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第2部 IDI中間評価

第4章 IDIの結果(途中経過)の有効性

 本章では、IDIを実施した結果、感染症の状況に変化が生じたかを考察する。まず、ケース・スタディ国(フィリピン、タイ、ケニア、エチオピア)における感染症対策の状況の概要を述べ、わが国の貢献(アウトプット及びインプット実績)を検証する。続いて、IDIの6基本方針が感染症対策を進める上で有効であるかどうか、各方針におけるわが国の支援実績を、ケース・スタディ国を中心に整理し、各方針の有効性を可能な範囲で検証する。
 ここで、有効性を検討するうえで、制約があることをはじめに述べておきたい。ある感染症対策を実施した結果、その感染症状況が改善したかどうかを測るためには、鋭敏で信頼性のある指標とそのデータが存在する必要がある。しかし、既に第1章で詳述した通り、4疾患のうち結核、ポリオには現実的に使用可能な指標が存在するが、HIV/AIDS、マラリアにおいては、現段階で疫学的な有効性を測るのに適切な指標が得られていない。また、IDI以前及びIDI以外の介入の除外や、本評価調査が中間評価であるため、介入とインパクト発現までの時差などを考慮することが必要である。よって、以下に述べられている実績は中間評価段階での参考情報として収集され、有効性は現段階において検証可能なレベルでの見解を述べている。

1.ケース・スタディ国における有効性

 本項は、本評価調査のケース・スタディ国であるアジア地域のフィリピン、タイ、アフリカ地域のケニア、エチオピアの4ヶ国について、疾患別に感染症対策の概要(指標の推移等)、わが国の支援実績を明らかにし、IDIの有効性の検証を試みた。

1.1 フィリピン

 今後、当該国では、結核対策を更に強化することが求められており、結核に対する支援は国際機関、USAID等の援助側も最優先課題と捉えている。これに比し、エイズ対策は優先度が低いとみなされている。末端まで英語が通用するフィリピンでは、第三国からの保健分野の人材の研修に最適であるため、研修も含んだ広域的な結核対策の拠点としての位置付けも可能である。これまでのわが国の結核分野への協力、人材育成の結果も大きな財産であり、結核対策支援はわが国の得意分野の筆頭に挙げられる。

1.1.1 HIV/AIDS

  • 現在の状況
     1980年代に感染者が確認されて以来、近隣国であるタイの状況と同様HIVの急増が危惧された。しかしながら、フィリピンにおいては性産業の存在、宗教的な理由による避妊具(コンドーム)の普及率の低さ等、HIV高蔓延国に見られるHIV伝播のハイリスク行動が存在するにもかかわらず、危惧されていたHIV感染の増加は過去10年間みられていない。HIV成人感染者の割合(15-49歳)は0.07%(1999年)から0.10%未満(2001年)に微増しているのみである。

  • わが国の支援実績及び有効性
     「エイズ対策プロジェクト」(1996年~2001年)は、エイズ等の検査、診断、サーベイランス、研修等を実施する中央検査室及びそれに連なる検査リファレンス・システムの整備、確立及び地方の保健衛生施設におけるエイズ感染予防活動・検査機能の強化を目的として実施された。本プロジェクトは、評価系図"HIV/AIDS model in Philippines"(添付資料4)に示すとおり、検査機材(Laboratory equipment)及び検査キット(Provision of test kit)、検査サービスの確立(Establishing testing service)の分野を中心に、また、カウンセラーへの研修(Counselor Training)に関し協力を行っている。プロジェクトでは、HIVサーベイランスに主眼をおいて対策支援を行ってきたが、現在までHIV感染者の大幅な増加は見られていない(現在のHIV感染率は推定で一般人口の0.02%)。このHIV低蔓延が継続している状況をどう説明するかというと、国際的な専門家の間においても意見が分かれ、原因は不明であるが、一般人口の性行動、背景となるHIV感染症及び性感染症の拡がり等の要因に加え、プロジェクトを通じ信頼度の高い疫学データが得られていることも貢献しているといってよい。

1.1.2 結核

  • 現在の状況
     結核は都市部、農村部共に、依然として罹患率が高い。DOTS普及率は、現在人口当たりほぼ100%であり、治療成績もWHOの目標に達している。治療成功率をとってみれば87%(1999年登録患者)から88%(2000年登録患者)に増加している。貧困と関連して、農村及び都市部の貧困層(スラム地域)における結核対策へのニーズが高い幸いHIV感染の広がりは軽度であるため、HIVと結核の重複感染は今のところ問題にはなっていない。

  • わが国の支援実績及び有効性
     世界の結核対策上重点国とされる22の結核高蔓延国の1つであるフィリピンでは、結核罹患率の減少は未だみるには至っていないが、過去数年間の間に結核対策は格段の進歩を遂げた。わが国は1992年から結核対策に焦点を当てた「公衆衛生プロジェクト」に続き、1997年から「結核対策プロジェクト」を開始した。2002年終了時までにプロジェクト対象人口1300万人以上まで国家結核対策プログラムの実施拡大の支援を行い、対象地域では2年間でWHOの結核対策目標である85%以上の治癒率を達成している。この間、DOTS普及率は20%から100%に達している。これは、JICAプロジェクトを中心とした結核対策に関わるパートナーが支え、保健省が達成した成果といえる。わが国の協力がDOTSの普及に大きく寄与したといえる。評価系図“TB model in Philippines"(添付資料4)に示すとおり、本プロジェクトは、診断(diagnosis)のための検査(laboratory test)、患者発見及び治療に係る監視(supervision)及び記録・報告(recording and reporting)、マネジメントシステム(Management System)等、結核対策で必要とされるほぼ全ての要素をカバーしている。また、続く2002年から開始された「結核対策向上プロジェクト」は、全国平均治癒率85%以上、患者発見率70%以上というWHOの目標と合致する終了時目標を掲げ、無償資金協力によって2002年に開設された国立結核検査センター及びその機材供与を活用し、喀痰検査ネットワークを通じた全国を網羅する質の高い検査、DOTS実施能力・巡回指導、結核対策監視のためのオペレーショナル・リサーチに関する活動を行っている。本プロジェクトの成果は、開始後1年足らずであり、今後の評価結果が待たれる。

