評価の実施に関しては、評価対象である国別援助政策を可能な限りインプット、アウトプット、アウトカムという理論のつながりを念頭において体系的に整理し、評価の基準として「内容の妥当性」、「結果の有効性」、「プロセスの適切性」を用いた。
まず、評価の対象を体系的に把握するために、わが国の対インド国別援助方針の「目的体系図」を作成した。国別援助方針の記載内容から、「援助対象国としての位置づけ」にかかれている事項を最終目的として捉え、そこから派生しているものを「重点分野」、「サブ重点分野」、さらにそれを細分化するものを「重点項目」として、樹形図に整理した(図表3-1)1。
ここでは、対インド国別援助方針がわが国の上位政策(ODA大綱及びODA中期政策)やインドの開発ニーズ(第9次5ヵ年計画、年次計画等)に合致しているかどうかについて検証する。また、参考として、他ドナーの援助政策とわが国の国別援助方針を比較した。
対インド国別援助方針が妥当な理論的根拠に基づいているかどうかを検証するために、同方針とその上位政策であるODA大綱及び、ODA中期政策との整合性について検証を行う。
(1)ODA大綱との整合性
政府開発援助大綱(以下、ODA大綱)は、我が国のODAの理念と原則について、内外より幅広い支持を得るとともに、一層効果的・効率的な援助を実施するため、1992年6月30日に閣議決定された。日本の過去の援助の実績、経験、教訓を踏まえ、援助方針を集大成したODAに関する最重要の基本文書として位置づけられている。内容は「基本理念」、「原則」、「重点項目」、「政府開発援助の効果的実施のための方策」、「内外の理解と支持を得る方策」、「実施体制」の6部から成っている。ここでは対インド援助方針が、「基本理念」及び「重点項目」とどの程度整合しているのかについて検証した。
対インド国別援助方針とODA大綱との整合性を検証する作業として、同方針の目的体系図において特定された最終目標である「援助対象国としての位置づけ」及び「重点分野」が、ODA大綱の項目と整合性がとれているかどうかについてそれぞれ照合していく。
ODA大綱の基本理念は、以下の4項目である。
1)人道的見地
2)相互依存関係の認識
3)環境保全
4)自助努力の推進
ODA大綱の重点項目は以下の通りである。
1)地球規模への問題への取組み
2)基礎生活分野(Basic Human Needs: BHN)等
3)人造り及び研究協力等技術の向上・普及をもたらす努力
4)インフラストラクチャー整備
5)構造調整等
対インド国別援助方針の援助対象国としての位置づけの項目「我が国との伝統的友好関係」は、ODA大綱の基本理念の「2)相互依存関係の認識」に対応しており、「多数の貧困人口」は、「1)人道的見地」に対応している。更に、援助対象国としての位置づけの項目「市場指向型経済の推進」は、ODA大綱の基本理念の「4)自助努力の推進」と整合している(図表3-2)。
また、重点分野「経済インフラ整備」は、ODA大綱の重点項目の「インフラストラクチャー整備」に対応し、「貧困対策」、「環境保全」はそれぞれ、「基礎生活分野(BHN)等」、「地球規模の問題への取り組み」に対応している。
(2)ODA中期政策との整合性
政府開発援助に関する中期政策(以下、ODA中期政策)は、ODA事業の適正かつ効率的・効果的な実施、及び、事業の透明性の向上を通じた国民の理解と支持の獲得を目的として、1999年8月10日に公表された。ODA中期政策においては、今後5 年程度の指針として、ODAの進むべき方向性が具体的に明らかにされている。同政策の内容は、「概要」、「基本的考え方」、「重点課題」、「地域別の援助のあり方」、「援助手法」、「実施・運用上の留意点」から構成されている。そのうち、「地域別の援助のあり方」で示されている地域毎の支援方針は、「重点項目」の内容も踏まえた上で作成されている(図表3-3)。
ODA中期政策の「地域別の援助のあり方」の中で、南西アジア地域への支援方針として、以下の重点項目が挙げられている。
