第1部 沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)の背景
―世界の感染症は今-
第3章 わが国の取り組み
1.感染症対策支援に関する政策
1.1 「人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブ:GII」
1990年代より、国際社会において地球規模の問題(地球環境、人口、エイズ、食糧、地域紛争、子供の健康、薬物の蔓延など)への早急な取り組みが求められ始めた。1993年7月の日米首脳会議で「地球的展望に立った協力のための共通課題(日米コモン・アジェンダ)」が発足、保健医療分野が取り組みの柱の1つとなった。それらを受けて、1994年2月の日米首脳会談にて1994年度から2000年度までの7年間でODA総額30億ドルを目途に人口・エイズ分野での援助を積極的に推進することを目的とした「人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブ(GII:Global
Issues Initiative on Population and AIDS)」を発表した。GIIは12の国(フィリピン、インドネシア、インド、パキスタン、バングラデシュ、タイ、ケニア、ガーナ、タンザニア、セネガル、エジプト、メキシコ)を重点国とし、その後、4カ国(ベトナム、ジンバブエ、ザンビア、カンボジア)が追加された。対象分野は、人口分野では(1)人口抑制・家族計画推進のための直接的協力として「母子・家族計画」、「家族計画教育・広報」、「人口統計」及び(2)保健・教育分野を通じ間接的に人口抑制につながる協力として「基礎的な保健医療」、「初等教育」、「女性を対象とした職業教育・女子教育を挙げており、エイズ分野では、「予防に関する啓発・教育」、「検査技術の移転」、「エイズに関する調査・研究への協力」を挙げており、人口・家族計画そのものへの直接的協力に加え、間接的に人口増加・エイズの抑制に資する協力を含めた包括的なアプローチをとっている。
GIIに関連する国際的な動向として、1994年9月に「国際人口開発会議」がカイロで開催され、本会議における行動計画においても包括的なアプローチが採用された。また、同年、横浜で第10回国際エイズ会議が開催され、日本国内においてエイズへの関心が高まる時期と重なっている。さらに、1995年に世界女性会議が北京で開催され、わが国は「途上国の女性支援(WID)イニシアティブ」を発表した。
GIIの実施に関しては、ソフト面への支援が求められる中、UNFPAと連携したマルチ・バイ協力が開始され、避妊具(薬)等の消耗品の供給が可能となった。また、NGOの役割の重要性に着目し、主要ドナー及び国際機関との連携のみならず、NGOとの連携が強化された。具体的には、プロジェクト形成調査へのわが国のNGOの参加、現地NGOとの対話の実現、日本政府とNGOの対話の場としての「GIIに関する外務省・NGO懇談会」の定期的な開催が挙げられる。
1.2 「国際寄生虫対策(橋本イニシアティブ)」
1997年6月のデンバー・サミットにおいて橋本首相(当時)は、G8に向け国際寄生虫対策構想(橋本イニシアティブ)を提唱、翌年5月のバーミンガム・サミットにおいて、その具体化策として、アジア(タイ)とアフリカ(ケニア及びガーナ)に「人造り」と「研究活動」のための拠点を作り、WHO及びG8諸国とも協力して、こうした拠点を中心とした国際的ネットワークを構築し、寄生虫対策の人材育成と情報交換を推進することを提案した。2001年より、3カ国を中心として周辺諸国に対する寄生虫対策のワークショップ(第三国研修)を実施している。
本イニシアティブは、わが国の積極的な働きかけにより支援が開始されており、相手国からの要請を待っているだけという受身の援助ではないという特徴がある。感染症対策のように地球規模への課題に関しては、ドナー側から被援助国に積極的に働きかけるという姿勢が不可欠であり、それを実践したイニシアティブである。
1.3 「沖縄感染症対策イニシアティブ:IDI」
GIIは、当初目標としていた30億ドルの協力を大きく上回る50億ドルの実績を挙げた。しかし、人口・エイズ問題が全て解決されたわけではなく、また、1990年代後半にかけては、国際社会において感染症対策への取り組みの必要性が叫ばれるようになり、わが国は、GIIの後継として、2000年7月の九州・沖縄サミットにおいて、感染症対策への取り組みを「沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)」として発表、今後5年間で30億ドルを目途とする協力を行なう旨を表明した。
IDIは、(1)感染症対策は開発の中心課題、(2)地球規模の連携と地域の特性に沿った対応の必要性、(3)公衆衛生活動と連携させた日本の経験の活用、を基本理念とし、わが国が支援する主な疾患としては「HIV/AIDS」、「結核」、「マラリア・寄生虫」、「ポリオ」を取り上げている。また、「橋本イニシアティブ」もIDIの取り組みとして包含されることとなった。個別の感染症対策支援とともに、公衆衛生の増進、研究ネットワークの構築、初等・中等教育、水供給等の分野での協力を強化することとしている。
九州・沖縄サミットの議長宣言に感染症対策支援の重要性が大きく示されたこと、わが国独自のイニシアティブとしてIDIを発表したことに続き、わが国は、感染症対策支援に関する国際的な取り組みへのアプローチとしては、2001年6月の国連エイズ特別総会において議論された世界エイズ保健基金の迅速な設立を支持し、同月の日米首脳会談において、世界保健基金への2億ドル拠出する意図を表明した。同年7月のジェノバ・サミットにおける世界基金設立の合意などを経て、2002年にGFATMが設立された。また、2001年の日・ASEAN首脳会議において、小泉首相は「日・ASEAN感染症情報・人材ネットワーク」構想(後述)を発表している。
さらに、わが国は、2000年にIPPF内に「HIV/AIDS日本信託基金」を設置し、人口・リプロダクティブ・ヘルスを通じたHIV/AIDS対策の支援を強化し、2001年より無償資金協力のスキームに、感染症対策に直接資する協力を重点的に実施することを目的とした「感染症対策無償」を新設した。また、GIIにおける「日米コモン・アジェンダ」の流れを引き継ぎ、2002年に「日米保健パートナーシップ」を発表し、合同調査団の派遣や協調案件の実施などを行っている。
1.4 「ASEAN感染症情報・人材ネットワーク」
わが国は、2001年11月にブルネイにて開催されたASEAN+3首脳会議の際に行われた日・ASEAN首脳会議において「ASEAN感染症情報・人材ネットワーク」構想を発表した。ASEAN地域におけるHIV/AIDS、結核、マラリアを中心とする感染症対策に携わる人材の育成・能力開発、わが国が支援してきた保健施設を拠点としたASEAN域内の人的ネットワークの構築、ネットワークを活用した南南協力の推進を目的としている。具体的には、フィリピンの結核センターを拠点とした第三国研修やワークショップの開催、タイを中心としたマラリアを含む寄生虫対策に関する人材データベースをはじめとする情報ネットワークの構築などが行われている。
2.国際機関を通じた支援
2.1 人間の安全保障基金
1994年に「人間の安全保障」という考え方がUNDPにより表明されて以降、国際社会における人間の安全保障に対する認識が高まっている。感染症も人間の安全保障を脅かす脅威の一つとされ、感染症対策支援もその取り組みの一つと位置付けられている。わが国は、「人間の安全保障」への取り組みとして、国連システム内の機関の活動を支援することを目的として1999年に「人間の安全保障基金」を設立した。支援分野には、貧困対策、難民・国内避難民支援、麻薬対策、越境犯罪等とともに保健医療対策(母子保健、感染症対策、公衆衛生改善)等が挙げられている。わが国は、2002年までに同基金に対し約229億円を拠出している。
また、2001年1月、緒方貞子(独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長、前国連難民高等弁務官)とアマルティア・セン(ケンブリッジ大学トリニティカレッジ学長)を共同議長とし、両名を含む計12名の世界的有識者をメンバーとする「人間の安全保障委員会」の設立が発表された。同委員会は、人間の安全保障の考え方を深めるとともに、国際社会にとって具体的な行動の指針となるような提言を行なうことを目的としており、2003年2月にその報告書が発表された。本報告書において国際社会がとるべく方策として、保健医療分野では、(1)万人が基礎保健を受けることを優先し、そのために予防可能な病気を防ぎ、コミュニティに根ざした保健システムの構築に重点を置くべきこと、(2)製薬特許の問題を解決することが示されている。
2.2 IPPF「HIV/AIDS日本信託基金」
わが国は、IDIの発表後、その精神に基づき、2000年人口・リプロダクティブ・ヘルス分野で最大の国際NGOであるIPPF内に新設されたHIV/AIDS日本信託基金に対して100万ドルを単独拠出した。この基金は草の根レベルでのHIV/AIDS予防、性感染症対策といったHIV/AIDSに関するIPPF活動を支援するために活用されており、2001年度以降も拠出を継続している。
同基金は、(1)コンドーム普及によるエイズ感染防止、(2)HIV/AIDS及び性感染症対策の啓発活動支援、(3)家族計画協会のスタッフに対するトレーニング、(4)HIV/AIDS対策の分野で活動する現地NGOとのパートナーシップ促進、等を行なうIPPF傘下の各国における家族計画協会の支援に用いられる。
