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第3章 対インドネシア援助政策の目的に関する評価

 本章では援助政策目的の妥当性について分析する。3.1.「日本のODA政策との整合性」においては、最初に国別援助方針の構成を示す。その後、わが国のODAの理念と原則を示した(旧)ODA大綱と対インドネシア国別援助方針(3本柱を含む)との整合性を検証する。さらに、1999年8月に発表されたODA中期政策と2001年9月にインドネシア側と合意された援助の重点3本柱との整合性を検証する。3.2「インドネシア開発ニーズとの整合性」ではインドネシアの国家開発計画とわが国の国別援助方針との整合性を検証し、3.3「他ドナー・国際機関の援助動向とわが国との協調」では他ドナー・国際機関の援助動向とわが国の援助政策との整合性を検証する。

3.1 日本のODA政策との整合性

(1)対インドネシア国別援助方針の構成

 対インドネシア国別援助方針は現在、外務省のホームページに掲載されている1。ホームページに掲載されている国別援助方針は、下記の内容により構成されている。

 表3-1 対インドネシア国別援助方針の構成


 「1. 基本方針」にある「(1)わが国の援助対象国としての位置づけ」は、貿易・投資、天然資源、東南アジア経済などの観点から、わが国とインドネシアとの関係におけるインドネシアの重要性を記述したものである。「(2)わが国の援助の重点分野」は、「2.3.1対インドネシア国別援助政策」にて紹介した重点5分野のことを示す。「公平性の確保」、「人造り・教育」、「環境保全」、「産業構造の再編成」、「産業基盤整備」で構成される重点5分野は、1994年度版のODA白書にて示され、現在まで変更されていない。「(3)留意点」では経済危機や政権交代などが紹介されている。「2. インドネシア経済の現状と課題」以下、「4.援助実績」までの内容は、毎年のODA白書にて最新のデータに更新されている。対インドネシア国別援助方針には基本方針はあるものの、援助の目的は明示されていない。

 重点5分野は1994年以来変更されていない。但し、2001年9月にわが国はインドネシアに対して当面、「経済の安定のための支援」、「各種改革の推進に関する支援」、「経済ボトルネックの解消等緊急ニーズへの対応」の3点(3本柱)を重視して支援を行なう方針を表明した。この3本柱は、対インドネシア国別援助方針(重点5分野)に追加された援助政策として理解できるものの、その位置づけは必ずしも明確になっていない。

(2)旧ODA大綱との整合性

 (旧)ODA大綱は、「1. 基本理念」、「2. 原則」、「3. 重点事項」、「4. 政府開発援助の効果的実施のための方策」、「5. 内外の理解と支持を得る方策」、「6. 実施体制」で構成されている。このうち、対インドネシア国別援助方針に直接関連する「1. 基本理念」、「3. 重点事項」について検討を行なう。

1) 基本理念

 基本理念においては、(1)人道的見地、(2)相互依存関係の認識、(3)自助努力、(4)環境保全の4点が掲げられている。

 「(1)人道的見地」に関しては、対インドネシア国別援助方針の「1. 基本方針(2)わが国の援助の重点分野(イ)公平性の確保」のなかで、『…経済危機の影響を特に強く受けている社会的弱者への対応を中心に…』と述べられており、人道的見地に配慮がなされている。「(2)相互依存関係の認識」については、「1. 基本方針(1)わが国の援助対象国としての位置付け」において『(イ)インドネシアは、貿易・投資等の面でわが国と密接な相互依存関係を融資、わが国にとって政治・経済面において重要な存在であること。』と述べられており、日本・インドネシア両国の相互依存関係が認識されている。(3)自助努力」に関しては直接的な記述はないが、「1. 基本方針(2)わが国の援助の重点分野」において、人造り、産業基盤整備(経済インフラ)、基礎生活分野に対する支援が重点分野として取り上げられており、インドネシアの自助努力を促すべく配慮がなされていると考えられる。「(4)環境保全」に関しては、「1. 基本方針(2)わが国の援助の重点分野」のなかで重点分野の一つとして取り上げられている。

2) 重点事項

 (旧)ODA大綱では、地域的には日本のODAの重点をアジア地域に置くとしている。その理由としては、(1)アジア地域は日本と歴史的、地理的、政治的及び経済的に密接な関係にあること、(2)とりわけ東アジア地域2、ASEAN諸国は、世界の中で活力あふれる地域となっており、その経済発展を維持・拡大することが世界経済の発展のために重要であること、(3)依然として貧困に苦しむ多数の人口を抱えている国も存在すること、が挙げられている。