1) | 貧困削減と貧困層の生存の確保のための支援(保健医療、初等教育、農業・農村開発等の基礎生活分野) |
2) | 民間活動の活発化及び海外からの投資促進に資する環境整備のための人材育成、経済・社会インフラ整備等への支援 |
3) | 人口増加や経済成長と関連した環境負荷増大に対応した、環境保全対策のための支援 |
対インド国別援助方針の援助対象国としての位置づけの「多数の貧困人口」は、上記支援方針のうち「1)貧困削減と貧困層の生存の確保」に対応している。また、「市場指向型経済の推進」は、「2)民間活動の活発化及び海外からの投資促進に資する環境整備」に対応している。
また、対インド国別援助方針の重点分野「貧困対策」は、上記支援方針の「1)貧困削減と貧困層の生存の確保のための支援」に、重点分野「経済インフラ整備」は、「2)民間活動の活発化及び海外からの投資促進に資する環境整備」に対応している。また、重点分野「環境保全」は、「3)環境保全対策のための支援」に対応している。
尚、対インド国別援助方針の援助対象国としての位置づけの「我が国との伝統的友好関係」は、ODA中期政策の支援方針と文言上は対応していないが、地域別援助のあり方の考えかた、「今後もこの地域の抱える貧困問題への対応を重視していくとともに、域内各国の経済自由化や経済面を中心とした地域協力等望ましい動きを支援していく必要がある」に整合している。
(1)インド開発計画
この節では、対インド国別援助方針がインドの開発計画にどの程度合致しているのかを検証する。インド開発ニーズの主な情報源であるインド第9次5カ年計画を検証する。
第2章でも触れられているように、インドの開発計画である5ヵ年計画は1951年以来策定され続け、現在、第10次5ヵ年計画の策定・実施にまで至っている。同計画はインドのプランニング・コミッションによって作成されている。ここでは、対インド国別援助方針が、本国別評価期間と一致する第9次5ヵ年計画(1997~2002年)とどの程度合致しているのかを検証する。
インド第9次5ヵ年計画の序文において、基本理念として以下の点が掲げられている。
1)国家の経済的潜在性の最大活用
2)最貧層や社会的弱者の自己形成を支援するような開発努力の強化
3)社会セクター支援を通じた貧困削減、人間開発の促進
また、同第9次5ヵ年計画は、1990年代初頭に始まった「新経済政策」による経済自由化と構造改革をさらに推進し、年平均6.5%の経済成長等を目標にした。最大の優先分野は農業・農村開発と電力や道路等のインフラ整備とした。これに加え、安全な飲料水や基礎医療などの社会セクター、及び持続的発展のための環境保全も重点目標とした。
特に電力分野においては、第9次5ヵ年計画において、新規発電所建設に加えて既存施設や機関の運営効率化の改善の必要性が述べられている。依って、日本の実施案件、また最近の要請案件においても、効率化改善の要請が取り込まれている2。2003年9月の調査団によるインド政府(財務省経済部)からのヒアリングにおいても、日本に対して、電力分野への資金供与に加えて、料金設定や制度に関する助言等の技術援助の拡大への期待が示された。
インド第9次5カ年計画と我が国の対インド国別援助方針が、どの程度合致しているのかを検証するために、まず、両政策の上位レベルの項目を照合させた。その結果、対インド国別援助方針の援助対象国としての位置づけの「市場指向型の推進」は、インド第9次5カ年計画の「1)国家の経済的潜在性の最大活用」に対応している。また、我が国の方針の「多数の貧困人口」は、同第9次5カ年計画の「3)社会セクター支援を通じた貧困削減、人間開発の促進」に対応している、ということが分かった(図表3-4)。
我が国の対インド国別援助方針の援助対象国としての位置づけの「我が国との伝統的友好関係」に関しては、第9次5カ年計画の中に対応する文言は存在しないが、我が国対インド国別援助方針がインド開発ニーズに整合していないことにはならない。その理由として、例えば、2002年には、インドと日本間の国交回復50周年記念事業が開催された。また、2001年にはヴァジペイー首相が訪日してパートナーシップの強化が宣言されている。3
