1. 評価調査の目的・方法
1.1 調査の背景および目的
国際貢献の重要な柱である日本のODAは、総額で世界のトップクラスにあるが、近年、国内の財政状況から、より効果的・効率的な援助の実施が求められており、評価の重要性はますます高くなっている。従来、外務省は国別評価として、評価対象国における複数のプロジェクトの評価を行っていた。しかし、国際社会においてセクター別や国別の包括的な開発枠組みへの取り組みが行われるに従って、政策やプログラムを対象とした評価への要求が高まったこと、また、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」が施行されたことに伴い、評価対象国における我が国の援助政策を対象として国別評価を行うことになった。
そもそも、ODAの評価はODAの管理を支援すること及び国民に対する説明責任を果たすことを主な目的とすることから、今回の評価は、以下の2つを主な目的とした。
(i) 今後の我が国援助の効果的かつ効率的実施に向けての教訓や提言を得ること
(ii) 本評価結果を公表することにより、援助の透明性および説明責任を確保すること
1.2 評価の対象・時期
外務省では、国別評価の対象を特定国におけるわが国の援助政策と設定しており、今回は日本の対スリランカ援助政策のうち最も代表的なものの一つである「国別援助方針」を対象として評価を行った。スリランカを対象としたのは、主にスリランカが日本の主要援助対象国であること、日本が主要ドナー国であることによる。なお、「国別援助方針」は今後策定されず、「国別援助計画」がその役割を担うことから、本評価調査の結果は今後策定される「国別援助計画」に役立てることが期待されている。
また、本件評価は事後段階の評価であり、評価対象をその基本的な理念、過程、効果の3つの側面から総合的に検証するものであるが、効果の発現には通常2~3年かかることから、1995年から1999年までを対象期間とした。
1.3 評価の方法
今回の評価では、評価対象を理論、過程、効果の3つの側面から検証する総合的評価手法を採用し、スリランカにおけるわが国の国別援助方針をその基本的な理念、過程、効果の側面から以下の内容にしたがって検証した。
(1)基本的な理念
基本的な理念については、「妥当性」という評価項目を設け、「国別援助方針」の基本的な理念がわが国の基本的な経済協力政策や相手国のニーズと整合したものであるのかという点を中心に検証した。
(2)過程
過程については、「適切性」及び「効率性」という評価項目を設け、「国別援助方針」の策定過程、実施過程に参加した組織・人物が適切であったか、お互いのニーズが的確に反映されるような過程を経ていたか、重複などの無駄がなかったか等を検証した。
(3)効果
効果については、「有効性」及び「インパクト」という評価項目を設け、スリランカのマクロ経済指標の動向を国全体と分野別に分析した。但し、わが国のODAがスリランカのマクロ指標にどの程度貢献したかについては、これを証明するための確たる手法がないことから、今回の分析内容には含めなかった。
なお今回の評価は、その客観性を確保するためにコンサルタントに委託され、また正確性を期すために学識経験者の監修及びODA関係者(外務省、JICA、JBIC)の協力を得て実施された。また、分析及び検証の前提として「国別援助方針」の理念、過程を正確に把握する必要があるが、今回の調査ではスリランカ政府、外務省、JICA、JBIC等の協力を得て当時の文献を収集し、十分でないところをインタビューなどで補った。しかしながら、過去の状況が全て明らかになったわけではなく、あくまで現存する情報の中から推論せざるを得なかった点もあり、ここが今回の調査の限界である。
2. 評価対象期間におけるスリランカの動向
1990年代後半、スリランカは民族紛争問題を抱えながらも、マクロ経済指標を改善した。
その他の分野別の大きな課題としては、以下があった。
3. 評価内容
3-1 援助政策の基本的な理念
ここでは「国別援助方針」の基本的な理念を妥当性という項目で評価する。その際、評価対象である対スリランカ「国別援助方針」の考え方をわかりやすいように体系図として整理し、この内容がODA大綱などのわが国のODA政策やスリランカの主要開発計画などに見られるスリランカ側のニーズと整合しているかについて検証を行った。
