン氏と共に、フィリピンのフェルディナンド・「ボンボン」・マルコス大統領との初の3か国会談に参加した。今月初めには、岸田氏とインドネシアのプラボウォ・スビアント次期大統領は、安全保障やその他の協力を強化することで合意した。
中国、北朝鮮、そして韓国社会の一部では、日本に対しての猜疑心が拭えていない。前者2か国については、日本が米国と友好関係にあることと、その過去が理由である、とシンガポール国立大学のJa Ian Chong氏は言う。しかし、台湾や東南アジアの他の地域では態度が異なる、と彼は言う。
「数十年にわたる協力関係から日本に対する信頼は厚く、東京は地域の安定を補完する大きな役割を担っているとの考えから、日本には、地域の問題へのより大きな関与を期待している。」と同氏はニューズウィーク誌に語った。「日本は、自国の利益を守り、パートナーと協力する一方で、北東アジアの近隣諸国との摩擦を不必要に増やさないように注意しなければならない。」
岸田氏は就任以来、韓国との関係刷新に尽力してきた。また、核・ミサイル開発を日本や世界にとっての脅威としている長年の敵である北朝鮮との緊張の高まりを和らげるため、北朝鮮の最高指導者である金正恩との前例のない直接会談を検討する可能性もあると述べた。岸田氏は、このような会談の可能性については、ワシントンでも協議したし、ソウルとも現在相談していると述べた。
「北朝鮮との未解決の懸案事項の解決に向けて、首脳会談を開催できるよう努力を続けていく。」と岸田氏は語った。また、5月の日中韓3か国会談についても協議が続けられている。
岸田氏は、日中両国が領有権を主張する尖閣諸島又は釣魚島がある東シナ海で、北京が「現状を変えようとする一方的な試み」を強めていると非難する一方で、「主張すべきことは主張するが、対話も大切にしていく。」と強調した。
安倍ドクトリン
岸田氏が外交と軍事の両面で並行して取り組んでいるのは、彼のこれまでの経験によるところが大きい。彼は、影響力のある故安倍晋三首相の下で外務大臣を務め、短期間だが防衛大臣代理も務めた。
ナショナリストを公言し、2019年に汚職スキャンダルと体調不良で辞任に追い込まれるまで、日本で最も長く首相を務めた安倍は、日本の軍事的考え方の大きな変化を最初に監督し、現在は米国の戦略文書にも明記され、オーストラリア、インド、日本、米国からなる四極安全保障対話(QUAD)の要となっている。「自由で開かれたインド太平洋」というコンセプトを打ち出した。
岸田氏は2021年、安倍の後首相となった菅義偉氏の辞任を受けて就任し、安倍氏のレガシーを引き継いでいると広く考えられている。「日本は現在、アジアにおける自由主義的国際秩序を維持し、リードしている。それは日本の利益であり、地域の利益でもある。」と、安倍内閣の官房副長官補と国家安全保障担当副顧問を務めた兼原信克氏はニューズウィーク誌に語った。
「人々はみな平等で自由であり、それぞれの幸福を追求する権利がある。この個人の自由は、日本人のサムライ精神とも合致する」。
2015年に日本の首相として最後にワシントンを訪問した安倍氏と同様、岸田氏は今回の訪米で米議会本会議で演説し、アメリカとの同盟関係をさらに緊密にするよう訴えた。「幅広い支持と拍手、そして議員たちからの意見を得ることができた。」と岸田氏は語った。
国内からの脅威
国内での拍手は少なく、岸田氏は党のリーダーシップをめぐる争いに直面している。自民党は弱小野党から政権を脅かされることはなく、2025年までに国会議員選挙は必要ないが、岸田氏の支持率はわずか20%であるため、党内選挙で追い落とされる可能性があると、ベテラン米外交官で現在はアジア・ソサエティの国際安全保障・外交担当副会長を務めるダニエル・ラッセル氏はニューズウィーク誌に語った。「彼の当面の課題は、9月以降も政権を維持することだ。」とラッセル氏は述べた。