具体的には、レソトにおける女性へのコンドーム啓蒙、中国の地方における若者へのエイズ教育、インドにおけるトラック運転手及び薬物使用者の性感染症、HIV/AIDSのコントロール及びカウンセリング、アフリカ地域事務所による各国の家族計画協会スタッフのトレーニング等が実施されている。
2.3 国際機関等への支援(拠出金)
わが国は保健医療分野への対策を実施している国際機関(WHO、UNICEF、UNAIDS、UNFPA)やIPPF等に運営及び事業実施に係る資金を拠出している。
表1-1 わが国の国際機関への拠出額及び拠出割合
|
拠出額(2002年) |
拠出割合 |
順位 |
一位の国(拠出割合) |
WHO |
約1,000万ドル |
3.3%(注2) |
‐ |
米国(26.5%) |
UNICEF |
約2,400万ドル |
6.4% |
6位 |
米国(32.8%) |
UNAIDS |
約500万ドル |
7.3%(注1) |
5位 |
オランダ(22.8%) |
UNFPA |
約4,000万ドル |
15.2%(注1) |
2位 |
オランダ(21.1%) |
IPPF |
約1,500万ドル |
18.8%(注1) |
1位 |
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(注1) |
2001年の割合 |
(注2) |
WHOに関しては、分担金の比率が19.35%であり、世界第2位である。また、上記とは別に「国際下痢性疾病研究センター(ICDDR,B)」に約50万ドル(2002年)を拠出している。 |
2.4 マルチ・バイ協力
WHOは1974年に予防接種拡大計画(EPI)を決議し、世界中の全ての子供がジフテリア、百日咳、破傷風、麻疹、ポリオ、結核の6大疾患の予防接種が受けられるように推進する活動を開始した。感染症は国境に関係なく拡がり、一国のみでは解決できないことが多く、地球規模の問題として、国際社会が連携・協調しその対策に努力することが求められる様になってきた。
また、WHOは、1988年の第41回WHO総会において「2000年までにポリオを地球上から根絶する」ことを宣言し、EPI及びワクチンの「全国一斉投与(NID)」の実施に際し、国際的支援がドナー協調の下で進められることが不可欠となった。
しかし、当時、一部の緊急な場合を除き、ワクチン、医薬品、注射器などの「消耗品」を被援助国に供与することは、わが国のODAで対応することは出来なかったため、WHOとの連携の下でEPIを支援していたUNICEFに対し、コアファンド
27への拠出を行っていた。コアファンドへの拠出はイヤーマークされたものではないため、わが国の支援がEPIに貢献しているかを明確にすることは困難であったことを背景として、EPIの支援に際し、国際機関を通じた多国間(マルチ)の援助とわが国の2国間(バイ)援助の相互補完と連携を図ることが可能なマルチ・バイ協力のスキームが1989年より実施されることとなった。具体的には、UNICEFを通じて、相手国にワクチン、予防接種に必要な資機材、コールドチェーン機材が供与されている。
UNICEFとのマルチ・バイ協力はその後も拡大しており、93年より「ポリオ根絶」、98年より「母と子供のための健康対策」、98年より「特定感染症」に関する協力が開始された。実施総額は2001年までに約100億円に達している。
また、1994年9月カイロにて開催された「国際人口開発会議」において、人口問題に対するアプローチとしてリプロダクティブ・ヘルス/ライツが中心となったことから避妊具(薬)などの消耗品の供給へのニーズが高まり、1995年よりUNFPAとのマルチ・バイ協力「人口・家族計画特別機材供与」が開始された。実施総額は2001年までに約15億円に達している。
3.疾患別援助実績
本項では、IDIで主に支援する感染症対策で挙げた4疾患について2000年度~2001年度を中心に実績を概観し、またIDIの方針別に支援概要を示す。
3.1 HIV/AIDS対策
3.1.1 主な活動
世界的に見ると、エイズ対策には未だに確実に有効な手立てが存在しないのが現状と言って良いが、国家エイズ対策プログラムの策定、予防面では一般的なエイズの啓発教育の時代を経て、より焦点を絞った(ハイリスク行動、ないしそれを行なう集団に対する)アプローチ、さらに、治療面としてはARVを用いた治療とケアの普及へと、対策の焦点は過去20年の間に変化している。わが国はこの流れを意識しつつも、国内の人材の問題等も絡み、わが国による支援内容がこうした国際的な変化と十分歩調を合わせてきたとは言い難い。わが国が得意とする分野は、NGOを積極的に使ったハイリスク行動に対する活動や感染者へのケア等の直接HIV感染の拡大と既感染者に対する介入と言うよりも、エイズの検査部門(特に安全な輸血)や研究関連活動といった周辺的な支援と言って良いが、国際機関や国際的な基金への拠出等を通じて、徐々にではあるが本来期待される支援が行われつつある。
IDIにおける支援実績をみると、2000-2001年度の「エイズ」分野の実績額は、212億7,502万円で、2000年度の97億8,838.6万円から2001年度の114億8,663.4万円と増加している。その間の援助形態別の主な実績は以下のとおりである。
無償資金協力は、一般無償が2000年度のベトナムのエイズ防止計画(3.8億円)及びインドネシア家族計画プログラム(3.7億円)の2件で7.5億円、草の根無償は61件、総額3.6億円で、啓発普及(複数国)、患者の治療や地域ケア(アフリカ各国、ハイチ、タイなど)、麻薬使用者へのプログラム、青少年へのプログラム、VCTセンター設立、診療活動など多彩な援助活動が行われてきた。NGO事業補助金はHlV/AlDS基礎教育・保健教育、セミナー等7件で7,400万円の実績がある。
技術協力を見ると、研修員受け入れ数は401人で、検査関係が半数近くの198名、カウンセリングが30名、HIV/ATL対策セミナー16名、HIV/AIDS対策モデル研修12名などとなっている。専門家派遣数は15人(長期1名、短期14名)、単発専門家ではウイルス学及び検査関係が7名と多く、カウンセリングは1名で、機材供与は69件で13.2億円であった。プロジェクト方式技術協力(技術協力プロジェクト)は29件で、基礎研究分野の一部としてHIV/AIDSを含む案件(ケニア、ガーナ、フィリピン等)、エイズ対策と結核対策とを併せた案件(ザンビア)、エイズ対策プロジェクト(フィリピン)、エイズ予防地域ケア・ネットワーク・プロジェクト(タイ)のほか、ガーナの野口医学研究所、ケニアのKEMRI、タイのNIHなど感染症研究を中心とする研究プロジェクトが含まれる。青年海外協力隊(JOCV)の派遣数は9人で、エイズ対策を専門の活動としている隊員のほか、サブサハラ・アフリカでは、村落開発や青少年活動の分野で派遣され間接的にエイズ対策に関与している隊員もいる。開発支援福祉事業は、ザンビアのハイリスクグループ啓発活動、北部タイのコミュニティ組織エイズ予防とケア、ケニアの輸血血液供給計画調査等の13件で1.4億円の実績がある。
有償資金協力は、2000年度にスリランカの血液供給システム改善計画1件、15.1億円の実績がある。また、2001年度から、カンボジア、ベトナム、ラオスにおいて円借款事業に係る労働者を対象とするHIV・性感染症対策が実施されている。
国際機関等への拠出は、IPPFの信託基金・コア支出が7.4億円、エイズ分野における人間の安全保障基金への拠出は、マーシャル諸島のSTI/HIV/AIDS対策計画、アジア、アフリカ、中南米・カリブ地域におけるHIV/AIDSに関連するジェンダー平等を通じた人間の安全保障の促進、トレーニング及びネットワーク構築を通じてのHIV感染者・AIDS患者の社会参加増進計画等11件で、総額5.5億円となる。UNAIDSへの拠出は15.3億円で、UNFPAへの拠出金のうち約68.9億円がエイズを含むリプロダクティブ・ヘルス分野に該当する。世界銀行の開発政策・人材育成基金からアフリカを中心に17案件に8.7億円、世界銀行の日本社会開発基金からカンボジアのHIV/AIDS保健改革におけるNGOの参画強化、中央アフリカのコミュニティにおけるHIV/AIDS対策強化の2案件に1.1億円、アジア開発銀行の日本特別基金からカンボジアのHIV/AIDS予防及び対策のためのキャパシティ・ビルディング案件に6,300万円、アジア開発銀行の貧困削減特別基金からカンボジア、ラオス、ベトナムのHIV/AIDS予防のためのコミュニティ・アクション案件に8.6億円が拠出された。なお、GFATMに対して2001年に11.8億円、2002年に53億円の拠出を行っており、そのうちエイズ分野は、同基金の疾患別支出割合(HIV/AIDSが84.6%)から推定すると2001年に10億円、2002年に44.8億円の拠出となる。
3.1.2 相手国オーナーシップ強化
現地NGOと連携協力を行なう事業においては、現地の青年層やVCTに関わる現地保健指導員等による自立した性感染症対策が確立することを目指しているものが多い。ケニアやガーナにおける感染症基礎研究分野における技術協力では、人件費、研究費と共に機材の維持費を含めた相手国による予算の配分が必要であり、長期的な予算の確保が課題とされている。
3.1.3 人材育成
