3.2 機関別の援助政策動向
下表2.3-2に、1990年代後半の各ドナーの対スリランカの援助政策を概観する50。
機関 | 上位目標 | サブ目標 | アプローチ/具体的施策 |
---|---|---|---|
WB (CAS,1997~1999) |
貧困削減 経済成長 |
財政改革・赤字削減 | 財政規律の強化(特に歳出面での予算改革)51 |
民間主導型の成長 | 民活導入への法整備、民営化への技術支援 外国投資の促進、小企業金融 |
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人的資源の増強 | 教師の訓練と再配備 | ||
他(環境・復興準備) | 環境政策・規制に関る機関の強化 | ||
ADB (COS,1999~2001) |
貧困削減 経済成長 人的資源開発 |
民間セクター開発 公的セクター開発 農業の生産性向上 |
政策・制度の改善 経済運営の強化、行政改革 農業経営・研究・普及への民活促進 |
人的資源開発 | 職業・技術訓練、中・高等教育の改善 | ||
インフラ整備 | インフラへの民活促進、道路網整備 | ||
自然資源の保護 | 自然資源管理 | ||
構造改革の負の影響の削減 | ターゲットを絞ったセーフティネット・訓練 社会保障への民活導入、都市インフラの供給 |
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UNDP (CCF, 1997~2001) |
人間開発 貧困削減 |
<他の国連機関との連携、ジェンダー配慮> | |
地域経済開発 | 国家政策・民間・地域資源の連携強化 地域レベルの開発計画策定、草の根レベルでの支援 |
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行政改革・良い統治の促進 | 公的セクターの改革・女性の参加の促進 政府の構造再編成、地方政府の能力強化 地方への財政を含む権限委譲 汚職防止委員会の強化、財務規律の強化 |
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紛争地域の復興開発 | ドナーへのロジ・モニタリング支援と調整 国連機関の統合プログラム(ジャフナでの経済活動の再開に向けた職業訓練等) 東部での地方政府の能力強化 |
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援助運営の改善 | 主要省庁の強化、案件形成・実施への支援 | ||
NORAD (国別援助ガイドライン,1998) |
経済・社会・政治の向上(特に貧困層の支援) | 平和構築・民主化・人権保護 | 民族間の和解の促進、難民支援 紛争の平和的解決(対話・交渉への支援) 人権保護監視、軍備解除 |
紛争地域の救援 | スリランカ政府・NGOの救援活動の支援 緊急保健・教育施設への救援 |
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経済開発 | 貧困層・貧困地域の雇用促進 民間セクターによる復興開発 ノルウェー・スリランカ国企業連携やスリランカ国からの輸入促進 |
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環境・自然資源の保護 | 民間開発による負の影響の削減、啓蒙 | ||
ジェンダーの平等 | 女性の権利強化・経済的自立・意思決定への参加への支援 | ||
USAID (CPS,1996~2000) |
裾野の広い経済成長 | 民間部門の雇用・所得の向上 | 零細・小・中企業及び農業企業への支援 食糧政策等の経済政策の改善、住宅融資、食糧補助 |
環境保護 | 環境活動の改善 | 環境政策の策定支援(産業汚染防止、土地政策等) | |
民主化 | 人々のエンパワーメント | 市民社会・NGOへの技術支援等による強化 地方政府と市民グループとの協力促進 |
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DFID (CSP,1995) |
最貧困層を 2015年までに半減 |
環境問題の取組支援 | 土地・水資源・森林保護での政府機関の強化 |
人間開発の促進 | 初等教育の質向上・オープン大学の能力強化 | ||
良い統治 | 地方行政の改善、警察行政への支援 | ||
