第5章 提言
5.1 総合所感
5.1.1 開発福祉支援事業の意義
開発福祉支援事業の意義について、JICA現地事務所では、現地における草の根レベルのニーズ把握と資金用途の点で、ODAとNGOで双方の出来ること出来ないことがうまく連携できるスキームであるという認識があった。例えば、NGOは一般的にODAよりもきめ細かな現地のニーズ把握が可能である。また、ODAでは出せない用途に対して、NGOの独自資金を使用することが可能である一方、ODA資金が入ることによってNGO単独では不可能であった規模の事業を実施することが可能である。
また、本スキームは、住民に直接裨益することを意図しているものであるが、その点で見ると調査を行った2件共に優れて直接裨益の効果が見られていた。ODAとしてこのようスキームを持つことは大変好ましいことと考えられ、この効果はNGOとの連携により生み出されていたことも特筆されるべきであると考える。
開始してまだ数年のプログラムであり、具体的な成果や持続性に関する判断は、他の国の案件も含めたきちんとした評価を待たねばならないだろうが、支援案件数をもう少し増大することを提案したい。
また、ODAからのNGO支援スキームはこの他にも幾つかあるが、目的・状況に応じて使い分けることでより効果的な事業を実施することができるであろう。他のNGO支援スキームと比べて、開発福祉支援事業はいくつかの点で、NGOによって利用しやすい点があると思われる。例えば、開発パートナー事業と開発福祉支援事業は、共にNGO等がJICAから事業委託される点では同じだが、開発福祉支援事業では日本のNGOばかりでなく、現地NGO、国際NGOが事業を実施しても良い、また、事業開始にあたって締結されるミニッツ締結には、在外事務所長、先方政府だけでなく、NGO代表も参加し、先方政府へは当該モデル事業実施への認容を確認するという形が取られている。また、NGO事業補助金(用途をNGOに一任した形の資金提供)では自己資金とのマッチングが条件となっているが、開発福祉支援事業(及び開発パートナー事業)ではその必要がないなどである。更に開発福祉支援事業では、資金が前金で40%(中間で40%、終了後20%)供与される点で、実施団体NGOにとっては、NGO補助金と比較すると使いやすい。
10
5.1.2 日本ODAの広報について
ODAを実施するにあたっては、納税者である日本国民への報告義務があると同時に、外交上のプレゼンスを保つために、被援助国の国民にも日本のODAについて広報活動をする必要がある。
現地JICA事務所、日本大使館関係者は、開発福祉支援事業を通じて、日本のODAを現地の人々にアピールしたいと考えている。今回視察した2例のプロジェクトでは、施設や機材などにODAマークやJICAマークが張られていたり、プロジェクト開始時の契約式に大使館職員やJICA職員が現地に赴き出席するなど、広報の努力をしている。しかしながら、両プロジェクトでは、事業が日本のODAによるものだという認識は裨益者レベルではほとんどないと見受けられた。裨益者から見れば、普段接しているのは、現地で活動する人、組織であるのだから、当然のことかもしれない。他方、実施NGO団体のパートナーとして現地で活動している地元の人民委員会レベルでは、日本のODAの支援を受けているという認識はあるようであった。しかし、このレベルにおいても、JICAとODAを別個のものと認識しているなどの誤解がある。例えば、JASSでは、大使館からの草の根無償資金協力のみをODAとし、開発福祉支援事業などJICAを通じた支援は、別のものと認識しており、草の根無償資金協力によって建てられた建物には「ODA」の銘板が、開発福祉支援事業によって建てられた建物には「JICA」の銘板が貼られている。
これに関して、一部団員の意見として、やはり納税者である日本国民一般は「顔の見える援助」を望んでおり、その意味で日本のODA事業であるという事実は裨益者レベルまで知らしめる必要があるとしている。その理由としては、納税者である日本国民は、裨益者に日本のODA事業であるという事実を知ってもらうことを望んでおり、国として外交上も裨益者まで知らしめる必要があるから、としている。
これに対しては、次の様な趣旨の意見が出されている。日本のODA事業であるという事実を、裨益者レベルまで知らしめる必要はない。理由は、それが地元住民の事業に対する当事者意識(開発福祉支援事業では「住民参加」に重きがおかれている。)を薄めてしまう危険性があること、日本国民が望んでいるのは、開発途上国の住民達が真の意味で自立しより良い生活をすることであるのだから、必ずしも日本のODAによる事業だという事実を知ってもらうことは望んでいないと考えること、さらに、外交上のプレゼンスの主張という面では、政府や地方自治体の高官たちに「開発福祉支援事業」が日本のODAであることを周知することで足りると考えるから、としている。
