2.2 国際緊急援助隊制度の概要
2.2.1 通常時の体制
(1) 通常時の準備体制
国際緊急援助隊は、自然災害等の規模、状況に応じて、「救助チーム」、「医療チーム」、「専門家チーム」、「自衛隊の部隊」の4種類の援助隊を単独、または組み合わせで派遣できる。通常時は外務省経済協力局国際緊急援助室と、関係省庁の担当者、JICAの国際緊急援助隊事務局が中心となり、派遣に備え緊急時の連絡先を登録し、24時間対応可能な体制を整備している。2000年頃からは、「救助チーム」に関して、国際チームとの協調を考慮し、国際捜索救助諮問グループ(INSARAG)8 のフォーカルポイントへの登録も行っている。
具体的には、「救助チーム」は、災害の状況に応じて、警察庁、消防庁、および海上保安庁他の救助隊から編成する。「救助チーム」は、地震等の災害による被災者の探索・発見・救出・収容・応急措置および安全な場所への移送の活動を行うため、ファイバースコープ、音響探知機、削岩機等の救助用資機材を携行する。また、必要に応じて被災者への給水活動も行う。
「医療チーム」は、医師・看護師・薬剤師・医療調整員、業務調整員から編成される。医療活動としては、被災者に対する診療および診療補助活動、疫病の発生・蔓延を防ぐための感染源・感染経路遮断のための防疫活動(たとえば、飲料水・被災家屋・避難所の消毒等)がある。通常時の運営・管理は、JICA国際緊急援助隊事務局が行い、外務省から国際緊急援助隊の派遣命令があった場合には、国際緊急援助隊医療チームの編成に当たって、国際緊急援助隊医療チーム登録者本人およびその所属長等の承諾を得た上で、候補者を選抜し、外務省へ推薦する(JICA「災害救急援助実施要綱」第4条)。さらに、国際緊急援助隊医療チームにかかる円滑な実施を図るために、国際緊急援助隊事務局は「国際緊急援助隊医療チームにかかる支援委員会(以下「支援委員会」という)を設置し、必要に応じ助言、支援を得ることとしている(「災害援助実施要綱」第17条)。
「支援委員会」は、JICAが実施する国際緊急援助事業のうち、「医療チーム」にかかる次の事項に関し、国際緊急援助隊事務局に助言と支援を行う。1)「医療チーム」に登録する要員の募集、登録に関すること、2)仮登録者および登録者にかかる研修訓練に関すること、3)「医療チーム」が携行する機材の選定、管理に関すること、4)その他「医療チーム」による援助活動の円滑かつ効果的な推進に必要な事項に関すること。委員長、副委員長は、学識経験者とし、委員については、現行の関係省庁、団体(厚労省2名、文科省2名、日本医師協会1名、日本赤十字社1名)の組織協力を得ることとしている。原則として年1回開催され、外務省は、支援委員会に対してはオブザーバー参加している。
現在は「支援委員会」の下に専門部会として、医療関係者等から構成される「総合調整部会」とその下に各課題別「タスクフォース(A, B, C)」がある。総合調整部会は原則として年2回開催される。さらに総合調整部会に対しては若干名から構成される「アドバイザリー・グループ」が設置され、年に1回程度会合がもたれている。各タスクフォースの検討内容については、毎年の第一回総合調整部会にて決定されるが、おおよそ、「タスクフォースA」は研修内容の検討、「タスクフォースB」は携帯医薬品の検討やチームの活動体制作り、「タスクフォースC」は広報、マニュアルの整備を中心に検討、見直しを行っている。
(出所:JMTDR News Letter, JICA資料等を参考にとりまとめた)
「専門家チーム」は災害応急対策、災害復旧活動を行うもので、関係省庁等から各分野の専門家を派遣し、災害防止や災害復旧対策面での協力を実施する(災害応急対策とは、災害が派生し、またはまさに発生しようとしている場合に、災害の発生を防止、あるいは発生を防御するため行う各種分野での応急的な対策をいう。災害復旧とは、被災した施設・人員などを被災前の正常な状態に戻すための各種分野での活動をさす9)。
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(2) マニュアルの整備
制度は、表 1-4、表 1-5の実施体制の整理に従うと(1)通常時の体制、(2)派遣時の体制<(i)要請から派遣まで、(ii)被災国における活動>の大きく、二つ整理された。(2)(i)の手続きと実施関係者については、制度の創設時から現在まで大きな変化はない。一方(1)と(2)(ii)については、チームごとに被災国での活動体制は効率性、有効性をさらに高めるために見直され、マニュアル、携行資機材の整備、チーム人数・構成の変更が進められてきた。マニュアルの整備はこの(2)(ii)と関連しており、チーム別に整備されてきた。
「救助チーム」
従来は「救助チーム」には各省庁で通常訓練を積んだ者が日常業務の一環として参加するため、特段マニュアルの整備を進めず、国際緊急援助隊の参加登録者に対して、日本国内で実施する、「総合訓練」、「リーダー研修」等で対応してきた。しかしながら、近年、2002年11月の国際緊急援助隊の評価手法の確立に際し、「救助チーム」のマニュアルの整備を開始し、定期的に外務省、JICA事務局、関係3庁との間で協議を持ち、携行機材の検討を含め、マニュアルの改訂を進めている。