現地における人材育成は、わが国の保健分野における支援活動の核であり、HIV/AIDS対策分野においても、HIV及び性感染症予防の啓発活動の中心となる現地青年層リーダーの育成、VCTに関わる現地保健指導員・臨床検査技師・カウンセラー等の育成、HIV/AIDSの診断及び治療に関わる医師・保健師・助産師等の育成、PLWHAの組織化と彼らによるHIV感染予防啓発活動の推進等が自立して実施されるようになるための積極的な人材育成を行っている。事例としては、わが国及びインドシナ地域の関係者を対象にして、2000年以降ベトナムのホーチンミン市で開催されているFASIDによるHIV/AIDS問題解決のためのプロジェクト・マネジメントに関する研修や、アジア開発銀行日本特別基金によるカンボジアを対象としたキャパシティ・ビルディング支援、結核研究所で行っているアジア地域エイズ専門家研修(5週間、1995年から実施、海外研修生が主だが日本人参加者はこれまで7名)、(社)国際厚生事業団(JICWELS)が行っている国際協力派遣専門家研修(4週間)、国立感染症研究所で行っているHIV-PCR技術研修(3日間、1989年から実施、これまでの日本人参加者200名)などが挙げられる。
3.1.4 国際機関、NGOとの連携
他の国の機関との協力としては、わが国は、1994年に発表された日米コモン・アジェンダで人口・エイズ分野における対策を積極的に支援する方針を打ち出している。これに呼応して、幾つかの日米合同プロジェクト形成調査が実施され(ザンビア、バングラデシュ、カンボジア、タンザニア、ナイジェリア、ネパール等)、また、保健分野における日米パートナーシップが2002年に締結されており、その主な分野はHIV/AIDSである。また、有償資金協力では、カンボジアの円借款事業におけるHIV・性感染症対策調査において、当該分野の活動実績のあるローカルNGOと連携して調査を行っている。
上述したように、わが国は、現地NGOと連携協力してHIV感染予防と診断及び治療の改善が成されるように事業を推進しているものが多い。また、他の国際援助機関が資金援助しているNGOとの連携(ザンビア、ジンバブエ、カンボジア等)も積極的に実施している。ザンビアにおいては、エイズ及び結核対策プロジェクトが実施されており、同国のHIV/AIDSワーキンググループにおいて他の国際援助機関と連携協力を行なうことにより、全国で効率的なHIV感染対策が実施されることを目指している。
3.1.5 南南協力
HIV/AIDS対策分野における南南協力は、ザンビアのエイズ及び結核対策プロジェクトにおいて、同国のVCTを中心とするHIV対策を第三国研修の柱として周辺諸国を対象として実施することが検討されている。また、同国のワールド・ビジョン・ザンビアに業務委託して実施しているHIVハイリスクグループ啓発活動においては、年次レビューや終了時評価等に第三国専門家を活用している。2000年にわが国が新設したIPPF「HIV/AIDS日本信託基金」の具体的プログラムの1つとして、2001年度にバンコクにて開催されたHIV/AIDSに関わる啓発トレーニング・プログラムも、タイのHIV/AIDS対策の経験やノウ・ハウをアフリカ及びアジアの家族計画協会の関係者に移転するという南南協力の視点を取り入れたものである。
3.1.6 相手国における研究活動促進
ザンビアのエイズ及び結核対策プロジェクトでは、HIV/AIDSに関する諸調査を研究対象として実施すると共に、現地の保健医療関係職員の通常業務に裨益するように、その研究結果をフィードバックするようにしている。これにより、研究事業が研究論文として発表されるのみだけではなく、明らかとなった研究結果が現地保健医療サービスの改善に直接応用出来るシステムを構築することを目指している。ガーナ及びケニアにおける研究協力プロジェクトにおいては、HIV/AIDSに関する基礎研究が寄生虫等他の感染症分野と共に実施されている。
3.1.7 PHCレベルにおける公衆衛生の推進
わが国のHIV/AIDS分野における支援は、地方の保健センターにおけるHIVその他の感染症の診断及び治療が確実に実施されることを目指している。また、HIV感染の危険がより高い青年層がアクセスしやすい保健医療サービスの提供が出来るように、地方の保健センターにおけるVCT整備を中心としており、いずれも保健センターレベルにおける保健医療サービスの改善を促進している。
3.2 結核対策
3.2.1 主な活動
途上国の結核対策に対する支援は、わが国の得意とする分野であり、例えば1960年代に始まった結核研究所における結核国際研修(OTCA、後にJICA後援による)は人材育成に大きく貢献している。技術協力としてはネパール、イエメン、フィリピン、カンボジア等の国々においてプロジェクトが以前から実施されてきており、これは需要とも関係し、IDIの下でさらにミャンマー、パキスタン、アフガニスタンへと拡大されつつある。これらの国々では、無償資金協力との連携により結核センターまたは検査センター建設と技術協力プロジェクト、専門家派遣と薬剤の供与といった、援助スキーム間の連携が効果的になされてきたものも多い。
IDIにおける支援実績をみると、2000-2001年度の「結核」分野の実績額は29.1億円で、2000年度は20.1億円、2001年度が9億円となっている。その間の援助形態別の主な実績は以下のとおりである。
無償資金協力は、一般無償が中国の貧困地域結核抑制計画、フィリピンの国立結核研究所設立計画、イエメンの南部イエメン結核対策拡充計画の3件で13億円、草の根無償は13件(うち結核病棟あるいは研究所関係が9件、薬の供与が2件)で総額8,500万円である。フィリピン、イエメンなどの施設は、各国の結核対策強化と結核菌検査の精度管理の中心施設としての役割を担うと共に、技術協力プロジェクトの強化に重要な役割を担っている。例えば、イエメンの国家結核センターには、保健省の結核担当部局が配置されており、国としての結核対策の方策検討や結核に関連する全国の職員を対象とした研修が実施されている(2000年以前のカンボジア、ネパールも同様)。また、1994年にプロジェクト基盤整備事業によってフィリピンのセブ市に建設されたセブ結核リファレンス・ラボラトリーは、同国で最初の結核菌検査リファレンス・ラボラトリーであり、同国内の結核菌塗抹検査に関する精度管理確立のための人材育成に大変重要な役割を担ってきている。さらに、同リファレンス・ラボラトリーで得られた成果は、2002年に無償資金協力によって建設された全国結核リファレンス・ラボラトリーが中心となって推進する全国の結核菌塗抹検査に関する精度管理体制のひな形となった。NGO事業補助金は東チモール結核病棟の設立の1件(110万円)であった。
技術協力をみると、研修員受け入れ数は195人で、その内訳は、結核対策が179名、検査が15名、その他1名であった。人材の育成については、結核研究所がJICA(OTCAを含む)/WHOとともに1963年以来、各国の結核対策に従事する人材を育成するコースを開催してきた。コースの主眼は、初期は、病理、臨床にあったが、1970年代以降国の結核対策に焦点を置いている。また、各国の結核対策を支援する人材については、結核研究所のコースに日本人が1-3名参加している。専門家派遣(単発)は4人(結核対策3人、検査1人)、機材供与はマダガスカルの感染症対策特別機材(EPI)(結核ワクチン)、フィリピン、カンボジア、イエメンの結核対策の6件で1.3億円である。プロジェクト方式技術協力は、いずれも結核対策プロジェクトであり、ほとんど被援助国の結核対策の一翼を担う活動であるといえる。結核対策プロジェクトを行ってきた国としては、ソロモン、ネパール、イエメン、フィリピン、カンボジア等の国々であり、さらに、近年ガーナ、ザンビア、アフガニスタン及びパキスタンが加えられ、インドネシアに対しても技術協力が検討されている。1970年代から80年代にかけては、現在のDOTSのような確固とした結核対策に関する方策は確立しておらず、プロジェクト方式技術協力においても、その具体的な方策を模索しながらの実施であった。1990年代に入り、DOTSが世界の結核対策標準として確立する状況下で、技術協力プロジェクトにおいては、即座にDOTSを中心とした結核対策に対する技術協力を実施してきている。1990年代後半以降は、主に各援助国におけるDOTSを中心とした結核対策の普及と、結核菌検査を含む結核対策全般の精度管理維持に対する支援を行っている。JOCVは、マラウイを中心に薬剤師、検査技師、保健師の11人が派遣された。開発支援福祉事業はフィリピンの貧困層結核患者救済1件(750万円)であった。
国際機関等への拠出としては、世界銀行開発政策・人材育成基金から中国の結核対策案件に6,500万円が拠出された。なお、GFATMに対する2001年度の11.8億円、2002年度の53億円の拠出のうち、結核分野に対しては、同基金の疾患別支出割合(結核が9.2%)から推定すると、2001年度に1.1億円、2002年度に4.9億円の拠出となる。
結核対策における国際協力の特徴としては、結核研究所がJICA及び外務省からの委託要請に基づき、国際研修の実施はもとより、技術協力プロジェクトへの人材派遣、結核分野における無償資金協力への技術的助言等、多方面に渡って協力を実施してきていることが挙げられる。
3.2.2 相手国におけるオーナーシップ強化
わが国の結核対策支援において相手国側のオーナーシップを強化する方策としては、原則として、抗結核薬等の消費材の供給、カウンターパートの配置とその給与支払い、供与機材の維持等を相手国側の責任とすることに加え、間接的ではあるが、結核対策国際研修やプロジェクト方式技術協力による相手国側の人材育成が実施されている。
3.2.3 人材育成
わが国は、結核国際研修を40年以上に渡って継続して実施し、1600名以上の研修生を輩出してきた世界で唯一の国である。1967年以降の国際研修はWHOと協賛して実施しており、その内容に関しては、世界の流れを即座に反映させるために海外の著名な結核研究者や海外における結核対策経験者が講義の一部分を受け持っている。また、結核対策における喀痰塗抹検査をはじめとする細菌学的検査の重要性を早くから認識して、1979年から結核菌細菌コースを開設しており、現在も継続して実施している。わが国で結核対策国際研修を受けた人材は、世界の国々で結核対策に直接又は間接に関与した仕事をしており、「JICA国際結核研修同窓生」として、わが国の結核分野におけるプロジェクト方式技術協力や無償資金協力に対して積極的な対応をしている。