1.1.3 ポリオ

  • 現在の状況
    WHO西太平洋地域事務所(WPRO)が管轄している地域に対し、2000年に根絶宣言を出している。2001年に3人の患者(摂取したワクチン株の変異によるものであり、野生株ではない)が報告されているが、それ以降、報告例はない。

  • わが国の支援実績及び有効性(わが国の支援実績は特にない)

1.1.4 マラリア

  • 現在の状況
     島嶼部、山岳地帯等の一部地域で熱帯熱マラリアが発生しているが、都市部では発生は少なく、大きな問題となっていない。国家保健セクター改革により、保健省のマラリア・プログラムは統廃合され、現在、国全体のマラリア対策を担当している部署は実質上存在しない。マラリアの存在する周辺国と比較した場合、死亡率は高くないが、ITNの普及率は人口10万人当たり15と依然として低い(添付資料1-4参照)。

  • わが国の支援実績及び有効性
     マラリア対策では、長期派遣専門家が、パラワン島のコミュニティにおいてマラリアの予防と早期診断を住民参加型で行った。予防に関しては無償資金協力によって蚊帳を配布し、その使用に関して住民に対する啓発を行い、早期診断として、特に小児と妊婦に対して血液診断を可能にするために顕微鏡の供与を行っている。評価系図“Malaria model in Philippines"(添付資料4)に示すとおり、長期専門家によるコミュニティ参加(Community Participation)による対策促進、顕微鏡検査(Microscopy)による適切な診断(Proper Diagnosis)に関する技術協力を、研修(Training)、無償資金協力の蚊帳配布(mosquito nets)と併せて行っている。活動地域が非常に限定されているため、国全体からみるとインパクトが小さいことや、フィリピン政府の保健セクター構造改革によって担当職員が大幅に削減され、プログラムが消滅してしまったため援助活動が大きな影響を受けたことから、必ずしも有効性が高かったとは言い難い。なお、国全体としてのマラリア対策は、現在ほとんど進展していない。

1.2 タイ

 今後、当該国ではエイズ対策、特に3×5(WHOのエイズ治療の普及イニシアティブ)における、エイズ患者のケアを含んだ活動が有望である。既に途上国の域を脱しているタイにおいては、インドシナ半島での今後のエイズ増加を考慮し、周辺国を含んだ広域的なアプローチが最も期待されると言ってよい。現在、USAIDはバンコクに広域プロジェクトを立ち上げ、また、AusAIDもメコン地域の広域的なエイズ対策を優先課題に挙げている。

1.2.1 HIV/AIDS

  • 現在の状況
     90年代前半に始まるコンドーム100%政策が功を奏し、新たに入隊した兵士のHIV抗体検査の経時的変化で見る限り、新規HIV感染は減少傾向にある。しかしながら、HIV既感染者に関しては、エイズ発症頻度は高く、既に始まっている抗HIVウイルス薬(ARV)導入による成果が期待されている。指標は、HIV成人感染者の割合(15-49歳)が2.15%(1999年)から1.79%(2001年)に変化している。HIV感染者に対する差別やエイズ孤児に対する偏見は未だに見られ、社会学的には問題を残している。

  • わが国の支援実績及び有効性
     「エイズ予防・地域ケア・ネットワーク・プロジェクト」(1998年~2003年)は、パヤオ県における予防とケアのプロセス・モデルの開発を目的に、保健人材育成、予防・ケアシステムの開発、地域活動(地域NGO等との連携を含む)の実施を行ってきた。評価系図“HIV/AIDS model in Thailand"に示すとおり、本プロジェクトは、自発的カウンセリング・検査(VCT)のアクセスの改善(improved access)、リスク・グループの感染を抑えるためのピア・エデュケーション(Peer Education)やVCT、ケア、支援、カウンセリング・システム(Care and support, counseling system)、地域レベルでの日和見感染対策 (Improved OI management in the periphery) 等の多くの分野を含む総合的な協力を行っている。地域レベルでのモデル・システムの構築に必要な各活動モデルでの成果が出ており、特に人材育成の手法については他県でも普及してきている。パヤオ県では、数年間5%前後であった妊婦HIV感染陽性率が2000年から2001年にかけて2.3%まで減少しているが、プロジェクトによる直接的影響かどうか実際の変化を測定することは困難である。しかしながら、UNAIDSやUNICEF等をはじめとする現地の関係機関では、広報にも力を入れてきた本プロジェクトの活動が良く知られており、コミュニティに根ざした良いモデルが提示されたとして高い評価をしている。なお、エイズ対策の影響による同地域での結核罹患率の変化は見られていない。
     わが国は、タイ国立衛生研究所(NIH)の研究能力の向上に20年という長期に渡り貢献してきている。近年では、「NIH機能向上プロジェクト」が1999年から開始され、NIHにおけるHIV及び新興・再興感染症を対象とした研究活動及びデング熱、日本脳炎、腸管感染症をはじめとする一般感染症に関するラボのキャパシティ・ビルディングを実施している。また、HIVのウイルス株の調査研究をメコン広域地域で行うことをわが国が支援している。現在、HIVワクチンの開発研究も行われており、この開発研究は、将来のHIV/AIDS対策に役立つと考えられるが、ワクチンが実用段階になり結果としてHIV感染率における変化が見られるまでには時間を要する。評価系図“HIV/AIDS model in Thailand"(添付資料4)では、本プロジェクトのワクチン開発及びウイルス株の調査研究が各々、HIV診断の改善(Improvement of HIV detection)及びHIV感染の減少(Reduction of HIV infection)の部分で協力しているといえる。「国際寄生虫対策アジアセンタープロジェクト」は、橋本イニシアティブを受け、研究及び人材育成の拠点を作ることを目的に2000年から開始されている。プロジェクトでは、国際シンポジウムの開催、アジア近隣諸国に対する第三国研修の実施、研修後は各国において、学校保健を通じパイロット・プロジェクトを実施することにより南南協力を実施し、人材育成が順調に実施されている。評価系図”Malaria Model in Thailand"(添付資料4)では、研修(Training)の部分への協力が該当するが、本プロジェクトは南南協力を主目的としたものであり、タイのマラリア対策への支援を直接狙ったものではない。学校保健を通じた学童へのアプローチは今後大きな効果が期待されるが、現時点で対策への貢献度を見ることは難しいといえる。現在、研修等による人材育成が中心であり、研究に関しては今後の課題としている。
     さらに、「HIV/AIDS広域企画運営アドバイザー」の専門家1名が、2003年からマヒドン大学アセアン保健開発研究所(ASEAN Institute for Health Development:AIHD)に派遣されている。これは、「エイズ予防・地域ケア・ネットワーク・プロジェクト」の成果を基に、周辺国(カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナム)を対象とした研修を企画・実施することを目的としたものである。今後、タイにおける短期研修とシンポジウムを開催する予定である。USAID及びAusAIDがタイを拠点としたメコンデルタ地域におけるHIV広域対策を展開しつつあるが、現在のわが国の広域専門家の活動は、第三国研修の実施に偏っており、当該地域におけるHIV対策のニーズを検討するまでには至っていない。