貧困削減活動 | 難民の救援、紛争地域のリハビリ | ||
SIDA (CS,1998) |
平和・民主主義の促進 | 平和・非暴力・人権への意識向上,対話促進 | 国内の平和推進運動への支援 平和・人権に関する啓蒙・教育、政策分析・研究 |
紛争地域のBHN充足 | 紛争地域の人道的援助 | ||
貧困層に恩恵を与える持続的な経済成長 | 民間企業・農村企業の育成 | 企業育成のための法規制など環境整備の政策支援 金融制度の強化、調査協力 スウェーデン企業・機関との協力・参入促進 |
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GTZ (Overview,1999) |
貧困削減 | <長期コミットと構造改革に焦点を当てた支援> | |
教育開発 | カリキュラム開発・教師訓練等の教育改革支援 | ||
経済開発・職業訓練 | 技術・職業訓練の構造改革への支援 | ||
地域開発 | 地方の零細・小・中規模企業への支援制度作り | ||
環境・自然資源管理 | 水供給・排水・森林・沿岸保全分野での技術協力 | ||
紛争地域の復興と食糧保障 | CBO/地方政府と協調し、学校・住居・水道等の復旧 | ||
CIDA (Overview) |
持続的発展 貧困削減 公平な経済成長 |
経済改革・人権や民主主義の促進 | 関連政府機関の能力向上、民主化プロセスの強化 市民社会の意思決定での役割の向上 |
紛争地域の経済活動の促進・BHN供給による紛争防止 | BHN政策・プログラムの策定・実施機関の能力向上 市民社会の意思決定での役割の向上 |
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紛争地域の復興 | 弱者グループによるBHN充足活動の能力向上 |
1)世銀52
1996年に策定された国別援助戦略では、当時、世銀が最も重要な課題と考え、かつスリランカ政府が改革に強くコミットしている3つの分野(財政改革・民間セクター開発・人的資源開発)を支援すると明記した。世銀が政策対話や改革への支援に比較優位があり世銀の分析・政策アドバイスがスリランカに重要だと考えていること、主要ドナーである日本・ADBが概ね世銀の政策支援を支持していること53、他ドナーや民間資金を活用できる背景があることから、世銀は政策支援を重視している。しかし、改革を強化するプロジェクトに対しては、選択的に融資を行うとした。民活導入では、民間投資促進への法整備や環境作り、民営化による効率改善を目指す54。公的部門と民間部門間のパートナーシップの構築、そのための政策枠組み作りについても検討した。
1996年の国別援助戦略では、紛争の長期化、そのための政府負担や政治的な問題からの経済改革の後退というリスクを考慮した3つのシナリオを用意し、最悪のシナリオでの援助政策を採用した。しかし、1996年中期のスリランカ政府の政策転換後、援助政策のベースは中間シナリオでのものに変わっている。
2)ADB55
ADBの重点支援分野は、1968~1987年の農業・天然資源、1988~1992年の金融・社会インフラ、1993~1997年のエネルギー・運輸インフラ・教育と変化した。1998~2001年は持続的成長という点で自然資源管理を強調したこと、人的資源開発では市場ニーズにあった技術向上に焦点が絞られた点が、これまでの援助戦略と異なる。
全体として、世銀と同様に、行政改革・民活促進という構造改革を通して経済成長を加速し、貧困削減を目指している。行政改革ではスリランカ政府の財政運営能力の強化、民活ではインフラ(道路・電力等)の他に、農業や社会保障でも民活促進の導入を図っている56のが特徴である。人的資源開発(特に教育)では、職業訓練や高等教育を重視している。構造改革による貧困層や環境への負の影響の削減も重点目標に挙げている。
3)UNDP57
1992~1996年の国別計画では、経済開発・統治、貧困削減、人的資源開発、及び環境保護の4つの重点分野が設定された。1995年にスリランカ政府や他ドナー・NGO等との協議で、UNDPの支援分野が検討され、スリランカ政府は、(1)地域経済開発、(2)紛争地域の復興開発、(3)行政改革・統治、(4)援助運営の4重点分野での支援を求めた。これらの分野は、1997年からの国別援助枠組みで採用された。地域・コミュニティベースの開発支援とそのための地方政府の能力強化、他の国連機関との協調や特に紛争地域でのドナー支援や調整を行う点が特色である。
