3.2.5 総合評価
我が国の対タンザニア援助は、これまでプロジェクト型援助に重点が置かれてきた。保健医療分野では各プロジェクトの連携を考慮した援助が行われているが、多くの場合、個々のプロジェクト間の連携(セクター的思考)についてはあまり意識されていなかった。しかし、2000年6月に策定されたJICAの「国別事業実施計画」においては、事業実施の方法としてプログラム・アプローチが指向され、これまでのプロジェクト・アプローチからの脱皮を目指している。72 つまり、JICAは特定の開発課題について複数のプロジェクトからなるプログラムを編成し、それぞれのプロジェクトの連携によってプログラム目標を達成しようとしている。73
また、我が国は政策対話ミッションの派遣等を通じた援助受入国との政策対話、他ドナーとの協調会議を重視しているが(別添4参照)、そうした会議を通して、タンザニアにおけるSPへの新しい潮流の中で、我が国の援助がどのセクターのどの開発目標に結びつくのか、どのような援助様態を取るのかといった我が国援助の位置付けを、同国関係者のみならず他ドナーに対しても一層理解せしめる努力が求められている。
以下、我が国の援助様態である各スキームにおける援助実施状況、体制についての考察を行い、今後我が国の取るべき様態についての調査団の考えを示す。
我が国は、無償資金協力、プロジェクト方式技術協力等スキームの特徴を生かし援助を実施している。
まず、無償援助においては債務救済無償を利用したPRBSへの拠出等、ドナーの動向を把握した対応が取られている。これらは新たな援助環境へ対応しようとしている点で評価される。
草の根無償は、小規模だが即効性のある援助であり、日本の顔の見える援助となっており、現地側の評価も高い。教育、保健医療等タンザニアの重点分野への支援として効果的である。草の根無償について現地で知られ、評価が高まるに従い、申請件数が増加すると予想される。現在約200件の申請があり、草の根無償に係わる業務を一人の担当者が処理するには作業量が過重となる懸念がある。また、草の根無償が広く知られ、申請件数が増せば増すほど、選抜結果に対する説明責任が求められると思われる。
プロジェクト方式技術協力はキリマンジャロ州においてキリマンジャロ農業開発(KADC及びKADP)、キリマンジャロ農業技術者訓練センター計画(KATC)、キリマンジャロ州中小工業開発協力事業(KIDC)、キリマンジャロ村落林業計画(KVFP)の4件が実施されてきた。我が国がこれまでタンザニアで実施したプロ技7件中4件がキリマンジャロ1州に集中している。これはタンザニアの第3次開発計画で我が国へキリマンジャロ州への協力が要請されたためである。
プロジェクト方式技術協力においては、日本人専門家派遣による技術指導、相手国関係技術者の日本研修受入、資機材の供与によって、技術移転、人造りが実施され、プロジェクトに必要な建物は無償資金協力によって建設される。
現在、上記の4件のうちキリマンジャロ農業技術者訓練センター計画(KATC)(フェーズII)1件が協力中の案件である。KATCに見られる実施体制は次の通りである。
日本人専門家派遣については、KATCには、リーダー、営農・稲作、農業普及、水管理、調整員の5名の日本人専門家が派遣されている。日本人派遣専門家の確保については、専門家交代時に次の専門家確保が難しく長期派遣専門家が途切れた時もあるが、3ヶ月程度であり、その間は短期派遣専門家が派遣されており、プロジェクトの運営には支障をきたさなかった。これらからも、日本側の専門家派遣体制はしっかりしていると言えるだろう。
日本における研修員受入については、カウンターパートの研修は本邦およびエジプトにおける第3国研修が実施されている。ただ、本邦での研修においては、カウンターパートから研修内容がタンザニアの状況に焦点をあてたものばかりではなかったと研修カリキュラムの改善を求める意見もあった。タンザニア側実施機関である農業協同組合省の担当局長等も我が国の農業改良普及事業や研修所等を視察している。実施機関の担当者の本邦研修は担当者の我が国への理解を深めプロジェクト運営の協力関係を構築する上で良い効果をもたらしている。カウンターパートの定着率は極めて高く、人数的にも充足しているが、発展が望めないカウンターパートについては、協力、指導、助言を受け止められる意欲を持った人材への配置換えの必要性を日本人専門家は訴えていた。