経済面では、日本は1960年代以来初めてドイツのGDPを下回り、世界第4位の経済となった。人口減少と高齢化は、しばしば 「失われた数十年」と呼ばれる30年間のデフレの後、インフレに舵を切った経済の重荷となっている。岸田氏は、NISAのような非課税措置を通じて投資を促進し、物価と賃金の上昇を促進し、「グリーン開発」(GX)や「デジタル開発」(DX)に数兆円を投じることで、同氏が呼ぶ「好循環」に火をつけたいと述べた。
同氏は、デジタル化と子育て家庭への支援強化が人口危機を相殺するのに役立つと述べた。これらの構想はすべて、岸田氏が打ち出した「新しい資本主義」の一部であり、日経平均株価が今年35年ぶりの高値を記録するなど、岸田氏は初期の成功をいくつか挙げている。
しかし、日本の将来のために岸田氏が考えねばならない、より物議を醸す施策がある。移民だ。
日本の経済成長に必要な労働力を求めて、岸田氏は、日本の立法府たる国会において、「海外のやる気のある人たちが日本で働けるような新しい制度を作る」ための法案を審議していると述べた。
列島国家が国境を開くことに消極的なのは、数千年前にさかのぼる。日本は13世紀に中国からのモンゴルの侵略をかわし、ヨーロッパの植民地化を免れた数少ない国のひとつである。今日、日本は増え続ける外国人労働者を含め、世界中から何百万人もの旅行者を熱烈に歓迎しているが、人口の98.5%が日本民族という、世界で最も均質な国のひとつであることに変わりはない。
「日本社会には、海外からの労働力を継続的かつ無期限に移民させるという考え方に抵抗感を持つ人もまだいる。」と岸田氏は述べ、外国人労働者の受け入れを拡大する現在の計画を、「全面的な移民構想」とは区別している。
岸田氏は、日本が自らのリーダーシップのもとで歩んでいる道に自信を示す一方で、日本が直面している社会、経済、外交、軍事上の難題を過小評価することはできないと警告する。
「外交面でも安全保障面でも、私たちは非常に不透明な状況にある。したがって、外交、リーダーレベルの外交を強化しなければならない。」と岸田氏は述べた。「この外交をバックアップする防衛力を持つ必要がある。だから、不確実な時代であっても、日本は安定を達成するための役割を果たすことができる」。
「我々は第二次世界大戦後、最も困難で複雑な安全保障環境に直面している。」
日本の首相が、日本、アジア及び世界における、安全保障、外交、法の支配の遵守について語る。
岸田は、米国との長年にわたる同盟関係を強化し、地域的な結びつきを拡大しようとしている文雄総理は、初のワシントンD.C.訪問から帰国した直後、東京の総理官邸でニューズウィーク誌の単独インタビューに応じ、今回の訪問で得た主な成果や、同総理が監督する自国の軍事、経済、外交戦略における歴史的な変化について語った。
2021年10月に就任した岸田総理。同時に日本は、ヨーロッパと中東での紛争、アジア太平洋での緊張の悪化の中、第二次世界大戦以来最大の軍備増強を行っている。その一方で、岸田総理は日本経済を取り巻く困難にも直面している。
ニューズウィーク誌のデブ・プラガド社長兼CEO、ナンシー・クーパー・グローバル編集長、トム・オコナー外交政策副編集長との40分間のインタビュー(以下、スペースと明確さのために若干編集)において、岸田総理は、日本が直面している多方面にわたる課題について率直に語ったが、同時に、岸田総理のリーダーシップのもとで進められている新たな取り組みが、先行き不透明な情勢を乗り切るのに役立つだろうとの自信も示した。
【ニューズウィーク】
あなたは最近、日米同盟の強化を主な目的として米国を訪米し、バイデン大統領と会談したが、今回の訪米の主な成果と収穫如何。
【岸田総理】
今回は日本の総理大臣として9年ぶりに国賓待遇で米国を訪問した。現在、国際社会は歴史的な転換期を迎えている。そうした中で、改めて日米関係、その重要性が指摘されており、そうした中で、今回訪米することができた。今回の訪米を通じて、不透明な国際情勢の中で、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を堅持・強化する上で、日米が非常に重要なグローバル・パートナーであることを確認した。安全保障、経済、そして宇宙を含む先端科学技術の分野において、日米の確かな絆を確認できた。このことが今回の訪問での一つの収穫であった。
