世界保健機関(WHO)

令和7年10月23日

背景・経緯

 2019年末以降広がった新型コロナウイルスによる感染症の大流行(パンデミック)は、日本を含む世界中で人々の健康と安全に対し大きな脅威をもたらし、また、社会・経済活動全般に甚大な影響をもたらしました。この事態を契機に、世界保健機関(WHO)では、将来再び国や地域を越えて感染症のパンデミックや公衆衛生上の緊急事態などの健康危機が発生した際に国際社会が協調してより良く対応するための方策について、議論が行われることとなりました。

 その一つが、国際保健規則(IHR: International Health Regulations)の改正です。IHRは、疾病の国際的伝播を防止することを目的としてWHO憲章第21条(注1)に基づき定められた規則です。IHRでは、入域地点における日常の衛生管理や緊急事態発生時の対応に関し地域・国家レベルで最低限備えておくべき能力(「中核的能力(core capacity)」)を定めるとともに、自国内で国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態等が発生した場合等におけるWHOへの通報やWHOを通じた情報共有を通じ、当該事態が拡大して国家間の往来や国際的な活動に影響を及ぼすことを防ぐための方策が定められています。新型コロナウイルス感染症については、この中核的能力を十分に満たしていると評価されていた先進国であっても流行を食い止めることはできず、国民の健康のみならず経済・社会活動全般が甚大な影響を受けました。

 その教訓を踏まえ、2022年11月からIHRの見直しのための議論が行われ、2年余りの交渉を経てまとめられた改正案は、2024年の第77回世界保健総会(WHO総会)において採択されました。同改正は、同規則第59条の規定(2022年改正)に基づき、2025年9月19日付けで効力を生じました。(注:IHRについては、厚生労働省ホームページを参照ください別ウィンドウで開く。)

 もう一つが、「パンデミックの予防、備え及び対応(Prevention, Preparedness and Response。以下「PPR」。)に関するWHOの新たな法的文書(WHOCA+)」(注2)の作成に向けた交渉です。WHOでは、WHOCA+と上記IHRが相互に補完し合うことで、パンデミック及び公衆衛生上の緊急事態におけるPPRの強化、また、国際社会のより良い協調が実現されることを期待して、両作業を同時並行的に行ってきました。

  • (注1)WHO憲章第21条「保健総会は、次の事項に関する規則を採択する権限を有する。(a)疾病の国際的まん延を防止することを目的とする衛生上及び検疫上の要件及び他の手続(後略)」
  • (注2)“WHOCA+”(WHO convention, agreement or other international instrument on pandemic prevention, preparedness and response(PPR))(注:交渉作業中の文書の呼称。のち2025年の世界保健総会において交渉成果文書が採択され、文書の英文名称は「WHO Pandemic Agreement」となることが確定した。)

政府間交渉会議(INB)における「パンデミックの予防、備え及び対応に関するWHOの新たな法的文書」の作成

 2021年12月のWHO特別総会において、WHO加盟国は、WHOCA+の作成のための政府間交渉会議(INB: Intergovernmental Negotiating Body)の設置を決定しました。INBは、2024年の第77回WHO総会に成果物を提出することを目標とし、2022年2月から2024年5月まで交渉会合を重ねましたが(INB1~9)、期限までに成果物をまとめることはできず、同月開催された第77回WHO総会では、INBの交渉期限の延長が決定されました(詳細は第77回WHO総会決定概要資料(PDF)別ウィンドウで開く参照)。継続された交渉の結果、2025年4月の会合(INB13再開会合)で成果物としての文書案がまとまり、文書案は2025年5月の第78回WHO総会に提出されました。

第78回WHO総会における「WHOパンデミック協定(仮称)」の採択

 2025年5月20日、第78回WHO総会で、WHOCA+はWHO Pandemic Agreement(以下「WHOパンデミック協定(仮称)」)として採択されました。
 WHOパンデミック協定(仮称)では、パンデミックのPPRの強化のため、締約国が実施すべきこと、踏まえるべきことや締約国間の協力内容等について規定されています。主な内容として、例えば以下のような事項についての規定が設けられています。