3.2.4 国際機関・NGOとの連携
わが国は、上述したストップ結核パートナーシップ(Stop TB Partnership)の一員として、WHO本部とWHO西太平洋地域事務局、東地中海地域事務局における会合に参加して、WHO及び各国の開発援助機関と積極的に連携・協力を行っている。GFATMに対しては資金提供のみならず、支援国選定過程における技術協力も実施している。同様に、世界抗結核薬基金(GDF)に関しても、その設立当初から、運営に関する具体的な技術協力を行ってきている。結核分野における他の国際機関との連携は、わが国が同分野で支援している各地域及び各国においても幅広く実施されている。フィリピン、ネパール、カンボジア、パキスタン、ザンビア、中国等において、結核対策関係機関調整会議(Inter-agency Coordinating Committee:ICC)が各国保健省及びWHOを中心に開催されており、具体的にDOTSに関する研修費用の分担、抗結核薬の供給、全国結核対策評価の実施、第三国研修の実施、HIV合併結核対策の実施等に関して、各地域及び各国における国際機関の連携・協力を行っている。
わが国の結核対策分野における国際協力では、国家結核対策への技術支援が主となっており、現地NGOとの連携・協力は幅広く実施されてはおらず、小規模かつ短期的な連携が主なものである。例えば、開発福祉事業の枠組みで、フィリピン結核予防協会に対して抗結核薬の供給とDOTSの研修とに関する費用の支援を1999年から2年間実施し、フィリピンにおける抗結核薬不足の緊急事態に対して支援している。またイエメンでは、現地で結核対策活動も実施しているドイツ救らい協会(German Leprosy Relief Association)と情報交換を行なうことによって連携を計っている。
3.2.5 南南協力
結核対策分野における南南協力としては、2003年にフィリピンで実施された結核菌塗抹検査に関する第三国研修(日本・ASEAN感染症情報・人材ネットワーク構想の一環)が実施されている。また、2003年以降、フィリピンのセブ結核リファレンス・ラボラトリーのスタッフを日本における国際結核研修の講師として招聘している。これは、相手国からの人材活用の一環として実施されている。
3.2.6 研究活動促進
結核対策分野で相手国側の研究活動を促進することを目的とした協力は、オペレーショナル・リサーチを中心に小規模に実施されている。フィリピンの結核対策の質的向上プロジェクトでは、全国結核菌薬剤耐性調査や民間医療機関を結核対策プログラムに組み込むための方策等に関するオペレーショナル・リサーチ実施に対する支援活動を行っている。結核の現状に関する基礎資料を入手することを主な目的とした研究・調査活動としては、結核菌薬剤耐性調査や結核有病率調査等を中心に実施されている(フィリピン、カンボジア、イエメン等)。
3.2.7 PHCレベルでの公衆衛生の推進
相手国において、DOTSを柱とする結核対策の確立を支援することを主目的として実施されている協力は、現存する保健医療機構の強化を行ない、特に保健所と保健所支所レベルにおける結核の診断と外来治療とを中心とした結核患者管理の改善を柱として実施されている。保健所及びその支所レベルの職員を対象とした研修、保健所(塗抹検査センター)への顕微鏡供与と塗抹検査精度管理センター確立のための支援、保健所レベルにおける結核対策活動に対する上位レベルの職員による巡回指導強化等の結核対策国際協力は、各国の末端レベルにおける保健医療システムの強化を推進するものである。
3.3 マラリア及び寄生虫対策
3.3.1 主な活動
わが国は、1997年に出された橋本イニシアティブを受けて、政府内に「国際寄生虫対策検討会」を設置し、マラリアを含む寄生虫対策分野において、わが国の経験を生かして積極的に支援していく方針を打ち出した。わが国のマラリア及び寄生虫対策支援は、ロールバック・マラリアの方針に沿うと共に、橋本イニシアティブで強調されているわが国の過去の経験を生かしての寄生虫対策という要素を組み入れつつ、無償資金協力による資機材の調達、プロジェクト方式や個別専門家派遣等による技術協力が実施されている。また、わが国は、寄生虫対策の人材養成とネットワークの構築を目指して、タイ、ケニア、ガーナを、それぞれ東南アジア、東南アフリカ及び西アフリカの各地域におけるその拠点国に選定している。これに関連して、1998年以降毎年、東南アジア及びアフリカ地域の諸国を対象とする国際寄生虫対策ワークショップを開催している。
IDIにおける支援実績をみると、2000-2001年度の「マラリア・寄生虫」分野の実績額は、39億4,117.4億円で、2000年度は22.7億円、2001年度が16.7億円となっている。その間の援助形態別の主な実績は以下のとおりである。
無償資金協力は、一般無償がアフリカ諸国を中心に、母子保健強化・マラリア対策計画等マラリア案件が4件、アフリカにおけるギニアウォーム撲滅対策飲料水供給計画の寄生虫案件が2件の計6件で21.8億円、緊急無償はナイジェリアの洪水災害(医薬品の供与)の1件で1,500万円、草の根無償はマラリア案件が7件、寄生虫案件が全てギニアウォーム案件で5件の計12件で8,300万円となっている。
技術協力をみると、研修員の受け入れ数は、寄生虫疾患対策プロジェクトと周辺諸国の寄生虫対策関係者を対象とする寄生虫対策研修(第三国研修)、タンザニアにおけるマラリア蚊の防除を柱とするプロジェクトとマラリア診断技術向上のための国内研修(第二国研修)等の計286人である。専門家(単発)は、フィリピン、ラオス、タンザニアにマラリア対策で9人、グアテマラ及びメキシコにシャーガス病対策で7人、ガーナに寄生虫対策等で3人の計19人が派遣され、機材供与は、ミャンマーの母と子供のための健康対策特別機材(マラリア治療薬含む)、フィリピンのマラリア・動媒介性疾患センター、大洋州のフィラリアの感染症対策特別機材、タイの国際寄生虫対策アジア・センター・プロジェクト、グアテマラのシャーガス病対策プロジェクト関係等の計8件で1.6億円であった。プロジェクト方式技術協力は、学校保健を中心としたタイの国際寄生虫対策アジアセンター、研究支援を柱としたケニアの寄生虫対策、マラリアと住血吸虫症対策を柱とするジンバブエの感染症対策がある。JOCVは、保健師、臨床検査技師、看護師、村落開発普及員等として様々な地域へ96人が派遣された。開発支援福祉事業は、インドネシアの児童の健康改善プロジェクト(マラリア案件、140万円)、開発パートナー支援事業はパプアニューギニアのマラリア防圧に関わる総合研究協力、インドネシアのマラリアコントロール対策の2件で2.8億円となっている。
有償資金協力は、フィリピンのカトゥビック農業総合計画における住血吸虫対策の調査1件となっている。GFATMに対する2001年度の11.8億円、2002年度の53億円の拠出のうち、マラリア分野に対しては、同基金の疾患別支出割合(マラリアが6.2%)から推定すると、2001年度に7,300万円、2002年度に3.3億円の拠出となる。
3.3.2 相手国オーナーシップ強化
技術協力プロジェクトや第三国研修においても、わが国の技術協力が相手国側の自主的かつ継続的な活動になることが主眼とされている。例えば、タイ国際寄生虫対策アジア・センター・プロジェクトでは、プロジェクト終了後にも第三国研修を中心とする周辺諸国に対する人材育成をタイが自主的に継続実施していくように、相手国側の人材育成を行っている。一方、無償資金協力によって供与された機材の運営及び維持管理を実施するための予算及び人材の適切な配分と配置は、多くの支援対象国でその確立が問題点の一つとして指摘されている。例えば、ガーナの野口記念医学研究所感染症対策プロジェクトに関連して、光熱費を除いた同研究所運営予算(ガーナ側予算)全体の内約8割が人件費に充てられており、実際に研究に割かれる予算は非常に限られていると報告されている。また、現在保健分野における地方分権化が推進されている諸国においては(フィリピン等)、中央政府と地方政府間での対策のオーナーシップの帰属が整理されていない場合も多く、今後は適正な投入の介入点に関する配慮も求められている。
3.3.3 人材育成
相手国における人材育成は、わが国のマラリア及び寄生虫対策における支援事業の柱の一つであり、1998年以降毎年開催されている国際寄生虫ワークショップはわが国の本分野における核になる事業である。また、本分野の技術協力プロジェクトにおいても、それぞれの活動の中で、現地の人材育成を目的とした研修が積極的に実施されている。例えば、タイにおける国際寄生虫対策アジア・センター・プロジェクトでは、タイが東南アジアの寄生虫対策に関して技術支援する核となるための研修(第三国研修)を実施しているし、ケニアの感染症及び寄生虫症研究対策プロジェクトでも周辺諸国に対して同様の研修を実施している。また、ガーナにおいても小規模ながら寄生虫検査に関する中堅技術者研修を実施している。
3.3.4 国際機関・NGOとの連携
上記国際寄生虫ワークショップでは、WHO、世界銀行、UNICEF等の関係諸機関が参加して意見交換を行っている。ザンビアに対するマラリア機材に関する無償資金協力は、USAID及びUNICEFがマラリア対策の技術協力を実施している地域に対して、その技術協力を支援する形で実施されている。本資金協力はUSAIDとの連携の下、USAIDが資金提供している現地NGOと連携協力して実施されている。