さらに、私は米国の上下院合同会議でスピーチを行った。その際、グローバル・パートナーである日米両国が、未来に向けてどのような世界を次世代に引き継いでいきたいのか、そのために日米両国はどのような努力をしなければならないのかについて、私の考えを述べた。その結果、私が伝えた未来志向のメッセージは、幅広い支持と拍手、そして意見をいただいた。したがって、非常に有意義なスピーチであったと思う。
今回の訪米では、それに加えてノースカロライナ州も訪問した。日米関係は、決して首脳や政府レベルのみならず、地方経済においても、非常に幅広い層の方々に支えられている。日米関係は大変裾野の広い幅広い分野の人々によって支えられているということを実感することができた。したがって、全体としてとても有意義で実りある訪問だったと思っている。
【ニューズウィーク】
あなたは2021年に日本の総理に選出されて以来、特に経済と防衛の領域で膨大な改革を監督してきた。あなたのリーダーシップの優先課題は何か。取り組んでいる最重要課題は何か。
【岸田総理】
私が就任した2年半前、当時はまだCOVID-19との戦いの最中であり、これは世界的な現象であった。したがって、当時はCOVIDの克服が一つの大きな課題であった。昨年あたりから、COVID—19については正常化することができた。
同時に、ご指摘の通り、私が取り組んだのは経済問題である。安全保障や外交問題にも特に力を入れてきた。また、日本の少子化や人口問題に対応するため、子ども・子育て政策にも取り組んできた。
ロシアのウクライナ侵攻を受け、世界的なエネルギー危機は日本にとっても課題であった。私は、原子力を含め、あらゆる選択肢を排除することなく、日本のエネルギー政策を幅広く進めるという大方針を示した。これらが私が総理大臣として取り組んできた大きな政策であった。
私の最重要課題は何かとのことだが、現在それは経済であり、外交・安全保障問題である。
この30年間、日本は賃金が上がらず、物価も上がらず、投資も進まないデフレ経済で苦しんできた。しかし、私が総理になってからこの2年半、新しい資本主義を提唱し、賃上げを契機に成長と分配の好循環を生み出し、それが消費を増やし、企業のさらなる投資意欲と賃上げ意欲を高めるという政策を進めてきた。その結果、日本経済は30年ぶりに明るい兆しを見せている。例えば、賃金の上昇や民間投資の大幅な増加が見られる。株式市場も史上最高値を記録している。このように日本経済は明るい兆しを見せている。この流れを確実なものとし、デフレから完全に脱却し、日本経済を成長志向の新たなステージに持って行ければと思っている。
同時に、外交面でも安全保障面でも、我々は非常に不透明な状況にある。したがって、指導者レベルの外交を強化しなければならない。この外交をバックアップする防衛力も必要だ。そうすることで、不確実な時代であっても、日本は安定を実現するための役割を果たすことができる。
【ニューズウィーク】
防衛力について言えば、日本はこの分野で大規模な改革を行ってきた。この改革が日本にとって現段階で必要な理由と、この改革によって対処しようとする主要な脅威は何か。
【岸田総理】
まず、日本の安全保障環境について周りを見渡すと、核・ミサイル開発をしている国があり、軍事力を不透明な形で拡大している国がある。また、南シナ海や東シナ海では、力による一方的な現状変更が行われている。そういう状況にある。
こうした状況に鑑みると、私たちは第二次世界大戦後、最も困難で複雑な安全保障環境に直面していると思う。そのような状況の中で、私たちは国民の命と生活を守らなければならない。私が総理に就任して以来、日本の国家安全保障戦略を大幅に改訂した。