 対インドネシア国別援助方針では、「1. 基本方針(1)わが国の援助対象国としての位置付け」において、インドネシアは、(1)日本と密接な相互依存関係を有すること、(2)日本の海上輸送にとって重要な位置を占めること、(3)石油、ガス等の天然資源供給国になっていること、(4)従来から貧困撲滅、地域格差是正等のために多大な援助需要があったこと、(5)97年のアジア経済危機の影響によって、経済の回復と民生の安定を図ることが課題になっていること、の理由から対インドネシア支援の重要性が記載されている。

 (旧)ODA大綱で示された重点項目は、(1)環境問題、人口問題等の地球的規模の問題への取り組み、(2)基礎生活分野(BHN)等への支援及び緊急援助、(3)人造り及び研究協力等技術の向上・普及をもたらす努力、(4)インフラストラクチャー整備、(5)構造調整等、の5点である。これらの点に対しては、対インドネシア国別援助方針の「1. 基本方針(2)わが国の援助の重点分野」において示された重点5分野(図2-4)は図3-1のように対応している。

 図3-1 対インドネシア国別援助方針(重点5分野)と(旧)ODA大綱との対応


 上図から、(旧)ODA大綱で示された重点項目は、対インドネシア国別援助方針の重点5分野に的確に反映されていることが分かる。

 次に、わが国の追加的援助方針である3本柱と(旧)ODA大綱で示された重点項目との対応を見てみる(図3-2)。

 3本柱は、経済危機後のインドネシアの開発ニーズの変化に対応した追加的援助方針であると考えられるため、(旧)ODA大綱の重点項目に掲げられている、(イ)環境問題、人口問題等の地球規模の問題への取り組み、(ロ)基礎生活分野(BHN)等への支援及び緊急援助、(ハ)人造り及び研究協力等技術の向上・普及をもたらす努力、とは対応していないことが分かる。また、(旧)ODA大綱は1992年に発表されたものであるのに対して、3本柱は2001年に表明されたものであり、この間にアジア経済危機の発生などがあったため、インドネシアの開発ニーズ・開発政策も大きく変わったものと考えられる。

 図3-2 3本柱と(旧)ODA大綱との対応


(3)ODA中期政策との整合性

 ODA中期政策が掲げた重点課題(表3-2)のうち、「5. アジア通貨・経済危機の克服等経済構造改革支援」は、アジア諸国は実体経済の本格的かつ力強い回復を確実なものとするために、このような緊急的に必要とされる対応に加え、中期的な経済成長の回復に資する構造改革支援を行っていく必要があるとして、以下の支援を行なうとしている。

  • インフラ整備協力、技術移転、中小企業振興や裾野産業育成への協力を行なう。
  • 社会的セーフティ・ネットの整備等社会的弱者支援を中心とし、さらには法制度や金融セクター、経済制度等の制度改革を含めて支援する。
  • 景気刺激効果・雇用促進効果の高いインフラ整備を行うことにより、民間投資にとって魅力ある事業環境を整備すると共に、生産性を向上させることを通じて経済構造改革を支援する。
  • 危機への対処だけではなく、予防のための国内金融システム強化及び中核人材の育成や企業経営・技術力の向上等に資する協力を行う。

 表3-2 ODA中期政策の重点課題


 上記の認識に基づいてODA中期政策は、東アジア地域に対しては次の諸点を重視して支援を行うとしている。

  • 経済構造調整をはじめとした経済危機克服と経済再生のための支援
  • 国民生活及び国内の安定に資するための社会的弱者への積極的支援
  • 裾野産業育成や適切な経済・社会運営のための人材育成と制度造り等の支援
  • 貧困対策、経済・社会インフラ整備、環境保全対策、農業・農村開発における各国の実情に応じた援助の実施
  • 地域における広域的な開発(ASEAN域内協力、APEC地域協力、メコン河流域開発等)の取組み及び「南南協力」への支援

 ODA中期政策は、東アジアにおいて経済危機の影響が残っている時期に発表されたことから、経済危機克服と経済再生が、1番目に課題として掲げられている。ODA中期政策の「地域別援助のあり方」では、『東南アジアの中で近年まで高い成長を示していた諸国については、現下の困難な状況を乗り越え順調な経済発展を回復し、政治社会的な安定を維持し得るよう支援することがわが国にとっても重要である』という考え方を示しており、これは経済危機からの回復過程にあるインドネシアに対する支援の重要性を示唆している。