「医療チーム」
現在は、1998年7月1日作成の「医療チーム」マニュアル(JMTDRマニュアル)が、派遣者に配布、派遣先被災国で使用されているが、活動体制の見直しは行われてきており、2004年には改訂版が発行される予定である。たとえば、1995年の阪神淡路大震災の経験や1999年の台湾・トルコ地震、モザンビーク洪水等の経験を踏まえ、これまでの基本体制:12名体制(医師3、看護師6、調整員3)の体制見直しが行われ、2004年のアルジェリア地震より新体制:21名体制(団長1名、医師4、看護師7、薬剤師1名、医療調整員3名、ロジ班5名)が整備、実践された。被災国での活動体制も整備されてきており、1992年以降は、派遣期間も、約2週間と一定化し、活動期間中に概ね1,000人の外来患者に対応できるような体制10 が整えられた。実績を見ても、2週間以上に亘り活動しているのは、第1陣、第2陣と2度派遣されたトルコ西部地震のみで、その他の派遣では第1陣のみ2週間の期間の派遣となっており、この体制整備と合致している。
「専門家チーム」
「専門家チーム」に関しては、災害の個別の事例ごとにチームが構成されるため、関係省庁間で定期会合がもたれたり、マニュアルの整備、派遣対象者を想定とした訓練・研修は行われてはいない。外務省国際緊急援助室を中心として、個別派遣事例ごとに、「専門家チーム」の役割や活動目的が設定されて、チームが派遣される。たとえば、特に2003年には、派遣対象が、従来の自然災害や、洪水等の自然災害後の感染症対策ではなく、緊急感染症対策にも拡大しているが、この派遣決定の判断については、事例ごとに外務省国際緊急援助室で関係各者と協議の上決定している。
(3) 派遣要員登録体制
国際緊急援助隊派遣要員に関しては、「救助チーム」と「医療チーム」では、登録体制が異なり、参加者の活動への関わり方が通常業務の一環であるのか、それもと任意であるのかで異なる。「救助チーム」は、警察庁、消防庁、海上保安庁の人員が、その都度、各庁長官他の命令・指示・要請を受け通常業務のひとつとして派遣される。一方、「医療チーム」は、事前にJICA国際緊急援助隊事務局に自らの意思で登録した医師、看護師、薬剤師等がその都度選抜され、参加する。以下に派遣チームの構成例を示す。
「救助チーム」: | |
・ | 1999年の台湾地震に際し、110名という、最大級の人数を派遣した。チームの構成は、外務省から団長1名、警察庁から45名、消防庁から46名、海上保安庁から13名、JICA調整員が5名参加した。 |
・ | 2003年のアルジェリア地震では、台湾に次いで大規模な人員の61名で派遣を行った。チームの構成は、外務省2名、警察庁19名、消防庁17名、海上保安庁14名、JICA調整員5名、その他医療班4名(医師2名+看護師2名)と救助犬2匹であった。 |
「医療チーム」: | |
・ | 医療チームは、前身の国際救急医療チーム(JMTDR)として発足した当時(1982年)の構成は医師(外科的救急治療を専門)3名、看護師6名、調整員3名の12名体制であった。その後、構成人数は、1993年までは10名前後であったが、それ以降は15~16名と増加傾向にあり、1999年~2000年には20名近くになった。 |
・ | 2003年のアルジェリア地震およびイラン地震の派遣人数は過去最大であり、前者は22名、後者は23名であった。いずれも、チーム構成は、外務省より団長1名、医師4名、看護師7名、薬剤師1名を中核に、医療調整員が2名または3名、JICA調整員6または7名、評価隊員1名が参加している。 |
「専門家チーム」: | |
・ | 派遣人数は、ニーズに応じて多様である。構成も災害の状況等に応じ、適宜ふさわしい省庁他より構成される。派遣される専門家の人数も災害の種類・規模等の現地のニーズにより、さまざまである。 |
・ | 1997年のインドネシアスマトラ島の火災に際して、43名のチームが派遣され最大規模の人数であった。チーム構成は、外務省より団長1名、消防庁より30名、医師1名、看護師1名、全日空整備5名、外務省より広報1名、JICA調整員4名であった。 |
(4) 研修・訓練の実施状況
「救助チーム」、「医療チーム」は、基本的に彼らの通常行っている訓練・研修の内容11および通常業務が国際緊急援助隊の活動に活かされることになるため、国際緊急援助隊活動のための研修・訓練が実施されている。「救助チーム」は、1986年から、「医療チーム」はJMTDR時代の1983年から、「JICA職員研修」は1988年から実施されている。研修・訓練の種類・内容は、適宜見直しが行われてきた。現在、「救助チーム」は、「総合訓練」(1回/年)と「リーダー研修」(1回/年)を、「医療チーム」は「導入研修」(2回/年)、「中級研修」(3回/年)、「上級研修」(1回/年)を実施することになっている。さらに、「JICA職員研修」も年に3回実施するとともに、「国際機関への研修」も適宜、関係省庁の参加も含めて実施している。