その戦略の中で、もちろん、平和を愛する国としてこれまで歩んできた歩みを変えるつもりはない。
しかし、この困難で厳しい安全保障環境の状況に鑑みると、まずは日本にとって好ましい環境を作るべく、首脳レベルの外交を着実に進めていかなければならない。日本の基本的な立場を明らかにしつつ、外交の足元を固めるために、自国を守る防衛力を強化しなければならないことも明らかにした。そのため、日本はGDP比2%の防衛予算を実現する方針を明らかにし、反撃能力の保有やサイバーセキュリティの向上に努めた。
さらに、日本の南西地域の防衛体制を強化する。このように、先ほど申し上げた戦略でも明らかにしているように、防衛力強化に向けた取り組みを進めているが、一歩一歩着実に進めていきたい。
国際情勢はより複雑になっている。どの国も単独で自国を守ることはできない。日本は自らの国民の生命や生活を守るための責任を果たしていきたい。しかし、それに加えて、同盟国である米国や志を同じくする国々、さらにはグローバル・サウスとも、この地域における抑止力と対応能力を向上させるために、外交政策を通じて全ての国々と協力していきたい。これは非常に重要なイニシアチブである。
【ニューズウィーク】
総理に就任する前、あなたは外務大臣を務め、一時は防衛大臣代理も務めた。日本の防衛と外交の必要性をどのようにバランスさせるのか、特に、日本の安全保障における役割の拡大を、その背景にある複雑な歴史を考慮して受け入れることをためらう地域諸国がいる中で、あなたはどのようにバランスをとるのか。
【岸田総理】
先ほど申し上げたように、国家安全保障戦略が改訂されたが、これまで平和愛好国として歩んできた軌跡は変わらない。専守防衛重視の国であり、非核三原則は維持される。基本方針に変更はない。それは新しい戦略の中で明確に示されている。
その戦略に従って、日本にとって好ましい国際環境を外交を通じて実現しなければならない。そのために最も重要な基本原則は、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を実現することである。
力によって現状を変えようとする試みは、世界のどこであっても許されるべきではない。さらに、これらのルールや国際法は、脆弱な国々を守るためにあるのだと思う。したがって我々は、東南アジアや、いわゆるグローバル・サウスと呼ばれる国々を含む多くの国々に対して、国際ルールに従って秩序を維持することの重要性を強調している。
我々の立場は、多くの国から支持を得ている。我々は法の支配に基づく国際秩序を維持すべきである。国際社会に対立や分裂ではなく協調をもたらすべきである。このことが私が何よりもまず取り組むべき重要なメッセージだと考えている。
そして、こうしたイニシアチブを裏付けるためには、先に述べた防衛力の強化が必要である。このような日本の基本的な考え方を、国際社会、特に東アジア諸国に対してしっかりと説明する。そうした説明を通じて、東南アジア諸国をはじめとする国々は、日本の国家安全保障戦略を支持してくれた。我々は、日本の外交政策と安全保障政策を実行するために、そのような支援を追求し続ける。それが外交と安全保障のバランスである。
【ニューズウィーク】
日本が安全保障におけるより大きな役割を受け入れる準備ができた今、この地域も日本の新しい役割を受け入れる準備ができたと考えるか。
【岸田総理】
私たちはこの地域の平和と安定、そして自由で開かれたインド太平洋の実現に向けて最善を尽くす。とはいえ、ここで誤解を避ける必要がある。日本は、軍事力によってこれを達成したいと言っているのではない。むしろ、平和を愛する国として、経済やさまざまなインフラ支援、文化やスポーツなどのソフトパワーを活用することで実現したいと考えている。平和国家としての軌跡は変わらないと申し上げた。それに加え、我々には平和憲法がある。したがって、その憲法に基づいて、また国際法や国内法に基づいて、外交や安全保障の努力をしていくことになる。また、この基本的な立場を地域に説明することも重要であり、この立場はこの地域で理解されていると思う。