3.3.5 南南協力
寄生虫対策分野における南南協力として、タイ、ケニア及びガーナにおいて各周辺諸国を対象とした第三国研修を実施している。また、上記国際寄生虫ワークショップの第1回目及び第2回目を、第三国研修としてガーナにおいて実施している。これらは、タイ、ガーナ及びケニアを寄生虫対策に関しての周辺地域における人材育成と研究活動及び人材ネットワーク構築の中心拠点とする、わが国の方針の一環として実施されているものである。
3.3.6 研究活動促進
マラリア及び寄生虫対策分野において、相手側の研究活動を促進する事を主眼とした支援活動としては、ケニア感染症及び寄生虫症研究対策プロジェクトとガーナ野口記念医学研究所感染症対策プロジェクトにおいて、住血吸虫症症を含めた感染症を対象とする基礎研究が実施されている。ジンバブエでは、マラリアに関する実態調査として、マラリア薬剤耐性調査やマラリア対策に関する住民の意識調査や、住血吸虫症症に関する基礎調査等が実施されている。フィリピンでは、無償供与機材を用い、マラリア対策に関するモニタリング機能を備えた検査室を設立し、疫学解析、GIS(地理情報システム=Geographic Information Systems)等の実際のオペレーションに必要な各種研究活動を実施している。
3.3.7 PHCレベルでの公衆衛生推進
寄生虫対策分野においては、学校保健を介しての疾病予防対策が柱の一つであり、教育関係者との連携を通して現地の保健水準の改善を促進している。マラリア対策においては、殺虫剤処理蚊帳、顕微鏡、抗マラリア薬等が、保健所レベルや地域の薬局レベルに行き渡る状況が構築されることにより、現地の末端における保健医療サービスを強化している。
3.4 ポリオ対策
3.4.1 主な活動
わが国では、IDIに掲げてある西太平洋地域のポリオ野生株根絶確認と、南アジア及びアフリカ地域におけるポリオ根絶に向けた協力強化という政策に沿って活動が行われている。基本的には、WHOによるポリオ撲滅戦略である、(1)定期のポリオ予防接種率の向上、(2)5歳未満児を対象とするワクチン全国一斉投与等の補助的予防接種活動の強化、(3)15才未満の小児における急性弛緩性麻痺(AFP)サーベイランス強化、(4)ポリオ感染が限定された地域に発生している場合のその地域の予防接種という戦略に沿って実施されている。
IDIにおける支援実績をみると、2000-2001年度の「ポリオ」分野の実績額は、123億7,200.8万円で、2000年度の54億389.4万円から2001年度の69億6,811.4万円と増加している。その間の援助形態別の主な実績は以下のとおりである。
無償資金協力は、インド、パキスタン、バングラデシュ、エチオピア、ガーナ、コンゴ民主共和国、ナイジェリア、ブルキナファソ、スーダンの各国におけるポリオ撲滅計画に対して総額98億円の一般無償が供与された。一般無償は全てUNICEF経由のマルチ・バイ協力で、ワクチン及び予防接種関連機材の調達を支援してきた。例えば、ラオスにおいては、1989年以降、定期接種に必要なワクチン及び予防接種関連機材(計274万2000ドル)が調達され、UNICEFのポリオワクチン全国一斉投与 (NIDs)へのわが国の援助は大きな比率を占めている。草の根無償はアンゴラ・コア・グループ・ポリオ・パートナーズ計画(1,000万円)、NGO事業補助金は、ネパールのポリオ予防接種(740万円)だけであった。
技術協力をみると、研修員受け入れが18人(うち12名が検査関係)、専門家派遣がバングラデシュ、ウガンダへ計2人であった。機材供与は55件で総額15.9億円、エチオピアのプロジェクト関係の700万円を除き、残りはすべて感染症対策特別機材で、予防接種関係である。感染症対策特別機材の供与は、技術協力というよりも無償による物品の供与であり、その額が大きいことは他の疾患対策支援とは異なる特徴である。
プロジェクト方式技術協力の実績では、ラオスの小児感染症予防、トルコの感染症対策、エチオピアの検査センターがあり、(1)予防のためのワクチン投与、(2)流行予測調査実施のためのサーベイランス・システムの構築、(3)ポリオ診断技術向上等に重点を置き、わが国の経験や技術を生かした協力を行っている。EPI分野に重点を置いた技術協力プロジェクトとしては、ラオス小児感染症予防プロジェクトがある。これは、2000年10月にWHOによってポリオ根絶の承認がなされ、わが国の8年間に渡る協力の具体的な成果としてとらえることができる。サーベイランス・システムの構築に重点を置いた技術協力プロジェクトとしては、トルコにおける感染症対策プロジェクトがあり、感染症原学に基づく疫学サーベイランス・システムを構築することにより、トルコの予防接種政策(実行計画、評価方式の確定)及び予防接種拡大計画の実施整備に貢献した。さらに、EPI関連疾患(ポリオ、麻疹、ジフテリア、百日咳、破傷風、結核)などに対し、予防接種の効果判定などの科学的根拠を提供した。ポリオの診断技術向上を主目的としたものとしては、エチオピアのポリオ対策プロジェクトがあり、独立した国家ポリオ実験室を設置し、研究者と技術者に必要な技術を習得させることを目的として実施されている。多数のJOCVが派遣されていることもポリオ対策支援の特徴であり、バングラデシュ、ケニア、ニジェール等へ72人の隊員が派遣された。この背景には、JOCVが1970代に天然痘監視隊員として天然痘撲滅のために貢献した貴重な経験がある。ポリオ撲滅でも、監視活動や一般の衛生教育を含めて、JOCVが世界共通目標に対して何らかの貢献が可能であるという認識が関係者の間で形成されてきた。JOCVの活動は、地域レベルのAFPサーベイランスや、予防接種促進のための住民への啓発及び教育活動等に重点が置かれている。
3.4.2 相手国のオーナーシップ強化
中国におけるプロジェクトの自立発展性は高いと判断されている。わが国は、ポリオ対策プロジェクト(JICA)を実施してきたが、プロジェクトで養成した人材は基本的には定着しており、修得した技術を十分生かして業務を実施している。しかし、プロジェクトで修得した技術レベルを維持するため、省の実験室診断、及び一部AFPサーベイランスに関する技術指導は引き続き国際機関の支援が必要とされる。
ラオスにおいては、プロジェクト活動においてかなりの部分が日本人専門家主導で行われてきた結果、ラオス側に受身の姿勢が目立っている。さらに、EPI諸活動のラオス政府保健省の予算は、ほとんどの経費をドナーに依存している状態が続いており、今後相手側の努力を促し、ラオスの援助依存体質を恒常化させないことが重要となっている。エチオピアにおける技術移転プロジェクトは、その実施と維持に多大な経費を要するウイルスに関する実験室の確立であるため、エチオピア側のオーナーシップが育つのは難しいと指摘されている。
3.4.3 人材育成
ラオスでは、ワクチン接種技術、サーベイランス、コールドチェーン・ロジスティックス、倉庫管理、IEC等の研修や現場指導を通じて技術移転が行われ、これらの基礎技術が向上しているが、カウンターパートのチーフクラスの技術・知識をその下のクラスへ伝達・移転していく仕組みがないために、組織として強化されにくいという中央レベル組織内の体質の問題も指摘されている。エチオピアでは、カウンターパートの日本における研修と現場での技術移転により、2年連続で、WHOが実施するポリオ検査技術習熟度テストで100%の満点を獲得するという実績が示す通り、相手国側におけるポリオ検査技術に関する優秀な人材が育成されている。中国では、AFPサーベイランスに係わる病院の医師、防疫センターのスタッフが、中堅技術者養成事業のセミナーに参加する機会を得ており、また、日本人専門家の巡回指導によって細かい指導が行われた。その結果、ポリオ根絶活動の意義・内容を十分理解し、知識や技術が向上し、AFPサーベイランスに係わる人材が育成された。さらに、日本の(財)国際保健医療交流センターでは、1989年よりポリオ根絶に関する国際研修を行っており、ポリオ根絶活動に携わる人材育成を推進している。
3.4.4 国際援助機関・NGOとの連携
ラオスの小児感染症予防プロジェクトでは、その活動内容、コールドチェーン等のワクチン供給体制、AFPサーベイランス用GISの導入等について、WHO、UNICEF、UNDPの各現地事務所関係職員との連携を強化している。
3.4.5 研究活動支援
わが国のポリオ根絶における研究活動として厚生労働省国際医療協力研究委託事業が行われ、2002年にEPIポリオ根絶班出版業績集が出版されている。また、学術論文の発表から始めて徐々にその効果実績が現れてきているプロジェクトもある。例えば、エチオピアのポリオ対策プロジェクトでは、ポリオ検査室の現状と検査結果を専門誌に発表し、研究活動を通しても検査室における技術向上に努めている。
3.4.6 PHCレベルにおける公衆衛生改善
ポリオ対策分野における支援活動の柱であるワクチンの安全な供給を含めたコールドチェーンの確立、保健所におけるAFP患者の診断の改善、一般住民における予防接種率改善のための知識の普及等は、全て、保健所又はその下部組織における保健医療施設の強化に繋がることである。一般的に、ポリオを含めたEPIの実施及び普及は、母子保健と併せて保健所における重要な保健医療サービスの一つであり、ポリオ対策分野における支援活動は、保健所における核としてのサービスの強化となっている。
3.5 その他の感染症・共通感染症