資機材については、必要な資機材が概ね供与され活用されているが、プロジェクト開始後に現地の状況から必要となった機材(例えば4輪駆動のトラクター)の調達に時間がかかったとの指摘が日本人専門家からあった。今後、タンザニアの実情に即し、実施の過程で機材を迅速に調達する態勢も必要であろう。
KATCはモシ県の農業・食糧保障省研修局内にKATCの事務室とデスクオフィサーを配置している。これは我が国援助機関と担当部門との意思疎通、連携にとって重要であり、プロジェクトの重要性をタンザニア側へ理解させるものであり、プロジェクト移管後の自立的運営のためにも必要である。プロジェクトと関係する機関とは積極的な情報交換、連携がはかられており、世銀や国際農業開発基金等の国際機関から灌漑農業の研修受託を受けるまでに評価されている。
KATCはタンザニア側の予算不足のため経常経費ゼロという状況に直面し、協力2年目からはLLDC特別現地業務費によってプロジェクトが運営されてきている。協力期間中の案件にもこのようなタンザニア側の予算不足事態が発生しており、協力終了後の相手国による自立的運営には多くの問題があることを予想させる。タンザニア側の予算が期待できない現状では、自主財源の確保が必要であるが、財源としては農場の生産物収入と受託研修費がある。訓練センターであり農産物の収入に多くは望めないが、受託研修費収入は自主財源確保を可能にするものであり計画的活用が今後の課題である。
プロ技案件の実施におけるタンザニア側の問題点として予算不足の問題が指摘される。現在、協力が行われているプロ技案件でも上記のような状況にある。キリマンジャロ州中小工業開発センター(KIDC)、キリマンジャロ村落林業計画(KVFP)等の協力が終了し地方政府へ移管されたプロジェクトは、地方政府に予算がないために運営に問題を抱えて、自立発展性に問題が見られる。
また、タンザニアの社会経済発展状況もプロ技案件の自立発展性にとって問題となる。KIDCは(1)鋳造、(2)鍜造、(3)機械加工、(4)窯業、(5)オガ炭製造に関する基礎的技術の移転を図り、キリマンジャロ州の小規模工業の発展に貢献しようとした。カウンターパートへの技術移転は目的通り行われているが、タンザニアの中小企業育成策が伴わない限り将来的な発展は期待できない。カウンターパートへの技術移転はできても、地域に中小工業を興すことは容易ではない。このことは、こうしたプロジェクト実施に際しては、産業振興の諸政策を現地政府に強く求める必要性を示唆している。
周辺の状況が整わなければ、研修センターに対する評価もあがらず、研修人数もあつまらないことになる。キリマンジャロ村落林業計画(KVFP)も県のプライオリティが低いため、現在、十分な活動が行われているとは言えない。
KIDCは、UNIDOから新たに資機材、部品等の援助が得られる予定である。技術協力を通じたタンザニアの人材の育成はタンザニアの発展に不可欠である。新たな支援が新たな活動の起点となること期待したい。こうした援助が終了した案件に対しては、国際機関を中心に運営資金を支援する仕組み(コモン・バスケット)を確保し、フォローアップが行われることによってプロジェクトの継続性を確保することが必要と考えられる。
我が国の課題として、現行の制度の下では難しい問題であるが、「援助の予測性向上」がある。我が国は、多年度のコミットメントができないため、複数年度にわたる援助であっても、タンザニア政府や他ドナーに複数年分の支援額を明示することができない。また、日本政府は、無償であればE/N締結まで、開発調査であれば各年度の採否通報まで、プロ技であればR/D締結まで受入国に公式に援助実施を通知できない。こうした日本側の事情が一因となって、PRSP、PER、MTEF等に示される援助計画の中で、日本の支援に関する記載は過小なものとなり、「顔が見えない」ものとなっている。多くのドナーの場合、支出額よりも大きな額をコミット額として表明しており、また、複数年のコミットをすることによって、タンザニア政府やマスコミ等でのプレゼンスをより大きなものとしている。