そして、特に第二次世界大戦後、私たちはこのことへの理解と支持を得つつあると思う。1945年、我が国は敗戦した。それから今日に至るまで、平和を愛する国として実績を積み重ね、良い結果を残してきた。この間、世界のどの国も、日本は平和を愛する国として多大な努力をしてきたと思っており、それを見てきており、このような我々の努力を評価してくれている。
平和を愛する国として、私たちはこのように結果を出してきた。これからも何年もそれを維持し、積み重ねていかなければならない。それが重要である。
【ニューズウィーク】
日本の政府関係者がしばしば指摘する安全保障上の課題は、高度なミサイルシステムの実験を続ける北朝鮮である。最近、最高指導者である金正恩委員長と会談する意向があるとの報道があったが、その可能性はあるか。また、制裁が効かないようであれば、北朝鮮に対処する最善の方法は何だと考えるか。
【岸田総理】
北朝鮮の核・ミサイル開発は、日本のみならず国際社会の平和と安全に対する脅威である。私は、北朝鮮の非核化を定めた国連安保理決議が完全に履行されるべきだと考えている。
その意味で、先月(3月)28日、対北朝鮮制裁の実施体制に関する国連安保理決議案が提出されたが、ロシアの拒否権により否決されたことは非常に遺憾である。
日本としては、関連する安保理決議の完全な履行に向け、米国や韓国をはじめとする志を同じくする国々とこれまで以上に緊密に連携しながら、さらなる方策を検討していきたいと思っている。
先日のバイデン大統領との会談では、核・ミサイル開発を含む北朝鮮情勢についても議論した。その際、重大な懸念がある現在の状況下で、より緊密に連携していくことに合意するとともに、北朝鮮との対話の道は開かれているという共通認識の下、率直な意見交換を行った。また、引き続き日米、日米韓で緊密に連携して事態に対処していくことでも合意した。我々はこの方向性で合意した。
日朝間の生産的な関係の構築は、日朝双方の利益であり、地域の平和と安定に大きく寄与するものである。したがって、私の指示の下、北朝鮮との未解決の懸案を解決するため、今後、首脳会談の開催を視野に入れ、私の直接の監督の下、ハイレベル協議を進めていく。この協議が進展することを期待している。
【ニューズウィーク】
確認だが、金正恩に会う考えか。
【岸田総理】
現在水面下で様々な協議を進めているが、残念ながらこれまでの進展について詳細をお伝えすることはできない。しかし、北朝鮮との未解決の懸案事項の解決に向けて、首脳会談を開催できるよう努力を続けていく。この点については、北朝鮮との対話の道は開かれているという日米の共通認識のもと、バイデン大統領と意見交換を行った。韓国を含む関係国との意思疎通を図りながら、今申し上げたような北朝鮮との対話の道筋を引き続き探っていきたい。
【ニューズウィーク】
領土問題や急速な軍事的台頭もあり、中国は日本にとって安全保障上の主要な懸念事項の一つとされてきた。就任以来、中国に対する懸念は高まっているか。また、日本が特に警戒しなければならない分野はどこだと考えるか。
【岸田総理】
まず、東シナ海では、現状を変えようとする一方的な試みが強まっている。これは我々にとって重大な懸念である。日本は、主張すべきことは中国に主張し、日本の領土・領海・領空を断固として守る決意で、冷静かつ毅然と対応していく。
日本と中国は多様な可能性を共有する一方で、多くの課題や懸念も抱えている。中国は隣国である。つまり、隣国とはそのような関係にあるわけだが、私たちは主張すべきことは主張し、対話も大事にする。そして、共通の課題に対して協力できるところは協力する。このように、建設的で安定した関係は、お互いの努力によって実現されるべきである。