エイズ、結核、マラリア・寄生虫、ポリオの4つの疾患以外にも開発途上国で問題となっている感染症は数多く存在する。5歳以下の子供で見ると、世界中で毎年1000万人以上が死亡していると推定されており(1998年WHO推定)、その多くは開発途上国の子供たちであるが、主な原因は、肺炎等の急性呼吸器疾患で約200万人、サルモネラ、コレラなどによる下痢症で約150万人、麻疹で約100万人である。
わが国では、こうした感染症の対策に対しても、予防接種拡大計画(EPI)を支援するワクチン、急性呼吸器感染症(ARI)、下痢症対策のために必要な機材、必須医薬品等の供与をはじめ、これらの疾患対策及び感染症共通分野における人材育成等の協力を実施している。その他の感染症の対策支援として上記疾患以外にハンセン病、ウイルス性肝炎等の対策の協力に取り組んでいる。
2000-2001年度の「その他の感染症・共通感染症」分野の実績額は、87億4,479万円で、2000年度の42億2,352.7万円から2001年度では45億2,126.3万円と増加している。その間の援助形態別の主な実績は以下のとおりである。
無償資金協力は、小児感染症予防計画(UNICEF経由)を中心に予防接種拡大計画等16件に対して総額60.0億円が供与された。草の根無償は、ハンセン病関連の案件を中心に11件で総額5,500万円、NGO事業補助金は4件で総額1,300万円である。技術協力は、研修員受け入れが242人、専門家派遣が19人、機材供与が50件、プロジェクト方式技術協力が予防接種、新興下痢症、ハンセン病等9件、JOCV派遣が3人、開発パートナーシップ事業が1件(1,000万円)、開発支援福祉事業が1件(710万円)となっている。国際機関等への拠出については、世界銀行開発政策・人材育成基金から3件で1.3億円、アジア開発銀行日本特別基金から1件で5,300万円、国際下痢性疾病研究センターへの拠出等が3.2億円である。
4.個別感染症対策と間接支援
感染症は、人々の生活そのものを阻害するものであり、その視点から感染症対策を行なうとすれば、人間の生きるということに関連する事柄すべてに注意を払う必要がある。特に、開発途上国における感染症の問題は、地域レベルで住民が享受できる保健医療が未発達であることに加え、上下水道の整備や安全な食物の供給など、生活環境の整備の遅れが基本にあるといえる。
IDIでは、感染症対策協力を包括的に進めるため、個別の感染症対策への直接支援のみならず、関連する社会開発分野を中心とした支援も行っており、本評価調査では、「安全な水」、「基礎教育」、「地域保健」のように社会開発分野を中心とした支援を「間接支援」と整理した。IDIの2000年度から2001年度の2年間の間接支援の実績は、IDIの全実績1,868億2,116.4万円の約73.64%(1,375億7,524.3万円)と大きな割合を占めている(表1-2参照)。
4.1 安全な水
世界人口の3分の1は不十分な衛生環境下に置かれ、10億人以上が安全な水を確保できない状態にある。水の汚染と不足により200万人以上が死亡し、数十億人が病に冒されており、開発途上国における水問題は重要な課題である。衛生的な水は健康を維持するために不可欠であり、また、食糧を生産する基礎となる。水質汚染の問題は、上下水道などのインフラの不足による生活排水とこれに由来する糞便、微生物、寄生虫による汚染が直接的な感染症の原因となっている。水因性の感染症としては、腸管感染によるものがまず挙げられ、コレラ、赤痢、毒素原性大腸菌感染症、腸チフス、パラチフス等がある。
子供の下痢症の最大の原因は、汚染された水や食物を通じて入ってくる腸管系の病原体である。小児や離乳直後の幼児は、糞便に汚染された水によって伝播する病原体によって襲われやすく、熱帯地域で最も多い死因となる栄養不良を伴った消化器系疾患の原因となっている。開発途上国では毎年、不衛生で飲料水に適さない水を飲むことによって5歳以下の子供120万人が下痢性疾患で死亡している。
水を介して感染する寄生虫も多く、効果的な寄生虫対策のためには安全な水の確保が重要である。水を媒介とする感染症の代表的なものに住血吸虫症及びギニアワーム(メジナ虫症)がある。ミヤイリ貝を宿主とする住血吸虫症は主要な寄生虫病であり、世界中で2億人が感染している。汚染された水による農作業や水浴びを通じて感染し、放置すると肝硬変になる。早期に診断による薬物治療が有効であるが、予防のためのワクチンはない。一方、ギニアワームについては、1986年の世界保健機関(WHO)総会で取り上げられた後、撲滅作戦が開始され、1986年に360万人いた感染者が、2000年には2万人に激減している。アフリカ地域の村人達が、例年収穫の季節になるとギニアワームによる危険な水や何ヶ月もの身体的障害を及ぼす苦痛に悩まされている。池の淀んだ水や不衛生な井戸からの水が、唯一の水の確保手段である村では、ギニアワームが人間に最も悪影響を及ぼす人体組織に寄生する寄生虫である。
1977年の国連水会議において、1980年代を「国際水供給と衛生の10年」とする決定がなされて以後、水供給と衛生に関する様々な国際会議が開催されている。2000年の国連ミレニアム・サミットにおいて発表されたミレニアム開発目標(MDGs)では、「2015年までに、安全な飲料水を継続的に利用できない人々の割合を半減する」ことが謳われ、2002年に開催されたヨハネスブルグ・サミットの成果である実施計画において、それまでのMDGsには入っていない衛生分野について「基本的な衛生施設を利用することができない人々の割合を2015年までに半減する」との目標が新たに設定されている。2003年には、京都において第3回世界水フォーラム(閣僚級国際会議)が開催され、各国や国際機関の貢献策をまとめた「水行動集」において、わが国は水資源無償資金協力の創設、人材育成等を通じた更なる支援を表明している。
わが国は、飲料水・衛生分野の2国間ODA実績で世界最大の援助国であり(1999-2001年度平均)、これまでに4,000万人に対して水と衛生施設を供給してきた。水道関連のプロジェクト方式技術協力は、1960年代から「都市水道」及び「村落開発における給水」の分野を中心に行ってきた。1993年の第1回アフリカ開発会議(TICAD I)では、わが国はアフリカの水供給に300億円の協力を表明、98年のTICAD IIの「東京行動計画」では、教育、保健、水供給の分野で今後5年間に900億円の支援を行なう方針を打ち出した。
安全な水に対する支援は、水を介する様々な感染症の発生の減少に貢献することが期待できる。さらに、地方給水案件に関しては、女性や子供達がこれまでの水汲みから開放され、住民がより衛生的な生活を享受できるようになるなど、地域住民の生活環境改善に大きく貢献している。近年、セネガルにおいて安全な水とコミュニティ活動を関連付けたプロジェクトも開始されているが、このプロジェクトでは安全な水に関わる保健衛生教育の実施による衛生習慣の改善を成果の一つとしている。
IDIにおける支援実績をみると、2000-2001年度の「安全な水」分野の実績額は、521億4,901.9万円で、2000年度の218億1,290.5万円から2001年度の303億3,611.4万円と増加している。その間の援助形態別の主な実績は以下のとおりである。
無償資金協力については、給水計画、上水道整備計画、地下水開発計画、浄水場整備計画等の51案件に対する総額358.4億円の一般無償のほか、緊急無償では難民に対する給水等の2案件に85.4億円、草の根無償では253案件に対して総額12.3億円の実績がある。技術協力は、研修員受け入れが365人、専門家派遣が39人、機材供与が水質検査機材等5件で1200万円、プロジェクト方式技術協力が安全な水とコミュニティ活動支援計画等4件、JOCVが41人、開発調査が16件となっている。国際機関等への拠出については、人間の安全保障基金から1件1.2億円、世界銀行開発政策・人材育成基金から8件で4.4億円、アジア開発銀行日本特別基金から8件で6.3億円、アジア開発銀行貧困削減特別基金から1件で9,600万円が拠出された。
4.2 基礎教育
保健医療の発達のみならず、教育は、感染症による健康へのリスクを軽減することに関し重要な意味を持っている。一般的に、教育を受けた者は、保健問題への関心が高いといえ、保健活動に参加する能力を持ち合わせていることが多い。また、ポスター、粉ミルクや医薬品等の説明書を読解する能力が高く、保健に関する必要な情報へのアクセスが可能となる。特に基礎教育による識字率の向上は、保健問題への理解度の向上に寄与しており、病気にかからない安全な生活を送るために必要なものである。健康と教育は密接に関係しており、乳児の死亡率と母親の教育に負の相関関係が見られることはよく知られているし、HIV/AIDS対策としての予防啓発活動においても基礎教育は重要な位置を占め得る。
開発途上国においては、未だ1億人以上の未就学児童、8億8千万人の非識字者が存在している。このような途上国の現状を改善するため、2000年4月にセネガルで「世界教育フォーラム」が開催され、「ダカール行動枠組み」が採択された。この行動枠組では無償初等教育、成人識字率、男女格差等に関する具体的目標が設定され、国際社会が教育分野への支援を強化する世界的な潮流が生まれてきている。こうした国際社会の取り組みを積極的に推進するために、わが国は、基礎教育分野への支援を強化し、向こう5年間で教育分野へのODAを2,500億円以上行ない、低所得国に対する教育分野への支援を強化することを表明している。
現在までの基礎教育分野に対する支援の大半は、小学校の建設等のハード分野での協力が多い。教育分野での技術協力プロジェクトは1990年代半ばから理数科教育を主な対象として開始されているが、技術協力の中心はJOCVの派遣である。WHOは、1995年に「世界的な学校保健イニシアティブ(GSHI)」構想を提言し、「ヘルス・プロモーティング・スクール(Health Promoting School)」の普及に取り組んでいるが、わが国も、近年、ネパールへの専門家派遣、ザンビアのプライマリー・ヘルスケア・プロジェクト、ケニアやタイの寄生虫プロジェクト等を通じて、保健医療分野の技術協力としての学校保健に関する国際協力の取り組みを始めている。