日本のODAであるという認識がどのレベルまで伝わるべきであるか、未だ議論の余地がある。
5.2 開発福祉支援事業の運営に関する提言
5.2.1 NGO等に対するより明確なスキーム説明
現場レベルでは、開発福祉支援事業、草の根無償、更には開発パートナー事業等のスキームは重なり合った部分が多く、これらの違いは分かりにくい。実際、JASSプロジェクトには、民間団体、草の根無償、開発福祉支援事業が入り混じって入っており、明確な効果の違いはない。案件の的確な選定及び円滑適正な実施のためには、これら多様で類似面の多いスキームを統合的に把握できるような体制・仕組みを作ることが肝要と考える。まず、ホームページその他可能な手段を活用して、NGO等への情報提供を行ない各スキームについての理解を深めることが必要であるが、その際各事業の適用対象等の違いを明確に示すことが必要であろう。例えば、このスキームで行われた事業内容を例示するなどして開発福祉支援事業とは具体的にどういうものかを新規要望団体にわかりやすくするなどして、開発福祉支援事業が目標とするものをJICAの方からもしっかり出していくことで、開発パートナーなどと違いがでてくる。また、これら重なり合った部分を持つスキームを一本化したほうが良いのではないかという声もあったが、一つに絞るのがよいとは一概にいえない。NGO活動の多様性をカバーする意味でも、複数のスキームが存在する意義はあるであろう。また、審査結果について、何が原因で採用されなかったのかを申請団体にフィードバックしていくことは実際行われているが、より良いプロポーザル作成のためにも重要であるので、今後も続けていくことが望まれる。
5.2.2 現地ニーズの総合的把握
それぞれのプロジェクトを適切なスキームによって支援するためには、NGO等に対するスキーム説明とともに、現地のニーズを総合的に把握することが不可欠である。したがって、現地の大使館及びJICA事務所においてニーズを総合的に把握するとともに、現地と本部の役割を明確化し統括的に案件の調整、選定等を行うなど、関係者間相互の緊密な連携体制が望まれる。
5.2.3 「住民参加」「ソフト支援」の重要性
開発福祉支援事業が目指しているものの一つである、草の根レベルの住民等に直接裨益するプロジェクトの実施という観点から見ると、今回見た両方のプロジェクトにおいて、その目的を達成していると考える。しかしながら、開発福祉支援事業は、「住民へ直接裨益」するような事業を、「住民の参加」を得て実施し、さらに資機材や施設の供与よりも、社会的弱者や貧困層住民が自立して生活していくために必要な技能の訓練や組織化の支援などの「ソフト分野」へも重点を置いている。SCJのケースでは、機材供与はほとんどなく、もっぱらトレーニングなどに使われ、最終裨益者である子どもの母親などが主体となって事業を進めており、「住民参加」「ソフト支援」という側面からも、このスキームが活かされていると判断したが、JASSのケースでは、「住民参加」「ソフト支援」という側面から見ると、必ずしもその要件を満たしているわけではないと思われた。当スキームがさらに有効活用されるためには、「住民参加」「ソフト支援」の側面が、さらに重視されることを望むものである。
そこで、「住民参加」「ソフト支援」の側面を、いかに現実化していくかに関し、案件の採択に際して、「住民へ直接稗益」「住民参加」および「ソフト支援」の三つの要件を満たすことを条件とするべきだという意見が出された。他方、プロジェクトには様々な形があり、それぞれに活動によって、適度な「住民参加」の度合い、「ソフト支援」の必要度が異なるので、採択条件は緩くし柔軟性を持たせておいたほうが良いという意見も出された。後者の意見では、JASSの場合、確かに施設整備や機材供与などの支援が多く、また裨益者である子ども達が主体性をもって実施プロセスに参加はしていなかったが、対象となった子どもへの直接裨益という点では、目に見えて大きな効果を発揮しており、採択条件を厳しくしてしまうと、必要度が高いにも関わらず採択出来なくなってしまう可能性(例えば他に緊急支援)も考えられるとしている。
さらに、持続的な活動となるかどうかは、計画が出来た時点で決まっており、3年間という短い実施期間内に、方向修正するのはかなり難しいことから、採択条件の中に、持続的な形でプロジェクトを完了した経験、能力を求めるべきだとする意見も出された。他方、そのような条件を加えると、対象がかなり制限されてしまう懸念があるので、採択時に確認事項として検討するとしても、条件に入れるのではなく、持続的な活動となるよう実施団体に対して助言を与えるなどの形で対処していくべきだという意見もある。現在のところ、採択条件を厳しくするかどうかに関しては、未だ議論の余地がある。
5.2.4 報告書の提出