さらに、インド第9次5カ年計画と対インド国別援助方針の中身の整合性の検証を行った。第9次5カ年計画は基本理念、9つの重点目標(第2章参照)、及び重点目標をさらに詳しく説明した開発戦略である。
日本が対インド援助方針で示している、重点分野「経済インフラ整備」は、インド第9次5ヵ年計画の開発戦略、「民間セクターのみでは対応が困難なインフラ整備における公共投資を最優先事項として位置づける」に対応している。重点分野「貧困対策」は、5ヵ年計画の重点目標の「雇用創出と貧困削減を視野に入れた農業・農村開発への優先的取組み」と、「万人に対する、安全な飲料水、基礎的医療設備、初等教育、住居等のベーシック・ミニマム・サービスの充足」に対応している。さらに、重点分野「環境保全」は、「社会的動員と人々の参加を通じた、環境的に持続可能な開発の実現」に対応している。
(2)要請案件
次に、インド第9次5カ年計画と我が国の援助方針の整合性に加え、インド政府からの要請案件を検証する。どの分野においてインド政府からの要請案件が多いのか、あるいは、少ないのかを検証した結果は以下の通りである。
1997~2001年度におけるインドからの要請案件については、重点分野に掲げられているセクター間でも、要請案件数の多い分野と少ない(あるいは全くない)分野があった。要請の多かった分野は、「電力」(有償21件、無償1件)、「保健医療」(無償7件)、「農業・農村開発」(有償1件、無償5件、プロ技1件)、「都市環境改善」(有償4件、無償1件、プロ技1件)などであり、「人口・エイズ」については、要請がなされなかった。尚、1998年5月から2001年10月までの間はインド核実験に伴う新規案件停止のため、特に有償資金協力に関しては、基本的に既存案件の継続のための要請のみが行われており、下に示した有償資金協力の要請案件のうち殆どは、停止前の97年11月にインド側より示されたものである。
(別添1:「インド政府要請案件リスト1997~2001年度に要請が行われた案件のリスト(実施はその後)」参照。)
以上、ODA大綱との整合性、ODA中期政策との関連度合い、被援助国の開発ニーズとの関連度合を検証した結果、対インド国別援助方針の内容については概ね妥当であったと判断できる。
対インド援助方針は、ODA大綱、ODA中期政策等の上位政策の「基本理念」、「重点項目」にほぼ合致していると言える。
また、日本が対インド援助方針で示している、インフラ、農業・農村開発、保健医療、環境保全は第9次5カ年計画の優先度とほぼ一致している。
また、インド開発ニーズとして要請案件を検証した結果、重点分野に掲げられているセクター間でも、要請案件数の多い分野と少ない(あるいは全くない)分野があることが分かった。こうした重要分野間での要請案件数の傾向は、1998~2001年度の、インド核実験に伴う日印政府間の協議の停止期間も、日印政府協議再開後(2002年)も、大きく変化していない。
1 対インド援助政策は、策定から実施までを含めた包括的な体系として捉えられるべきであるが、実施機関レベルで作成されるインド援助計画の内容と、図3-1で示した対インド国別援助方針とそれら援助計画との整合性の検証については、3.3を参照のこと。
2 日本はこれまでも、セクター改革への姿勢が明確な州における積極的な案件形成や、発電所の環境配慮手法の構築及び改善措置についての提言等を行うことにより、ソフト面からの電力セクター支援を行ってきた。そのようなソフト面において現在日本が行っている取り組みの例として、国際協力銀行が実施している「西ベンガル州送電網整備事業(Ⅱ)にかかる案件実施支援調査」がある。同調査は、送配電ロスの低減や業務の効率化を達成するために担当機関のキャパシティー強化を行うことを目的としている。
3 「『インド-日本2国間関係に関する共同宣言』におけるパートナーシップ強化」は、日本とインドの伝統的友好関係をインド側が謳った関連説明文章の事例として挙げられる。