(1)ODA大綱との整合性
「国別援助方針」は経済発展をその援助政策目標として掲げ、その重点分野として経済基盤の整備・人的資源開発・基礎生活分野の整備を挙げており、これらの点で、ODA大綱や大綱に示される重点項目に整合している。また、ODA大綱の「原則」には、「軍事支出への動向」や「基本的人権」に注意を払うことが含まれる。これに対し、国別援助方針の「ODA大綱の運用状況」では、「戦時体制移行に伴う人権状況および開発支出の一時停止に注視する」と明記されており、この点もODA大綱に整合しており、妥当性が高い。
(2)ODA中期政策との整合性
「国別援助方針」の援助政策目標と重点セクター別目標及びサブセクター目標はほぼODA中期政策の「基本的考え方」、「重点課題」、「地域別援助のあり方」に記載されている内容と整合している。但し、鉱工業開発はODA中期政策からは重点分野であるとは読み取れない。また、対スリランカ国別援助方針の「保健・医療体制の改善」で重視しているのは、「州・地域基幹病院の整備」、「検査/医療機器整備」、「検査技師・看護婦等の訓練」である。保健人材の育成に関しては整合性に問題はないが、病院での治療サービスの強化を重視する「国別援助方針」と、予防と基礎的保健サービスへのアクセスを重視するODA中期政策とは必ずしも一致しておらず、改善の余地がある。
(3)スリランカの開発計画にあるニーズ、優先度との整合性
スリランカの開発ニーズとの整合性については、「国別援助方針」の6つの重点分野は、当時のスリランカ政府の公共投資計画に示される重点分野(港湾の地域ハブへの育成・農業・工業・インフラ整備・教育・保健・環境)と合致している。但し、「国別援助方針」に示された農業分野における「基本食料生産の自給向上」という目標は、スリランカの主要な食料である米が1980年代中期に自給を達成しており、スリランカ側のニーズとの整合性に疑問が呈されることから、この点改善の余地があると判断できる。
3-2 援助政策の過程
援助政策の過程については、国別援助方針のi)政策の策定・見直し過程と、ii)政策の実施過程という2つの過程を、「適切性」及び「効率性」という評価項目で検証した。その際、国別援助方針の過程を把握するために文献調査及び聞き取り調査を行い、フローチャートを作成した。なお、ここでの援助政策の実施過程とは、策定された国別援助方針が援助実施機関であるJICA、JBIC(当時OECF)の国別事業実施計画および国別業務実施方針に反映され、個々のプロジェクトが実施される段階を指す。
(1)政策策定過程の適切性
ここでは、策定過程の適切性を、1)策定に関わる組織の適正さ、2)お互いのニーズの反映やその変化への対応、3)相手国の自立発展性への配慮の観点から検証した。
1)策定に関わる組織の適正さ
国別援助方針の原案策定にあたっては、外務省本省、大使館、JICA、JBICの本部及び現地事務所の間で協議が行われていた。また、相手国政府とも年次政策評議などにおいて各年の優先分野や案件候補に関する協議が行われた。ただし、聞き取り調査を行った当時の関係者に共通する認識として、国別援助方針に対してNGOや民間の意見を求めることはしておらず、当時の国別援助方針はスリランカ政府、外務省、JICA、JBICによって策定されていた。したがって、より幅広い意見を聴取する余地はあると考えられる。
2)お互いのニーズの反映やその変化への対応
(1)ニーズの反映
国別援助方針の策定過程では、経済協力総合調査団等におけるスリランカ側との政策対話が行われるなど、スリランカの開発ニーズについて詳細な調査と検討が行われており、お互いのニーズを反映する過程がとられていることから、適切性が高い。
(2)ニーズの変化への対応
一方、日本の援助方針の変化を「国別援助方針」へ反映させる過程には改善の余地があると考えられる。DACの「新開発戦略」(1996年策定)は、スリランカでも日本の援助政策において留意すべきものとして1997 年にプレスリリースで広報され、政策協議においてもスリランカ政府援助受入機関と詳細に検討されたが、その後の「国別援助方針」に「新開発戦略」や「ODA中期政策」に関する言及はなかった。