日本と中国はともに、地域と国際社会の平和と繁栄に大きな責任を持つ国であると信じている。日中関係を建設的で持続可能なものにすることは、私の一貫した方針である。今後も「互恵関係」を包括的に追求していくが、今申し上げたような関係を実現するためには、中国と相当量のコミュニケーションを図る必要があると考えている。
【ニューズウィーク】
就任以来、米中関係、特に台湾問題で緊迫した状況が続いている。日本の政府関係者は、台湾有事の際の日本の潜在的な役割についてより多くを語るようになっている。この地域で実際に台湾をめぐる紛争が発生した場合の日本の役割について、何か決定しているか。
【岸田総理】
台湾について、台湾有事という仮定の質問に答えることは差し控えたい。しかし、台湾海峡の平和と安定は、日本の安全保障のみならず、国際社会の安定にとっても重要であることは申し上げておきたい。
台湾をめぐる問題が対話を通じて平和的に解決されることを望むというのが、これまでも、そしてこれからも一貫した日本の立場である。先日の訪米では、バイデン大統領と台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促していくことを確認した。
この点については、中国に直接伝えることが重要である。日米比の首脳会談が初めて実現した。フィリピンや志を同じくする国々と協力して、今申し上げたような立場を明確に伝えることが重要である。
日本としては、両岸関係の進展を注視し、外交努力を続けていく。これが日本の基本姿勢である。
【ニューズウィーク】
最近の日本経済の後退により、日本は1960年代以来初めてドイツを下回り、トップ3から外れた。これは短期的な問題か。また、経済の足を引っ張る人口動態にどう対処するか。
【岸田総理】
ご指摘のとおり、米ドル換算でみると、2023年にはドイツの名目GDPが日本を上回っている。それが短期的なものか長期的なものか。為替レートの変動や、日本よりもドイツの方が物価の上昇が速いこと、これらの最近のトレンドがご指摘のような状況になった大きな理由だと思う。
ただし、長期的に見れば、先ほど申し上げたように、日本は過去30年間、投資と賃金を削減する「コスト削減型経済」であった。「縮み志向」の経済であったため、このように停滞が長引いた。
しかし、ようやく明るい兆しが見えてきた。日本経済に明るい兆しが見え、そうした経済の好循環が持続すれば、来年に向けて日本経済は再び力強さ、活力を取り戻すだろう。それは可能だと思う。
一方で日本では少子高齢化が進んでいる。人口減少への対応は、経済への長期的な影響を考えると重要な問題である。また、子ども・子育て政策を継続して実施することで、子どもを持ちたい若い世代が子どもを産み育てられる環境を整えることも重要である。
同時に、デジタル化などの効率化を推進することで、人口減少社会に対応し、日本社会、特に行政組織や金融組織をスリム化できるような国づくりができるかどうかも大きなポイントになるだろう。
したがって、日本経済が復活し、人口減少に対応できるようになれば、将来的に日本経済は力強く前進することができるだろう。それが私が実現したいことであり、私が実行してきた政策である。
【ニューズウィーク】
人口減少を逆転させるために移民を奨励することに関心はあるか。
【岸田総理】
日本は人口減少社会への対応として、先ほど申し上げた子ども・子育て政策や、デジタル化などの施策を進めている。そして同時に、働き方改革などを通じて、意欲と活力のある高齢者、とりわけ女性が日本の社会・経済で活躍できる仕組みを作ることが非常に重要である。
しかし、それでもまだまだ人手不足であり、日本の社会・経済で活躍する優秀な人材を海外から招聘することも検討しなければならない。今国会では、海外の意欲ある人材が日本で活躍するための新たな仕組みを作るための法改正が議論されている。優秀でやる気のある人材を日本に招き、日本社会を支えてもらう。
