広報・資料 報告書・資料

要 約

  1.評価結果の概要

 本件評価調査は、1992年度に本格的に再開された日本の対ベトナム援助の成果を評価し、今後の日本の援助の改善に資する提言を得ることを目的として実施された。また、2000年に策定された「ベトナム国別援助計画」に基づく今後の評価のフレームワークを示し、将来の援助計画の改善に貢献することも目的のひとつである。

<マクロ経済効果の推計>

 日本は、ベトナムの道路、港湾、鉄道、発電所、病院、小学校、大学、農業、その他人材育成などの援助を行なっており、ベトナムへの援助総額のうち48%が日本からの援助であった(1999年)。
 1999年のベトナム政府の財政支出は6,376百万ドル1だった一方、財政収入2は5,458百万ドル3で、財政赤字は918百万ドルであった。これに国内借入れの返済分108百万米ドルを足した合計の財政赤字は1,025百万ドルであった。これに対し、同年の日本の援助額(実績)は680百万ドルだったので、日本の援助によって財政赤字の74.1%がカバーされたことになる4。なお、日本の援助が総財政支出に占める割合も10.7%に達したが、その多くはインフラ整備プロジェクトをファイナンスするのに使用された。つまり、道路、港湾、鉄道、発電所などの経済インフラ、および学校、病院、上下水道などの社会インフラを中心とした旺盛な資金需要をベトナム政府が満たすために、日本の援助は不可欠であったと評価することができる。
 日本の対ベトナム援助のマクロ経済効果について、1991年~2000年を対象に計量経済学的モデルによる分析を行なった。その結果、日本からの援助はベトナムの2000年時点におけるGDPを1.57%、資本ストックを4.65%、輸入を5.94%、輸出を3.84%、それぞれ押し上げる効果があったという試算結果が得られた。また、援助した額を「費用」、押し上げられたGDPの増分を「便益」と考えた費用対便益の分析では、日本の対ベトナム援助の内部収益率は約19%という試算結果が得られた。したがって、日本の対ベトナム援助は、投入に見合った十分な効果を上げてきていると評価できるものの、GDP押し上げ効果がまだ限定的となっている主な要因は、日本の対ベトナム援助、特にインフラ整備を対象とした有償資金協力の実行額が急速に拡大したのが1999年からわずか2~3年であり、その経済効果がまだ十分に発揮されるに至っていないためと考えられる。道路や港湾などのインフラ整備は初期投資に多大な費用を要するが、その経済効果は20年~40年の長期にわたって継続的に発現するのが普通である。今後はこうしたインフラ整備案件が完成し、徐々に経済効果を発揮しはじめるので、日本の援助がより大きなマクロ経済効果をベトナム経済に与えていくものと調査団では予想している。

<人造り・制度作りに関する援助の評価>

 市場経済化に資する人材育成・制度構築に関する援助が、日本の対ベトナム援助のもうひとつの特徴であると言える。これまで一般に日本が途上国向けに実施してきたのと同様の個別の人材育成案件に加え、ベトナムにおいては、経済改革支援借款(いわゆる「新宮沢構想」の延長線上の支援)や市場経済化支援開発政策調査(通称「石川プロジェクト」)という政策支援を実施してきた点が極めて新しく特徴的であった。
 経済改革支援借款は、日本にとっては初めて構造調整への取組みを条件としたローンであり、民間企業の育成、国営企業の改革、貿易・関税制度の改革に関し直接的、間接的にベトナム政府の改革を促すものであり高く評価されている。
 市場経済化支援開発政策調査も同様に、日本にとって初めてのベトナムの市場経済化支援のための政策提言型プロジェクトであり、高く評価されている。ベトナムの1996-2000年の国家開発5ヵ年計画策定にあたり、日本・ベトナムの数多くの経済専門家が協力し、その成果は同開発計画に反映されている。調査研究対象も、マクロ経済政策、産業構造改革、産業育成、金融改革、国営企業改革、農業・農村開発など幅広い分野におよんでいる。このほか、法制度整備支援においても、他のドナーに先がけ、初めて法制度関連の研修をスタートさせたのが日本であり、この点もベトナム政府から高く評価されている。
 ベトナム側の各省庁もこれらの新たなスキームでの協力があったこと、およびその波及効果についても明確に認識し評価している。ベトナム側は、人的資源の改善と組織的改善が重要と考えてきたが、こうしたニーズを日本側が良く理解し、ベトナムの要請に沿ったトレーニングコースの設定と提案を行なってくれたとコメントしている。一方、他ドナーからのヒアリングによると、同様の協力は他ドナーも実施してきたわけであり、石川プロジェクトのみが現在の国家開発計画に反映されているわけではない、とのコメントが出された。

