グローカル外交ネット
アフターコロナを見据えた協力宣言書へのオンライン署名式
(群馬県渋川市とアメリカ合衆国ハワイ州ハワイ郡の交流)
群馬県渋川市総合政策部政策創造課
石坂貴史
1 渋川市とハワイ郡の概要
群馬県渋川市は、日本そして群馬県のほぼ中央部に位置していることから、「日本のへそ」と呼ばれ、古くから工業・農業・観光(温泉など)を主要産業に栄えてきました。東京都心から約120キロメートル(鉄道を利用して約80分)の距離にありアクセスも良いことから、名湯「伊香保温泉」には、国内のみならず、海外からも多くの観光客が訪れます。
ハワイ郡は、ハワイ諸島で最も南に位置し、キラウエア火山をはじめ現在も噴火活動を続けていることから、「火山の島」として知られています。1778年にキャプテン・クックがヨーロッパ人として初めてハワイに上陸した後、1795年にカメハメハ1世がハワイ王国を建国しました。1800年代半ばに多くの日本人が移り住んでおり、ハワイ郡最大の町であり、郡都でもある「ヒロ」は、日本人の移民が作ったとも言われています。観光業が主要産業であり、フラダンスにおける世界最大の祭典「メリーモナークフェスティバル」の開催地でもあります。
2 姉妹都市交流のきっかけ
1997年、駐日ハワイ王国弁理公使ロバート・ウォーカー・アルウィン氏(ベンジャミン・フランクリンの子孫)が公使在任中から死去するまで夏に別荘として使用していた渋川市内(伊香保地区)の建物が史跡指定されたことをきっかけに、同年1月22日に渋川市(伊香保地区)とハワイ郡は姉妹都市提携を結びました。
渋川市とハワイをつなぐ架け橋となったアルウィン氏ですが、彼は1866年に郵便船舶会社の駐在代理人として来日し、その後は井上馨や益田孝と親交を深め、貿易や移民事業で財を築きました。1880年にハワイ王国の総領事代理を務めたことから、ハワイ王国と関係を持つようになり、同国の弁理公使等の役職を歴任することになりました。日本人女性と結婚し、81歳で亡くなるまで日本で暮らしましたが、蒸し暑い日本の夏を快適に過ごすための保養地を探し、井上馨の紹介で伊香保を訪れ、この地を大変気に入りました。ここで購入した別荘の一部が、現在の市指定史跡「ハワイ王国公使別邸」となりました。
3 姉妹都市交流事業について
1997年1月22日の姉妹都市提携以降、両都市は教育・観光事業等、様々な分野で交流を重ねてきました。
教育分野では、外国の文化・風土・習慣などを体感し国際的視野を広めること、語学力の向上を図ることを目的として、次代を担う中学生を対象に派遣事業を実施してきました。また、両都市間における文化・芸術に対する相互理解を深めるため、児童の絵画を姉妹都市間で交換し展示しています。
観光分野では、当市で行われるハワイアンフェスティバルにおいて、ハワイ島ヒロで行われる世界最大のフラダンスコンテスト「メリーモナークフェスティバル」で推薦されたチームを招き、「メリーモナークショー」の公演や、実技指導を行う「ハワイアンセミナー」を実施してきました。
4 コロナ禍でのオンライン交流
ところが、2020年に世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症の影響により、姉妹都市事業の多くは中止を余儀なくされてしまいました。ハワイアンフェスティバルの中止に伴い、直接的な交流ができないことはもとより、児童作品展による文化交流もできませんでした。
姉妹都市となったことで、相互の交流を通じて両地域の人々は理解と信頼を深めてきましたが、上記のとおり交流が一時的に停滞していることから、姉妹都市提携25周年の節目となる2022年に、両都市の絆を再確認するとともに、感染症に立ち向かい、終息後には活発な都市交流を再開することを見据えたオンラインイベントを実施する運びとなりました。
2022年2月18日、両都市の絆を再確認するとともに、今後、経済・社会・教育・科学技術等、あらゆる分野で協力していくことを表明する宣言書への署名式をオンライン形式で開催いたしました。式典では、両首長のみならず、姉妹都市事業に寄与されたハワイ島日系人協会長やメリーモナークフェスティバル実行委員長からもお祝いのメッセージをいただきました。
宣言書への署名にあたっては、先だって相手首長から署名をいただいていた宣言書に首長が署名し、モニター越しに宣言書を見せ合うことで、直接的な接触を避けた署名式を実施することができました。
最後は、式典終了後に贈り合う記念品(渋川市からはアマビエをモデルにした創作こけし、ハワイ郡からはフラガールの像)を紹介し、記念品に感染症の終息と今後の両都市の更なる交流の発展への願いを込め、オンライン式典を締めくくりました。
今回のオンライン署名式により、姉妹都市の絆が再確認されました。今後、一日も早く新型コロナウイルス感染症が終息し、オンライン交流だけでなく、対面による直接的な交流の再開の実現が期待されます。