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第1章 評価の概略

  1-1 評価調査の背景と目的

(1) 調査の背景

 開発・援助における女性の役割・地位の重要性を理解し、これに配慮すべきという考え方は、1960年代から70年代にかけて認識されるようになり、90年代に入り、国際人口開発会議(1994年、於:カイロ)、社会開発サミット(1995年、於:コペンハーゲン)、第4回世界女性会議(1995年、於:北京)の一連の国際会議で、さらにその重要性に対する認識が高まった。

 日本は、1992年に閣議決定された政府開発援助大綱(以下ODA大綱)で、ODAの効果的実施のための方策として、「開発への女性の積極的参加および開発からの女性の受益の確保について十分配慮する」と明記した。1995年、第4回世界女性会議(北京会議)において「途上国の女性支援(WID)イニシアティブ(以下WIDイニシアティブ)」を発表、教育、健康、経済・社会活動への参加を重点分野とした。1999年に発表された政府開発援助に関する中期政策(以下ODA中期政策)では、貧困対策や社会開発分野への支援における重点課題の1つとして、WID/ジェンダーを挙げており、同分野の開発援助の拡充に努めている。

 依然として世界の貧困人口の約7割が女性であり、アフガニスタン復興支援では、女性の支援が焦点となるなど、開発における女性支援(WID: Women in Development)/ジェンダーの視点は、ますますの充実が求められている。

(2) 調査の目的

 本評価調査では、「WIDイニシアティブ」をWID/ジェンダー政策とみなして評価を行う。これまでのWIDイニシアティブに係る取り組みについて、成果と課題を抽出し、今後のWID/ジェンダー政策のよりよい企画立案と実施に向けた提言を示すことを目的とする。

1-2 調査の対象

(1) 評価対象

 1995年に行われた北京会議で日本政府が発表した「WIDイニシアティブ」を本評価調査の対象とする。

 WIDイニシアティブの骨子は、「基本的な考え方」、「3つの重点分野」、「日本のこれからの協力」で構成されており、概要は以下の通りである 1

WIDイニシアティブの骨子

「基本的な考え方」
 均衡のとれた持続的な経済・社会開発のためには、女性の参加と受益が不可欠であり、WIDに配慮した開発援助は女性の地位の強化(empowerment)や男女格差の解消(gender equality)を促進できる。日本政府は女性を主たる受益対象とした案件を実施するとともに、案件のすべての段階で、女性の参加・受益配慮に努力する。

「3つの重点分野」
 日本は、「教育」、「健康」、「経済・社会活動への参加」の3分野を重視する。これらの分野の相互作用に留意して、包括的な取り組みを進める。

「日本のこれからの協力」
 あらゆる対話の場を通じて、途上国政府・国民の意識の向上を図る。教育では、6歳から11歳までの男女格差をなくすことを目的とした協力を行う。健康では、妊産婦死亡率と乳児死亡率の減少を目的にした協力を行う。経済・社会参加では、女性の研修・訓練、労働環境の改善、関連法律・制度の整備、零細企業の育成支援のための協力を行う。


(2) ケーススタディ対象国及び案件

 本評価調査では、ケーススタディ国として、グアテマラとホンジュラスを取り上げ、現地調査を行った。対象分野は、WIDイニシアティブが重点とした「教育」、「健康」、「経済・社会活動への参加」の3分野とし、上記ケーススタディ国で実施された当該3分野のWlD/ジェンダー案件が、WID/ジェンダー政策の下で実施されたとみなして評価する。なお、ケーススタディ国は、わが国が主要ドナーであり対象分野に該当する案件の実績があることを基準として選定した。今回の評価対象となった案件は、以下のリストの通り。