 2001年9月に表明された3本柱(図2-5)とODA中期政策との対応関係は、図3-3に示したとおりである3。3本柱が経済危機からの回復と経済再生を主たる目的として策定されたことから、この点ではODA中期政策の重点と非常にマッチしている。一方、三本柱は経済再生に焦点をあてた追加的援助方針であるため、ODA中期政策のなかの「国民生活及び国内の安定に資するための社会的弱者への積極的支援」及び「地域における広域的な開発の取り組み及び『南南協力』への支援」については対応していない。但し、「国民生活及び国内の安定に資するための社会的弱者への積極的支援」については重点5分野ではカバーされている。

 図3-3 3本柱とODA中期政策との対応


3.2 インドネシアの開発ニーズとの整合性

(1)第6次5ヵ年開発計画(REPELITA VI)とわが国援助政策との整合性

 経済危機以前の1994年4月に発表された第6次国家開発5ヵ年計画(REPELITA VI、1994~99年)で掲げられた開発目標は、1)人的資源の質的向上、2)経済発展と経済構造調整、3)公平性と貧困削減、の3点である。この開発目標の下、分野横断的開発として、(1)人材育成、(2)公平な成長と貧困削減、(3)農村・都市開発、(4)空間計画と土地管理、が掲げられている。従来の5ヵ年計画に比べ、「人材育成」、「公平性の確保・貧困問題への対処」を重視したものとなっている。これは急速な経済成長により、インドネシア国内の貧富の格差の拡大、ジャカルタを中心とする都市とその他の地域(特にジャワ島以外の外島)との格差が広がり、このままでは政治・社会不安をもたらしかねないとの懸念があったものといわれている4。経済成長を最優先課題としてきたスハルト政権が、体制の維持のために経済成長のひずみを是正することを迫られるにいたった、と解釈される5。図2-4に示した対インドネシア国別援助方針(重点5分野)とREPELITA VIで示された主要開発目標との対応は下記のとおり。

 図3-4 対インドネシア国別援助方針(重点5分野)とREPELITA VIとの対応


 上図から、対インドネシア国別援助方針の重点分野は、環境保全6を除いてREPELITA VIの開発目標・分野横断的開発と整合していることが分かる。また、対インドネシア国別援助方針の重点分野は、1994年に派遣された経済協力総合調査団とインドネシア政府との協議を経て策定されたものであり、REPELITA VIの内容が大きく反映されたものであると考えられる。

(2)新国家開発計画(PROPENAS)とわが国援助政策との整合性

 2000年11月に発表されたPROPENASの策定にあたり、各省庁は地方政府・地域住民のニーズを可能な限り汲み取ろうと努めた。以前のREPELITAとは異なり、PROPENASでは経済成長やセクターごとの数値目標(GDP成長率、人口増加率など)が設定されていない。地方分権化の流れを受け、PROPENASでは地方政府が独自の視点で開発を進めていくことを想定したイシュー別、問題解決型の計画となっている。また、PROPENASでは「民主的な政治システムの構築及び国家統一・団結の維持」や「法による統治及びグッド・ガバナンスの確立」など経済危機後の新たな開発課題が提示されている。図3-5に対インドネシア国別援助方針とPROPENASとの対応を示す。

 図3-5を見ると、対インドネシア国別援助方針の重点分野は、インドネシアの新たな開発課題である「民主的な政治システムの構築及び国家統一・団結の維持」及び「法による統治及びグッド・ガバナンスの確立」に対応していないことが分かる。これらの新たな開発課題に対しては、2001年に表明された3本柱(図2-5)にて対応したものと考えられる(図3-6)。

 図3-6を見ると、上記のインドネシアの新たな開発課題に対して、3本柱では各種改革の推進に関する支援で「グッド・ガバナンスへの支援」を掲げて対応していることが分かる。また、経済危機後の経済再建及び持続的な開発基盤の強化に重点を置いていることも確認できる。