ただ、日本社会には移民に対する多様な考え方がある。日本社会には、海外から労働力を無期限で継続的に移民させることに抵抗感を持つ人もいる。そこで、本格的な移民構想ではないが、一定のルールを設けて、今申し上げたような形で外国人を日本に呼び込む方法を考えている。
【ニューズウィーク】
日本の自動車メーカーがグローバルな競争、特に韓国や中国のブランドとの競争に打ち勝つためにどのような支援を行うか。日本ではオートメーションは十分早く導入されているのか。また、日本の自動車メーカーは電気自動車への投資が遅すぎたのではないか。
【岸田総理】
我が国は中国や韓国だけでなく、先進国を含む世界中の企業と競争している。私の経済政策は、気候変動や人口減少などの社会的課題を長期的な経済成長のエンジンにすることである。すなわち、公共部門と民間部門が協力してこれらの社会的課題を解決し、成長エンジンに変えていくということである。そのような観点から、私たちはGXとDXと呼ばれる分野に特に重点を置いて投資を行っている。
GXについては、20兆円規模の大胆な先行投資支援を行い、官民一体となって今後10年間で150兆円以上のGX投資を実現したい。
DXの分野では、例えば半導体の分野では、約2兆円の支援を用意した。先日の日米首脳会談では、サプライチェーンの強靭性向上という分野で協力を強化し、経済安全保障の観点から協力していくことで合意した。
人口が減っていく中で、生産性を上げていくことが非常に重要である。日本では、戦略分野への大型投資を集中的に支援するとともに、中小企業の省力化投資を支援するため、国内投資促進パッケージをまとめた。
ご指摘のように、EVに関しては、EVへのシフトが急速に進んでおり、日本のメーカーも危機感を持って対応している。先ほど、今回の訪米でノースカロライナ州を訪問したと申し上げた。ノースカロライナ州では今、トヨタのEV用バッテリーを生産する巨大工場が建設されている。このように、日本のメーカーも電気自動車の分野で戦略的な投資を行っている。
2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、「多様な選択肢」を基本戦略としながら、EV購入補助、充電インフラ整備、蓄電池の国内製造基盤の強化、上流資源の確保等、総合的な支援を行い、「EVでも勝つ」ために、日本企業の競争力を維持・強化していきたいと思う。
【ニューズウィーク】
物価が再び上昇している。日銀は17年ぶりに借入費用を引き上げ、日経平均株価はついに1989年のピークを超えた。あなたは日本にはデフレから脱却する歴史的なチャンスがあると言っている。日本がこのチャンスを掴むためには何が必要か。また、政権としてもし成功しなかった場合のリスクをどう考えるか。
【岸田総理】
現在、わが国では値上げが非常に大きな問題になっている。私たちは、物価上昇よりも賃金を上げることが重要だと強く感じている。そのため、政府は現在、賃上げ、今年6月の所得税・住民税の減税、今年1月のNISAの開始など、あらゆる政策を総動員している。NISAは、2200兆円ともいわれる家計の金融資産を企業投資に振り向けるために始まった。
企業の価値が上がることで、その恩恵が家計に還元され、再び消費や投資につながる好循環が生まれる。これらの政策を総動員して、物価を上回る可処分所得を実現することがまず重要だと思う。
金融政策そのものは当然、日銀が決めることだが、政府と日銀がうまくコミュニケーションをとりながら、政府のさまざまな政策を念頭に金融政策を進めてもらいたいと思う。そうすることで、来年に向けて日本経済に好循環が生まれることが重要である。
現在物価高が大きな問題であり、円安や中東情勢など不確定要素もある。したがって、楽観はできない。しかし、今申し上げた賃上げを含め、可処分所得をしっかり上げていく政策を、物価上昇の影響をできるだけ抑えながらやっていくことが、国民生活を守るためにも、日本経済の将来のためにも重要であると思う。