(5) 携行機材の整備状況
「救助チーム」の携行機材の整備状況については、小隊用機材リスト(1小隊分)、および中隊用機材リスト(1中隊分)が作成され、セットとして用意されており、チーム組成の規模に対応して即座に携行できるよう整備されている。これについても、外務省、JICAと関係3庁との協議により常に見直しが行われている。
「医療チーム」の携行機材、すなわち、大型機材(テント等)、医療器材、医薬品、生活用品の4種類は、12人のメンバーが一日100名の外来患者を2週間にわたって診察できることを基本に整備されている12 。携行医薬品も、同条件を想定し用意されている。携行医薬品は、WHOの推奨する必須医薬品を中心に選定されており、日本製の医薬品を携行しているが、これも常に前述の「総合調整部会」の下「タスクB」で見直しが行われている。
「専門家チーム」は、特段の携行機材リストはなく、状況に応じて必要な機材が携行される。
(6) 情報公開
国際緊急援助隊に関する主な情報発信としては、外務省ODA白書、外務省プレスリリース、JICA事業年報、JICA広報誌(「JICAフロンティア」等)、外務省およびJICAのホームページなどがある。派遣が決まった場合は、派遣活動については、外務省・JICAのホームページで、随時報じられている。その他にも、「医療チーム」に関しては機関誌を発行している。その他の講演活動としては、日本国内向けに各種セミナーや講演会で広報を実施し、海外からの研修員受け入れ事業でも国際緊急援助隊事業の紹介を実施している。
(7) 派遣終了後
国際緊急援助隊の派遣終了後には、JICA国際緊急援助隊事務局を中心に、国際緊急援助隊の活動の事後評価体制が整備されてきている。「救助チーム」「医療チーム」に関しては、2003年3月に国際緊急援助隊評価のための評価ガイドライン“STOP the pain”が作成され、評価項目が迅速性(Speed) 、ターゲット(Target)、オペレーション(Operation)、プレゼンス(Presence)の4点に設定され、評価時期が定められた。「専門家チーム」に関しては、現在作成中である。
(出所)「国際緊急援助隊評価ガイドライン‘STOP the pain’(2003年3月)」JICA国際緊急援助隊事務局 |
このように、日本においては、JICA国際緊急援助隊事務局を中心に派遣事例ごとに評価が実施されることに定められた。一方、被災国においては、JICA事務所が中心に、チーム携行機材供与後のモニタリング調査の実施、援助隊活動後の評価調査(Mission Review 2)の実施、プレス発表(在外公館と調整)、報道振り、被災国政府からの感謝、被災民の声等の広報素材の収集・報告を行なうことに定められた。
2.2.2 派遣時の体制
派遣時の体制について、時系列的に図に表すと次図 2-2のとおり。本報告書では、第1章表 1 5で整理したとおり、派遣時の体制を「(i)要請から派遣まで」「(ii)被災国における活動」に分類した。
(出所) | 「国際緊急援助最前線:国どうしの助けあい災害援助協力」、和田章男、国際協力出版会、1998年等を参考に作成 |
派遣時の体制の要点を整理すると、次のことがあげられる。
(i)要請から派遣まで:
・ | 被災国政府または国際機関の要請があることが派遣の第一の前提となる。 | |
・ | その後関係省庁と協議を行い、外務省本省がチームの派遣決定を行い、JICA国際緊急援助隊事務局に派遣命令を行う。 | |
・ | JICA国際緊急援助隊事務局の支援の下、適切なチーム構成でチームを派遣する。 |
(ii)被災国における活動:
・ | 被災国、または、経由地・近隣諸国の日本大使館やJICA事務所、現地の海外青年協力隊員等の支援を得て、国際緊急援助隊の活動を実施する。 | |
・ | 活動においては、各チームの団長が指揮を執る。 |
8INSARAGは、各国の捜索救助チームが殺到して混乱をきわめた1988年アルメニア地震を教訓に、各国の捜索・救助に関連する部隊が、平時からの連携強化と被災地支援における実働部隊のルール作りを推進するため、1991年に国連災害救済調整官事務所(UNDRO)(現在の国連人道問題調整事務所:UNOCHA)の呼びかけにより作られた国連の非公式協議機関のこと。
9「国際緊急援助事業概要」JICA国際緊急援助隊事務局(平成15年9月)より抜粋。
1012人のメンバーで一日100名程度の外来患者を2週間に亘って診療できることを目安としている。(出所:JMTDRマニュアル)
11たとえば、警察庁では各都道府県警察において通常訓練(レスキュー)、消防庁においても救助訓練、海上保安庁においても海難救助等における、倒壊物等の除去あるいは倒壊物内に残された人命の救助といった活動を実施しており、通常の訓練や業務がそのまま国際緊急援助隊の業務に活かされる体制になっている。
12 (出所) JMTDRマニュアル