4)NORAD58
1995年の国別援助ガイドラインでは、農村・経済開発、社会開発(保健・健康)、環境、ジェンダーが重点分野だった。しかし、1998年のガイドラインでは平和構築と復興支援が主要な支援分野となり、経済開発に焦点が絞られた59。雇用創出と民間セクター開発は、平和構築のみならず、ノルウェー・スリランカ両国の将来の協力関係に大きく貢献するものと双方が認識したことが背景にある61。平和構築や紛争防止は、NORADの全世界向けの援助政策でも重点分野であり、戦争・紛争の防止や解決は貧困削減に不可欠であると述べ、NORADがこの分野で経験と実績を蓄積していることを強調している62。
5)その他の二国間ドナー
日本を除く他の二国間ドナーの支援は、全体として1990年代前半に比べ後半は減少傾向にある。この中でも、特にUSAIDとCIDAの減少傾向は大きい63。USAIDの場合は、USAID予算の削減や、スリランカの社会指標が良好なことから援助規模を縮小した。USAIDは年次の国別援助計画を議会に提出しているが、1990年代後半の援助計画も、この規模縮小に伴う重点分野の絞り込みがみられる。1999年は、金融市場の改善と貿易・投資自由化政策の2つのサブ・セクターが挙げられたのみである64。
DFIDは、6年前に労働党が政権についた時、貧困削減を上位目標にした援助政策を打ち出し、これが各国の国別戦略ペーパー(CSP)に反映されている。スリランカでの援助は小規模なため焦点を絞り、他ドナーとの連携を重視している。重点分野は、1995年のCSPが環境、人間開発、良い統治など直接的な貧困削減の重点分野を挙げたのに対し、1999年のCSPでは、教育の質改善、紛争解決と紛争地域の生活安全の向上に変わっている65。
SIDAは1995~1998年までは農村開発と教育を重視してきたが、1999年の国別戦略(CS)では平和・民主化と経済成長に焦点を変えた。スウェーデン企業のスリランカへの進出や両国の貿易が増加していることから、スウェーデン企業とスリランカ側の連携を促進し、経験やノウハウ等の交換を活発にすることも目指した66。
GTZは、(1)教育、(2)職業訓練、(3)地域開発、(4)環境、(5)紛争地域での緊急援助-の5つの分野で援助を実施している。スリランカでの構造改革には一貫した戦略が必要であるため、GTZの援助も、長期のコミットと構造改革重視の方針を打ち出している67。
CIDAは、1990年より、紛争の政治・社会・経済的な原因の解決に取り組む機関を支援してきた。1980年代末に、大きな人権侵害や軍の残虐行為があったため、スリランカ政府への援助を停止するという大きな方針転換があり、NGOを通して援助が行われた68。 全体として、下記の点が挙げられる。
(1) | 行政改革や民活導入といった構造改革を重視する、もしくはそれを含む援助を行うドナーが多い。 |
(2) | 二カ国援助機関の多くが、この時期に、紛争地域の救援や復興開発を重点政策に入れている。 |
(3) | スリランカへの援助が削減傾向、あるいは援助額が小規模のドナーは、各自の比較優位性や経験に基づき、重点分野を絞りこんでいる傾向がある。二カ国援助機関は、NGOを通した支援を活発に行っている。 |
これらは、先の「ドナー会合の動向」でも述べた通り、各ドナーが、当時のスリランカにとって、構造改革と紛争解決・復興が重要であると認識していたことを示しているといえる。さらに民間部門の開発を重視する、市場のニーズに合った職業訓練や高等教育に焦点を合わせる、民間開発や構造調整による負の影響を削減する、といった例が見られた。また、多くのドナーが、その援助政策を3~5年ほどのペースで見直し、重点分野をスリランカの状況に合わせて変更している。
また、全般的に各二カ国間ドナーは、在外の現地事務所の権限が大きく、これが現地での迅速かつ能動的な活動を可能にしていると考えられる。下表2.3-3にその例を示す。
機関名 | 権限 |
---|---|
USAID | 個々の案件形成は現地事務所に任される。例えば、和平後の戦略はスリランカにおけるミッションチームが検討し、本部で大きな方針が認可された後、個々の案件は現地で決定する。国別援助予算は、在外事務所が本部に必要予算を申請し、本部が決定、議会で最終承認するが、与えられた予算の配分は在外事務所に任されている。 |
DFID | 国別援助戦略は、現地スタッフ・タイの地域事務所のアドヴァイザリー・チーム・DFID本部からのスタッフと共に協議して策定する。7百万ポンドまでの案件は、タイ地域事務所で決定できる。 |