各ドナーは財政支援、コモン・バスケットといった様態での援助を増やし、オン・バジェット支援が増えている。タンザニアでは政府予算の開発費を通さないオフ・バジェットの支援が多いため(98年度予算で約7割)、予算支出配分、予算管理向上の支障となっている。こうした点はへライナー・レポートで指摘された問題である。予算管理をきちんと行うためには、「予測度」を高める必要がある。ドナーにとっても、その支援プロジェクトが各セクターの政策が反映された計画、予算編成、MTEFに組み込まれていることが重要である。我が国の援助は一部を除き政府予算を通らないオフ・バジェットとなっている。タンザニア政府の政府予算に記載されていなければ、プロジェクトのためのカウンターパート経費、維持運営管理費等の経常経費も確保されないケースが発生する。
我が国が現行の制度の下で「援助の予測性の向上」に寄与できないことは、残念ながら、タンザニアが適切な予算管理を実施し、開発のオーナーシップを発揮しようとする努力を阻害するものと受け止められかねない。JICAの「国別事業実施計画書」は多年度にわたる計画を盛り込んでおり、これをベースに援助額等情報提供を行い、政策対話を深めること、実現性の高い案件に関しては検討中であるとの注釈付きでタンザニア政府と対話を持つことは、タンザニア政府の援助予測性の向上に貢献すると思われる。また、タンザニアの予算編成がなされる3月頃に条件付きででも情報が提供できれば、プロジェクトに対する内貨手当がなされ双方にとって有益であると思われる。
他ドナーと同様ある程度予測性に基づく実施表明を行い、「援助の予測性の向上」を図ることの検討が必要である。
SPではドナー会合等現場主導で新規援助様態が決定されるようになる。こうした動向に対処するためにはドナー会合で議論し、我が国の立場を主張する人材を育成、配置することが必要である。また、多くのドナーは新しい援助様態を援助のメインストリームとしようとしているが、我が国は、各国が開発目的に適した援助様態によって経済協力を実施すべきというベスト・ミックスを主張している。こうしたSPに対する対応は以下のように整理される。
我が国のプロジェクト型援助の案件形成は各関係省庁で行われ、研修事業関連は人事院(Civil Service Dept.)、その他の事業は対外援助局(MOF External Finance & Technical Cooperation Division)で案件形成されて、日本への要請がなされてきた。
一方、タンザニアにおけるSPに基づく援助協調の促進や、コモン・バスケット化の流れは、従来のこうした案件形成過程に変化を与える。SPにおいては、担当省庁の主導でドナーとの共同作業を通じて計画が策定・実行されるため、これまで以上に現場主導で案件の形成がなされていく。プログラムに参加する各ドナーは受入国の予算等、実際の資源配分まで協議した上で、プログラムの様態、財政の枠組を決める。ドナーがここまで受入国の政策に関与するのは、アフリカの多くの国で援助吸収・資源管理能力が低いためである。
これまで我が国が関与してきたSPにおいては、農業分野ではASDS策定支援のための企画調査員、基礎教育分野では教育セクター開発計画支援のための企画調査員による我が方協力体制の強化と、基礎保健分野では保健協力計画の個別専門家がそれぞれ派遣され、協力を実施してきた。
我が国は、DACにおいて「21世紀に向けての新開発戦略」を推進した立場からも、ドナーの援助協調という新しい潮流を援助実施体制に反映させ、ドナー間会合で積極的にリーダーシップを取ることが求められる。我が国が他ドナーと積極的に議論し、その考えを主張するためには、タンザニアにおいて政策的な立場から援助の調整を行う日本大使館と事業の実施に責任を負うJICAが、従来にも増して緊密に情報交換を図り連携することが不可欠である。
DAC・世銀等の会合で援助の様態に関する議論に参加し、新規援助様態に限った画一的な援助政策をとるべきでないとする日本の立場を主張し、他ドナーと議論するには国際的な援助環境の変化、他ドナーの動向、我が国の援助システムを理解する開発経済学の知見を有するハイレベルな人材を本省に配置する必要がある。さらに、国際的な援助動向を理解し、タンザニア経済の発展をマクロの視点から見ることのできる人材を育成する体制を作り、そうしたハイレベルな人材を大使館に配置する必要がある。また、援助実施機関としてのJICAには各重点セクターにつき、包含的にセクター全体の知見を有し、タンザニア政府へ政策助言できる人材が求められる。これまでドナーとの協調会議に出席してきたJICAの個別派遣専門家や企画調査員は、タンザニア政府および各ドナーのセクター別開発計画に対する動向等の情報収集が中心であったが74、今後、ドナーと本格的に議論していくためには、これら人材の役割は事業計画の立案、決定に関わってくるものとなってこよう。このような人材がドナーとの議論において我が国援助の立場につき責任ある発言をするためには、将来的には、事業実施の際の様態選択、予算枠の確保等の権限をある程度与える必要があると思われる。