定期報告書は四半期毎に提出しなければならず、計画された事業活動はまだ実施されていなくて準備活動のみが行われた場合でも、報告書を作成する必要がある。また、各年度末には、会計年度に合わせるために、定期報告書と共に完了報告書を提出することが義務付けられており、二重手間となっている。四半期毎の定期報告は会計報告と事業の進捗スケジュール対照表のみとする等、報告書提出形式の簡素化を図ることを提案する。
5.2.5 会計報告
開発福祉支援事業によって支援されるプロジェクトは、3年間の事業として計画、実施されているが、単年度決算であることが実施団体に余分な事務手続き上の負担をかけている。会計上決算が必要であるとしても、会計処理上の工夫または、会計報告書提出に係る負担を軽減するなどの措置が望まれる。
5.3 開発福祉支援事業スキームに関する提言
5.3.1 「住民参加」の定義について
住民参加という言葉は、「被援助国行政官の参加」「プロジェクト実施地域の住民参加」「裨益者の参加」など、いろんな意味で曖昧なままに使われている。開発福祉支援事業では、「住民に直接裨益」するプロジェクトを「住民の参加」を得て支援するとしているが、実際どのレベルでの参加、またどのような形での関わりを目指しているのかが曖昧である。
開発援助プロジェクトが、「住民参加」によって目指そうとしているものは、参加する者たちが当面する問題を意識し、自助努力によって持続可能な形でその問題解決のための働きかけをする開発の主体へと変容していくことである。したがって、形式上住民が参加していても、結果としてそのような目的が果たされていないのであれば、それは真の「住民参加」とは言えない。例えば、裨益者ではないが、その地域の住民がプロジェクトの実施プロセスに参加している場合においても、一般的に「住民の参加」が得られていると評価される。しかしながら、その住民が参加することによって比較的割の良い報酬を得ている場合、彼らの参加する動機は、自分達が裨益者であるわけではないプロジェクトの成功よりも、報酬であることが多いだろう。このような場合、外国援助によるプロジェクトが終了した後に活動が持続することはほとんど不可能である。もちろん、報酬ばかりでなく、社会的名誉、個人の正義感が動機となって、活動が持続されることもある。したがって、「住民参加」と言うとき、外国援助によるプロジェクトが終了した後でも引き続き参加する動機がある者が、プロジェクトの実施プロセスに参加するように計画することが肝要である。このように考えると、裨益者自身または裨益者に直接関係する人々が、プロジェクトの実施プロセスに参加するのが、最も望ましいといえる。しかしながら、プロジェクトの性質によっては、裨益者自身がプロジェクト実施の主体となることが困難な場合もある。そのような場合は、プロジェクトの持続性をよく考慮に入れて、誰が何にどのように関わるようにするのか工夫する必要がある。
このように「住民参加」「参加型開発」は多くの形、意味を持っている概念であり、またNGO側とODA側の接点を見極めるような場合のKEYとなる概念でもあると考えられる。したがって、関係者がどのような意味で「住民参加」「参加型開発」と言っているかを明確にしていくことは、思わぬ誤解や混乱を避ける意味でも重要である。
5.3.2 技術協力としての開発福祉支援事業
開発福祉支援事業は技術協力の範疇に入っているが、今回調査した範囲では、NGOとしては日本から専門家を招く場合、どの程度まで当該NGOの姿勢やアプローチを共用する人材が確保できるのかに関して疑問、不安があるようだった。専門家を派遣する場合の人選や、その他の事業との連携・住み分けの方法、同じようなスキームとの整理・統合などを含めて、開発福祉支援事業におけるNGOとJICAとの望ましい関係のあり方について、NGO関係者とともに検討することが必要であろう。
5.4 ODAとNGOの連携に関する提言
5.4.1 各種支援スキームの広報の改善
当該国におけるローカルNGOや住民組織などに対して、日本の援助の各種スキームについて、現地での広報はかならずしも充分に行われているとは言えない。連携のメニューについて、出来るだけ広く知らせ、またその成果についても公表していく事が望まれる。
5.4.2 アドバイザリーグループなどの設置
このような連携スキームの実施において、出来るだけ公平にNGOを支援する姿勢でのぞみ、選考にあたっては、現地で活動する経験豊富な複数のNGOからなるアドバイザリーグループのようなものを設置して意見を聞くような仕組みが作られることを望む。これも具体的な連携の形であろう。
5.4.3 NGO・ODAによる共同評価
NGO・外務省定期協議会の活動の一つとしての共同評価ばかりでなく、NGO側とODA側による共同評価をより多くの案件に関して実施することを提案したい。今回双方からの混成メンバーで評価することで、同じ言葉でも異なる概念、視点があることなどを知ることができ、成果や持続性をどう見るか突っ込んだ議論をすることができた。このような過程により、より深い評価を実施することができ、またNGO、ODA側双方の視点からの事業評価、プログラム評価を行うことで、より透明性の高い評価が実施できると考える。
