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第2部 IDI中間評価

第5章 結論

 IDIは、2000年7月の九州・沖縄サミットで日本政府が打ち出した感染症分野における支援策(5年間で総額30億ドルを目途)であるが、本サミットは、世界の“感染症問題”を主要国首脳会議が取り組む“開発”の中心課題に置き、その後の世界の潮流を生んだ点で重要な意義を持つ。本サミット以降、2001年には国連特別総会でエイズ問題が取り上げられ(国連エイズ特別総会)、九州・沖縄サミットで呼びかけられた感染症に対する世界的なパートナーシップは、2001年ジェノバ・サミットでの共同宣言を経て、2002年のGFATMの設立によって具体化した。IDIは、日本政府が口だけではなく、感染症対策に対する具体的な資金拠出を表明することで、世界の政治的関与を引き出したともいえ、歴史的意義は大きい。その後、IDIの下、日本政府は2年半で24億ドルを越える貢献を現実に実施しており、本評価調査の一環でインタビューを行なったWHO事務局長J. W. Lee氏、WHO西太平洋地域事務局長尾身茂氏からも、IDIの下で進められているわが国の感染症対策支援に対する高い評価が得られている。しかしながら、今回の評価によって、以下のような課題も明らかになった。
 IDIは、外務省が中心となり関係省庁、NGO、国内及びWHO等の有識者を交えた意見交換を経て策定され発表に至ったが、現時点におけるIDIの認知度は、被援助国のみならず日本国内においても低い。認知度の低さの理由として、他ドナーや国際機関に比べて戦略的な広報に積極的ではなかったことが考えられる。さらに、30億ドルという支援総額、基本理念と方針が明示されてはいるものの、この方針は感染症に特化したものではなく、広く従来から公衆衛生に必要な要素である。具体的にこの予算が疾患別、地域別にどのように割り当てられるのか、具体的にいかなる介入がなされるのか、それによっていかなる目標に向かい、何を変えようとしているのかという戦略が見えにくいことが考えられる。このため、実際に行う感染症対策支援も、過去に実施されてきた感染症対策支援との相違は基本的に見られなかった。過去の同様のイニシアティブ(GIIや橋本イニシアティブ)との関係が不明瞭であったことも、一部の被援助国に誤解と混乱を招く要因となっている。
 予算措置においても、新たなイニシアティブにはそのための特別の予算が割り当てられることの多い国際機関等の方式とは異なり、わが国では特別予算ではなく、案件形成後に実績額を累計する形になっている。イニシアティブ表明以前に開始された継続中の案件も、IDIの実績に取り込む結果となっている。そのため、イニシアティブ表明時に進行中の援助活動の内容に対しては、ほとんど影響を及ぼさない。事実、IDIに含まれる個々の案件はIDI発表以前に立案、開始されたものが多く、IDI開始後に活動の再位置付け等がなされた形跡はない。これは、現場での案件形成に対する意識、イニシアティブとしての整合性や一貫性の確保などの点で効果的ではないと考えられる。しかしながら、この予算措置の方式はわが国特有というわけではなく、援助大国の米国もわが国同様の方式でイニシアティブが発表されている。また、欧米のドナーの中には、予算上の誓約をしながらそれを果たさないことも少なくなく、誓約をきちんと果たすわが国は本来、国際社会では正当に評価されるべきであろう。しかし、例えば、ブッシュ大統領が発表したHIV母子感染対策イニシアティブ(5億ドルの支援で100万人のHIV陽性母親の治療を行い、対象国における母子感染を5年間で40%削減する)のように、政治的なイニシアティブにはメッセージ性が必要であり、それを基にした戦略的広報体制と世界的な潮流との整合性と一貫性を伴う実施体制が必要である。また、IDIは発表した年度から5年間とし、2000年時点で計画・実施中の案件もIDI案件として換算しているが、イニシアティブの実施体制を整えるための準備に最低1年程度が必要であるため、今後、イニシアティブの開始時期については検討が必要であろう。