1.2.2 結核

  • 現在の状況
     HIV感染症は結核発症の最大の危険因子であるため、HIV感染率の高い北部タイでは結核患者も増加している。HIV新規感染は減少しつつあるものの、HIV既感染者の免疫不全が進行するにつれ、結核患者も増加していると考えられる。DOTSは普及しつつあるが、タイの結核対策はWHOのDOTS対策に完全には従っておらず、家族によるDOT(対面服薬方式)が主体であり、本来のDOTSとは言い難い。HIVの影響もあり治療成績は目標に達していない。治療成功率は77%(1999年登録患者)から69%(2000年登録患者)に減少している。近年の保健セクター構造改革によりPCU(プライマリ・ケア・ユニット)の導入が進みつつあるが、結核対策に与える影響は、現在のところわからない。

  • わが国の支援実績及び有効性(わが国の支援実績は特にない)

1.2.3 ポリオ

  • 現在の状況
     2000年に20人の患者が発生したことが報告されていたが、それ以降、2002年の時点で患者発生は報告されていない。

  • わが国の支援実績及び有効性(わが国の支援実績は特にない)

1.2.4 マラリア

  • 現在の状況
     都市部から遠い農村地域では、熱帯熱マラリアは依然として患者発生数が多い。特に、カンボジア国境に近い地域では、多剤耐性熱帯熱マラリアの問題がある。マラリアの存在する周辺国と比較した場合、死亡率は高くないが、ITNの普及率は人口10万人当たり130と高くはない(添付資料1-4参照)。

  • わが国の支援実績及び有効性(わが国の支援実績は特にない)

1.3 ケニア

 今後、当該国では、特にエイズ、結核、マラリア対策は必要性の高い分野と思われる。これまで、主にエイズ検査及び寄生虫対策の活動を行ってきたが、エイズ、結核、マラリアなどの疾患対策分野での活動の強化が必要と思われる。

1.3.1 HIV/AIDS

  • 現在の状況
     センチネル・サーベイランスは、ANCとSTIクリニックで経時的に行われている。ANCでは1990年から行われ、センチネル・サイト(sentinel site)は徐々に増えて2002年には38箇所となった(農村部が半数強)。センチネル・サーベイランスのサイトでも、過半数で減少傾向を示している。妊婦のHIV陽性率は、1994年から1998年の平均が18.4%、1999年から2002年の平均が14.6%で低下傾向にある。国人口に均した推定陽性率は、2000年の13.4%がピーク(推定陽性者数220万人)で、2002年には10.2%と減少した。

  • わが国の支援実績及び有効性
     感染症対策におけるわが国の貢献は、ケニア中央医学研究所(Kenya Medical Research Institute:KEMRI)に対する支援が最も知られており、寄生虫分野とならびエイズ・ウイルス性肝炎・日和見感染症分野で活動を行い、血液検査キットの開発などの成果をあげている。そのほか、輸血血液供給計画調査、研修員(HIV/ウイルス学薬理学、血液スクリーニング検査セミナー(第三国集団研修)、感染症疫学、HIV/AIDSカウンセリングなど)、検査受診を促進するためのVCTセンター建設など草の根無償などが行われている。そのほか、信託基金を通して、人間の安全保障基金によるアフリカ地域(5カ国)における援助(UNIFEMを通じたHIV/AIDSに関連するジェンダー平等を通じた人間の安全保障の促進)、IPPFの信託基金による家族計画協会の行う行動変容の促進のための活動が支援されている。
     IDIの後の新たな活動としては、2001年3月に民間提案型プロジェクト形成調査が実施され、また、2003年3月よりエイズ担当広域専門家がケニア事務所に派遣されJOCVなどとともに案件形成を行っており、今後エイズ分野における貢献が期待されている。

1.3.2 結核

  • 現在の状況
     治療成功率が78%(1999年登録患者)から80%(2000年登録患者)に変化している。
     塗抹陽性結核患者発見数は263/100 000である。結核患者数の推定根拠は不詳であるが、患者発見率は43%とされる。

  • わが国の支援実績及び有効性(わが国の支援実績は特にない)

1.3.3 ポリオ

  • 現在の状況
     報告例は1984年以降ない。サーベイランスは全国に行われているが、その便検査が発症後2週間以内にとられている者は2002年ようやく80%を超え(01=67%, 02=76%)、サーベイランスの質が確保されたうえで、患者発症がないことが確認されつつある。

  • わが国の支援実績及び有効性
     ポリオ対策におけるワクチン他機材の供与、JOCVによるサーベイランスの支援が行われている。ポリオ対策が成功していることは確かであり、日本の行っているポリオワクチン供与、サーベイランス支援へのケニア側及び国際機関からの評価は高い。こうした協力は、ポリオ対策にとって有効であったといえる。