また、スリランカのマクロ指標やニーズの変化に対しては、「国別援助方針」のサブセクターの変更や追加という形での調整が行われていたことから、ニーズの変化に対応する過程が取られており、適切性が高いと言える。但し、当時のODA関係者から重点分野の優先順位や内容の変更は難しいという意見が出されており、スリランカ側のニーズに柔軟に応えるためにもそれらの見直し過程や基準を設定することが望ましい。
3)相手国の自立発展性への配慮
相手国の自立発展性への配慮は、「国別援助方針」策定の準備段階で作成された「国別調査票」の中でスリランカの援助受入体制が評価された他、国別援助研究会や年次政策協議などの機会を捉えて行われたことが確認された。しかしながら、「国別援助方針」自体には自立発展性に関する記述はなく、自立発展性の重要性に鑑みれば何らかの形で「国別援助方針」に記載することが望ましいと考えられる。
(2)政策実施過程の適切性
ここでは、国別援助方針が実施機関の業務方針や計画に反映されることを確保するようなプロセスが取られていたか、また実際どの程度事業実施に反映されたのかという点からその適切性を検証した。
1)実施機関の業務方針及び計画への反映
今回調査した限り、JICA、JBICの援助方針策定過程には大使館との意見交換もあり、「国別援助方針」を反映する過程が取られていた。しかしながら、「国別援助方針」に掲げられている上位目標と実施機関の業務方針及び計画に掲げられている上位目標が異なっているケースがあった。確かに「国別援助方針」を柔軟に活用すること自体は否定されるべきものではないが、「国別援助方針」と実施機関の業務方針・計画における上位目標の相違は日本の援助政策の上位目標を不明確なものにする可能性があることから、この点改善の余地があると考えられる。例えば、JICAの96年事業実施計画では上位目標として「持続的経済成長」、「雇用創出による貧困削減」、「地域間格差の是正」、「生活水準の向上」を掲げており、国別援助方針の上位目標である「経済成長」以外の目標も含まれている。
2)案件形成・実施過程への反映
当該期間に終了した援助案件を、重点セクター・サブセクター別に整理すると、殆どの案件が「国別援助方針」で設定されたセクターに入っており、「国別援助方針」が適切に反映されている。但し、「国別援助方針」の農業分野に掲げられているアグロ・インダストリーの振興は案件の実施に至っていない。今回の調査では、これは要請がないことに起因するのか、もしくは要請はあっても案件の成熟度が足りなかったからなのか、その原因を明らかにすることはできなかったが、いずれにせよこの点を「国別援助方針」の改訂に反映する等、改善の余地はあったと考えられる。
(3)策定過程の効率性
ここでは、「国別援助方針」策定過程の効率性を重複の有無と迅速性という点から検証する。その際、重複の有無を相手国との関係、実施機関との関係及び他ドナーとの関係から考察する。
1)重複の有無
「国別援助方針」は大使館による原案作成、外務省における実施機関など関係者との協議・決定という過程を経て作成される。相手国との関係では、特に同じ内容を繰り返し協議していた等の重複はなく、実施機関との関係でも実施機関の調査研究の結果が国別援助方針の策定に活用されるなど作業の有機的な連携が見られた。また、ドナーとも意見交換を行うなど重複を避けるための努力が行われており、策定過程の効率性は確保されていたと判断できる。
2)迅速性
「国別援助方針」は、途中の中断があったものの2年で策定され、その後毎年見直しが行われていたことから、特段の遅延があったとは思われず、「国別援助方針」の策定・見直しは効率的に行われていたと判断される。
(4)実施過程の効率性
ここでは、「国別援助方針」の実施過程の効率性を、(1)実施機関の援助方針・計画及び案件形成・実施への反映の迅速性、(2)各組織・機関の連携・協調の有無という点から検証する。
1)実施機関の援助方針・計画及び案件形成・実施への反映の迅速性
今回の調査では、実施機関の援助方針・計画への反映及び案件形成にあたっては、「国別援助方針」の重点分野との整合性を検証する作業が行われたが、ここでは特段の困難はなく、迅速に行われていたと判断できる。
しかしながら、一部聞き取り調査から、案件形成から実施までの過程が長いという指摘があり、日本の大使館や実施機関の現地事務所の裁量権が小さく本部に指示を仰ぐことが多いことやスリランカ側の国内承認手続きが大幅に遅延することなどの問題点が指摘された。これらの指摘に関しては、これまでも日本側とスリランカ側で協議を行うなど、改善のための取り組みはなされているが、日本の現地事務所の権限は他ドナーと比較しても大きいとはいえないことから、現地の人員補強や案件審査・決定の質の確保も考慮して総合的に検討する余地はあろう。