<インフラ整備に関する援助の評価>

 インフラ整備においては、これまで日本は運輸と電力を中心に援助を行なってきた。運輸セクターでは、ベトナムにおける1992~1997年のODAの承認額(約15億ドル)の33%(4.92億ドル)を日本が占めている。こうした日本の運輸分野における援助はベトナムの主要な運輸インフラの整備に大きく貢献し、その結果としてベトナムの経済社会発展や貧困の削減にも役立っている、とベトナム側は評価している。電力セクターでは、1992年以降、日本の援助はすでに完成した発電所だけで1,865MWの発電能力に対して支援を行っており、これはベトナムにおける現時点での発電総能力(8,038MW)の約23%にあたる。また、1992年から2001年までの10年間におけるベトナムの発電総能力の伸び(4,861MW)の38%に相当する。また、首都ハノイと主要港湾を結ぶ国道5号線の整備(首都ハノイと北部の最重要港ハイフォン港を結ぶ約100キロの道路で、以前の5時間の所要時間が1.5~2時間程度に短縮されたとのこと)、ハノイと南部の商業都市ホーチミンを結ぶ国道1号線の整備、ホーチミンにおける東西道路など、ベトナムの主要な幹線道路が日本の援助によって整備されている(一部整備中)。このような運輸、電力等のインフラ整備はベトナム側の国家開発計画においてもプライオリティの高い目標であったし、日本の援助方針においてもトップ・プライオリティであった。したがって、インフラ整備に対する重点的な援助は日越双方の目的・目標に合致したものであったと言える。しかし、種々の原因による遅れにより、承認された有償資金協力案件ですでに完成したものがまだ多くないことが問題点として挙げられる。
 日本の援助に関し、ベトナム政府の省庁は総じて高い評価を与えていることが確認された。特に日本の援助が道路、港湾、鉄道、発電所などのインフラ整備への支援に明確に重点を置いて、円借款を継続していることに対する評価が高かった。これは他の援助国には多くは見られない特徴であるとともに、これら運輸インフラ及びエネルギー関連インフラは、経済成長のために不可欠なものであり、今後も継続して実施してほしい旨の意見があった。

<農業・農村開発分野に対する援助の評価>

 農業・農村分野における援助は、数も限られている。しかし、ベトナム農業の生産高及び付加価値額の増加は、農地の拡大や労働力の増加よりも、技術普及や制度改善の効果が大きかったことを本件評価調査で試算しているが、日本による農業分野での援助は、まさに農業大学に対する研究協力や技術普及に関する協力が中心であり、もっとも効果が見込まれる方法により援助が行なわれたと言え、この点をベトナム側カウンターパートも高く評価している。

<教育分野に対する援助の評価>

 初等教育施設整備では、ベトナム全土で195校の小学校が日本の援助で建設中あるいは建設済みで、教室数も増加し、初等教育の環境整備に貢献したと言える。特に、日本の小学校は頑強であり、台風・洪水で以前使っていた小学校が浸水している中で、日本の小学校が住民の避難場所として使われることもあり、高く評価された。