 図3-5 対インドネシア国別援助方針(重点5分野)とPROPENASとの対応


 図3-6 3本柱とPROPENASとの対応


 以上から、対インドネシア国別援助方針の重点5分野と3本柱は相互補完的な関係にあると考えられる。したがって、重点5分野に3本柱を追加することにより、変化するインドネシアの開発ニーズに対応しているものと評価できる。また、現地調査においても、重点5分野及び3本柱はインドネシアの開発ニーズに合致しているとの評価を各訪問先から受けている。

(3)経済危機前後におけるインドネシアの開発ニーズ・開発政策の変化

 経済危機前後におけるインドネシアの開発ニーズ・開発政策の変化については、経済危機前(1994年)に策定されたREPELITA VIと危機後(2000年)に策定されたPROPENASとを比較することにより検証する(図2-1、2-2)。

 上記(1)、(2)でも述べたように、REPELITA VIでは、中央政府主導による経済成長を主要な目的とした計画であったのに対して、PROPENASでは、地方分権化の流れを受けた、地方政府主導によるイシュー別・問題解決型の計画となっているのが大きな相違点である。各重点開発分野を見ても、例えば、経済セクターのインフラ整備は経済危機前後を通じて重点開発分野に挙げられているが、そのアプローチ方法は経済危機前後で異なっている。経済危機前は、中央政府主導による特定地域を対象とした大型インフラ整備が主流であったのに対して、経済危機後は、地方政府主導による広範囲を対象とした多数の小規模事業の実施や既存施設のリハビリが主要な開発政策となっている。また、経済危機後は特に投資の促進に焦点を当てた、経済ボトルネックとなっているインフラの特定・整備を重視した政策内容となっている。日本大使館は、インドネシアの経済成長を促すには投資環境の整備が必要であり、それには有償資金協力(円借款事業)を通じてインフラ整備を実施することが最優先課題であるとの考えを示している。これは、経済危機の影響により大幅に減少した外国直接投資を回復するためには、各種規制・法制度の整備と共に、外国投資の妨げとなっている未整備インフラの整備が、インドネシアの経済再建に不可欠であるとの認識を示したものである。例えば、日系企業は、在インドネシア日系企業、邦人の親睦団体であるジャカルタ・ジャパン・クラブ(JJC)を通じて経営上のボトルネックになっているインフラ整備の改善要望を日本大使館に提出している(2003年)。

 その他、上記の地方分権化に伴い、「民主的な政治システムの構築及び国家統一・団結の維持」や「法による統治及びグッド・ガバナンスの確立」などがPROPENASの分野横断的課題に明記されている。これらの開発課題は、スハルト政権時代のREPELITAには見られないものであり、中央政権体制からより民主的な国家開発を目指す、インドネシア政府の新たな試みを示したものであると言える。

 以上から、インドネシアの開発ニーズ・開発政策は経済危機前後で大きな変化を見せていると言えよう。経済危機後は特に、(1)地方分権化の促進、(2)グッド・ガバナンスの確立、(3)経済再建の3点が、インドネシアの開発政策におけるキーワードとなっている。

3.3 他ドナー・国際機関の援助政策との整合性

 本項では、他ドナー・国際機関の対インドネシア援助政策を取り纏め、その内容とわが国の援助政策とを比較することにより、対インドネシア援助政策における整合性を検証する。

 現地調査では国際金融機関として世界銀行とADB、国連機関としてUNDP、二国間援助機関では米国(USAID)とドイツ(GTZ)の現地事務所を訪問した。国際金融機関としては世界銀行とADBが主要ドナーとなっている。二国間援助では日本からの援助が四分の三を占めている。これに続くのがアメリカとドイツである。これら5機関の援助政策にある重点分野を以下に整理する7

1) 世界銀行

世界銀行はCountry Assistance Strategy for Republic of Indonesia(CAS)と呼ばれる援助計画を有している。CASは3年毎に作成され、2000年に最新版が作成された(2001~2003年を対象)。

 1998~2000年を対象としたCASでは、1)ソーシャル・セーフティ・ネット(SSN)の強化、2)短期的な経済の安定の達成と経済再生、3)持続可能な成長のための制度作り、が重点分野であった。最新版CAS(2001~2003年)での重点分野は、1)経済危機からの回復と、成長の地盤固め、2)ガバナンスの改善(立法、司法の改善)、3)公務員制度の改善、4)財政・調達管理能力の向上、5)地方分権、6)資源管理、7)貧困層へのより良い公共サービスの提供、となっている。CASの最新版と1998~2000年版との大きな違いは、最新版では社会的弱者救済という短期的な課題から、持続的な経済成長のための基盤作りに焦点がシフトしていることである。

