![]() 国際緊急援助隊の参加隊員達 |
![]() 田中外務大臣より感謝状を授与 |
![]() モザンビーク洪水災害 診療受付 |
![]() インドネシア地震災害 治療風景 | |
![]() エルサルバドル地震災害 診察風景 |
![]() インド地震災害 医療テント | |
![]() インド地震災害 倒壊家屋 |
![]() インド地震災害 テント引き渡し |
以上
派遣国 及びチーム |
災害概要 | 派遣期間 | 人数 | 活動内容 | その他の緊急援助 | ||||||||||||
モザンビーク洪水災害 医療チーム |
2000年1月中旬からの降雨、特に2月11日~13日の間の豪雨に加え同月21日~22日のサイクロン襲来により同国で過去50年来の最悪の洪水災害が発生し、推定約千人規模の死者と約300万人の被災者を出した。 | 00. 3.16~29 |
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首都マプトから約200km北東に位
置するホクウェという定住民2万、避難民3万の村に診療テントを設営し、9日間の活動期間中に2,611名の患者に対し診察・処置を行った。1日平均290名、ピーク日には449名を診察した。 マラリア患者が多く、特に幼児の発熱患者は大半がマラリアであった。続いて、呼吸器欠陥症、下痢の症状が多かった。 |
・緊急援助物資 1回目 約1,800万円相当 (テント、毛布、プラスチックシート) 2回目 約1,950万円相当(浄水剤) ・緊急無償資金 1回目 10万ドル 2回目 60万ドル |
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インドネシア地震災害 医療チーム |
2000.6.4、インドネシアのスマトラ島沖においてM7.3の地震が発生。沿岸地を中心に数百戸の家屋が倒壊、病院等の公共施設も被災し、被災者の手当など困難な状況が生じた。 | 00. 6. 7~20 |
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被災地ベンクル市内の病院及び郊外の診療所の2ヶ所に医療テントを設営し、診察活動を実施した。10日間の活動期間中、外傷、内科系疾の患者等、合計526名に対し診察・処置を行った。 |
・緊急物資供与 約1,500万円相当(テント、プラスチックシート、大工セット、石鹸) |
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エルサルバドル地震災害 医療チーム |
2001.1.13、エルサルバドルのラパス県沿岸付近を震源にM7.6の地震が発生。死者844名、負傷者8,723名、被災者総数約132万人(エルサルバドル政府発表)。 | 先発(7名) 01. 1.15~28 後発(11名) 01. 1.16~28 |
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ウスルタン県のサンティアゴ・デ・マリア市所在のサンティアゴ・デ・マリア病院及び同市近隣のサンタ・ヘマ学校の2カ所で、10日間の活動期間中、合計1,573名の患者を診察した。 患者の主な症状は呼吸器疾患、下痢症及び精神疾患等であった。 |
・緊急援助物資 約2,500万円相当(テント、毛布、プラスチックシート、簡易水槽、発電機、医薬品・医療資機材) ・緊急無償資金 50万ドル |
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インド地震災害 医療チーム |
2001.1.26、グジャラート州でM6.9(米国地質学研究所によればM7.9)の強い地震が発生。 2月13日のインド政府の発表では、死者16,927人、負傷者166,836人、総被災者数1,590万人、被災家屋988,501戸等の甚大な災害を及ぼした。 |
先発(17名) 01. 1.30~ 2.12 後発(2名) 01. 1.31~ 2.12 (大使館館員1名が医療チームに合流) |
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アーメダバード及びその周辺を対象に活動を開始したが、救急医療のニーズは少ないことが判明し、2月1日より2班に分かれてブージへ移動。2月3日よりブージ周辺のマドプール村及びククマ村の2カ所で、7日間の活動期間中、合計995名の患者を診察した。 診察内容は、被災時の応急処置の不完全を原因とする傷口の化膿が多く、骨折、精神障害、下痢等の感染症等の患者も多かった。 |
・緊急援助物資 1回目 約3,000万円相当(テント、毛布、医薬品・医療資機材等) 2回目 約7,140万円相当(テント、毛布) ・緊急無償資金 1回目 70万ドル 2回目 230万ドル ・NGO緊急活動支援 約2億3千万円 (6団体:日赤、ピースウィンズ、アドラ、セーヴザチルドレン、ワールドビジョン、AMDA、) |
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インド地震災害 自衛隊部隊等 |
前述 | 01. 2. 5~11 |
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成田備蓄倉庫より、緊急援助物資(テント441張及び毛布4,475枚)を自衛隊輸送機で被災地ブージまで輸送し、現地ではテント設営指導等の災害応急対策活動を行った。 |