1.3.4 マラリア

  • 現在の状況
     経年変化の情報は、マラリア対策部署からも得られていない。
    全人口の2/3がマラリアの危険地域に住んでいる。特に、海岸地域(coast)と湖岸地域(lake province)は年間を通して危険が高く、その他の地域では雨季の洪水期及びその後の3ヶ月間の危険が高い。
     公的な医療機関で、400万人のマラリア患者が報告され(外来症例の30%はマラリア、そのほとんどは臨床的診断)、4万人が死亡していると推定されるが、私的な医療機関を受診している者(患者の受診行動のサーベイでは75%が、まず何でも屋の薬屋に行き自分で治療する)、公的な医療機関受診前に死亡した者などのデータは存在しない。毎年2.6万(保健省による、UNICEF推定は3.6万)人の子供がマラリアで死亡、5歳以下の死亡の12.2%と推定されている。

  • わが国の支援実績及び有効性
     感染症対策におけるわが国の貢献は、ケニア中央医学研究所(Kenya Medical Research Institute:KEMRI)に対する支援が最も知られており、エイズ・ウイルス性肝炎・日和見感染症分野及び寄生虫分野で活動を行っている。2001年より橋本イニシアティブを受けて、ケニアを中心とした周辺地域の寄生虫対策に関する支援の拠点としての活動も開始している。KEMRIへの支援は既に20年以上も続けられているが、IDIの発表後、KEMRIはわが国の感染症対策支援の活動拠点の一つとしての位置付けがより明確になった。橋本イニシアティブを受けて開催された国際寄生虫対策ワークショップにおいては、研修が順調に実施され、周辺諸国における人材の育成も進んでいる。課題としては、研修参加者が研修終了後、出身国の寄生虫対策活動を実施するための十分な支援を得られないために、研修の成果が十分活かされていない状況がある。その原因の一つとして、第三国研修が割り当てられている周辺諸国のJICA事務所やプロジェクト等において、第三国研修の意義がよく認識されていないことが挙げられる。

1.4 エチオピア

 今後、当該国では、特にエイズ対策、マラリア対策は必要性の高い分野と思われる。問題の重要性、介入方法の存在から、わが国への要請も増加すると思われる。また、当該国の保健セクターの問題として、関係者全て(エチオピア政府、国際機関、援助国)がキャパシティーの不足を指摘する。特に、地方分権化により、連邦政府の権限が地方に分散したが、地方における人材の不在、中央政府と地方政府とのコミュニケーションの悪化、それに伴う物流システムの脆弱化等が問題として挙げられており、行政官、プロジェクト実施者(医療従事者、NGO関係者)などのキャパシティ・ビルディングを求める声が大きい。

1.4.1 HIV/AIDS

  • 現在の状況
     信頼できるセンチネル・サーベイランスはANC(antenatal clinic=分娩施設)のデータしか存在しないが、6.6%がHIV陽性と計算されている(2001年)。ただし、センチネル・サイトの数は都市部28箇所(有病率12-3%)、人口の85%を占める農村部6箇所(3%)である3 。経年的な情報については、アディスアベバ市など5箇所でしか得られていないが、1995年頃まで急増。その後、アディスアベバ市などでは一定、他の3市で一定、ある1市では漸増傾向にあり、成人HIV陽性率6%程度で1994年以降微増と推定されている。また、1999/2000年と2001年の妊婦HIV陽性率は9箇所で上昇、6箇所で低下しており、ほぼ一定と推定される。

  • わが国の支援実績及び有効性
     今後、当該国では、エイズ対策は必要性の高い分野のひとつと思われるが、これまで、エイズ関係の協力は行われていない。2003年現在、エイズ関係の供与機材、及び提案型技術協力事業によるHIV/AIDS案件などが検討されており、IDIの成果として現れてくるのは今後と思われる。

1.4.2 結核

  • 現在の状況
     治療成功率が76%(1999年登録患者)から80%(2000年登録患者)に変化している。信頼できる患者推定のための調査は、近年行われておらず、おそらく近隣諸国情報及び古いサーベイ情報によると思われるが、喀痰塗抹陽性患者罹患者数、年間70,000人(人口10万対110感染危険率 2.2%)と推定される。内、発見されている数は半数である(塗抹陽性38,000人)。信頼できる、年次推移のデータは存在しない。治療成績としては、治癒率は、66%(2000年)と良好であるが、HIVの影響があるため患者減少には必ずしも結びついていないかもしれない。

  • わが国の支援実績及び有効性
     これまで、結核関係の協力は行われていないが、結核研究所で行われているJICAの研修生が結核の各部署で活躍している。

1.4.3 ポリオ

  • 現在の状況
     131人(1999年)、152人(2000年)、1人(2001年)と報告された以降、2002年、2003年は、患者は報告されていない。WHOの努力によりサーベイランス体制が改善されてきており、報告患者数は信頼度が高くなってきた。この情報を基に判断すれば、ポリオは着実に減少しつつあり、根絶宣言は間近と思われる。ただし、陸続きのソマリアがまだポリオ蔓延国であることから、越境感染の恐れがある。3年間、患者が出なければ根絶宣言が出来るので、2004年初めには根絶宣言が出される可能性は高い。

  • わが国の支援実績及び有効性
     IDI発表以前より実施されているポリオ対策への協力がエチオピアにおける感染症対策支援の中心となってきた。協力の形態としては、技術協力による検査室の整備(人材育成及び施設、機材の整備)、UNICEFとのマルチ・バイ協力によるワクチン及びコールドチェーン資機材の供給である。評価系図(添付資料4)で見て取れるように、わが国の支援はポリオ対策に必要な資機材の大半を占め、さらにわが国の協力は当該国のポリオ根絶計画と合致しており、実際、2004年にはポリオ根絶宣言が可能と思われることから、わが国の貢献は大きい。

1.4.4 マラリア

  • 現在の状況
     報告されている患者数は4~500万人でここ数年変化が見られない。ただし、検査で確認されているものは、そのうち10%。死亡者数の統計もあるが、過小評価と考えられるので、報告数もやや過小評価と推定され、信頼できる年次推移のデータは得られなかった。当国では、旱魃や洪水の発生した地域でマラリアが集団発生することが多く、現在75%の地域がマラリア汚染地域である。近年の気候の変化(平均気温の上昇など)により、汚染地域が拡大している。汚染地域では耕作地を荒廃させることから、マラリアは貧困の原因として重要である。経年変化の情報に関しては、当該国のマラリア対策部署からも得られなかった。