<保健医療分野に対する援助の評価>

 バックマイ病院、チョーライ病院に対して、我が国は施設建設と機材供与と専門家の派遣を実施しているが、極めて効果的な援助である。国立病院として、前者は北部地域の、後者は南部地域の中心的医療機関の役割を果たしているとともに、それぞれの地域の病院関係者へ院内トレーニングを実施し、さらに省・地区レベルに対する地域医療にも協力しているユニークなプロジェクト形態であり、援助した施設及び機材も有効に活用されている。また、エイズ分野での協力も効果的であり、エイズ有病率が年々急速に高くなっている現在、今後も重要であり、国際機関との連携を踏まえた支援を行なっていく必要がある。なお、チョーライ病院では、日本から供与された機材を使用したCTスキャンの実施による料金収入により、さらに2台のCTスキャン及びMRIを購入して使用しており、自助努力で病院の設備・改善を図っている。また、ハノイ市立母子病院、及び国立結核・呼吸器疾患研究所、ハイバーチュン病院への機材供与も、極めて有効に活用されている。

<環境分野に対する援助の評価>

 環境分野においては、自然環境保全、居住環境改善、公害防止の3分野に対して日本は援助を行なってきたが、その中でも特に居住環境改善(上下水道の整備)に対して重点的に援助を行なってきた。ベトナム側の国家計画においてもこのような人々の居住環境の改善が目標の1つとして掲げられてきたし、また日本側も援助方針において居住環境の改善を重要な目標として挙げてきた。したがって、この分野の援助はベトナム側、日本側双方の目標に合致したものである。しかし、完成された案件がまだあまり多くなく、現時点での目標達成度は必ずしも高いとは言えない。他方、自然環境保全や公害防止に関しては、これまで実施してきた案件に対するベトナム側の評価は高いものの、これらの分野での日本の援助は案件数も少なく規模も小さい。

<二国間関係へのインパクトの評価~貿易・投資を中心として~>

 日本のODAがインフラ整備などにより民間企業進出に与えた効果に関しては、ホーチミン市を中心とする南部と、ハノイ市を中心とする北部で、比較的明確に評価が分かれた。ホーチミン市を中心とする南部では、日本の援助でインフラが整備される前に、民間企業が開発した工業団地などに立地して操業を開始したとする日系企業が多く、援助によるインフラ整備と企業立地との関連は特に認識されていない。一方、最近、日系をはじめとして民間投資が増加しているハノイ市やハイフォン市を中心とする北部では、日本の援助によりインフラ整備が進み、投資予定の土地から港湾まで整備された高規格の道路(5号線。すでに完成して供用。片道2~3車線)があることと、コンテナー(部品や製品を積めて運ぶ国際規格の鉄製の箱。縦40(20)インチx20インチが標準)を扱える施設が整った港湾があることと、安定した電力と水が供給されることなどを確認したので、ハノイ市周辺に投資を決定したとするコメントが聞かれた。
 これら民間企業の評価も踏まえ、調査団としては、日本が南部では供給が不安定ながら需要が増大し続けている電力供給を実現する発電所整備を中心に援助する一方で、北部では道路と港湾を中心に援助を行なったことは、すでに進出した民間企業の需要に応えつつ、これから進出を考えている民間企業の需要を満たす(一種の「呼び水効果」)という点で、妥当な援助実施であったと評価している。なお、北部での5号線を除く道路、南部でのフーミー発電所を除く発電所の大半は、現在建設中か、あるいは建設が終了した直後であり、それらがベトナム経済に与えた効果を評価する時期には到っていない。
 総じて、日系企業においてもベトナムに対するインフラ整備、人材育成、法制度整備・経済改革支援などの分野での日本の援助に関しての認識と関心は高く、ベトナム政府関係者や民間企業との会合でも頻繁に話題にのぼるとしており、民間ベースでの日越交流や関係の改善に良好な影響を及ぼしているといえる。