【予防】
 各締約国は、パンデミックを未然に防ぐために、感染症の予防やサーベイランスのための措置や能力を強化し、早期発見、早期介入に努める。また、締約国間の協力により国際的な予防・サーベイランスの措置や能力を強化する。人の感染症の原因は動物や自然界と密接に結びついていることから、「ワンヘルス・アプローチ」の考え方を踏まえ、関連する様々な部門間の連携や協力を促進する。
【備え】
 パンデミックへの平素からの備えとして、各締約国はそれぞれの状況に応じ自国の保健・医療体制の強化を図り、保健人材の育成や緊急時の対応体制の構築、医療・保健関係者の勤務環境や福利厚生面の整備、医薬品等の承認・規制当局の即応能力の強化等を行う。また、研究・開発や医薬品等の生産の地理的多様化、生産基盤の強化等のため、国際的な協力を推進する。
【対応】
 パンデミックの対応において、有効な医学的対応策を迅速に特定・開発し、全ての国・人々が分け隔てなくワクチン・治療薬・診断薬(vaccine, therapeutic, diagnostic。以下「VTD」。)や医薬品・保健製品を入手できるよう、「病原体の共有と利益の配分」のための仕組みや国際的な分配の方策を構築する。また、研究開発や医薬品・保健製品等の調達に際する透明性の向上等に取り組む。

 上記の【対応】の項目で触れた「病原体へのアクセス及び利益配分」(PABS SystemPathogen Access and Benefit-Sharing System)は、新型コロナウイルスによるパンデミックにおいて、世界の中でVTDの迅速な供給に差異が生まれたことへの問題意識に基づき協定に盛り込まれることになったものです。WHOパンデミック協定(仮称)第12条では、パンデミックを引き起こす可能性のある病原体やその情報を速やかに共有して有効な対応策の開発・製造を促進するとともに、製造されたVTDの一定割合をWHOに提供し(生産量の20%が目標。そのうち10%は寄付、残り10%は手頃な価格での提供。)、提供されたVTDをリスクやニーズに応じて衡平に分配するための国際的な仕組み(PABSシステム)を作ることが規定されました(第12条(PDF)別ウィンドウで開く参照。)。INBは協定案をまとめるに当たり、PABSシステムの詳細について附属書で定めること、同附属書の完成後にこの協定の発効に向けた作業を進めることで一致しました。これを踏まえ、附属書の作成(交渉の実施)を主な任務とする政府間作業部会(IGWG: Intergovernmental Working Group)の設置が決定され、2026年の第79回WHO総会に成果を提出することを目指してIGWGの作業が行われることとなりました。
 なお、WHOパンデミック協定(仮称)の交渉において、ワクチンの強制接種や言論統制など、国家主権を制限したり基本的人権の侵害について懸念を生じさせたりするような内容に関する議論が行われたことはなく、採択された協定にも、そのような懸念を生じさせる内容は含まれていません。

政府間作業部会(IGWG)

 IGWGは、2025年7月に第1回会合(組織会合)を開催し、議長団(ビューローメンバー)の選出、作業計画等について議論を行いました。その後、各国からの提案を招請しつつ、同年9月に開かれた第2回会合から、PABSシステムに関する附属書の交渉が行われています(IGWG(PDF)別ウィンドウで開く参照)。
 国境を越えて影響を及ぼすパンデミックは、国際社会が協力して対応すべき課題です。我が国は、パンデミックのPPRを強化するため、実効的で意味のある国際的な規範を作成し、普遍的な参加を得て取り組んでいくことが重要であるとの立場で、INBの交渉に臨んできました。IGWGにおいてもこの基本的な考え方に基づき、PABSシステムが実際に機能する仕組みとなるよう、引き続き建設的に交渉に臨んでいきます。

IGWG各会合の概要

第1回会合(組織会合)(2025年7月9日~10日)
 ビューローメンバー(議長団)の選出、作業計画案、作業日程案等について議論が行われました。
第2回会合(2025年9月15日~19日)
 附属書のアウトライン案に関する議論が行われ、附属書に盛り込むべき項目、主要な用語・概念の意味、パンデミックを引き起こす可能性のある病原体を特定する上で基準となる事項等につき各国の見解が提示されました。また、病原体の特定に関しては、WHOの科学者の専門的見解等も聴取しました。
 この会合に先立ち、各国から附属書に関する初期提案が提出されました(各国の提案(英文)はこちら別ウィンドウで開く参照。)。我が国も厚生労働省が中心となって、まず優先的に検討すべき主要な点についての議論を促すことを期し、要点を図示した提案を提出しました(リンク(英文)(PDF)別ウィンドウで開く参照。)。
  • 第3回会合(2025年11月予定)
  • 第4回会合(2025年12月予定)
  • 第5回会合(2026年2月予定)
  • 第6回会合(2026年3月予定)
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