  • わが国の支援実績及び有効性
     今後、マラリア対策は必要性の高い分野と思われるが、マラリア関係の協力は行われていない。

2.基本方針と感染症

 IDIでは、(1)途上国の主体的取り組みの強化、(2)人材育成、(3)市民社会組織・援助国・国際機関との連携、(4)南南協力、(5)研究活動の推進、(6)コミュニティレベルでの公衆衛生の推進、を基本方針としている。既に、第1部第3章で疾患別に基本方針毎の主な実績を示したが、これらの方針のうち(1)~(4)は、わが国が技術協力を実施する上での基本的な事項であり、また、広く国際協力で必要とされている方針でもある。
 本節では、IDIの各基本方針が途上国における感染症対策にとって有効であったかをケース・スタディ国を中心として可能な範囲で検証した。ただし、必ずしも基本方針を基にして案件形成がなされているわけではなく、その有効性を厳密に計ることは困難であることから、基本方針と感染症対策支援の関係について概観を述べるに留めた。

2.1 途上国の主体的取り組みの強化

 HIV/AIDS対策については、1980年代後半から90年代前半にかけて、WHO指導の下、各国保健省により国家エイズ対策中期計画が策定されており、国際機関(WHO)と協調して各国政府のオーナーシップの下に対策が実施されていた。しかしながら、HIV感染の拡大に歯止めがかからず、政府主導のエイズ対策に対する批判から活動の主体はNGOへと移っていった。UNAIDSが創設された1996年から、この傾向は一層強まり、エイズ対策における政府の役割は、サーベイランス、安全な輸血、医療従事者への研修等の公衆衛生的なものを除いては、実際に活動を展開するNGOとの連携に移っている。このように政府の主体的取り組みが変化しつつあるなかで、わが国のHIV/AIDS対策支援は、政府の公衆衛生活動の技術的支援(フィリピンのHIV検査体制強化を目的としたプロジェクト等)を優先的に行ってきたといえる。
 結核対策では、DOTSの普及が第一であるが、DOTS戦略の実施には実施国担当部署のオーナーシップが重要であり、わが国の結核対策はオーナーシップ醸成に留意して実施されている。具体的には、抗結核薬等の消費財の供給、カウンターパートの配置とその給与、供与機材の維持等を相手国の責任としている。ポリオ対策では、標準的な対策方法が確立しており、WHO、UNICEFの国際機関の主導で進められていることから、各国のオーナーシップはあまり必要とされていない。
 寄生虫・マラリア対策は、途上国の要請に基づいた通常案件とは異なり、わが国主導の下(橋本イニシアティブはいわゆるオファー案件である)、わが国の寄生虫症克服の経験を基に、タイ、ケニア、ガーナの拠点国を中心として、その周辺国に対する人材育成を中心とした技術協力を実施してきた経緯がある。寄生虫症に病む住民のニーズに基づき、過去の経験を活かした寄生虫への取り組みを推進し成果を示すことにより、被援助国の主体的な取り組みが期待される。しかしながら、育成された人材が寄生虫対策に主導力を発揮し、対策の成果をあげるには一定の時間が必要であることから、現在のところ、主体的な取り組みの強化に対する効果は十分に現れていない。
 わが国の取り組みでは、技術協力により人材育成を実施すること等を通じて、技術力の強化を図り、オーナーシップの醸成に努めている。一方、無償資金協力によって供与された機材の運営・維持管理を実施するための予算の適切な配分及び人材の配置は、多くの支援対象国でその確立が問題点の一つとして指摘されている。例えば、ガーナの野口記念医学研究所感染症対策プロジェクトについては、研究所への予算配分の内、光熱費を除いた同研究所の運営予算全体の約8割が人件費に充てられており、実際に研究に割かれる予算は非常に限られている。無償資金協力によって供与された機材の運営・維持管理を実施するための予算の配分及び人材の配置は、被援助国側の責任であることが建前ではあるが、上記に示したように、こうした被援助国の自助努力に期待できないケースも少なくない。政策レベルにおける技術支援も試みられてはいるが(個別専門家としての保健政策アドバイザーがインドネシア、タンザニア、エジプト等の国へ派遣されてきた)、当該国の保健セクター改革に効果的な影響を及ぼしてきたかどうかは今後の評価を待ちたい。

2.2 人材育成

 HIV/AIDS対策では、人材が全般的に不足しており、実践者、研究者、プログラム等のマネジメントを行う管理者の養成が望まれている。わが国の支援は、特に研究者を主な対象としていているが、最近は管理者の育成にも取り組み始めている。
 結核対策では、DOTSの普及が対策の中心であるが、DOTS戦略の実施には実施国の人材(地域保健ワーカーやラボ技術者)の育成が重要であり、わが国の結核対策支援は、それを踏まえて実施している。フィリピンでは、わが国の結核研究所にて実施される結核対策国際研修を受講した研修生が、現在、保健省結核対策課の幹部になっており、彼らが結核対策そのものを支えているといえるほどで、技術及びマネジメントの両方での人材育成が大きな成果を上げているといえる。JICA結核対策プロジェクトの喀痰検査の国内研修では300人以上の多くの研修生を輩出し、菌検査の質の向上に大きく寄与している。また、DOTSを推進するためのヘルスボランティアの育成にも貢献している。
 マラリア及び寄生虫対策における主な人材育成は、国際寄生虫ワークショップやタイ、ケニア、ガーナにある寄生虫センターにおける近隣諸国を対象とした第三国研修である。マラリア対策では、ITNの普及の他は、検査能力の向上及び保健医療従事者の研修による診断の整備が鍵であるため、国際研修による人材育成は有効な手段と考えられる。また、住血吸虫症と土壌媒介腸管寄生虫症に関しては、治療が必要な乳幼児や児童がコミュニティレベルで定期的に適切な治療が受けられるようにすることが求められていることから、現在実施されている学校保健を通じた寄生虫対策の展開を目指した対策手法、PHC、啓蒙・教育等を内容とした国際研修による人材育成は、この考えに沿ったものといえる。 ポリオ対策では、特にラボ技術者、検体採取者(ボランティア)が必要であり、他機関との連携(わが国は主にラボ技術者を育成、検体採取者はWHO)を通じて養成されている。エチオピアでは、ポリオ対策の検査人員の育成を行い、同国のポリオ・ラボがWHOのナショナル・ラボラトリーに認定された。
 上記から、人材育成は4疾患全ての対策にとって重要であり、特に技術協力により人材育成が行われ、成果を挙げており、有効性は高いと思われる。問題は、感染症分野で技術指導が可能な日本人の人材育成である。途上国の人材育成に必要なのは、施設機材や研修費のみではなく研修のソフト面を適切に支援する指導者である。例えば、本評価調査中にしばしば聞かれたわが国の結核分野の人材育成に関しても、結核研究所を拠点とする国際保健に通じた日本人の人材の存在があってこそ、質の高い研修を長年に亘り実施できた事実がある。エイズ、マラリア分野においては、日本人の人材不足は深刻である。なお、日本国内の構造改革等の諸変革が感染症対策等の国内では優先度の低い事業への予算削減を促進しつつあり、将来に亘り世界の感染症対策の人材育成に貢献できる日本人の人材が益々減少するとの予想もある。