IDIにおける支援実績をみると、2000-2001年度の「基礎教育」分野の実績額は、344億8,977.5万円で、2000年度141億3,930.8万円から2001年度203億5,046.7万円と増加している。その間の援助形態別の主な実績は以下のとおりである。
無償資金協力は、一般無償が小学校建設の案件を中心に26件で総額196.6億円、草の根無償は小学校建設、学校改修・復旧、学校機材等の761件で 39.2億円である。技術協力は、研修員受け入れが3,267人、専門家派遣が54人、機材供与が1件で2,800万円、プロジェクト方式技術協力が理数科教育等の分野で9件、JOCV派遣が413人、開発調査が12件となっている。国際機関等への拠出については、人間の安全保障基金から4案件に総額22億円、世界銀行開発政策・人材育成基金から13案件に総額5.7億円、世界銀行日本社会開発基金から4案件に総額4.7億円、アジア開発銀行日本特別基金から7案件に総額5.5億円が拠出された。
4.3 地域保健
感染症対策支援では、個別の感染症対策を効果的に行なうため地域保健の強化が必要とされる。地域レベルでの保健インフラ整備の他、患者発見、管理、治療が適切に行われるようなシステム強化、一般住民・患者への啓発といった活動が求められている。地域保健の拡充は、現在のところ、治療が末端保健医療施設で行われているマラリアにおいて特に重要(マラリア対策の柱のひとつである患者早期発見と治療のため)であり、結核及びHIV/AIDSの分野においても地域保健システムなくして対策は立てられない。
わが国は、行政、感染症対策専門家、民間団体が一体となり、地域住民の積極的な参加の下、全国的な感染症対策を展開し効果を上げた独自の経験を有する。わが国の感染症対策が成功した要因としては、社会環境・生活水準向上、感染症対策への政府の強い取り組み(コミットメント)の他、地域レベルでの保健インフラ及びそのシステムの向上、地域ヘルスワーカーの活用や研修の充実、住民参加や学校保健等の地域活動の促進といった地域保健の強化が重要なものとして挙げられる。
わが国では、地域保健医療施設整備の他、公衆衛生、母子健康手帳、住民参加型プライマリー・ヘルスケア等のプロジェクトや保健アドバイザー、保健計画分野等の専門家派遣に代表されるように、わが国の経験を活かした地域保健の強化に関する様々な支援を行ってきている。ザンビアのルサカ市プライマリー・ヘルスケア・プロジェクトのように、無償資金協力による都市給水計画と連携し、環境衛生、学校保健等の活動をパイロット的に実践し、住民参加を促進しながらプライマリー・ヘルスケア運営管理システムの改善を行った例もあるが、地域保健システムに重点を置いたプロジェクトは、あまり見られないのが現状である。
2000-2001年度の「地域保健」分野の実績額は、509億3,644.9万円で、2000年度が256億3,070.8万円、2001年度は253億574.1万円である。その間の援助形態別の主な実績は以下のとおりである。
無償資金協力は、一般無償が保健医療施設・機材の整備、母子保健改善計画(UNICEF)経由)等49件で273.3億円。緊急無償は2件で19.7億円、草の根無償は500件で30億円である。技術協力は、研修員受け入れが3,273人、専門家派遣が126人、機材供与が73件で16億円、プロジェクト方式技術協力が63件(保健医療人材養成16件、母子保健16件、地域保健9件、プリマリ・ヘルス・ケア3件、家族計画2件等)、JOCV派遣(保健師、看護師、助産師、栄養師、検査技師等)が698人、開発調査が8件となっている。国際機関等への拠出については、人間の安全保障基金からリプロダクティブ・ヘルスを中心として8案件に総額4.2億円、世界銀行開発政策・人材育成基金から2案件で1億円、世界銀行日本社会開発基金から3案件に総額1.8億円、アジア開発銀行日本特別基金から6案件に総額4.5億円、アジア開発銀行貧困削減特別基金から2案件で 9.2億円が拠出された。
5.関係機関の感染症対策ODA
5.1 厚生労働省による感染症対策ODA
厚生労働省の感染症対策ODA予算は、2000年度から2003年度の4年間で8億5,240.2万円である。年間予算は約2億円となっているが、2000年度から2001年度で約10%、2002年度から2003年度で約15%減少している。感染症対策専門家養成事業及びエイズ・人口等対策人材養成事業、国際寄生虫対策支援事業、エイズ研究センター、結核対策国際協力、麻疹根絶計画推進、ポリオ根絶計画推進等、ハンセン病研究センターに関する協力を行っている。各協力分野の年度別実績は、表1-3に示すとおりである。また具体的な施策は、国立感染症研究所、(社)国際厚生事業団や(財)結核予防会などを通じて実施されている。
表1-3:厚生労働省による感染症対策ODA実績(2000~2003年度)
単位:千円
事業等の名称 |
2000年度 |
2001年度 |
2002年度 |
2003年度 |
感染症対策専門家養成事業 |
10,894 |
10,894 |
10,894 |
10, 869 |
エイズ・人口等対策人材養成事業 |
49,471 |
37,939 |
32,950 |
32,786 |
国際寄生虫対策支援事業費 |
7,560 |
7,563 |
7,539 |
4,395 |
エイズ研究センター経費 |
22,208 |
20,498 |
48,331 |
33,513 |
結核対策国際協力費 |
29,251 |
33,291 |
25,885 |
23,742 |
ポリオ根絶計画推進等経費 |
70,900 |
57,464 |
48,331 |
47,250 |
麻疹根絶計画推進費 |
22,208 |
20,498 |
18,714 |
18,714 |
ハンセン病研究センター経費 |
24,694 |
24,693 |
24,693 |
24,639 |
合計 |
237,186 |
212,840 |
217,337 |
185,039 |
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(1) |
社団法人国際厚生事業団(JICWELS*28
)による:感染症対策における人材養成
- 感染症対策専門家養成事業
1987年から海外感染症対策専門家研修を実施し、海外の中堅感染症対策行政官を対象に、わが国の感染症対策の経験や技術を紹介するとともに各国行政官による情報交換の場とすることで参加各国の感染症対策や医療行政に携わる人材の育成に貢献している。
- エイズ・人口等対策人材養成事業
HIV/AIDS看護・治療に携わる医療スタッフの能力開発、国際協力におけるわが国のカウンターパートとなるべき人材の養成を目的とした研修を実施している。
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(2) |
結核研究所におけるアジア地域エイズ対策研修
(財)結核予防会結核研究所では、1994年よりアジアの国々の保健行政官、NGO等エイズ対策に従事する人材を対象にエイズ研修を行っている。これは、厚生労働省より、エイズ予防財団を経て実施される委託事業である。現在までに、アジアより約250名の人材が育成されている。
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(3) |
国際寄生虫対策支援事業
わが国での寄生虫疾患の制圧の経験を基に寄生虫対策の進め方を疾患毎にまとめた寄生虫疾患制圧の手引きを作成し、これを途上国に配布し、寄生虫疾患の制圧のための効果的な手法の普及、助言を行っている。
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(4) |
エイズ研究センター
国際的なエイズ対策に資するため、厚生労働省付属の感染症研究機関である国立感染症研究所では、エイズウイルスの特徴やメカニズムの解明等基礎応用研究のさらなる推進を図り、有効な予防法・治療法の開発に取り組んでいる。
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(5) |
結核対策国際協力
(財)結核予防会結核研究所は、厚生労働省の国庫補助金を得て、結核の研究、研修、国際協力に関する事業を行っている。わが国の結核研究の中心的な機関である結核研究所では、40年以上にわたり世界86か国より1500名以上の医師、医療従事者の研修員を受け入れてきた国際研修や、途上国への専門家派遣等を通じ、世界の結核対策に貢献してきた。世界的にも数が少ない結核専門の研究機関である結核研究所では、派遣専門家研修、国際結核情報センター事業、結核国際移動セミナー等の活動を行っている。
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(6) |
ポリオ根絶計画推進等
わが国は、西太平洋地域を含むアジア諸国のメインリーダーとしてポリオ対策に取り組んでいく必要があり、ウイルス診断技術改良、ワクチンの改良、各国の麻痺患者の分離ウイルス株に対するレファレンス業務及びワクチン接種の血清額的評価、ポリオ根絶計画に基づくウイルス検査技術講習の実施と海外研修の受け入れ等を実施し、ポリオ対策に協力している。
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(7) |
