第3部 今後のわが国の感染症分野協力のあり方(提言)
第1章 IDI終了時までの短期的提言
1. IDIの広報活動を強化する
第2部第3章「IDIの策定・実施プロセスの適切性・効率性」で示したとおり、国内・外におけるIDIの認知度は必ずしも十分ではない。これは、IDIの策定段階と実施段階の間での連携やIDIの下での既存の各種援助スキームの連携が十分でなかったこと、また、IDIの戦略的な推進が必ずしも十分でなかったこと等に起因すると判断された。この課題に対応し、さらに、IDIの残余期間に新規案件の立案、実施を促進するためには、IDIの下に各関係機関の連携を密にすることに加えて、対外的にIDIをより積極的に広報する必要があると思われる。その場合に感染症対策直接支援に加え、安全な水・基礎教育環境整備を通じた保健教育の強化・保健インフラの整備等の間接支援を含めた包括的な取り組みも重要であることを説明する必要がある。
2. 相手国のニーズを考慮し、IDI重点国/地域を選定する
感染症は地域により多様であり、現状ではわが国が全世界の感染症問題に効果的に対応することは不可能である。したがって、IDIの疾患別重点国または重点地域を選定し、絞り込んだ有効な対策支援を進めるべきである。重点国を決めるためには様々な点を考慮しなければならない。感染症の問題といっても世界で一様であるわけではなく、例えば、サブサハラ・アフリカ諸国ではエイズ禍は甚大であり、結核の患者数はアジア諸国に多い。一方、感染症対策支援を効果的に進めるためのわが国の経験・人材にも限りがある。その中で国内の感染症問題として経験を積んできた結核対策等は、わが国の得意分野と言えよう。また、わが国としての国益、政治的、あるいは外交上の配慮も重点国の選定に関係するはずである。わが国の限りある人材を考慮し、重点国への支援を効果的に進めることは、外交上の利益をもたらすことになる。重点国における感染症対策支援が成功した場合は、南南協力等を通じてその周辺地域、または同様の問題、経済社会を有する国に支援対策を拡大すべきである。
3. 広域的感染症対策アプローチを推進する
経済と人の流動化に伴い、多くの感染症にとって今や国境はない。結核やエイズをはじめとする感染症対策を効果的に進めるためには、一国に限定した対応には限界がある。一方、感染症対策に必要な経験、人材、設備が充実し、周辺国にとり有益な活動を展開できる国も存在する(例えばタイ、フィリピン)。このような国を拠点にし、拠点国を中心に広域アプローチを展開すべきである。現在このような広域アプローチを展開しつつある援助機関(タイのWHO、USAID、AusAID等)も多い。タイを中心としたエイズ対策、フィリピンを中心とした結核対策、タイ、ケニア、ガーナを拠点とするマラリア・寄生虫対策等は過去のわが国の感染症対策支援実績を有効に活用できる場として強化すべきであろう。エイズ分野における広域的アプローチとして現在タイに配置されているJICA広域専門家は、十分にその機能が活用されていない。広域専門家に対する在外公館やJICA現地事務所のバックアップ体制を改善し、現地ODA関係者が一体となった感染症対策支援の広域アプローチを推進すべきである。
4. NGO支援を積極的に進め、日本のNGOとの連携を図る
感染症対策、特にエイズ対策においては政府のプログラムよりも有効な活動を行なっているNGOは多い。良いNGOを探し出し支援することは、小さな額で大きな効果を上げることが可能であり、IDIの残りの期間に積極的に支援すべきであると思われる。問題は如何に適切なNGOを見つけ、時期を逸することなく支援するかである。各国に多く存在するNGOはその成り立ち、支援体制、国際NGOとの連携の有無等、様々であり、世界の流れとも相まって浮沈は著しい。多くのNGOを正確に把握することは至難の業ではあるが、世界のNGOネットワークの仕組み(インターネット等も有効)、現地の人的なつながり、他の援助機関のNGO情報等を積極的に活用し、適切なNGOの発掘を進めるべきである。また、効果的に活動できる現地NGOが存在しても、英語等での必要書類作成が困難であるために資金協力を実施できない場合も少なくない。在外公館などの担当者に現地語が十分できる地域研究者を登用したり、海外との連携を密に活動し、その地域を熟知しているわが国のNGOとの連携を図り、またJICAの長期専門家をNGO発掘とモニターのために派遣するなどして、現地のNGOを有効に活用すべきである。支援内容としては、多くの中小NGOにとっての活動阻害要因に、現地活動費の不足、研修等の人材育成の機会不足、機材・備品・交通手段(車両)等の不足が挙げられる。このように規模は小さいながら効果の期待できる、ソフト面での支援、活動能力・機能強化に対する支援等、状況に合わせた柔軟な対応が求められる。
5. 未知の感染症に対応できる体制を整備する
世界的には未知の感染症が一年に一つの割で報告されている。その中でSARSは保健医療分野を越え、国境を越え、先進国・途上国の壁も越え、世界に大きな影響を及ぼした。新興・再興感染症という概念は存在しても、このような社会・経済的なインパクトを一感染症が与えたことも珍しく、IDI策定時には予想しなかったことである。このような未知の感染症が今後も出現し、その対応がわが国に要請されることも容易に想像できる。オールジャパン(後述)の感染症対策支援体制を確保するため、このような未知の感染症への迅速な対応を可能にする組織的、人的体制作りが求められる。この新しい感染症対策支援体制を確立するときは、世界の感染症対策の基本方針と迅速に連動できるように、日常的に国内外の関連機関と密接な連携をとっておくことが不可欠である。
6. 感染症対策の人材育成プログラムを強化する
わが国で長年実施されている途上国のための感染症分野の人材育成(結核対策等)は、わが国と途上国間の人材ネットワークの構築に大きく寄与してきた。この人材は途上国において広く保健医療部門で活躍している。これにより、途上国における感染症対策支援を企画・実施することが容易になっている場合が多く、わが国が感染症対策支援を進める上で大きな財産となっている。日本という場で国際的な人材を交えて、国際的に通用する感染症対策の質の高い研修を実施することの意義は大きい。既存の研修の継続(結核研究所の結核研修及びエイズ研修、長崎大学の熱帯病研修等)と、新たな研修の企画を含め、IDIの下でわが国における感染症対策の人材育成プログラムを更に充実させる必要がある。
7.第三者を交えたIDIの客観的評価を実施する
評価の客観性を増すためには、わが国以外の第三者を交えた評価が望まれる。国際社会の土俵で客観的に評価されてこそ、真の広報効果も得られる。IDIの終了時評価をオールジャパンの感染症対策支援の評価として、WHO等を混じえた合同評価の形で実施すべきである。