第3部 今後のわが国の感染症分野協力のあり方(提言)
第2章 これからのわが国の感染症対策支援に関する長期的提言
[国内組織の整備]
1. 省庁間の壁を越えたオールジャパンの感染症対策支援体制を構築する
わが国による世界の感染症対策への支援の歴史は長く、例えば、途上国対象の結核研修は、JICAの前身であるOTCAの時代の1963年から現在まで、40年間途上国の人材育成に貢献している。このように、わが国の感染症対策支援は、IDIが打ち出される以前から、様々な活動の展開を通じ実施されてきた。管轄諸官庁としても外務省(JICA、JBIC等)をはじめ、厚生労働省(研究所、病院等)、文部科学省(大学等)、その他の省庁及び諸機関がそれぞれ活動を行ってきた。世界から評価さるのは、この総体としての日本(オールジャパン)の感染症対策支援である。しかしながら、各々の間のコミュニケーション・連携には更なる改善の余地がある。本調査中に実際に相手国から、わが国の援助はバラバラであるとの指摘も受けている。限りあるODAを有効に実施し、しかも世界に効果的に広報するためには、所轄官庁の壁を越えたオールジャパンの感染症対策支援体制の構築が望まれる。
2. ODA感染症対策支援拠点としての国内感染症機関の強化を行なう
多くの先進国では、国内の感染症の減少と保健医療のニーズの変化から、感染症対策の予算削減と関係機関の縮小が行なわれてきた。その結果、世界の交易の活発化と途上国からの移民の増加等の要因とも関連して、新興・再興感染症の出現を来たし、近年新たに感染症対策の機能を強化しようとの動きもある。また、米国の如く、貧困と密接な関係にある感染症を安全保障上の問題と捉え、グローバルな対策の必要性から、国内の感染症機関の強化を積極的に進めている国も存在する。後述する感染症対策支援戦略を実施する上で不可欠なのは、戦略を練り、実施機関となる国内の拠点である。いわゆる3大感染症をとってみても、エイズ、結核、マラリアの内、わが国に拠点を残しているのは結核のみと言ってよい。第2部第4章「IDIの結果(途中経過)の有効性」の基本方針と感染症との関連で示されているように、国内における拠点の不在は、世界で標準化されつつある感染症対策を進める国際機関との連携の弱体化を招くであろう。わが国が、今後質の高いODA感染症対策支援を進めるためには、主体的に世界の感染症対策支援戦略を練り、技術指導を行なう国内の感染症対策支援拠点が不可欠であり、このような施設・機関を政策的に強化する必要がある。
3. 日本人の感染症対策専門家を育成する
途上国における感染症対策支援を効果的に進めるためのカギは、国際的に通用する“感染症対策の人材”である。現在のわが国では感染症への関心は低くないが、仮に若い人材が感染症に関心を持っても安定した人材育成の制度は弱く、今後さらに人材不足に陥る可能性が高い。国内の感染症分野の人材育成が不十分のまま、需要の高まる世界の感染症対策への貢献の質を高めることは不可能である。第2部第4章「IDIの結果(途中経過)の有効性」の基本方針と感染症との関連で示されているように、わが国の感染症対策支援を質と量ともに向上させるためには、国際的に通用する感染症対策に精通した人材を育成する国内体制を整えることが必要である。また、既存の感染症対策を担う施設(結核研究所、熱帯医学・国際保健関係の大学等)を、世界の感染症対策支援を担う人材育成及び確保の場として位置付け、強化することが必要である。さらに、今後求められるのは、感染症対策全体に対する政策レベルでの指導を行なうことが可能で、かつ、わが国ODAスキームに精通した人材である。このような人材を育成し、感染症対策の方針決定に深く関与させるべきである。このためには良い人材を養成し、その人材を政策レベルでの支援の現場に配置するための予算的措置が不可欠である。世界の貧困対策、人間の安全保障の視点に立った、わが国ODAの柱としての感染症対策支援を推進する上で最も重要な感染症分野の人材育成が急務である。
[戦略的アプローチ]
4. 感染症対策支援を戦略化するために疾患別の対策支援戦略を立てる
わが国ODAの基本には“要請主義”があるが、感染症対策支援を進める上では障壁となっている場合も少なくない。感染症対策支援を効果的に進めるには、地域によって異なる疾患の疫学的情報及び地域社会の特性を考慮し、科学的な根拠に基づいた(Evidence-based)戦略(対策方針)を立てることが不可欠である。このために、エイズ、結核、マラリア・寄生虫を中心とした感染症対策支援に関して疾患別の対策支援戦略をオールジャパンで立てるべきである。このために、エイズ、結核、マラリア・寄生虫を中心に感染症戦略を協議する仕組みが必要になる。こうした仕組みの下で、わが国全体の感染症対策支援への取り組みについて関係諸機関が緊密に調整するだけでなく、WHOをはじめとする国連機関及び国際保健・感染症対策に強い海外の大学等の外部専門家との連携を図り、援助方針の国別アプローチと重点課題別アプローチの有機的な連携を目指すべきである。