2.3 市民社会、援助国、国際機関との連携

 HIV/AIDS対策では、GFATMの台頭が大きく(特にアフリカ諸国)、多国間(マルチ)援助の役割が大きくなっているが、同基金の国別調整メカニズム(CCM)へのわが国による積極的関与は現在のところ少ない。NGOによる様々な活動の支援が実施されているが、HIV/AIDS対策のほとんどが、コミュニティ開発の要素を含んでいることから、草の根レベルで働くNGOと連携し支援していくことは、VCT、予防啓発、ケア・サポート等の様々な支援活動でも重要である。
 結核対策では、WHO及び各国の援助機関と積極的に連携・協力を行っている。フィリピン、ネパール、カンボジア等、わが国が同分野で支援している各国において国際機関との連携も幅広く実施されており、各国の国家レベルでの治療成功率は85%以上と良好な成績を示し、プロジェクトを通じて国家結核対策支援を行っている国では有効に働いている。フィリピンでは、WHO(WPRO)と常に密な連携が図られている。例えば、結核菌検査の精度管理ガイドラインは、わが国の結核研究所、米国CDC、そしてWHOが協力して作成されたものであるが、これは、同国のJICAプロジェクトの経験を元にドラフトを作成、これをフィリピン保健省が国家ガイドラインとして採用し、さらにWHO(WPRO)が広く西太平洋地域のガイドラインとして採用したものである。わが国の結核対策支援は、国家結核対策への技術支援が主であり、各国の結核予防会を含むNGO等との連携は小規模、短期的なものとなっている。
 限られた国においては(例:フィリピン)、WHO等の国際機関のマラリア対策との連携がとられている。
 ポリオ対策では、2.1で既述したとおり、WHO、UNICEFの国際機関の主導で進められていることから、これらの機関と連携しながらの協力を行っている。また、他機関との連携(わが国は主にラボ技術者を育成、検体採取者はWHO)を通じた人材育成も行われてきた。ワクチン等の特別機材供与は、国際機関及び他国と連携し実施している。
 まとめると、結核及びポリオ対策では援助国、国際機関との良好な関係が、有効性を高めることから、わが国の支援においても積極的にこのような関係の推進が図られている。HIV/AIDS対策においては、結核・ポリオ対策と比して、市民社会、援助国、国際機関との連携を強化する余地が大きい。今後、GFATMのCCMへの積極的な関与等を通じて、こうした連携を強化し、わが国の支援の有効性を高めていくことが望ましい。こうした疾患による有効性の差異は、個々の感染症対策に通じた人材とその活動拠点の有無に起因している。感染症を克服した過去のわが国の公衆衛生の歴史を振り返っても、成功の影には、優秀な人材とそれを最大限に活用する拠点が存在する。世界で標準化された結核対策を推進するためには、WHO等の国際機関との連携が不可欠であるが、その役目を担ってきたのがWHO協力機関に指定されている財団法人結核予防会・結核研究所である。また、ポリオ対策では、財団法人国際保健医療交流センターが中心となり、世界の標準であるポリオ対策をWHOと共に推進してきた。なお、日本国内で保健機構改革が進めば、これらの既存の感染症対策推進拠点が縮小され、感染症に取り組む世界の諸機関との連携が弱体化することを懸念する向きもある。

2.4 南南協力

 感染症対策における支援を効果的、効率的に行うためには、一つの国のみならず周辺地域への協力を併せて推進することが重要であり、そのためには南南協力推進が必要とされている。また、国境がないといわれる感染症の広域対策や地域間協力の推進にもつながることからも、その積極的な取り組みが求められている。HIV/AIDS対策では、無償資金協力及び技術協力で協力しているフィリピンの熱帯医学研究所にてHIV感染及び日和見感染症の診断技術の第三国研修が実施され、20カ国の研修参加者が帰国後自国で診断技術の普及に努めているなど成果が上がっている。無償資金協力及び技術協力で支援しているKEMRIにおいて、周辺16カ国を対象に血液スクリーニングセミナーを第三国研修として実施している。ザンビアでは、HIVハイリスクグループ啓発活動において、業務委託された国際NGOが年次レビューや終了時評価等を実施する際に第三国専門家を活用している。アフリカにおける第三国研修や第三国専門家による活動は、研修参加及び講師派遣に必要な交通費等の経費の削減にも大きく寄与していると考えられる。結核対策では、フィリピンにおいてASEAN感染症ネットワーク結核対策人材育成在外技術研修として、喀痰塗抹検査精度管理に関する指導者研修(第三国研修)を実施している。講師は、同国のJICA結核対策向上プロジェクト内外の日本人専門家及び日本での国際研修を受けたプロジェクトスタッフが担当した。本研修は、WHOをはじめとする世界の関係者が経験と技術があると認める菌検査精度管理分野でのわが国の協力を効果的、効率的に推進するものである。寄生虫対策では、国際寄生虫ワークショップの開催や寄生虫対策における人造りと緊急活動のための拠点である寄生虫センター(タイ、ケニア、ガーナ)にて、近隣諸国を対象とした第三国研修が行われ、人材育成が順調に進んでいる。
 以上のように、南南協力の実績が積み上がっており、域内や地域間の連携・協力が推進されていると判断できる。第三国研修では、アジア及びアフリカの間で、講師の派遣や参加者の交流があり、地域間の連携・協力がみられる。今後、日本人の感染症専門家は減少していくと予想されるため、南南協力を通じた人材の活用がさらに重要になると思われる。過去のわが国の感染症対策支援により育成された途上国の優秀な人材の活用は、言語や文化習慣の面からも、特に域内諸国を対象とした第三国研修のより効率的な実施にとって有効であると考えられる。

