寄稿・インタビュー
EFE通信への茂木外務大臣寄稿(令和8年7月31日付)
「中南米と共に、強く豊かに」
我々は、今、不確実性と変革の時代に生きている。自由、民主主義、法の支配といった価値や原則に基づく国際秩序は揺らぎを見せ、ロシアによるウクライナ侵略やホルムズ海峡をめぐる状況を含むイラン情勢が示すように、一地域の危機が世界の安全保障や経済に大きな影響を及ぼしている。
一部の国による非市場的政策・慣行や経済的威圧が、他国の持続的な経済成長や自律的な政策決定、国際社会の公正な競争環境を損なう状況も頻発している。さらに、AIを始めとする加速度的な技術革新は、新たな機会をもたらす一方、認知戦の拡大を招き、民主主義の基盤を揺るがす要因にもなっている。気候変動は、世界各地で豪雨、干ばつ、ハリケーン等の異常気象を激甚化・頻発化させ、人々の生命や暮らしを脅かしている。
日本はこれまで、「自由」「開放性」「多様性」「包摂性」「法の支配」を理念とする「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を日本外交のビジョンとしてきた。日本は、不確実性と変革の時代を各国と共に生き抜くための新たな提案として、本年5月、進化したFOIPを発表した。日本が依拠する理念は不変である。
中南米諸国は、19世紀初頭に始まる独立以来、自律と発展を追求し、民主主義や自由貿易を推進するとともに、この地域の歴史、文化、自然環境等が育んだその素晴らしい「多様性」を大切にしながら、より「包摂的」な社会の実現に向けた努力を積み重ねてきた。そして、現在の国際情勢下においても、国際秩序と「法の支配」の擁護者として大きな役割を担う存在である。こうした多くの中南米諸国が示してきた方向性は、日本外交が重視する理念とまさに合致し、深く共鳴し合うものである。
そして、これらの理念がかつてない試練にさらされる今、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化するために、価値や原則を共有し、強固な友情を育んできた日本と中南米諸国が緊密に連携していくことの重要性が一層高まっている。
日本は、中南米と共に、こうした国際秩序を守り抜く覚悟である。そして、その秩序がもたらす一定の予見可能性と安定を基盤としながら、以下の3点を柱として、共に強く豊かになることを目指していく。
伝統的な信頼できるパートナーとしての我が国の立場のアップデート
第一に、日本は中南米諸国との伝統的信頼関係をアップデートし、更に強固なものとしていく。日本と中南米は、地理的な隔たりを超え、長年に亘り揺るぎない信頼関係を築いてきた。日本は、アジアにおいて中南米諸国と最も長い外交関係を有する国といっても過言ではない。その関係は、相互の尊重と対話の積み重ねによって培われてきた。
この関係を支える最も重要な礎は日系人の存在である。中南米各地で活躍する日系人の方々は、日本と中南米を結ぶかけがえのない架け橋であると同時に、現地社会の一員として、幅広い分野で各国の発展に大きく貢献してきた。日本は今後、更に若い世代への日系人としてのアイデンティティ継承を支援し、新たな親日家や日本に関心を寄せる人々との交流を一層広げ、世代を超えて人的な絆を発展させていく。
もう一つの日本の強みは、各国の実情とニーズに寄り添う開発協力である。日本は、非正規移民・帰還移民への対応や格差是正に取り組む国には、産業振興や人材育成を通じた機会創出を後押しする。気候変動による影響等、固有の開発課題を抱える小島嶼国には、企業の知見も活用し、先端技術による解決手段を提供する。急速な都市化や高齢化への対応を迫られる国には、課題先進国として経験に基づく知見を共有する。薬物密輸や治安悪化に悩む国では、国際機関とも連携しながら対策強化に共に取り組んでいる。
日本は、これまでも多様な課題に真摯に向き合い、柔軟かつ誠実な支援を重ねてきた。引き続き、長年の経験で培った開発協力のノウハウや官民連携の枠組も活用しつつ、中南米諸国の「信頼のパートナー」として、各国の課題解決と持続的発展に貢献するとともに、日本と中南米の双方の繁栄につながる協力を推進していく。
経済関係強化のための具体的かつ迅速な行動
第二に、日本は、中南米と共に強く豊かになるため、特に経済分野における具体的行動を迅速にとっていく。
不確実性と変革の時代において安定と繁栄を実現するには、自らの運命を自らの手で決めるための「自律性」と「強靱性」が不可欠である。進化したFOIPでは、これらが重要施策として位置付けられている。同時に、特定の相手への過度な依存を避け、多様なパートナーとの多角的連携を通じて、選択肢を広げることが重要である。
日本と中南米の協力には大きな可能性と潜在性がある。中南米は、重要鉱物やエネルギーをはじめ、世界経済の持続的成長を支える資源に恵まれた地域であり、日本は、中南米諸国とも連携しながら、透明性、強靱性及び信頼性を備えたサプライチェーンの構築に貢献してきた実績を有する。日本と中南米は、これまでの協力関係も基盤としながら、経済安全保障分野にも協力のフロンティアを拡大し、持続可能な成長を相互に支えるべく、経済連携を一層発展させることができる。
経済連携を推進する上で、EPA拡充の重要性は論を俟たない。既存の枠組の維持・強化に加え、CPTPPの戦略的拡大やメルコスールとのEPAをはじめとする新たな経済連携も実現したい。EPAは、貿易関係強化にとどまらず、各国における法的安定性の確保のためのメカニズムとしても機能する。EPAの存在により、日本企業による中南米への投資、雇用創出、人材育成、技術移転が更に促進されることとなる。
地域の連結性向上に向けたインフラ整備分野での連携も進めていく。日本は、昨年7月、「中南米地域へのインフラ海外展開に関する官民連携プラットフォーム(PLACIDA)」を立ち上げた。日本企業の知見も活かし、質の高いインフラ整備に貢献していく。
さらに、デジタル・サイバー・AI、宇宙、クリーンエネルギーといった最先端分野についても、協力の余地は大きい。これらは成長産業であるだけでなく、社会課題の解決や産業高度化、将来の競争力を支える基盤である。同時に、こうした先端技術は、開発の先導を誤れば、国際社会全体に深刻な影響を及ぼしかねない。技術開発が正常な軌道を描き、次世代の成長を創り出していくものとなるよう、中南米諸国との連携を深めていく。
国際社会に責任を有する主体としての連携の強化
最後に、日本は、国際社会に責任を有する主体として、地球規模課題への対処やグローバル・ガバナンスの強化に向けた中南米諸国との連携を強化していく。そのための協力分野は多岐にわたる。国際社会における不確実性の高まりに対しては、バランスの取れた国際・地域情勢認識に基づく建設的なメッセージを共に発信するとともに、気候変動、海洋、防災、軍縮・不拡散といった国際社会の課題への対応において、責任ある対等なパートナーとして連携を深めていく。
また、国連を中心とする多国間主義とグローバル・ガバナンスの維持・強化も重要である。国連の権威と実効性を高めるための安保理改革を含む国連改革は、もはや先送りできない喫緊の課題である。さらに、対話と外交による紛争の平和的解決に向けた和平調停の取組においても、中南米地域が培ってきた経験と知見を活かしながら、緊密に連携していきたい。
「自由」「開放性」「多様性」「包摂性」「法の支配」といった理念を共有する同志であるからこそ、国際社会において共に果たすべき役割がある。日本は戦略的なパートナーとして、中南米諸国と手を携えて、国際社会の安定と繁栄を築く準備ができている。日本は中南米諸国と共にその道を歩んでいく。