WIDイニシアティブ 評価対象国
教育 グアテマラ
健康 ホンジュラス
経済・社会活動への参加 ホンジュラス


グアテマラ(教育)
案件名 スキーム 実施年
・ 小学校建設計画 一般無償資金協力 96-98年
・ 女子教育にかかる企画・調整 専門家派遣 95-01年
・ 女子教育協力の教育方法の開発 専門家派遣 96-99年
・ 女子教育アドバイザー 専門家派遣 99-00年
・ 女子教育計画アドバイザー 専門家派遣 99年
・ 地方基礎教育手法の開発 専門家派遣 01-03年
・ 女子教育ナショナル・セミナー 日本WID基金 97年
・ 女子教育支援プログラム 日本WID基金 99年
・ チマルテナンゴ県女子初等教育普及計画 草の根無償資金協力 96年
・ トトニカパン県教員教授法改善セミナー実施計画 草の根無償資金協力 96年
・ トトニカパン県二言語教育促進小学校への図書供与計画 草の根無償資金協力 96年
・ ソロラ県教員再訓練セミナー実施計画  草の根無償資金協力 97年
・ レタウレウ県教員再訓練セミナー実施計画 草の根無償資金協力 97年
・ グアテマラ県教員再訓練セミナー実施計画 草の根無償資金協力 97年
・ アルタ・ベラパス県教員再訓練セミナー実施計画 草の根無償資金協力 97年
・ フティアパ県教員再訓練セミナー実施計画 草の根無償資金協力 97年
・ トトニカパン県二言語・女子教育および参加型統合プログラム促進 小学校への図書供与計画 草の根無償資金協力 97年
・ フティアパ県21世紀の女子教育プロジェクト(第2フェーズ) 草の根無償資金協力 00年
・ トトニカパン県二言語識字教育教科書作成計画 草の根無償資金協力 00年
・ サンタ・クララ・ラ・ラグーナ市パベヤ・チチヤル地区小学校建設計画 草の根無償資金協力 01年
・ ペテン県小学校読み書き能力向上計画 草の根無償資金協力 01年
・ 二言語教育推進小学校のためのポポル・ブフー普及版作成計画 草の根無償資金協力 01年
・ グアテマラ国貧困地区小・中学校のための教育図書供与計画 草の根無償資金協力 01年
・ トトニカパン市チョタカ地区中学校建設計画 草の根無償資金協力 01年
・ スニル市ラ・カレラ村小学校建設計画 草の根無償資金協力 01年
・ エル・アシンタル市サン・ホセ地区中学校建設計画 草の根無償資金協力 01年


ホンジュラス(健康)
案件名 スキーム 実施年
・ 看護教育強化 プロジェクト方式技術協力 90年9月-
・ 保健医療総合改善計画 専門家派遣 94年-
・ 看護教育強化(個別派遣専門家) 専門家派遣 98年-
・ 子供の疾病対策計画 一般無償資金協力 99年
・ 第7保健地域リプロダクティブ・ヘルス向上プロジェクト プロジェクト方式技術協力 00年-
・ サン・ペドロ・スーラ市メトロポリンタン区域ラス・パルマス保健所管轄区ラ・ウニオン地区における生産期女性保健向上計画 草の根無償資金協力 01-02年


ホンジュラス(経済・社会参加)
案件名 スキーム 実施年
・ 貧困女性研修センター建設計画 草の根無償資金協力 99年
・ 貧困女性のための生計向上事業 開発福祉支援 99年


1-3 調査団員名および調査工程

(1) 調査団員

総括    和田 泰志 (アイ・シー・ネット株式会社 シニアコンサルタント)
  岡  智子 (アイ・シー・ネット株式会社 アシスタントコンサルタント)


学識経験者(アドバイザー)

橋本 ヒロ子 (はしもと ひろこ)氏
 専門分野:WID/ジェンダー、男女共同参画政策
 現職:十文字学園女子大学 社会情報学部教授

細野 昭雄 (ほその あきお)氏
 専門分野:ラテンアメリカの政治経済(開発政策、援助政策を含む)
 現職:在エルサルバドル日本大使
 (本調査開始時は神戸大学 経済経営研究所 教授)

(2) 調査工程

調査工程


1-4 主要訪問先

グアテマラ ホンジュラス
日本側
・ 在グアテマラ日本大使館
・ JICAグアテマラ駐在員事務所
日本側
・ 在ホンジュラス日本大使館
・ JICAホンジュラス事務所
グアテマラ政府機関
・ 経済企画庁 (Secretaria de Planificacion y Programacion: SEGEPLAN)
・ 大統領夫人社会事業庁(Secretaria de Obras Sociales de la Esposa del Presidente: SOSEP)
・ 女性庁(Secretaria Presidencial de la Mujer: SEPREM)
・ 労働社会保障省女性室(Oficina Nacional de la Mujer: ONAM)
・ 和平庁国家女性フォーラム(Foro Nacional de la Mujer: FNM)
・ 教育省プログラム・プロジェクト部(Direccion General de Programas y Proyectos: DIGEPRO)
・ 教育省グアテマラ県事務所(Direccion Departamental de Guatemala)
・ 教育省フティアパ県事務所(Direccion Departamental de Jutiapa)
ホンジュラス政府機関
・ 家族支援プログラム(Programa de Asignacion Familiar)
・ 看護研究・研修センター(Centro de Investigacion y Capacitacion de Enfermeria)
・ 国家女性局(Instituto Nacional de la Mujer)
・ 国際協力庁(Secretaria Tecnica de Cooperacion Internacional)
国際機関
・ 欧州連合(European Commission / Comision Europea)
・ 国連システム在留調査室(UNDAF)
・ 国連開発計画(UNDP/PNUD)
・ 国連児童基金(UNICEF)
・ 世界銀行(WB/BM)
・ 中米経済統合銀行(CABEI/BCIE)
・ パンアメリカン保健機構(PAHO/OPS)
・ 米州開発銀行(IDB/BID)
国際機関
・ 欧州連合(Europe Union / Union Europea)
・ 国連開発計画(UNDP/PNUD)
・ 国連児童基金(UNICEF)
・ 中米経済統合銀行(CABEI/BCIE)
・ パンアメリカン保健機構(PAHO/OPS)
・ 米州開発銀行(IDB/BID)
主要二国間援助国および実施機関
・ 米国国際開発庁(USAID)
・ カナダ国際開発庁(CIDA/ACDI)
・ スペイン国際協力庁(AECI)
・ ドイツ技術協力公社(GTZ)
・ 在グアテマラ英国大使館(DFID)
・ 在グアテマラスウェーデン大使館(SIDA/ASDI)
・ 在グアテマラノルウェー王国大使館(NORAD)
主要二国間援助国および実施機関
・ 米国国際開発庁(USAID)
・ カナダ協力事務所(CCO/OCC)
・ スペイン国際協力庁(AECI)
・ ドイツ技術協力公社(GTZ)
その他(NGO等)
・ ケア・グアテマラ(Care Guatemala)
・ 中米経済社会開発研究所(Instituto para el Desarrollo Economico Social de America Central: IDESAC)
・ 行動する女性(Mujeres en Accion)
・ 女性の持続的開発基金(Fundacion para el Desarrollo Sostenible de las Mujeres)
・ 人権法律訴訟センター(Centro para Accion Legal en Derechos Humanos: CALDH)
・ グアテマラ北京委員会(Comite Beijin Guatemala)
・ フティアパ県公共託児所(Los Hogares Comunitarios en Jutiapa)
・ ポサス・デ・アグア村(Aldea Pozas de Agua)
・ ロス・アノノス村(Caserio Los Anonos)
その他(NGO等)
・ OXFAMホンジュラス(Oxfam Honduras)
・ ケア・ホンジュラス(Care Honduras)
・ 女子開発プログラム(Programa de Desarrollo de Infancia y de Mujer: PRODIM)
・ アドラ・ホンジュラス(ADRA Honduras)