2.5 研究活動の促進

 研究活動で重要なことは、研究のための研究ではなく、実際の感染症対策に役に立つ研究活動(オペレーショナル・リサーチ等)の促進である。
 HIV/AIDS対策では、HIVキットの開発などが行われている。ケニアでは、感染症研究対策プロジェクトで簡易血液診断に用いるHIV診断キットの開発を支援し、現地生産が可能となるなどのプロジェクトの成果があり、今後広く普及が可能となればHIV/AIDS対策に貢献できると考えられる。また、タイ国立衛生研究所(NIH)機能向上プロジェクトでは、HIVのウイルス株の調査研究をメコン広域地域で行っているが、このように現時点でのエイズ対策に直接役に立たなくとも、将来の抗ウイルス薬治療ないしワクチン開発に不可欠な研究活動も行われている。結核対策では、フィリピン等の結核プロジェクトで、結核耐性菌薬剤耐性検査、民間機関を結核対策プログラムに組み込むための方策等に関するオペレーショナル・リサーチを中心に協力が実施されている。オペレーショナル・リサーチは、ASEAN感染症対策情報・人材ネットワーク・ワークショップ(結核分野)においてもASEAN各国に共通したニーズであることが確認されている。ポリオ対策では、研究はサーベイランスの実証研究などが必要である。
 寄生虫・マラリア対策支援では、現在まで広域の人材育成を中心として技術協力にほぼ限られているが、適正技術の開発等のオペレーショナル・リサーチの要望は次第に挙がってきており、途上国側の人材が十分に育成されれば、研究活動への支援も有効であろう。

2.6 コミュニティレベルでの公衆衛生の推進

 エイズ、結核、マラリアの各々の対策において、患者に対する適切な対応が重要な因子になっていることから、地域保健医療サービスの整備が求められる。わが国は、地域保健に関する様々な支援を実施しており、間接的にこれらの感染症対策に貢献しているといえる。HIV/AIDS対策では、地域レベルの保健センターのVCT整備及び診断、治療に対する支援を行うことによって、コミュニティレベルでの保健医療サービスの改善に寄与している。結核対策では、DOTS-plusあるいはプライマリ・ヘルス・ケアに基づくDOTSへのアクセスについては、DOTSの確立の後に行うべき課題であり、ネパール、フィリピンにおいて、現在検討されている。フィラリア症、住血吸虫症、土壌伝播寄生虫症等の寄生虫症は、症状の進行が緩慢であり、特に住民が寄生虫症の治療だけのために診療を受けることを躊躇することがあるため、地域レベルでの保健医療サービスの充実が必要とされている。診断治療だけでなく、保健教育、栄養改善等も、寄生虫対策に大きく貢献できると考えられる。わが国では、住民教育を学校保健や地域共同体を通じて感染症対策を行い、感染症の制圧に成功した経験があるため、この経験を活かしたコミュニティレベルでの協力をさらに推進していくことが重要であり、タイをはじめとする寄生虫プロジェクトにおいて、こうした協力が実施されている。また、寄生虫症の多くは飲み水を介して伝播されるため、例えばフィリピンで実施された上下水道整備に関する援助にみられるように、衛生環境改善(例えば、上下水道整備による安全な水の供給)も寄生虫対策に大きな貢献をしている。

3.疾患別援助の有効性

わが国の保健分野の支援方法の特色

 すでに世界標準となっている感染症対策については、それを遂行することによって、感染症の減少が期待される可能性が高い。現在、各国はその標準化した対策に従って、疾患対策のプログラムを作成しており、各ドナー、国際機関は、その対策プログラムの作成に関与し、かつ、そのプログラムの中で活動を行っている。
 これまでは、各ドナー、国際機関も、新たな感染症減少のための手法を確立することにも力を注ぎ、プロジェクト方式の技術協力を行ってきた。これらは、かつて今日の標準とされているプログラムあるいは協力方法を確立する上で有用であった。しかし、現在、すでにその有効性が確立されている手法も未だ全世界に行き渡っているわけではないことを考慮すると、すでに確立され、途上国の疾患対策プログラムに含まれている対策を遂行することが求められている。また、新たな手法を確立する場合は、その評価を厳密に行う必要がある。しかしながら、ポリオ以外の分野におけるわが国の感染症対策支援(特に技術協力)の多くは、プロジェクト方式で行われており、途上国の対策プログラムの特定部分を担うというアプローチは限定されている。そのため、途上国の対策の強化と直結しておらず、プロジェクト自体としては成功したとしても、その結果、被援助国の当該疾患の対策全体が改善する、という効果を観察することは困難である。
 一方、疾患対策のプログラム作成において、ドナーは国際機関とともに大きく関与しているが、わが国の人材不足及び他国の人材活用の不十分さのため、わが国がその分野において影響力を行使している事例は限定されている。