5. 感染症対策国家プログラム支援を行なう
国連の主導下で現在進められている、途上国の貧困削減を目指すMDGsには、感染症対策が含まれており(目標 6、ターゲット 9、 10)、一方、IDIの基本理念にも、貧困削減を目標とした、地域開発における感染症対策への取り組みの重要性が謳われている。このようにIDIの基本理念は国際的な援助潮流にも合致してはいるが、これまでのところ体系的な取り組みはほとんど実施されていないのが現状である。今後はMDGs等との協調を図る上でも、貧困対策としての包括的な地域開発プログラムの中で、感染症対策支援を位置付けることがわが国に求められている。例えば、エイズ対策プログラムは、感染症対策プログラムという枠を超えて、社会開発プログラムの一環に位置付けられている国も少なくない。そういう広い意味での「感染症対策国家プログラム」と捉え、その部分を支援することが重要である。
感染症対策、特に疾患別対策を例にとっても、過去には多くの援助国がプロジェクト方式(例えば、かつてのJICAプロジェクト技術協力)で有効な対策モデルつくりを試みた。その中には成功例も多いが、プロジェクトの終了後に対策が展開され、対象国内で対策が拡大できた例は少ない。プロジェクトとして成功モデルをいくら作っても、人材不足や財政難を抱える多くの途上国にとっては、対策を国の中で展開する力がないためである。近年、多くの効果的な疾患別感染症対策は国際的に標準化が進みつつあり、それに基づいて途上国の国家感染症対策プログラムが策定されている(結核対策やポリオ対策等)。過去には援助国による感染症対策モデルつくりが調整・連携せずに別々に行われたこともあったが、プロジェクト方式への反省から、近年多くの国では国家疾患別感染症対策プログラム支援(プログラム全体の一部を支援)に重点が移りつつある。科学的な疾病対策の方針及び方法に基づき立てられた国家疾病対策プログラムを、それぞれの援助国・機関が部分的に支援し(例えば国家結核対策に必要な薬剤の供与、モニタリングと監督の必要経費の拠出等の支援)、全体でプログラム目標(国家目標)を達成しようとしているのである。これに拍車をかけたのが、GFATMの創設である。GFATMは金額が大きく、また、各国のCCMがカギを握るため、今後、感染症分野でプログラム支援を進めるためにはCCMの関与が不可欠となる。わが国は独自のモデルつくりを通じた技術移転を実施することがあるが、相手国の感染症対策プログラムの進展状況を考慮して、場合によっては、国家プログラムの一部分をわが国のODAで支援することを明確に意思表示することも重要である。
今後、感染症対策支援をより効果的に進めるには、MDGs等の国際的な援助潮流との協調を具体的に図り、貧困対策としての包括的な地域開発プログラムの中で、感染症対策支援を位置付けることが必要である。
6. 感染症対策における人材を、日本人に限らず広く各国から登用する
途上国の感染症対策ないし世界規模の感染症対策に習熟した人材は日本国内では数に限界があり、一方、途上国には良い人材が多く存在する。これらの人材は言語能力、文化・習慣に対する適応力等の点で有利なことがあり、適切な活用を通じ大きな効果が期待できる場合もある。また、わが国のODAにより途上国の感染症対策の人材を活用し、別の途上国での感染症対策支援を行なえば、わが国ODAの国際性を大きく広報することにもなる。現在の運用上の制約を簡略化し、人を通じた南南協力を促進すべきである。この意味では第三国専門家の活用をより円滑かつ積極的に行うべきである。
7. イニシアティブに具体的な目標とモニタリングの方法を明記する
感染症対策支援には、疫学的な根拠に基づいた具体的かつ適切な目標、ないし期待される成果、及び適切な指標を通じたモニタリングと評価の方法を明らかにすることが要求される。本来、MDGs等の世界的目標やそのモニタリング・評価と協調することが望ましいが、将来、感染症対策のイニシアティブを立ち上げる際、かかる協調が困難な場合でも、支援総額と共に、到達目標(感染症のどの指標を、いつまでに、どれだけ改善するか等)を予め定め、また、それをどのようにモニタリングすべきか、現実的な指標を設定することが求められる。すなわち、イニシアティブの目標達成のための方針及び方法が明確に示されることが不可欠である。そのためにも上記の感染症対策に通じた人材の育成と活用が求められている。また、わが国の支援には人材育成分野に関わるものが多いが、この人材育成は指標で測りにくい。したがって、感染症分野の人材育成という重大な目標達成のためには、感染症対策支援の到達目標とは異なる指標を検討する必要があろう。