寄稿・インタビュー
インディアン・エクスプレス紙「責任ある国家関係」(八木毅駐インド大使寄稿)
2014年1月16日付
日印関係は近年めざましい拡大をとげ,かけがえのない戦略的及びグローバルなパートナーとして互いを認識している。日印関係が,両国の利益のみならずアジア及び世界の安定と繁栄のためにどのように弾みをつけると予想されるか,筆者の見解を示したい。
日本及びインドは,民主主義,人権尊重及び法の支配という基本的価値を共有している。両国の経済関係は,これらの価値の強み及び両国間の信頼を基礎に繁栄するのである。日印は2011年に日印包括的経済連携協定(CEPA)を締結した。同協定は,94%の貿易関税を撤廃し,両国間の投資を促進するための法的基盤となる。この10年で両国間の貿易は6倍に拡大し,日本の対印直接投資は史上最大規模に達した。製造業を中心とする1000社以上の日本企業がインド市場に根づいた。これは,盤石な製造,輸出拠点へのインドの変貌を促進するであろう。強く活気あるインド経済がアジア及び世界の未来にとっての要であり,これは重要な展開であると日本は見ている。
日本は世界経済における役割及び責任を十分認識している。アベノミクスが本格化する中,日本経済は現在顕著な成長を見せている。日本は引き続き,経済の活力,創造性及び革新の原動力となり,アジア及び世界全体に資することを願っている。
より広いアジアの文脈において,東アジア及び東南アジアが数十年かけて進めた例を見ない経済成長の主たる手段は,公的資金が支援する基幹インフラの構築であったことが,広く認識されている。今日,この点において日本の政府開発援助(ODA)が果たした重要な役割を疑う者はいない。民間部門における日本からの投資も世界のサプライ・チェーンに影響を与えており,アジアを自動車,電子製品及び機械の主要製造拠点へと変化させている。日印のパートナーシップは,同じ道をともに歩むことに依拠している。日本は,公共交通機関(デリー,その他主要都市の地下鉄など),電力や水を含む基幹インフラを支えている。これに基づき,日本とインドは旗艦プロジェクトであるデリー・ムンバイ間産業大動脈構想(DMCI)及びチェンナイ・バンガロール間産業大動脈構想(CBIC)を通じて,産業大動脈の構築及び交通網,都市開発にともに取り組んでいる。
これらの輝かしい事業活動の底流には,物品及びサービスの移動を促進するルール作り並びに地域経済協力の枠組におけるビジネス環境の改善という意識的な取組がある。この顕著な例がアジア太平洋経済協力(APEC)であり,日本は同枠組みの創設国の一員である。APECのほかに,日本は発効済みの日・ASEAN自由貿易協定(FTA)及び交渉中の日中韓FTAを通じて地域における貿易の自由化及び経済連携にも注力している。また,アジアの地域経済協力にはインドが欠かせないと考えている。これが,日印両国が貿易自由化及び促進のための取組に積極参加しているASEAN+6の枠組及び包括的地域経済連携を日本が強力に支援する理由である。
日本はまた,新興国国家の市場を含む国際金融市場の安定にも貢献している。日本は, 1997年のアジア通貨危機後にASEAN+3(日中韓)の枠組において設立された通貨スワップ取極のネットワークを含むチェンマイ・イニシアティブ(CMI)を通じアジアの金融アーキテクチャーの強化を主導した。さらに日印は,インドの通貨市場の発展という観点から,昨年5月以降二国間スワップ取極を150億から500億ドルに迅速に拡大した。
政治及び安全保障においては,日印は,日本の防衛大臣が先週インドの防衛相と会談するためにデリーに赴いていたように,二国間及び東アジア首脳会議などの地域的枠組を通じて引き続き両国関係を強化する。日印の協力は特定の国を対象としておらず,専ら地域全体の平和及び安定の強化を目的としている。
日本が第二次大戦後,アジア及び世界の平和と繁栄に着実に取り組んできたことは,上述したアジアの経済発展における重要な役割や国連平和維持活動(PKO)への多大な貢献にあるとおり,その実績が示している。この程,近隣国の報道キャンペーンによって,日本の平和を尊ぶ立場が故意に疑われていることは遺憾である。
安倍首相は昨年12月,1853年以降祖国のために尊い命を犠牲にした約250万人の御英霊が地位や社会的身分に関係なく奉られている靖国神社を参拝した。この靖国参拝をA級戦犯の崇拝又は軍国主義の称賛としてとらえるのは誤解である。首相が「恒久平和への誓い」に明記しているとおり,靖国参拝は,二度と戦争を起こさないと誓う目的で行われたのである。安倍首相は,「私は,過去への痛切な反省の上に立って,そう考えています。戦争犠牲者の方々の御霊を前に,今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を,新たにしてまいりま,した。 同時に,二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人,世界の友人と共に,世界全体の平和の実現を考える国でありたいと,誓ってまいりました。」と述べている。
安倍首相の靖国参拝は,軍国主義の拡大の証又は戦後の国際秩序への挑戦であると捉えられていると論じられている。靖国参拝は安倍政権の国家安全保障政策と全く関係のない事柄である。靖国参拝は,軍国主義の復活の兆し又は戦後の国際秩序への挑戦として捉えられるものではない。むしろ,上述したとおり,日本が平和を唱道する国家として第二次大戦後,アジアや世界のその他地域の発展に一貫して貢献してきたことがありのままの事実なのである。戦後日本が歩んできた平和国家としての道のりが変わることはない。これは,最近発出された国家安全保障戦略(PDF)に詳述されている。
日本は日中関係を最も重要な関係のひとつとして捉えている。両国間の個別の問題のために近年日中関係がこじれているが,二国間関係全体に個別の問題が影響しないようにすることが大切であると日本は考える。だからこそ安倍首相は,2012年12月の就任以来,中国との対話のドアは常に開いていると繰り返し述べているのである。しかしながら中国はそれを受け入れてこなかった。両国のためだけでなく,インドを含むアジア地域の平和や安定,繁栄のために中国が日本に応じ,建設的な対話に臨むことを切に望んでいる。