<国際社会の中で、日本のODAが果たした役割や意義の評価>

 これら分野毎の評価結果とは別に、日本の援助全体について他の援助国(以下、「ドナー」と呼称)の評価を聞いた。言うまでもなく、日本の援助は金額、件数とも他のどのドナーに比べても大きく多彩であり、他ドナーが日本の援助の詳細について知っているケースはなかったが、道路案件や電力案件、石川プロジェクトや経済改革支援借款(「新宮沢構想」の延長線上の支援)などの代表的なプロジェクトについては概要を知っているとともに、日本の援助実施のプロセスや意思決定の仕方についてもよく理解していた。近年、ドナーと途上国政府が協力して、当該国の開発計画(開発戦略というときもある)を策定しようという動きが広がっており、ベトナムはその動きが最も進んだ国のひとつとドナーの間ではみなされている。具体的には、ハノイに駐在する各ドナーの代表者(あるいは専門家)と、政府側省庁の代表者が議論して、国全体の開発計画あるいはセクターごとの開発計画を共同で策定するというもので、二国間ドナーの一部には、具体的なプロジェクトの実施よりも、この計画策定協力に時間と資金を投入することに比重を移しつつあるところもある。ベトナムにおいては、日本は最近になってこの動きに参加し始めたと他ドナーからは見られている。特に、インフラ分野での議論をリードしていることに対する評価が高い。しかし、日本が他ドナーと同様に政策レベルでのドナーと政府の協議に積極的に参加することは歓迎するが、日本までもが計画策定協力に重点を移して、インフラ整備プロジェクトから手を引いてしまったら、いったいどこがインフラ整備を支援するのか?という意見が出された。これは、日本にはドナー協調か、独自のプロジェクト援助か、という二者択一ではなく、政策レベルの協議に積極的に参加するとともに、インフラ整備支援も引き続き実施してほしい、ということである。調査団としても、今後の日本の援助は、計画協力策定に参加し支援するとともに、インフラ整備プロジェクトを中心とする従来型の援助も同時に実施していくべきである、と認識している。
 その他、バイの小規模なドナーやNGOが行なう草の根レベルでの協力(例えば、村レベルの医療普及)と、日本が行なう大規模協力(例えば、主要都市における病院整備)などは相互補完の関係になって効果を発揮しているので、日本が横並びで他ドナーと同じことをやらねばならない、という考えに必ずしも捕らわれる必要はない、との意見も出された。今後の日本の援助は、ベトナム政府の開発計画に基づくだけではなく、他ドナーの援助活動を含む開発全体の動きをより踏まえたものとする必要がある。

<ベトナムにおける日本のODAの認知度>

 日本のODAは、ベトナム国民の間でもよく知られている。日本の支援で整備された病院、道路、小学校等は住民にとり目に見えるもので、裨益住民だけでなく国民の多くは日本の援助を知っている。また、中央政府や省レベルでも広報活動に努めているし、日本大使館の広報活動とも相まって、テレビニュースや新聞記事で、頻繁に日本のODAプロジェクトが紹介されている。