3.1 HIV/AIDS

 各国の国家エイズ対策プログラムを支援し、その中で必要な活動を部分的に援助するという面では、エイズ対策プロジェクト、草の根無償、国際機関への拠出である人間の安全保障基金、研修員受入、開発福祉支援のプロジェクトなどが実施されている。研究プロジェクトは、研究施設のキャパシティ・ビルディングを目標としており、対策への直接の協力ではないが、対策への貢献が大きいものもあり、例えば、KEMRIのプロジェクトでは、第三国研修の血液安全セミナーの開催(エイズ対策プログラムの血液の安全性(blood safety)に関する教育)、寒冷凝集法によるHIV検査キットの開発などでエイズ対策プログラムに関与している。
 国家エイズ対策プログラムにおいてわが国が中核的な役割を担っている国は今のところないため、わが国のエイズ対策支援の有効性を疫学的な指標で計ることはできない。つまり、アフリカ諸国、タイなどで、センチネル・サーベイランス上陽性率は横ばい状態から一部減少に転じているが、わが国の寄与は不明である。各国の対策のなかでの役割が明確である場合、総体としてその国の対策が成功している(していない)場合、全体の達成度からわが国が貢献した度合いを検討することは、わが国の貢献が大きくないとしても可能であろうが、わが国が当該国の対策のどの部分を担うかを明確に意思表示していない場合、その判断が難しい。しかしながら、わが国は検査技術の普及、人材の育成面で、これまで様々な貢献を行っており、その影響は小さくないと思われる。
 なお、エイズ対策を直接の目標としたプロジェクトや活動ではないが、学校建設などを通した初等中等教育の改善が女性のエンパワーメントを通してエイズ減少に貢献するとの意見が被援助国側から聞かれたが、かかる貢献度の測定は困難であろう。

3.2 結核

 WHOを中心にDOTS戦略が結核対策の標準となってからは、わが国の結核対策もDOTS戦略を中心に支援を展開してきた。1990年代中頃よりパイロット的にDOTSの導入が各国において行われ、その後はそれぞれの国でDOTSの拡大を主にした支援が実施されている。これにより、結核患者発見率が次第に向上し、また発見された患者の治療性効率も改善しつつある。
 主な活動を行っている国について検討すると、喀痰塗抹陽性結核の人口10万あたり発見者数は、1999/2000/2001年で、フィリピンでは、99/89/77と減少、カンボジアでは144/113/107と減少(ただし、真の減少かどうかについて議論あり)、ネパールは57/59/58と横ばい、イエメンは31/30/26と漸減である。2000年に治療を開始した者の治療成功率は、フィリピン、カンボジア、ネパールでは85%以上であるが、イエメンは75%であった。1994年DOTSを開始する前のイエメンにおける治療完了率は40%であったので改善は著しい。以上より、プロジェクトタイプの活動を行っている国では、わが国の援助は有効に働いているといえる。

3.3 マラリア、寄生虫

 今回の検討では、マラリアについては、適切な指標を設定することができなかった。ただし、マラリアについて、わが国の援助が国家対策プログラムに大きく貢献している国はないので、指標を設定し得たとしても、わが国援助の有効性の判断は困難である。一方、大きく貢献していないにしても、その国の中で、わが国の役割を明示し、それを担っていると思われる場合、その貢献度は推定可能であろうが、そうした事例はなく、わが国援助の有効性に関する判断は難しい。2001年に終了したジンバブエにおける感染症対策プロジェクトでは、疫学基礎調査、薬剤感受性検査、ITNの販売、保健教育などを行っているが、国家対策プログラムの中での位置付けが明確ではなかったため、その中間評価の時点でプロジェクト評価として成果の明確化の必要性が指摘されている。今後、この面での改善が必要であろう。

3.4 ポリオ

 ポリオワクチン、コールドチェーンなどの物の供与は、各国のポリオ対策の重要な一部であり、その意味で、わが国援助が無償資金協力と供与機材などで被援助国のポリオ対策のプログラムに関与している割合は高い。
 ポリオについては、2003年に患者が発生しているのはインド、パキスタン、アフガニスタン、エジプト、ニジェール、ナイジェリア、(2002年まで発生していたのがソマリア)である。わが国が無償資金協力とプロジェクト活動を行っているエチオピアでは2001年1月の症例が最後の症例であることが示すとおり、わが国の援助が有効に働いている国は多いと推測される。一方、特に、現在、ポリオが残っている国のうち、ナイジェリア、ニジェール、インド、パキスタン、アフガニスタンに対して、わが国は2000年以来、ポリオワクチンの供与など協力が行われている。インドでは2002年に、ナイジェリアでは2003年にポリオ症例数の増加が見られたが、その理由の検討は、わが国の協力のあり方の妥当性を探る上で重要であろう。なお、2000年までわが国が無償資金協力を供与し、1999~2001年の間にポリオ野生株の発生がなかったブルキナファソでは、2002年に1例、2003年に6例、輸入野生株の発生が見られている。さらに、2001~2002年の間にポリオ野生株の発生がなかったガーナでも8例、同じくチャドでも3例の輸入ポリオ野生株の発生が報告されているなど、蔓延国以外でも輸入ポリオへの対策の継続が必要とされている。

4.波及効果

4.1 世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)

 GFATMは、2002年にこれらの疾患への対策資金の不足を埋めつつ、新しい官民パートナーシップの下に設立された。IDIの直接的な効果として実現したとは断言できないが、IDIを含む、主要先進国の感染症への関心と取り組みがGFTAM設立に影響を及ぼしたことは間違いない。2003年までに集められた額25億ドルを元に、122カ国の227のプログラムへの21億ドルの使用が既に承認されている。エイズ、結核、マラリア制圧のために現在必要と推定される資金額に対し、拠出済みあるいは拠出予定額ははるかに及ばない。有効な活動を実施するためには、この資金ギャップを緊急に埋める努力が国際レベルで求められている。

4.2 感染症対策支援案件の促進

 IDIの発表によって、感染症対策支援を実施しやすくなったという意見も聞かれた。マラリアをはじめとする寄生虫疾患は熱帯ないし亜熱帯地域の発展途上国に多く見られ、先進工業国では問題ではない。工業化、都市化に伴って激増し猛威を振るった結核も、社会・経済の発展とともに、先進工業国の多くは問題を克服するに至った。感染症の途上国への偏在に伴い、先進工業国においては感染症対策への関心は薄れていった。それとともに、生活習慣病対策、悪性腫瘍等に関心が集中し、医学の進歩の応用としての先端医療も、途上国の感染症問題には一切無関係といってよい。このような状況の中で、サミットにおいて途上国の感染症問題が議論され、IDIにおいても具体的な対策支援が示されたことは、開発において感染症対策支援を積極的に進める土壌を提供した。
 特に、わが国ODAにおいては経済インフラ整備の割合が依然大きいことから、IDIにより感染症対策支援の重要性についての注意喚起が行われた意義は大きい。


3 サーベイランスの信頼性に問題はある。


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