3.1 制度の目的の評価
制度の目的の評価については、評価の枠組みに沿って、「目的の妥当性」について検討する。この「目的の妥当性」は、1)「中間目標」と上位政策との整合性、2)「中間目標」と被災国および被災者のニーズとの整合性、3)「中間目標」と国際社会の動向との整合性、の3つの評価項目により検証を行う。
3.1.1 「中間目標」と上位政策との整合性
国際緊急援助隊を含むODA各スキームに対する上位政策とは、一般的にODA政策の基本理念、原則、重点項目などを謳ったODAの憲法とも言うべき「政府開発援助大綱(ODA大綱)」と、ODA大綱をベースに今後5年程度にわたるODAの進め方を体系的・具体的にまとめた援助指針である「政府開発援助に関する中期政策(ODA中期政策)」のことを示す。
ところで「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」は1987年に施行、その後1992年に改正されたが、1992年当時有効であったODA大綱(1992年6月閣議決定)は、2003年8月に見直しが行われ現行のODA大綱へと改定された。したがって、国際緊急援助隊の「中間目標」と上位政策との整合性については、1992年当時のODA大綱(旧ODA大綱)と、2003年8月に改定された現行のODA大綱(新ODA大綱)の両方について検証することとする。ただしODA中期政策との整合性については、現行のものとの比較に留める。
(1) 旧政府開発援助大綱(ODA大綱)との整合性
旧い政府開発援助大綱(ODA大綱)では「1. 基本理念」の冒頭において、『世界の大多数を占める開発途上国においては、今なお多数の人々が飢餓と貧困に苦しんでおり、国際社会は、人道的見地からこれを看過することはできない。』と述べており、旧ODA大綱の基本理念の第一として人道主義を掲げている。
人道主義には飢餓、貧困、難民問題への取り組はもちろん、旧ODA大綱には明文化されてはいないものの、当然のことながら、自然災害によって被害を受け困難な状況にある人々に対する救済や支援も含まれるはずである。したがって、「中間目標1」の災害時における被災民の「人的(肉体的・精神的)被害の軽減」を実施することも、旧ODA大綱の理念と合致すると考えられる。
また「5. 内外の理解と支持をうる方法」では『政府開発援助の実施に当たっては、内外の理解の確保を基本とし、また国民の参加を確保するために以下のような方策を講ずる。』と述べられており、その具体策として「(1)情報公開の促進」と「(2)広報・開発教育の強化」をあげている。
「中間目標2:国際緊急援助隊の活動を積極的に情報公開し、日本の実施した活動が国際社会・相手国および日本においても認識される」は、上記の情報公開と広報の考え方と一致している。
以上のことより、「中間目標」は旧ODA大綱と整合性を持つ。
(2) 新政府開発援助大綱(ODA大綱)との整合性
2003年8月に改定された現行の新しい政府開発援助大綱(ODA大綱)では、「I. 理念-目的、方針、重点」の「1. 目的」のなかで、『・・・(省略) 特に、極度の貧困、飢餓、難民、災害などの人道的問題、環境や水などの地球的規模の問題は、国際社会全体の持続可能な開発を実現する上で重要な課題である。・・・(省略)・・・ 我が国は、世界の主要国の一つとして、ODAを積極的に活用し、これらの問題に率先して取り組む決意である。』と述べられている。また、このことは「3. 重点課題」でも「(1)地球規模の問題への取り組み」として『地球温暖化をはじめとする環境問題、感染症、人口、食料、エネルギー、災害、テロ、麻薬、国際組織犯罪といった地球的規模の問題は、国際社会が直ちに協調して取り組むとともに、国際的な規範づくりに積極的な役割を果たす。』と、繰り返し表明されている。
これらは災害を含む人道的問題への積極的取り組みを示したものであり、この取り組みには「中間目標1」の災害時における被災民の「人的(肉体的・精神的)被害の軽減」を実施することも、当然のことながら含まれると考えられる。
また「III. 援助政策の立案及び実施」の「2. 国民参加の拡大」では、「(4)情報公開と広報」として『ODAの政策、実施、評価に関する情報を、幅広く、迅速に公開し、十分な透明性を確保するとともに積極的に公開することが重要である。このため、様々な手段を活用して、分かり易い形で情報提供を行うとともに、国民が我が国のODA案件に接する機会を作る。また、開発途上国、他の援助国など広く国際社会に対して我が国のODAに関する情報発信を強化する』と記載されている。
「中間目標2」である「国際緊急援助隊の活動を積極的に情報公開し、日本の実施した活動が国際社会・相手国および日本においても認識される」は、上記の情報公開と広報の考え方と一致している。
以上のことより、「中間目標」は新ODA大綱とも整合性を持つ。
(3) 政府開発援助に関する中期政策(ODA中期政策)との整合性
現行の政府開発援助に関する中期政策(ODA中期政策)の「基本的考え方」では、『6. 開発援助を進めてゆく上で、納税者である国民の理解や支持が得られるよう我が国の「顔の見える」援助を積極的に展開し、被援助国においても我が国の援助に対する認識と理解の促進に一層努めることが必要である』と述べられており、我が国ODAの活動が、我が国および被援助国において認識・理解されることの必要性が示されている。また情報公開に関しては、「援助手法」の「5. 情報公開」でも、『我が国のODAの情報公開については・・・(省略)・・・ ODAの推進に当たって一層の国民の理解と支持を得るために、国会をはじめ広く国民に情報公開を進めていく必要がある』と、繰り返し述べられている。