1-5 評価のフレームワーク

評価のフレームワーク


1-6 調査・評価の手法

 本評価調査では「今後に役立つ評価」を念頭におき、評価の枠組みを2つ用意した。1つ目はWID(開発における女性)という考え方を基にした枠組み、そしてもう1つはジェンダー主流化に基づいた枠組みである。前者はWIDイニシアティブが策定された当時の考え方であり、後者は現在主流となっている考え方である。これら2つの枠組みを用いることにより、より今後に役立つ提案が可能となる 2

 これら2つの枠組みを用いるにあたり、本評価調査では「開発における女性(WID)」と「ジェンダー主流化」の概念を以下のように定義した。

「開発における女性(WID)」の定義
 「女性を重要な開発の担い手であると認識し、開発のすべての段階に女性が積極的に参加できるように配慮していこうという考え」3

「ジェンダー主流化(Gender Mainstreaming)」の定義
 「開発のすべてのセクター、すべてのプロセス、すべてのプログラムにおいてジェンダー平等の視点を統合し、すべての開発課題において男女双方が意思決定過程に参加できるようにすること」4


 WID/ジェンダーの概念が、WIDイニシアティブ策定時(1995年)から現時点までに変化していることを考慮し、本評価調査では、まずWID/ジェンダー概念の世界的な潮流を捉えた(第2章)。さらにケーススタディとして取り上げた2つの調査対象国における個別のジェンダー概況とWID/ジェンダー分野への取り組みの把握を行った(第3章)。調査対象国であるグアテマラとホンジュラスは、中米域で隣接している小国ではあるが、民族性、文化・社会的条件、歴史的経緯などが異なっており、ジェンダーもこれらの条件によって影響を受けていると考えられるからである。これらが評価分析を行う際の背景となる。

 前述の理由から、WID的視点とジェンダー主流化の視点の2つの視点から評価を行った。また、評価は「政策の基本的な理念」、「政策のプロセス」、「政策の成果」の3つの観点から行っている。以下の表は、これら3つの領域における評価の視点をまとめたものである。

WID的視点による評価

ジェンダー主流化の視点による評価


 項目ごとの調査結果をまとめ、「政策の基本的な理念」、「政策のプロセス」、「政策の成果」ごとに課題を抽出した上で、それら各課題に対する提言を提示する。第5章では、個別課題を踏まえ、WIDイニシアティブの今後の改善に向けた提言をまとめる。


1 「WIDイニシアティブ」の全文は、巻末の「添付資料」内に収めた。

2 7年前に策定された政策を現在の考え方で評価すると評価が低くなるため理不尽である、といえなくもないが、現在国際社会で主流となっている考え方を視点として取り入れない評価は、今後の改善への提案部分を薄くしてしまう。評価が今後の改善を目的にしていることを考慮すれば、ジェンダー主流化を評価の観点とすることは避けられない。仮にジェンダー主流化の視点で評価することが問題になるとすれば、それはWID/ジェンダー分野の世界的な潮流に合わせてWIDイニシアティブという政策が改訂されてこなかった(WIDイニシアティブは策定以来一度も見直されていない)ことに根本的な問題があるはずである。このような視点を評価に組み込むためにも「ジェンダー主流化」の視点を評価に使用した。

3 JICAホームーページより引用(http://www.jica.go.jp/global/genwid/index.html)

4 同上




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