権限委譲は、現在でも現地に対して対処方針等によって図られているが、タンザニアにおける援助環境がPRSPの枠組みの中で大きく変化している現状に鑑み、タンザニア政府機関との政策対話及びドナー会議の開催時等に新たに生じる問題(例えば、援助様態の選択及び援助実施予定額等の情報伝達等)に迅速な対応が迫られることもある。その際に、現地サイドが迅速に対応できるようにするためにも、現在、大使館及びJICA事務所に権限委譲されている事項を再検討した上で、援助政策等に関しては大使館が、また、右援助政策に沿ったプログラム、プロジェクト等の実施に関わる具体的問題はJICA事務所が一定の判断を行うことができる事柄及びそれらの範囲等を見直していくことが必要である。また、通常から日本側と現地側の意志疎通を密にしておき、新たな問題に対して国内・現地の両サイドから迅速に対応できるように備えておくことが重要である。
さらに、セクター別開発計画、コモン・バスケットに参加していないドナーは、当該セクターに関する情報へのアクセスが制限されることが懸念される。75 このため上に述べたような人材の配置に加えて、ドナー間会合でのリーダーシップを発揮し、議論をスムーズに進めるために、セクター別開発計画、コモン・バスケットへ試行的にでも参加することは、他ドナーとの議論、情報収集の上からも、同じ土俵で援助を論じるためにも必要である。他のドナー、国際機関も同様に試行的なコモン・バスケットへの参加を行っている。76 逆に、これはSPが本来めざしているドナー間の協調をはかり、経済社会開発を進めようとする方向に反するものである。
我が国は、コモン・バスケット、財政支援といった新しい援助様態をメインストリームにすべきとする主要ドナーに対して、そうした新援助様態も認めつつ、我が国がこれまで二国間援助で行ってきたプロジェクト型援助の有効性と、画一的でない目的に応じた援助様態の必要性を主張している。我が国がベスト・ミックスにおいて主張するのは、これまで行ってきた以下のようなプロジェクトがそれぞれ効果を上げている点である。キリマンジャロ州で実施された農業分野のプロジェクト方式技術協力は、生産性の向上という成果を上げている。また、無償資金協力によるダル・エス・サラームの道路整備、電力供給計画も経済基盤の拡充を通じて生産性の向上に寄与し、持続的な経済成長を促すための重要な貢献となっている。
各ドナーはそれぞれの開発援助政策や援助供与手続きを有しており、経済協力を実施する上では、多様な援助様態の利点も活かせる方法がより望ましい。それぞれの知恵や経験が発揮されてこそ開発に大きな効果が生まれるものであり、開発の経路は多様であるべきである。
72 国際協力事業団(2001)、4-11頁
73 同上、4-15頁
74 農業セクターに派遣された企画調査員はASDSの策定に協力してきたが、保健セクターに派遣された専門家はタンザニア保健省内に配置され、政策アドバイザーとして、ドナー調整、我が国の援助促進等の活動と共に、セクター開発計画の実施状況、コモン・バスケットの参加状況等の情報収集的な役割を担っていた。
75 セクター・プログラムの疎外の問題は、セクターの関係者間の調整力を高めるために厳格な組織性を追及し、他のドナーの参入障壁が高まった時に現われるとされている。そのようなプログラムの場合、疎外されたドナーの資源が利用できず、セクターの状況に変化が見られた時、対応が難しくなるとされている。
76 例えば、ドイツのGTZは法的な問題があったが、開発大臣の大局的判断で例外的に保健セクターのバスケットファンドへ3年間のみの試行的な参加を表明している。また、日本も含めてカナダ、フランス、スウェーデン、UNFPA、UNICEF、USAは参加可能としながらバスケットファンドに参加していないが、ファンドの運営が順調にいけば参加することを検討するとしている。