次に、「重点課題」の「6. 紛争・災害と開発」では、「(2)防災と災害復興」の既述において、『・・・(省略) 我が国は、これまでに災害時の緊急支援のため、23ヶ国に対し国際緊急援助隊を46チーム派遣するなど、災害のもたらす人道問題に対し様々な支援を行っている。以上を踏まえ、我が国としては、次のような支援を行う。-国際緊急援助隊の派遣を含め、今後とも、我が国の治山・治水、地震・津波等の災害対策の経験を活かしつつ、災害時の緊急援助、災害後の復興のための支援及び国土保全・災害防止のための支援を積極的に行っていく。』とうたっており、国際緊急援助隊の派遣により、災害のもたらす人道問題に対して積極的に取り組む方針を明示している。人道問題への取り組みには、被災者の「人的(肉体的・精神的)被害の軽減」を行うことは含まれると理解できる。
したがって、「中間目標」はODA中期政策の方針とも一致しており、整合性を持つ。
3.1.2 「中間目標」と被災国および被災者のニーズとの整合性
国際緊急援助隊は、「海外の地域、特に開発途上にある海外の地域において大規模な災害が発生し、または正に発生しようとしている場合に、当該災害を受け、もしくは受けるおそれのある国の政府または国際機関(以下「被災国政府等」という。)の要請に応じ」(「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」第1条)派遣されることとなっている。この大規模な災害には自然災害のほか、ガス爆発などの人為的災害も含まれる。国際緊急援助隊の派遣には、被災国政府等からの要請が必要条件である。
被災国政府等からの要請は、被災地における人命の救出と保護、負傷した被災者の手当て、被災者が生きのびるための最低限の衣食住の提供など様々であるが、最優先項目としては被災者の人命救助と救急医療である。国際緊急援助隊の「中間目標1」は、「人的(肉体的・精神的)被害の軽減」であり、被災国および被災者のニーズに応えるものである。
一方、ベトナムおよびアルジェリアでの現地調査における関係機関へのインタビューおよび質問票回答の結果から言えることは、災害直後に他国から差し伸べられた緊急支援は、被災国および被災者に精神面での安心感を与えている。被災国の政府関係機関および被災民から「困難な状況のなかにあって、外国からの支援および援助隊の存在は、精神的な支えとなった」との声は少なくなかった。特にアルジェリアの場合は、その意識が強かった。したがって、我が国の国際緊急援助隊の被災地での活動が被災国の人々に知られ、人道支援を行っていることが認知されることは、被災者に対して精神的な安心感を与える上で効果があり、そのことが精神的苦痛の軽減に繋がると考えられる。したがって、「中間目標2」である「国際緊急援助隊の活動を積極的に情報公開し、日本の実施した活動が国際社会・相手国および日本においても認識される」ことは、被災国および被災民のニーズに沿ったものであると言えよう。
以上のことより、「中間目標」は被災国および被災者のニーズと整合性を持つ。
3.1.3 「中間目標」と国際社会の動向との整合性
国連は人道主義の理念のもと、国連システムの各専門機関を通じて、紛争および災害時における被災者への援助に取り組んでいる。その中には世界食料計画(WFP)を通じた食料援助、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通じた避難所と保護の提供、国連児童基金(UNICEF)を通じた母子の救援、世界保健機関(WHO)を通じた伝染病予防、国連開発計画(UNDP)を通じた防災計画の策定などより長期的な活動、などが含まれる。これら国連システム専門機関により行われる緊急援助は、緊急援助調整官を長とする国連人道問題調整官事務所(UNOCHA)により調整が行われる。UNOCHAの使命は、1)災害や緊急事態における人的被害の軽減、2)助けを必要としている被災者の権利の擁護、3)備えと予防の促進、4)持続可能な解決方法の支援などを行うために、被災国及び国際社会と協力しながら、効果的な人道支援が可能となるよう調整することにある13 。このUNOCHAやINSARAGの主催する国際会議に外務省国際緊急援助室やJICA国際緊急援助事務局等からも参加し、国際F緊急援助のあり方について、国際社会の他ドナーや機関と協議・調整を行っており、国際社会の動向とも整合している。
UNOCHAのアドボカシーは、マスメディアやインターネットなどによる広報活動からロビー活動、交渉、公開討論など様々なチャンネルで行われる。なかでもOCHA Online、リリーフウェブ(Relief Web)、IRIN(Integrated Regional Information Network)などインターネットを通じての情報発信を積極的に進めている。これはUNOCHAが取り組む人道援助に係わるアドボカシーの手段であると同時に、災害情報や被災国に対する国際機関、各国、およびNGOからの緊急援助に係わる情報などを公開する重要な役割を果たしている。
「中間目標1」は国連および国際社会が等しく共有すべき人道主義に基づいたものである。また被災国における活動状況を積極的に公開するというUNOCHAの方針は、「中間目標2」とも共通する。したがって、「中間目標」は国際社会の動向と整合性を持つと認められる。
13 OCHA in 2004: Activities and Extra-Budgetary Funding Requirements.