2) ADB

 ADBはCountry Strategy and Program(CSP)という名称で援助戦略を示している。最新のものは2003年から2005年を対象としている。CSPの策定に先立って、2001年にCountry Operational Starategy(COS)と呼ばれる援助戦略を策定した。CSP(2003~2005年)は、このCOSで示された重点分野とほぼ同じ内容となっている。CSP(2003~2005年)の重点分野は、貧困と地域格差の削減が大きな目標で、この目標を達成するためにガバナンスの改善、地方分権化への支援、人間開発(保健・衛生、教育、ジェンダー主流化)、環境ならびに資源管理の適正化、インフラ(道路、島嶼間輸送、ジャワ・バリ島以外での電力セクター)の整備、コーポレート・ガバナンスと民間部門の開発(財政運営の健全化、中小企業振興、民間資本によるインフラ整備)、を主要プログラムとして設定している。

3) UNDP

 UNDPインドネシア事務所は、インドネシアにおける国連システムの援助活動調整業務も担っている。国連システムにはUN Development Assitance Framework(UNDAF)という援助フレームワークがあり、この枠の中で、UNDPインドネシア事務所はCountry Cooperation Framework(CCF)にて重点分野を示している。CCF(2001~2005年)の重点分野は、ガバナンスの改善への支援、貧困層のための政策支援、紛争予防と平和構築、そして環境管理である。これら4分野に加え、分野横断的なイシューとして、HIV/AIDS問題、ジェンダーの公平性の実現、情報通信技術(ICT)の開発、を重要視している。紛争予防の分野では、主に北マルク、マルク、パプア、中央スラウェシ州を優先地域と位置づけて援助を行っている。

4) USAID

 USAIDは国別援助政策である「Country Strategy Paper」を策定している。インドネシアに対するCountry Strategy Paperの最新版は2000年3月に策定されたもので、2000~2004年の5ヵ年計画が示されている。同計画では、民主主義の制度化及び経済成長の回復を政策目標とし、次の7つの分野を重点分野としている:1)民主化への支援、2)地方分権化・地方政府への支援、3)迅速、持続的、かつ公平な経済成長への支援、4)エネルギーセクターのガバナンス強化への支援、5)自然資源管理の地方分権化・強化への支援、6)女性・子供の保健改善への支援、7)紛争・危機への対応。また、同計画では、東ジャワ、西ジャワ、西パプア、アチェ、北スラウェシ、東カリマンタンの各州を援助の優先地域として掲げている。

5) GTZ

GTZは国別援助政策という形の公式な文書を策定していないが、同機関のホームページならびに「Indonesia-German Technical Cooperation」という冊子にて援助の重点分野を公開している。これらのホームページ及び冊子8にある重点分野は、地方分権化、経済改革、保健、運輸、となっている。これらの重点分野に対するGTZの取り組みとして、地方分権化では1999年の地方分権化2法のドラフトへの支援を行っている。経済改革では中小企業振興及びマイクロ・ファイナンスに取り組んでいる。保健セクターでは同セクターの長期計画策定の支援等を行っている。運輸では島嶼間輸送ならびに鉄道への支援を行っている。また、GTZは、中部ジャワ州、東カリマンタン州、東ヌサテンガラ州、西ヌサテンガラ州を援助の優先地域として定めている。

 以上で整理した5つの機関及びわが国の援助重点分野を表3-3にまとめる。

 表3-3 主要援助国・機関及びわが国の重点分野


 各ドナー国・国際機関の重点分野を分野(イシュー)別に明確に整理するのは困難だが、読みとり可能な範囲でマトリックスにまとめてみた(表3-4)。

 表3-4 ドナー別・分野(イシュー)別援助政策マトリックス


 上表から、インドネシアの新たな開発課題であるガバナンス・地方分権化への支援に関しては、ほぼ全てのドナー・国際機関が援助政策の重点分野に位置づけていることが分かる。また、各ドナー・国際機関によりばらつきはあるものの、経済成長・経済構造改革、貧困、保健・衛生、環境・自然資源管理、エネルギー・インフラの各分野・イシューに各機関が重点を置いていることも見て取れる。わが国の重点分野と他ドナー・国際機関が重視する重点分野には共通性がみられ、この点でもわが国の対インドネシア援助政策の目的は整合性のとれたものであると判断できる。この背景には、CGIや非公式的な対話によってわが国を含めた主要援助国・国際機関の間でインドネシアの重要開発課題に関する問題意識の共有化が進んでいることがあると考えられる。