2.提言

<援助の実施体制に関する提言>

 ベトナムでは、過去数年援助協調に関する動きが盛んである。多くの分野(運輸、保健医療、初等教育など約30の分野)で、政府側のオーナーシップにより、ドナー、国民との協議を通じて、セクターごとの開発戦略・政策を策定し、協調して実施する援助協調の動きとともに、欧州6カ国(英国、オランダ、スウェーデン、ノルウェイ、フィンランド、スイス)主導による援助手続調和化に関する議論が活発化しているが、現地でのこうした会合で重要な意思決定がなされることが急速に増えている。これに対して、大使館、JICA、JBICの現地事務所も積極的に対応しているが、分野の数が多いため苦労しているのが実状である。ベトナムは援助協調のモデル国とみなされ、この流れとの関連で英国、北欧諸国等が援助協調という新たなアプローチを主流として定着させようとする試みが盛んであり、日本としてもこうした協調により積極的に対応することが必要である。
 具体的には、ドナーとベトナム政府間の開発政策、計画、戦略策定の議論に積極的に参加し、日本が重点を置くセクターやテーマでは積極的にドナー・政府間協議をリードする役割を担うべきである。(なお、これは「要請主義」からの転換ではなく、要請のもととなる政策、計画、戦略をより合理的、効果的なものにするための協力であると認識されるべきである。)
 一方、ベトナムにはインフラ整備を始めとした莫大な援助需要があり、日本は個別の援助案件についても、従来どおり継続的に援助を行なうべきである(「顔の見える援助」の継続・拡充)。
 上記の「ドナー協調プラス個別案件支援」を効率的に実施するために、外務省本省から大使館へ、JICA本部からJICA現地事務所へ、JBIC本部からJBIC現地事務所への、より一層の権限の委譲を行なうことを提案する。その際、各国における援助協調の場での状況等を十分考慮すべきである。さらに、各分野のドナー会合等の議論が専門化している現状を踏まえ、こうした議論に十分対応し、また、他の援助機関との協議を緊密にこなすため、各現地事務所の人員の強化も必要である。(いわば「フロント・ラインの強化」)
 上記の「援助協調プラス個別案件支援」を効率的に実施するために、具体的には2000年に策定・公表された「ベトナム国別援助計画」に基づく各年度の具体的な援助方針の作成を現地大使館が行なうことを提案する。また、5年後に予想される国別援助計画の見直しも、JICA国別実施方針およびJBIC国別事業実施計画との整合性の確保及びそれらへの反映といったプロセスを経ながら、現地のJICA・JBIC事務所の協力を得て大使館が主導して行なうことを提案する5。さらに、現地で援助国の代表者が一堂に会して議論し、その場である程度の意思決定がなされることが増えており、日本もこうした現地会合の場で意思決定ができるような権限の委譲も必要である。
 一方で、日本の援助全体に関わる政策の変更については外務省本省で決定し、各大使館へ明確に通知されていないように見受けられる。政策や統一方針の決定と現場への通知を徹底することによって、日本が援助を供与している途上国全体での統一的な援助目的及び援助政策の実現を確保する必要がある6
 円借款案件の実施面において、日本による援助実施の決定後、ベトナム側による事業の実施に遅れが見られた場合があることを指摘せねばならない。特に、多額の資金を供与する道路案件や発電所案件などでこの傾向が見られた。すみやかな実施をベトナム政府側に求めていかねばならない。

<今後の援助の方向性に関する提言>

 今後の対ベトナム援助の重点課題としては、まず以下の3点があげられる。
(1)順調に進む市場経済化に対応した官民両面における人材育成
(2)AFTAやWTOへの加盟など国際経済への統合に対応するための法制度などの制度構築
(3)工業生産の増加を下支えするインフラ整備需要への戦略的な対応
 また、今後10年間で、第二次産業(工業)の成長を促進し、同分野が労働人口を吸収していくとともに、第一次産業の人口比率を大幅に下げるという構造転換を実現しようとしている。この構造転換に付随して、長期的に以下の新しい援助需要が発生していくと予想される。
 (4)工業生産で伸びる都市部と、農業に依存する地方の所得格差是正のための農業・農村開発をどう行なっていくか。
 さらに、今はまだ発生していないが、都市部のスラム化をどう避けていくかも将来的な課題となる可能性がある。
 ベトナム経済は急速に変化し発展しており、上記の需要への対応はベトナム経済の持続的な発展のために不可避である。また、これらの需要の所在はかなり明確に認識されているが、その需要ひとつひとつが巨大であると言える。この状況のなか、ベトナム側が見積もったニーズに基づく援助要請に応えていくだけでは十分とは言えない。今後は、ベトナム経済がどのような方向へ進み、付随する援助需要はどのようなものとなるのかを先回りして予測し、先んじて準備していくことが重要であり、そのための開発調査を実施することも検討に値する。その一方で、将来の援助需要を予測するだけではなく、ベトナムに対する日本の開発援助はこうあるべき、という日本の主体的な援助戦略の策定も同様に重要である。
 「ベトナム国別援助計画」の見直しの際には、上記の重点分野を踏まえ、優先すべき分野をより明確にすることが望まれる。