NORAD | 援助予算は地域別予算とセクター別予算がある。これらは議会で承認されるが、承認された予算配分のほとんどはNORADに任されている。150万USドルまでの案件は現地大使館が決定できる。 |
50 各機関の国別援助ペーパー・戦略・枠組み等(詳細は以下脚注を参照)より
51 政治的配慮からの補助金の廃止・セーフティネットのターゲッティング強化・行政サービスのコスト削減・利用者負担の増加等
52 Country Assistance Strategy(CAS) 1996 、および Progress Report on CAS 1996(1996年のCASを中間評価した報告で1998年に発行), World Bank。このCAS1996は、1997~99会計年をカバーするものである。
53 ただし、インフラへの民活導入の程度については、日本との間に意見の相違があることを1998年のCAS報告で述べている。一方、WB現地事務所での聞取りでは、民活といっても民間の投資可能性や能力の問題があり、画一的な導入が難しいことを認めている。
54 改革強化のプロジェクトの例では、「教師の訓練・再配備プロジェクト」が、ス政府の人件費の4割を占める教師の採用を制限するのを支援した。民活導入では、「民間セクターインフラ開発プロジェクト」(PSIDP)で、大規模な民間投資インフラ案件に長期資金を融資する案がある。しかし、両プロジェクトは、ス政府の目標に反する教師採用、主要省庁等からの強い反対という問題を抱えた。
55 Country Operational Strategy (COS) 1998と Country Assistance Plan (CAP) 1999, ADB
56 プランテーションの民営化やセーフティネットに民間が参入するような試みを行っている。
57 First Country Cooperation Framework for Sri Lanka (1997-2001), UNDP
58 Guidelines for Development Cooperation with Sri Lanka, 1998, NORAD
59 経済開発への重視は、1996年から始まっており、その年の経済開発(特に民間セクター支援)が同国援助に占める割合は68%であり、総援助額もその年のみ急増した。
60 開発援助に依存しない関係を指している。例えば、1994年にはスリランカとノルウェーの企業間の合弁事業を促進するプログラムが始まり、2000年には4つの合弁事業が設立された。ノルウェー企業のスリランカ国への直接投資への関心が高まった(Sri Lanka -Development Cooperation, 2000,HP)。
61 開発援助に依存しない関係を指している。例えば、1994年にはスリランカとノルウェーの企業間の合弁事業を促進するプログラムが始まり、2000年には4つの合弁事業が設立された。ノルウェー企業のスリランカ国への直接投資への関心が高まった(Sri Lanka -Development Cooperation, 2000,HP)。
62 Statement to the Storting on Development Cooperation Policy, 2000, NORAD
63 1998年の各援助額は、 USAIDは1991年の1/4、CIDAは1991年の1/3に減少した。なお、SIDA援助は1980年代後半に急減し、1998年の援助額は1985年の1/9になった(Annual Reports of Central Bank of Sri Lanka)。
64 USAID/Sri Lanka Country Strategy 1996~2000, USAID Congressional Presentations 1997~99, および現地での聞取りより。
65 Sri Lanka Country Strategy Papers 1995 & 1999, DFID、および現地での聞取りより。
66 Country Strategy for the Development Cooperation between Sweden and Sri Lanka 1998-2000, SIDA
67 Sri Lanka Overview, 1999, GTZ
68 CIDA's Program in Sri Lanka - an Overviewと現地での聞取りより