 但し、上記のように援助重点分野について共通性は見て取れるが、特にどの分野・イシューを重視するかについては各ドナー・国際機関によって違いがある。例えば、世界銀行では経済成長促進のための支援(投資環境の整備等)を特に重視している。また、ガバナンスの改善や地方分権化・地方自治の促進にも積極的に取り組んでいる。ADBはわが国と同様に、最も幅広い分野を対象に支援を行っているが、特に貧困削減と地域格差の是正をより重視している。USAIDとUNDPは、紛争予防・復興への支援を行っているのが特徴的である。GTZは他ドナーと比べると援助規模が小さいため、主要ドナーである日本の援助動向を見て援助内容を決定している。例えば、インフラ分野では、日本が多くの電力プロジェクトを実施しているため、GTZは小規模水力発電を実施するなど日本の援助を補完する役割を果たしている。そしてわが国は、最も幅広い分野に対して支援を行っているが、特に経済成長・経済構造改革及びインフラ整備に重点を置いた援助内容となっている。

 このように、援助政策の基本方針については主要援助国・国際機関の間で整合性が取られているものと思われるが、そのアプローチ方法については、各機関の特色を生かした独自の方針に基づき援助が行われているものと考えられる。

3.4 結論と考察

 本章で検証した「日本のODA政策との整合性」については、目標体系図を用いてわが国の上位政策である(旧)ODA大綱及びODA中期政策と対インドネシア国別援助方針(3本柱を含む)との比較を行った。その結果、対インドネシア国別援助方針で示された重点5分野は、(旧)ODA大綱の重点項目を的確に反映していることが確認できた。そして、2001年に表明されたわが国の追加的援助方針である3本柱については、経済危機後のインドネシアの開発ニーズに対応した内容となっている。一方で、1992年に(旧)ODA大綱が発表されてから10年近くが経過していることもあり、(旧)ODA大綱との整合性については一部で確認できたのみであったが、3本柱が経済危機からの回復と経済再生を主たる目的として策定されたことから、1999年に発表されたODA中期政策とはよく整合していることが確認できた。

 「インドネシアの開発ニーズとの整合性」については、目標体系図を用いてインドネシアの開発計画であるREPELITA VI(1994~99年)及びPROPENAS(2000~2004年)と対インドネシア国別援助方針(3本柱を含む)との比較を行った。その結果、対インドネシア国別援助方針にある重点5分野は、REPELITA VIの開発目標・分野横断的開発と非常に整合していることが確認できた。対インドネシア国別援助方針の重点分野は、1994年に派遣された経済協力総合調査団とインドネシア政府との協議を経て策定されたものであり、REPELITA VIの内容が大きく反映されたものであると考えられる。対インドネシア国別援助方針(重点5分野)とPROPENASとの整合性については、インドネシアの新たな開発課題である「民主的な政治システムの構築及び国家統一・団結の維持」及び「法による統治及びグッド・ガバナンスの確立」に対応しておらず、重点分野の見直しが必要な時期にあったと考えられる。これらの新たな課題については、3本柱を援助方針に追加することにより対応したと思われる。3本柱の重点課題には上記の「グッド・ガバナンスへの支援」が掲げられており、PROPENASの分野横断的課題を大きく反映していることが確認できた。このことから、対インドネシア国別援助方針の重点5分野と3本柱は相互補完的な関係にあると考えられ、重点5分野に3本柱を追加することにより、変化するインドネシアの開発ニーズに対応したものと評価できる。

 経済危機前後におけるインドネシアの開発ニーズ・開発政策の変化については、経済危機前に策定されたREPELITA VIと危機後に策定されたPROPENASとを比較することにより検証した。もっとも大きな相違点は、REPELITA VIが中央政府主導による経済成長を主要な目的とした計画であったのに対して、PROPENASは地方分権化の流れを受けた、地方政府主導によるイシュー別・問題解決型の計画となっていることであった。具体的な政策の変化については、経済危機前は、(1)人的資源の質的向上、(2)経済発展と経済構造調整、(3)公平性と貧困削減が重視されていたのに対して、経済危機後は、(1)地方分権化の促進、(2)グッド・ガバナンスの確立、(3)経済再建の3点が開発政策の中心に位置づけられていることであった。