5.5 本共同評価事業に関する提言
5.5.1 準備の早期開始
この評価ミッションの準備は充分とは言い難く、評価方法については現地に行ってから毎日ミーティングを重ねながら手探りで決めていった。実施の6ヶ月以上前に参加者を選定し充分な準備期間を確保することが望ましい。2回目の外務省・NGO共同評価報告書にも、同じ提言が出されているが、異なる団体からの参加者のスケジュール合せが困難なため、準備開始が出発ぎりぎりということになってしまっている。NGO側・ODA側の双方が充分な準備期間を設けられるよう努力する必要がある。また、可能であれば、訪問国、調査対象の選定段階から、評価ミッション参加者の話し合いによって決めることが望ましい。さらに、今回の教訓であるが、現地入り前に調査方法を固め、質問票を準備することが必要である。
5.5.2 ブリーフィングの有益性
今回、JASSプロジェクトについては、ベトナム出発前の外務省での打ち合わせ時に、SCJプロジェクトについては、到着後ハノイのSCJ事務所にてブリーフィングを受けた。特に、それぞれの活動が関連しあった統合的プロジェクトであるSCJの活動の説明を事前に受けておいたことは、サイト見学にかなり役立った。現地ですべてのプロジェクト・サイトを見られるとも限らず、時間的にすべてのプロジェクトを見ることが不可能なことも考えられるので、ブリーフィングは現地視察の前に必要と考えられる。日本で責任者から説明を受けるか、現地で受けるかはどちらでも良いが、次回からも実際にサイトで視察をする前にこのようなブリーフィングを行うことが必要である。
5.5.3 対象国について
ベトナムでの開発福祉支援事業の2事業団体は両方とも日本のNGOであった。しかし、「開発福祉支援事業」のパートナーとなるのは日本、現地、インターナショナルを問わず、現地で活動実績のあるNGO、現地自治体、住民組織など、幅広いものであり、開発福祉支援事業のパートナー団体のリストを見渡すとむしろ日本のNGOはその中の少数を占めるに過ぎない。また、ベトナムの行政機構上、住民の参加とはあくまでも人民委員会およびその下部組織の参加を意味していた。これらの理由から、ベトナムでの開発福祉支援事業は特殊な性格を帯びている。このスキームの一般的な評価をするためには、行政機構や、事業の実施団体の性格が異なるもうひとつの国を訪問することが望ましかったと思われる。
5.5.4 現地における調査スケジュール
今回の現地調査スケジュールはかなりタイトであり、出来る限り団内での打ち合わせをしたが、それでも現地視察だけで手一杯の傾向があった。次回からは、サイトに行くための時間的ゆとり、視察後の調査団内ミーティングの時間がもっと取れるように、計画を立てる必要がある。
5.5.5 共同評価の方法論の整備
NGOと外務省との共同評価は今回で4回目となる。評価方法は、その都度参加者によって作られ実施されているが、ある程度の共通項目やその具体的視点は共有して臨むべきであろうと考える。したがって、今までの評価経験をもとに、方法論の整備を行うことを提案する。特に、今年はプログラム評価として実施したが、これに関してもその着目点などを整理し、次年度にも申し送るようにする必要がある。
今回、事前打ち合わせにおいて、上記定期協議会のメンバーから「共同評価」ならびに「プログラム評価」の趣旨の説明を受けたが、調査団の大半は定期協議会メンバーではないため、本事業の意図などの共通認識がないまま実施となる危険性がある。今後もこのような趣旨説明や過去の実績ならびに反省点などに関する申し送りなどが必要であると考える。
5.5.6 評価のフィードバック
今回、NGOとODA側の共同でプログラム評価を実施したが、この成果がどう現実に生かされていくかは、必ずしも明確ではない。毎回の報告書にも書かれてあるが、調査団員の参加者個々人には多くの学ぶ点があり、また相互に理解を深めたという成果は確実にあるにせよ、評価対象となった「プログラム」に対してここで出された提言が活かされなければ、言い放しに過ぎなくなる。本共同評価はNGO外務省定期協議会から生まれた活動であることから、定期協議等の場を通じて、スキームの改善や見直しに活かされる仕組みを作ることを提案する。
10原則として、プロジェクト開始時に40%を支払い、残り60%はプロジェクト終了時に支払うこととなっているが、実際は、開始時40%、途中40%、終了時20%で支払っている。これが可能なのは、JICA本部からJICA現地事務所へはプロジェクト開始時に全額の送金がされており、NGOへの支払いはJICA現地事務所に任されているからである。