麻疹根絶計画推進
WHOの麻疹根絶計画が打ち立てられ、国際的なワクチンの普及が行われているが、そのためには、わが国及び近隣諸国で流行している麻疹ウイルスの性状を詳細に把握し、ワクチンの免疫効果を適切に把握することが必須である。この解析結果に基づき、流行株に適合するワクチンの効果についての免疫学的な研究等を広く対策を進める必要がある。また、わが国はWHOの麻疹根絶計画の中で策定されている国際講習ネットワーク(世界の人に高品質のワクチンを提供するためのコンセプト、品質保証システムを普及させるためのネットワーク)の共同分担責任者としてワクチンの品質管理部門の講習を行っている。これらの調査研究及び国際講習に必要な経費を支出している。
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(8) |
ハンセン病研究センター
ハンセン病の予防と治療に関する研究を司る研究機関である国立感染症研究所ハンセン病研究センターは、ハンセン病及び好酸菌症の予防事業と治療法の改善、一般医療機関からの検査や診断法を照会するレファレンス業務の他、世界のハンセン病対策の一翼として、発展途上国からの医師や研究者の受け入れ、国際共同研究事業などを主な業務としている。研究センターの維持管理、及びハンセン病研究の推進のための経費を支出している。
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5.2 その他機関の感染症対策
(財)国際開発高等教育機構(FASID)は、GIIに謳われた人口・エイズ問題に関わる人材育成の必要性に鑑み、1995年より、USAID(FHI)の協力の下、HIV/AIDSプロジェクトの計画立案、運営を行なえる人材の育成を目的としたエイズマネジメント研修を実施している。2002年からは、日本人以外の人材の育成も必要であることから、ASEAN基金や現地NGOなどの支援も追加され、ASEAN地域やアフリカ諸国からも研修生が参加している。上記研修を終了した者は198名で、受講者は援助実施機関職員、大学教員、医療従事者、NGOスタッフ、大学院生、行政官など様々な分野から参加している。
6.NGOの役割
NGO、及び市民社会は、国際的な感染症対策支援において、援助国政府、援助機関、被援助国政府、国際機関と対等な主体であり、かつ、パートナーである。わが国のNGOは、日本政府やJICAといった公的機関、民間の開発コンサルタント等とともに、わが国のODAの枠の内外において、国際的な感染症対策支援に一定の役割を果たしてきている。
6.1 IDIにおける日本のNGOによる感染症対策支援協力
1994年のカイロ国連人口会議を出発点に、日米コモン・アジェンダに基づく地球規模問題への協力枠組みとして開始されたGIIでは、官民連携でその実施を図るために、政府とNGOの定期懇談会が設置された。2000年のIDIの発表を受け、上記の定期懇談会は「GII/IDIに関する外務省/NGO懇談会」(以下、「GII懇」)に発展改組して現在に至っている。GII懇には、わが国の保健・人口分野に関わる国際NGOのほとんどが参加しており、現在、団体総数は47団体を数えている。
わが国のODAの枠内で、政府・援助機関・NGOの連携で行われた国際的な感染症支援の多くを担ってきたのが、GII懇の参加団体であり、GII懇自体も、この二つのイニシアティブの下で政府・公的セクターとNGOの連携のあり方を協議・調整する枠組みとして機能してきている。
GIIの下で行われた公的セクターとNGOの連携の事例は、GIIが2000年度に終了したのを受けて2001年度に外務省の委託で行われたGII事後評価調査の報告書に以下のように紹介されている。
- (特活)シェア=国際保健協力市民の会の現地法人であるシェア・タイランドによって東北タイで展開された、地域でのHIV予防啓発活動、HIV感染者・AIDS患者とその家族へのケア・サポート活動の実施(タイ)
- (特活)ワールド・ビジョン・ジャパンと連携しているワールド・ビジョン・タイによる南タイ地域でのHIV/AIDS対策保健所の設置支援活動の実施(タイ)
- (特活)ワールド・ビジョン・ジャパンと連携しているワールド・ビジョン・ザンビアによる長距離ドライバー等に対する予防啓発活動の実施(ザンビア)
- (特活)アムダ及び(特活)徳島で国際協力を考える会との連携によるプロジェクト方式技術協力「ルサカ市プライマリー・ヘルスケア・プロジェクト」の実施(ザンビア)
- (財)ジョイセフ及びIPPFとの連携による「エイズ及び結核対策プロジェクト」(ザンビア)
これ以外にも、GIIの下でわが国のODAのスキームによる援助を得てわが国のNGOが現地と連携しつつ行ったプロジェクトは存在している。上記評価調査では、公的セクターがNGOと連携したことによってわが国の援助が草の根のコミュニティに届けられるようになったことが高く評価されている。
次に、IDIの下でのNGOの国際感染症対策協力については、例えば、外務省の「開発途上国のHIV/AIDS対策への日本の取り組み」(2001年6月)にNGOとの連携に関わる事例が小括されている。その中で、プロジェクト・レベルの取り組みとして、(1)本邦NGOによるプロジェクト形成調査団の派遣として、(特活)ハンズによる「ケニアのSTI/HIV必須医薬品・医療器材供給・管理システムに関する調査」、(特活)ケア・ジャパンによる「ベトナムの製造業及び建設業の労働者のHIV/AIDS及び性感染症対策に関する調査」、(特活)ワールド・ビジョン・ジャパンによる「タンザニアのHIV/AIDS予防対策に関する調査」が挙げられている。また、(2)具体的なプロジェクトの実施として、(特活)ワールド・ビジョン・ジャパンによるタンザニアでの「小規模開発パートナー事業」の実施、NGO事業補助金の交付によるアドラ・ジャパン、(特活)シェア=国際保健協力市民の会、(特活)アムダのプロジェクト展開などが挙げられている。
このように、わが国のNGOは、GII/IDIの下での日本政府・公的セクターとの連携により、途上国の現場において直接草の根のコミュニティに裨益する形で感染症対策協力のプロジェクトを推進してきており、対象国やプロジェクトの総数も増大している。
6.2 日本のNGOによるGII/IDI外での国際感染症対策協力
途上国においてプロジェクトを形成・運営するわが国のNGOにとって、途上国のプロジェクトの運営・維持・発展は、活動における最重要な要素である。わが国のODAの活用が、プロジェクトの運営に十分な財源を保障するものでなかったり、そのスキームがプロジェクト運営に適合的でなかったりする場合もあり、そうした場合には、NGOは、ODA以外の公的援助スキームや、わが国の民間助成財団等の支援、国際機関や海外のドナー機関による支援を受け、ODAを含む複数のドナーとの連携によってプロジェクトを支えることになる。
6.1において具体的に挙げたケースも、ODAだけでなくその他の財源も確保して実施しているものがほとんどである。また、わが国ODAを財源とせず、他ドナーの財源のみで運営されているNGOのプロジェクトも数多くある。
こうした意味で、わが国の国際協力NGOは、GII/IDI等の下でわが国の公的セクターの支援を受ける一方で、ODAのスキームがプロジェクトに適合的でない場合、また、ODAによる援助が得られない場合において、他ドナーとの連携によって独自にプロジェクトを形成・運営し、わが国の公的セクターに対して一定の自立性を図ってきた。
6.3 アドボカシー・政策提言における国際感染症対策協力
NGOによる国際感染症対策協力は、途上国におけるプロジェクトの運営にとどまらない。国際レベル、あるいは援助国政府レベルにおける感染症対策に関する政策形成への提言、アドボカシーといった活動も、重要な国際感染症対策協力であるということができる。わが国のNGOはこの面についても、ある程度の活動を行っている。
GII懇は、日本政府・援助機関の感染症対策支援のポリシーや、NGOに対する支援スキームのあり方について、本邦NGOの意見を集約して政府・援助機関に伝え、内容の調整を行なうアドボカシーの母体としての役割を担ってきた。
2000年のIDIの発表を受けて同年12月に開催された沖縄感染症対策国際会議では、国際協力NGOやわが国のHIV/AIDS問題に関わるNGOが参加してNGO連絡会が作られ、国際会議に対して提言書を提出した。
途上国の感染症に関するアドボカシー運動との連携という点では、例えば、(特活)シェアなどが在日タイ人HIV感染者等の帰国後のフォローアップという観点から、タイ現地のNGOと連携を進めている。アフリカ日本協議会は、アフリカでエイズ治療を含む包括的なHIV対策を求める各国のHIV感染者・AIDS患者のネットワークであるPATAM(汎アフリカ治療アクセス運動)の連携・支援を行っている。(特活)エイズ&ソサエティ研究会議や、日本のHIV感染者・AIDS患者のネットワークであるジャンププラス(JaNP+)などわが国のエイズに関わる市民社会組織は、アジアのHIV感染者・AIDS患者のネットワークであるAPN+(アジア太平洋HIV感染者・AIDS患者ネットワーク)や、アジア太平洋のセックス・ワーカー、ゲイ・MSM(男性と性行為をする男性)、薬物使用者などのネットワークとの連携の下に、アジア、日本のエイズ対策へのアドボカシーや意識喚起を行ないつつある。
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国際機関の運営の核となる各国からの拠出金
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JICWELSは、厚生労働省大臣官房国際課の所管公益法人である。