 「他ドナー・国際機関の援助政策との整合性」については、各主要国・国際機関の援助政策を整理し、ドナー別・分野(イシュー)別援助政策マトリックスを作成することにより検証した。その結果、各ドナー・国際機関は特にガバナンス・地方分権化に対する支援を重視していることが確認できた。また、経済成長・経済構造改革、貧困、保健・衛生、環境・自然資源管理、エネルギー・インフラの各分野・イシューに各機関が重点を置いていることも確認できた。このことから、わが国の援助政策の重点分野は、他のドナー・国際機関が考える重点分野とも整合性のとれたものであると評価できる。なお、援助政策の基本方針については主要援助国・国際機関の間で整合性が取られているものの、重点の置き方、アプローチの方法については、各機関の特色を生かした独自の方針に基づく援助が行われていることが確認できた。

 しかしながら、援助政策の目的の観点から言えば、対インドネシア援助方針には内容に不十分な点があることが指摘できる。第一に、本調査では援助の目的を「インドネシアの開発課題の解決」と解釈して評価を行ったが、公開されている対インドネシア国別援助方針には援助の目的が明示されていない。つまり、そもそも何のためにインドネシアに援助をするのかという問いに対する回答が十分に明示されていないことになり、国民への説明責任を十分に果たしているとは言い難い。第二に、ODA白書や外務省ホームページに掲載されている対インドネシア国別援助方針には重点5分野は記載されているが、3本柱が含まれていない。したがって、重点5分野と3本柱の関係も明確にされていない。第三に、対インドネシア国別援助方針では援助の重点分野は示されているものの、重点分野・サブセクター毎に具体的な目的が示されていない点である。例えば、重点分野の一つである産業基盤整備は、さらに電力、水資源開発、運輸、通信と4つのサブセクターに分かれているが、各サブセクターに対する援助目的・アプローチなどは記載されていない。各セクターに対する援助目的、援助の優先課題・地域は何か、どのような援助スキームを中心に支援を行うのかなどを示すことは、インドネシアにわが国の援助政策・方針を明確に示す上で重要であると考える。

 現地調査において、インドネシアの省庁及び援助関係者から「日本はロープロファイル」であるとの指摘を受けた。これは、IMF/世銀など他ドナー・国際機関と比較して、援助を通じたわが国のインドネシアに与える影響力が弱いことを示唆している。援助投入額から見れば、わが国はインドネシアにとって最大の援助供与国となっている。それにもかかわらず、わが国の影響力が弱いと評価される理由の一つとして、わが国がインドネシア政府に対して明確な援助政策・方針を示せていないことが考えられる。上記で述べたように、インドネシアに対する援助の目的の欠如、重点5分野と3本柱の不明瞭な関係、重点分野・サブセクターに対する具体的な援助目的・アプローチの欠如などが総合的に「日本の顔が見えない」援助協力であるとの印象を与えている可能性がある。この「ロープロファイル」との評価から脱するためには、より具体的な援助の目的・アプローチが重点分野・課題ごとに明確かつ体系的に示された戦略性の高い援助政策を策定することが重要であると考える。


1 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/index.html

2 インドネシアは東アジア地域に分類される。

3 対インドネシア国別援助方針(重点5分野)については、ODA中期政策が発表される前の1994年に策定されたものであるため、ODA中期政策との対応に関する検証は省くこととする。

4 角田宇子(1997)「インドネシアの社会開発‐到達点と次なる目標」『特集/21世紀のインドネシアIDCJ FORUM 18』(財)国際開発センター

5 国際協力事業団(1994)「インドネシア国別援助研究会報告書(第2次)」の分析をもとにしている。

6 REPELITAは基本的に経済成長を主たる目的とした開発計画であるため、REPELITA VIでも環境保全が重点政策には含まれていなかったと考えられる。また、わが国は、「日米グローバル・パートナーシップ・アクションプラン(1992年)」の中で、日米環境共同協力事業としてインドネシアを対象とした自然資源の管理・保全のための事業を行うことを表明していたため、環境保全を重点分野に含めたと考えられる。

7 各ドナー国・国際機関の援助政策については、入手可能かつ内容の詳細が確認できるものを対象に整理した。

8 ホームページ及び冊子にある重点分野は2003年に作成されたものであるが、対象期間については不明である。


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