<人造り・制度作りの援助に関する提言>

 市場経済化が順調に進むベトナム経済は、AFTAやWTOへの加盟など国際経済への参加スケジュールを明確に認識する段階に入っている。これを背景として、今後も市場経済化に対応するための政策や法体系の整備と、そのための人材育成が引き続き重要である。具体的分野としては、行政、法制度整備、企業経営・貿易、機械工業・情報技術などがあげられる。

<インフラ整備の援助に関する提言>

 ベトナムの2001年からの第7次5カ年計画においても、引き続き電力、運輸を中心としたインフラ整備がトップ・プライオリティの目標として掲げられていることから今後も引き続き電力、運輸インフラに対する援助を行っていくのが適切であると考えられる。また、通信技術が急速に発展する中で、通信分野についても経済・社会開発にとって重要なインフラの1つとなっており、今後この分野での援助を拡大することも検討が必要である。
 ただし、電力と通信については、今後進展する民営化との調整を図りつつ援助を実施していかねばならない。

<農業分野への援助に関する提言>

 ベトナムの農業開発が進展することによって日本への輸出が増えることによる、日本農業への悪影響(いわゆる「ブーメラン効果」)が最近懸念されている。この懸念を払拭するため、日本の農業分野との住み分けやベトナム国内市場向けの農業生産の増加支援など、ベトナムの農業分野と日本の農業分野のあるべき関係や姿をまず早急に検討した上で、日本の具体的な援助項目が検討されるべきである。
 農業分野に対する今後の日本からの援助の具体的な対象分野は、以下のように考えられる。(a) 自然環境の保全、貧困撲滅、持続的成長、雇用創出、農業多角化の方向と整合性をとった農業・農村開発の調査・計画・実施への支援。(b) 畜産、野菜栽培・衛生への支援(所得向上に伴ってベトナム国内の消費パターンが穀物から畜産物、野菜、果物などへシフトすることへの対応)。(c) メコン・デルタ地域の酸性硫酸塩土壌の改善につながる調査、パイロット・プロジェクト。(d) 農業大学、農業関連の研究機関の調査研究と教育の強化を目的とする技術協力(作物栽培、畜産、土壌改善や水利など、農業技術に関するものの他に、農産物の市場や農家経済など、経営・経済の側面も対象にする)。(e) 灌漑・排水の強化を目的とする技術・資金協力。

<教育分野への援助に関する提言>

 今後の教育支援の重点課題としては、(1)地域的には少数民族が住む山岳部、(2)分野としては、今後需要が増すと予想される中等教育や高等教育7、(3) 市場経済化の進展に伴って今後深刻化する可能性がある都市中心部でのストリート・チルドレンの増加に対応したこれらの子供たちに資する教育施設の強化、の3点があげられる。
 さらに、ベトナム政府が作成した第7次5カ年計画(2001 - 2005)で掲げられた教育分野の7つの重点項目のうち、まだ各国の援助が本格化していない項目である、(1)既存の大学と同じ水準の地方大学の整備、(2)ハイテク産業に質の高い労働力を供給するための教育の実施、(3)全国的な職業訓練校の早急な展開、にどう取り組んでいくかが今後の日本の援助の課題である。
 日本の援助によって実施された小学校建設が、中学生の授業時間の増加に貢献していたという事例が見られたことから、日本が採ってきた「要請主義」(被援助国政府からの自主的な要請に基づいて援助案件を決定する)を大切にしつつも、その一方で、援助実施前に相手国政府と十分に協議し、場合によっては日本側の判断で追加的な予備調査を実施し、相手側が主張する目的の実現性や真のニーズを的確に把握することにさらに努めるべきである。

