ODAと地球規模の課題
釘田WOAHアジア太平洋地域代表へのインタビュー
(文責:小倉朋子)
令和5年度外務省インターン生の小倉朋子(東京大学経済学部3年・国際協力局専門機関室インターン)が、国際獣疫事務局(WOAH)アジア太平洋地域代表の釘田博文様にお話を伺いました。
WOAHの興味深い取組や釘田様のこれまでのご経験など、釘田様のWOAHへの熱い思いを語っていただきました。そのインタビューの内容をご紹介します。
1 WOAHについて
(1)WOAHはどのような機関ですか。
ア WOAHの歴史
WOAHは、世界の動物衛生の向上を目的として1924年にOIE(Office International des Epizooties)としてフランスのパリに設立され、動物衛生や人獣共通感染症に関する国際基準の策定等を行ってきました。1945年の国連設立以前に設立された機関であり、国連の傘下にありません。現在はWOAH(World Organisation for Animal Health)という名称が使われており、日本を含む183カ国が加盟しています。 WOAHの設立の背景には18世紀から19世紀にかけて世界的に流行した牛疫に対して、国際的な協力が必要であるとの気運の高まりがありました。
イ アジア太平洋地域代表事務所
WOAHにはパリの本部以外に13の地域事務所があり、アジアにはアジア太平洋全体を担当する東京のアジア太平洋地域代表事務所とASEAN10カ国を担当するバンコク準地域代表事務所があります。アジア太平洋地域代表事務所は、東京大学キャンパス内にあり、日本や東南アジアを始め13名のスタッフが、アジア太平洋地域を対象として動物衛生・福祉向上のための支援活動を展開しています。
ウ 活動の4本柱
WOAHの活動には「透明性」「国際基準」「専門性」「連帯」の4本の柱があります。
「透明性」の面では、世界の疾病情報の収集と提供を行っています。各国は、WOAHが定める疾病の新たな発生を確認した場合、24時間以内にWOAHに対して報告する義務があり、そのためにWAHIS(World Animal Health Information System)というインターネット上のシステムが用いられています。WOAHはその情報を早期警戒情報として各国に共有します。
「国際基準」の面では、安全な国際貿易のための国際基準設定において、動物衛生分野をWOAHが担当しています。各国にとって自国に病気を持ち込まないようにすることは大切ですが、輸入制限がむやみに行われると自由貿易の妨げになってしまいます。このトレードオフに対応するために、WOAHが科学的根拠に基づいて設定した「国際基準」が使われています。
「専門性」の面では、WOAHの科学的ネットワークとして、WOAH協力センター(横断的課題に関する研究機関等)、WOAHリファレンス研究所(特定の病原体や疾病に関する専門性を有する研究機関等)の二つがあります。WOAHはこれらのネットワークの専門家と密接に連携を図りながら、最新の科学的知見に基づいた活動に努めています。
「連帯」の面では、加盟国間の情報共有や能力構築支援が行われています。
WOAHは、他の国際機関とも連携しています。世界保健機関(WHO)、国連食糧農業機関(FAO)、国連環境計画(UNEP)と共にOne Health)アプローチを提唱し、人・動物・食料・環境の観点から各国内での多分野間の連携強化を支援しています。各国の獣医サービスの能力向上支援として、PVS (Performance of Veterinary Service) Pathwayという取組があります。動物感染症に効果的に対応するには、感染症発生後の対応だけでは不十分であり平時から各国の対応能力を高めておく必要があります。そこで、セミナーなどの実施、各国の能力評価、各国毎の支援計画の策定、獣医法制や獣医師の能力の構築支援というサイクルを通じて、各国の対応力を高めています。
エ その他の活動の例
狂犬病に関して、犬を介した狂犬病による人の死亡を2030年までになくすことを目標としています。狂犬病は、感染した場合の致死率が100%であり世界で毎年6万人が犠牲になっている恐ろしい病気です。ワクチンを犬に接種することで予防できますが、途上国ではその接種が困難という現実があり、集団ワクチン接種のための研修やワクチンバンクの設置などを行っています。
また、薬剤耐性菌問題(AMR)への対策も行っています。薬剤耐性とは、抗菌薬(抗生物質、抗生剤)の不適切な使用を背景にして、抗菌薬が効きにくい又は効かない菌(薬剤耐性菌)が増えている問題です。何も対策をとらなければ、2050年までに全世界で約1000万人がAMRによって死亡すると予測されています。抗菌薬を適切に使うことが重要であり、WOAHではAMR及び抗菌剤の慎重使用に関するOIE戦略を2016年に作成し、AMRに関する理解の向上や各国の支援に取り組んでいます。
(2)WOAHとSDGsの関係について教えてください。
WOAHの活動は「1貧困をなくそう」、「2飢餓をゼロに」、「3すべての人に健康と福祉を」、「13気候変動に具体的な対策を」、「15海の豊かさを守ろう」等の目標とは密接に関係しています。
例えば、途上国における畜産は、食料供給源であると同時に農業従事者などの貴重な現金収入源であるため、動物の病気を防ぐことは貧困・飢餓対策に直結します。また、動物由来の感染症が人の間で流行することもあることからわかるとおり、動物衛生は人の健康に密接に関わっており、WOAHの活動も人の健康に関わっています。
畜産業で飼育される牛の排出するメタンガスが地球温暖化の一つの要因になっているとの指摘もあり、地球の環境に配慮した畜産のあり方を考えることも必要です。また、水産資源の枯渇や消費量拡大を背景に、水産養殖の役割が近年大きくなっています。水産養殖業は閉鎖的な環境で魚を飼育するので、ひとたび病気が発生すると甚大な被害が出ます。こうした問題にもWOAHは取り組んでいます。
2 釘田アジア太平洋地域代表について
(1)国際機関で働こうと思われたきっかけや理由。
元々獣医師として農林水産省に勤務しており、WOAHに日本を代表して参加するようになったことがWOAHとのつながりのきっかけです。もともと、実家が牧場を営んでおり、日常的に牛などの家畜が周囲にいる環境で育ったので、獣医や動物衛生に興味を持ち獣医になりました。
(2)これまでのキャリアの中で最も印象残った出来事。
2000年前後にイギリスはじめ世界各地で発生した牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病の問題への対応です。狂牛病は牛の病気ですが、人間への感染の可能性が懸念され、アメリカで狂牛病発生をきっかけに日本は米国産牛肉の輸入をストップし大きな社会的な問題となりました。米国からは早期輸入再開を迫られましたが、科学的なエビデンスに基づいた議論が大切であると感じ、WOAHの国際基準の重要性を感じた出来事でした。
貴重なお話をありがとうございました。