寄稿・インタビュー
岸田総理大臣書面インタビュー
(2022年6月10日付、ストレーツ・タイムズ紙(シンガポール))
「日本の岸田総理大臣へのインタビューの抜粋」
岸田文雄総理大臣は、3日間にわたるシャングリラ・ダイアログの基調講演を行うため、6月10日(金)夕方にシンガポールに到着した。ここでは、東京からの書面インタビューから、二国間および地域の問題についての彼の見解を抜粋して紹介する。
(問)シンガポールは、デジタル経済、グリーン経済、スマートシティ、民間航空、航空権など、様々な分野で日本との協力関係を強化することに強い関心を示している。これらは日本にとっても優先事項であり、これらの分野で進めるべき具体的なプロジェクトやターゲットがあるか。また、20周年を迎えた日・シンガポール経済連携協定をアップデートするつもりはあるか。
(答)先般のリー首相の訪日、今回の自分のシンガポール訪問を通じて、日・シンガポールの協力関係が一層深化・拡大されていることを嬉しく思う。
両国の間では具体的なプロジェクトが進行しており、特にデジタルやスタートアップの分野においては、先般のリー首相訪日時に、アジア未来投資イニシアティブ(AJIF)の具体化に向けた日・シンガポール官民対話の立ち上げが実現したほか、協力覚書が署名された。今後、これらの取組を含め、新しい分野での協力を具体化していきたい。特にデジタル分野については、自分が推進するデジタル田園都市国家構想とシンガポールのスマートネーション構想の連携も念頭に、両国の専門家会合等も通じて協力を深めていきたい。
また、私が掲げる「アジア・ゼロエミッション共同体構想」の下、各国の実情に応じたエネルギー移行を支援するため、ファイナンス面等で連携していきたい。
日・シンガポール経済連携協定(JSEPA)は日本が初めて締結した二国間経済協定であり、二国間の経済関係の拡大に貢献してきた。地域の経済関係を強化し、ビジネス環境を整備する観点から、日・シンガポール両国が自由貿易、デジタル、気候変動、人の往来の活性化等の分野で旗振り役を務めていくことが重要。また、この地域に自由で公正な経済圏を構築する観点から、国際秩序を維持・強化するとともに、CPTPPのハイスタンダードの維持やRCEP協定の完全な履行確保に向けた協力といった共通の利益に向け、今後とも連携を深めていきたい。
(問)ご承知のとおり、日本はシンガポール旅行者に非常に愛されている旅行先だが、シンガポール人が心待ちにしている日本の国境再オープン計画に関する詳細如何。また、これまでの日本の慎重な姿勢の合理的根拠につきご教示願いたい。
(答)旅行先としてシンガポールの皆様に日本が愛されていることを非常に嬉しく思う。
我が国の水際対策の強化は、医療提供体制の確保やワクチン接種を進める時間を確保するために必要な措置であったが、今後、水際対策を更に緩和していくこととした。
具体的には、流入リスクに応じた検疫体制をとりながら、入国者総数を1日1万人目途から2万人目途に拡大しつつ、スムーズな入国を確保する措置を、6月1日から実施している。このなかで、シンガポールを含む流入リスクの低い国・地域から入国する場合には、入国時検査と入国後待機を実施しないこととした。
また、本10日から、シンガポールを含む流入リスクの低い国・地域からの添乗員付きのパッケージツアーでの観光客 の受入れを開始した。是非、日本の滞在を楽しんでほしい。
今後も、感染状況を見ながら、段階的に受入れの拡大を目指していく考え。
(問)統計によると、パスポートを所持する日本人が減少しているようだが、この傾向をどう見るか。
(答)パスポートを所持する日本人は2019年末には3027万人であったが、2021年末には約2440万人に減少しており、これは2020年以降、新型コロナウィルス感染症が世界的に蔓延し、特に2020年3月以降にビジネス、旅行及び留学を含む海外渡航者が大幅に減少したことが影響したと考えている。
パスポート発行数は今年3月以降回復の兆しが見られるところである。
(問)岸田総理は、5月26日の東京でのスピーチで、「アジア発の新たな国際秩序」の必要性を提起されたが、そのような国際秩序の鍵となる要素は何か。また、そのような国際秩序を構築する上で、日本は独自の貢献ができる立場にあると考えるか。日本はどのような形で、誰と協力してこの新しい秩序を構築していくのか。そのような秩序の中での、ASEANと、アジアの重鎮である中国・インドの存在はどのようなものなのか。この新しい秩序は、東南アジアが米国と中国のどちらかを選ぶ必要がないことを保証するのか。
(答)アジア発の新たな国際秩序を構築していく上で、インド太平洋は、「自由で開かれた地域」、「持続可能で、力強く成長を続ける地域」、そして、「世界の課題解決に貢献する地域」であるべきと考える。
特に、平和秩序を守り抜き、地域の持続的な繁栄を実現するためには、「いかなる地域においても、主権や領土一体性の侵害や、力による一方的な現状変更は認められない」という基本的な原則が遵守されなければならない。これは、「どの国を選ぶのか」ではない。いかにして、「力」ではなく、「法の支配に基づく自由で開かれた秩序」を築き上げていくかの問題である。
日本は、シンガポールを含むパートナーと共に地域の未来を創るために積極的に貢献することで、自らの役割と責任を果たしていく覚悟である。
私がアジアの未来を考える時、とりわけ重視しているのが、ASEANとの関係である。ASEAN自身が示した「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」では、FOIPの考え方と共通する多くの原則を掲げている。日本として、FOIPとAOIPの実現に向け、具体的な協力を進めていく考えである。
世界第2位の経済大国である中国が、国際社会のルールに則り、大国に相応しい責任をしっかり果たしていくことが重要であり、中国に対しては、引き続き主張すべきは主張し、責任ある行動を求めていく。
インドとの間では、基本的価値を共有する同志国として、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」という共通のビジョンの実現に向けて、二国間、更には日米豪印の取組を通じて、幅広い分野での具体的協力を進めている。
(問)日本とASEANは、まもなく友好提携50周年を迎えるが、ウクライナにおける戦争によるサプライチェーンの混乱や、不況が迫っていると考えられる中、どうすればこの関係をより強固なものにできると考えるか。
(答)ロシアによるウクライナ侵略は、アジアを含む国際秩序の根幹を揺るがす行為。このような力による一方的な現状変更の試みは、世界のどこであろうとも認められない。また、このロシアによる侵略は、世界のエネルギー・食料供給にも混乱をもたらし、当事国、地域に留まらない経済問題を表面化させている。日本はこうした問題への対処についても、ASEAN諸国と連携していく考え。
日本とASEANは、1973年の対話開始以来、様々な困難を共に乗り越えながら、地域の発展と繁栄のために緊密な協力関係を築いてきた。来年日・ASEAN関係は、友好協力50周年を迎える。この歴史的な節目に、ASEAN各国の首脳を日本にお迎えし、特別首脳会議を開催して、過去半世紀にわたる関係を総括するとともに、将来を見据えた日本とASEANの新たな関係の方向性と協力のビジョンを打ち出したいと考えている。
その中では、既に多くの協力が日・ASEAN間で進んでいる、AOIPに関する協力が重要な要素になることが見込まれる。AOIPの主要分野である、海洋、連結性、SDGs、経済等に関する日・ASEAN協力をシンガポールを始めとする各国と今後とも継続的に実施することを楽しみにしている。