 IDIの総額30億ドルの内、評価対象である過去2年間(2000年及び2001年)に、18億ドルが使われているが、そのうち25%は、エイズ、結核、マラリア・寄生虫を目標とした感染症対策への直接的な投入であり、残り75%は、安全な水、地域保健の強化、基礎教育を通した支援という間接的な投入である。一般的に、感染症対策といえば直接的な介入に対する予算を期待するが、保健インフラの整備を含む地域保健の強化は感染症を減らす上で重要であり、学校教育の強化が女性や子供のエンパワーメント、特に感染症予防に関する知識や行動の改善に影響を及ぼすなど、UNICEF等の国際機関や被援助国関係者にはこれらの包括的な支援を高く評価する者もいる。衛生教育や上水道・下水道の供給は、感染症対策を含む公衆衛生の向上に不可欠であることは間違いなく、また、SARSの流行など予期せぬ感染症問題の出現を見ると、基本的な衛生環境や地域保健体制を改善することの重要性は改めて指摘するまでもない。このように、IDIは広義の感染症対策支援のイニシアティブであり、公衆衛生の基礎的な要素を含んでいることがわかる。これは、GFATMが3大疾患のみ対象にし、多くの世界のイニシアティブが疾患特異的・選択的なアプローチをとるのに対して、ある意味では重要な視点でもある。IDIでは世界基金等とは対象が異なることをあえて強調すべきであろう。今後は包括的・分野横断的アプローチの理論と実践をよりきちんと分析・確立して、IDIに付加価値をつける必要がある。また一方で、エイズ、結核、マラリア及び寄生虫対策の直接支援の割合が低いのは、世界の感染症対策を推進できる人材の、わが国における大幅な不足が根本の原因であることも事実である。
 では、IDIを打ち出したことにより感染症の状況は改善したのであろうか。そのためには感染症の推移を測る客観的な指標が必要となる。九州・沖縄サミットでは、2010年までの数値目標(HIV若年感染者数の25%削減、結核による死亡数と有病率の50%削減、マラリア関連の疾病負担の50%削減)を設定しているが、IDIとしては達成目標、あるいは期待される成果が具体的に明示されていない。したがって、今回の評価では、個々の感染症の疫学指標(感染者数、患者数、治癒率、死亡率等)を暫定的に“イニシアティブの有効性”の指標とした。これで見る限り、ポリオワクチン投与によるポリオ根絶を除いて、2年間という短い期間では指標の改善もわが国の貢献度も明らかではない。ただし、結核対策を支援している国では、結核治癒率が改善するなど良好な成績を残している。現実の感染症対策には様々な援助機関が関与しているため、わが国の支援のみを取り出してその効果を測定するのは困難であり、また人材育成のように効果がすぐに現れないものもある。結核・ポリオをはじめ、途上国の感染症対策については、近年科学的な根拠に基づいた対策の標準化が国際的に進められているため、IDIにおいて成果を最優先するのであれば、標準化された活動の拡大に焦点を絞ることも一案と思われ、また、国際的な評価も得やすいと考えられる。ポリオ・結核対策を見ても、IDI以前から継続されている活動が多いため、直接、IDIによって感染症対策が改善したとは言い難い。ただし、IDIの開始後、感染症分野の重要性が考慮され、予算配分に影響があったとの報告もある。エイズ分野においては、戦略的な人材配置(広域企画調査員や広域専門家の派遣など)や、国際的な標準に則った新しい活動等、特に2003年度に入ってから変化が見られている。IDIの最終評価時点での疫学的指標の改善の度合いに加え、国際的な標準に則った活動がどれだけ新たに開始されたか、あるいはその成果を出しているかにより、IDIの直接の評価はなされるであろう。しかしながら、わが国の感染症対策支援に対する真の評価は、IDIの5年間が終了した後に、質の高い国際的な標準に見合った感染症対策支援を継続して始めてなされるものであろう。そのためにも、今後のイニシアティブ策定においては、具体的な目標、または期待される成果の提示と、そのモニタリングの実施が不可欠である。

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