2)各組織・機関の連携・協調の有無
スリランカでは当時から大使館・JICA事務所・JBIC事務所の三者間の情報交換や対話は活発に行われ、案件実施でも開発調査と円借款、円借款と専門家・青年海外協力隊派遣など、援助効果を挙げるためのJICA・JBIC間の連携例が多く見られたことから、この点の効率性は確保されていたものと判断できる。
また、他ドナーとの協調・連携も開発フォーラムや分野別のワーキング・グループ会合、JBICとADBによる協調融資案件等が実施されており、効率的な実施がなされていたと考えられる。
3-3 援助政策の効果
援助政策の効果については、「有効性」及び「インパクト」という評価項目から検証した。ただし、「国別援助方針」にはその目標値や指標が設定されておらず、その「有効性」(目標達成度)を定量的に分析することは困難であることから、評価対象期間における主要経済指標の動向を追い、外部要因を明らかにすることで援助政策の効果の検証に代えた。「インパクト」も同様に定量的な分析が困難であることから、「国別援助方針」がスリランカの開発政策やわが国のODA上位政策へもたらした影響の有無を検証した。なお、援助の効果を評価するアウトカム評価や日本の貢献度の分析なども重要ではあるが、これらの手法はモデルそのものの有効性に議論があること、短期間では調査分析が困難なことなどから、今回の評価では採用しなかった。
(1)有効性
評価対象期間における主要指標の動向は以下の通りであった。
4. 今後の国別援助政策に向けての提言
上記の評価結果を踏まえ、今後の国別援助政策に向けて、以下が提言される。なお、「国別援助方針」は今後「国別援助計画」にその役割を取って代わることが決定されており、ここにある提言は今後策定される「国別援助計画」に活用されることが期待される。
(1)「国別援助方針」とODA大綱やODA中期政策との位置付けおよび策定基準の明確化
「国別援助方針」とわが国ODAの上位政策や相手国のニーズとの整合性を図るため、「国別援助方針」の我が国援助政策全般の中での位置付けを明確化するとともに、その策定基準を基準自体の優先度も含めて検討すべきと考えられる。
(2)より幅広い意見の聴取の維持促進
ODAの透明性・公開性や、効果的な政策を策定する上でも、幅広い意見聴取の促進が望ましい。
(3)「国別援助方針」と実施機関の援助方針との位置付けの明確化
わが国の援助政策における上位目標を明確化するために、「国別援助方針」と実施機関の援助計画の位置付けを明確にすることが望ましい。例えば、「国別援助方針」は実施機関の援助計画の上位政策であり、実施機関はこれを具現化するものとして援助実施計画を策定することが明確に定められれば、「国別援助方針」の上位目標が実施機関の援助方針・計画に確実に反映され、わが国援助政策の上位目標が明確になる。
(4)「国別援助方針」の目標の体系化
「国別援助方針」の確実な実施につなげるために、「国別援助方針」の内容をより明確にすることが必要であると考えられる。例えば、援助方針に援助政策目標、重点セクター目標、サブセクター目標がその達成度を測る指標(定量指標及び定性指標)が明記され、さらに開発課題を達成するためにどのように支援するかという方法論や優先順位がより具体的に示されていれば、関係者の共通の理解に基づく案件形成が行われ、「国別援助方針」の確実な実施、援助のより効率的な実施に貢献できる。
(5)「国別援助方針」の見直し過程の明確化と基準の設定
スリランカ側のニーズやわが国の援助政策の変化に柔軟に応えることを通じて、援助効果を高めるためにも、具体的な見直し過程やその基準を設定することが望ましい。
(6)「国別援助方針」の評価の実施
「国別援助方針」の実施を確保するために、その進捗度合いを定期的に測定し、評価することが重要である。それにより、国民や対外的に援助の透明性を確保できると考えられる。
(7)「国別援助方針」の記載事項の改善
「国別援助方針」の内容をより充実したものにするため、相手国の行政のあり方(関係省庁の連携の必要性など)など、実施機関や専門家などの経験に基づいた留意点や、実施過程で自立発展性を高める方法が記載されていることが望ましい。