<保健医療分野への援助に関する提言>

 都市部の病院や保健施設にアクセス出来ない層や地域における保健医療サービスの改善により、更に健康指標の一層の改善が期待される。その方策としては、チョーライ病院やバックマイ病院で既に行われているアウトリーチ活動や、プライマリ・ヘルスケア戦略に基づく保健活動の強化、なかでも農村地域での保健ワーカーの育成が重要となろう。なお、ベトナム全体の病床数は一人あたり380(1995年)でタイを上回っており、都市部での病床数の増加や三次医療施設の設置は中部を除いては必要ないと考えられる。
 しかし、中部ダナン、フエ及びその周辺地域での中核病院の強化は必要であろう。その際、大学などの研究教育機関との連携の取りやすい地域の選定が重要となろう。
 公衆衛生上プライオリティの高い疾患の予防治療への資源の適正配置・分配が必要で、結核、マラリア、下痢症はもとより、最近の統計ではエイズの有病率がホーチミン市で極めて高くなっており、早急な対策が必要である。したがってエイズ専門家の派遣や予防活動に必要な機材等の供与が必要である。ゲアン省でプロ技(JOICEF他)としてリプロダクティブヘルスが進行中であるが、ホーチミン市でも市保健局、チョーライ病院との連携プロジェクトが望まれる。
 バックマイ病院で昨年、ベトナム(バックマイ病院)、ラオス(セタティラート病院)、日本の3者で協力の可能性について協議したように、ラオス側のカウンターパートであるセタティラート病院との協力(プロ技と無償)はODAの資金を有効に生かすためにも是非発展させるべきであろう。
 専門家からは、ベトナム側の援助受け入れ能力は高いものがあるが、物事を進めるのに時間がかかり過ぎるきらいがある。その一方で、自助努力と問題意識を促すことにより援助がより効果的になった(チョーライ病院等)、等の意見が表明された。今後の協力の際に参考にされるべき点である。

<環境分野への援助に関する提言>

 環境分野の現状と、ベトナム側の援助計画を鑑みると、今後日本は居住環境改善に対する援助を引き続き行うとともに、自然環境保全や公害防止など、ベトナム国別援助計画において主要な課題として挙げられている分野に対する援助をいっそう充実させていく必要があると考えられる。さらに、大規模なインフラ整備に伴う住民の移転などに関して、移転先の住環境を十二分に整備することにより、居住環境の改善に資することに配慮すべきである。


1 88.9billion Dongに対ドル為替レートUS$1=13,943Dongを乗じた値。(データ: EIU, Vietnam Country Profile 2001, p50; Original Data: IMF, Vietnam: Request for a Three-Year Arrangement Under the Poverty Reduction and Growth Facility - Staff Report, IMF, IMF, Vietnam : Statistical Appendix and Background Note. )

2 無償資金協力172百万ドルを除いた値。

3 総財政収入78.5billion Dongから無償資金協力2.4billion Dongを引いて対ドル為替レートUS$1=13,943Dongを乗じた値。(データ: 同上)

4 ただし、DACの統計では、同年の総援助額を1,421百万ドル(無償460百万ドル、ローン961百万ドル)と公表しており、ベトナム政府の発表とかい離がある。これは、使用した為替レートの違いのほか、特に無償資金協力においてベトナム政府の財政を通さない案件(オフ・バジェット案件)の存在が影響していると見られる。なお、DAC公表の金額を適用すると、財政赤字は1,421百万ドル(政府公表の財政赤字1,025百万ドルに、DAC公表分で追加的に積算されている396百万ドルを足した値)となり、日本の援助による財政赤字のカバー率は46.5%、日本の援助が総財政支出に占める割合は9.7%と計算される。

5 国別援助計画の策定にあたっては、大使館が主導してドラフトを作成することとしており、本提言の趣旨に合致したものとなっている。(外務省コメント)

6 例えば、外務省本省で援助協調に関する統一的な考え方を決定し、それを各大使館へ通知するなどしており、本提言に沿った形で援助が実施されつつある。(外務省コメント)

7 第7次5カ年計画等において、中学校の入学率を49.9%(1999年)から80%(2005年)に、また高校の入学率を27.3%(1999年)から60%(2005年)に向上させることが目標値として掲げられている。




このページのトップへ戻る
前のページへ戻る次のページへ進む目次へ戻る