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第1章 国別評価
1.エルサルヴァドル


(現地調査期間:1999年1月5日~15日)


団長 松下 洋 神戸大学大学院国際協力研究科教授(総括、民主化) エルサルヴァドル地図
団員 田中 高 中部大学国際関係学部助教授(政治・経済、環境)
  小池康弘 愛知県立大学外国語学部助教授(社会、保健・衛生・上下水道)
  乾 展之  外務省経済協力局評価室事務官(総括補佐)
  長町 昭  財団法人国際開発高等教育機構事業部調査役(農業、運輸・交通)
  藤田伸子 同主任(教育)

まえがき

 本報告書は、平成10年度に実施された、エルサルヴァドル共和国における我が国の経済協力に関する「国別評価」の報告書である。

 1992年に内戦が終結して以降、日本はエルサルヴァドルの復興を積極的に支援してきた。日本政府の対ラテン・アメリカ援助は従来、日本人移民や日系人への配慮があったことがひとつの特徴であったが、エルサルヴァドルには日系人がほとんどいないにもかかわらず、97年度の政府開発援助受取額は、ラテン・アメリカ諸国中第一位を記録している。

 同国は一人当たりGDPが既に2,000ドルを超え、中所得国に分類されている。そのため1997年には同国の無償資金協力卒業が両国間政府で確認されたが、国内の貧富の差は依然として大きい。また98年10月にはハリケーンに見舞われ、日本は緊急援助を実施している。

 内戦からの復興が一段落し、エルサルヴァドルは中長期的な開発に向かって舵を切り始めている。行政改革、中央政府の縮小と地方分権化の流れの中、1999年3月には大統領選挙が行われた。新しい政権も今後、様々な改革を進めて行くものと思われる。

 本報告書は、1999年2月に実施された8日間の現地調査に基づいている。現地調査に先立ち、外務省、国際協力事業団、海外経済協力基金(当時)を始め、多くの方々から貴重なご示唆を頂いた。また現地調査や、調査結果をフィードバックするために同年9月に実施された現地評価セミナーに際しては、在エルサルヴァドル日本大使館をはじめ、国際協力事業団の駐在員事務所、JICA派遣専門家、エルサルヴァドルの多数の政府機関とその関係者、国際機関や他の二国間援助機関などの、多くの方々の協力を得ることができた。調査団を代表して心から感謝の意を表したい。

 平成11年12月

調査団長      
   松下 洋


調査結果要旨


1.評価の目的と対象国の選定

 「国別評価」は、日本からの援助の主要受取国を対象に、日本からの援助が総体として当該国の経済開発及び民生向上にいかなる効果を上げているかを調査・分析することを目的に実施されている。

 エルサルヴァドル共和国は21カ国目の国別評価対象国となったが、同国が選ばれた主な理由は、日本からの援助額が1997年度に中南米諸国の中で最高となったこと、日本がエルサルヴァドルにおいて、一位の米国と金額でほぼ肩を並べる第二位のドナー国であることなどによる。


2.我が国の援助の実績と特徴

 我が国の対エルサルヴァドル援助は、他の中南米主要被援助国と違い、同国に日系人がほとんど居住していないにもかかわらず、新国際空港の建設という円借款があった関係で、1970年代から中南米諸国の中では比較的高い水準にあった。79年に始まる内戦中には激減するが、内戦が終結した92年以降急増した。

 1990年代の援助は、12年間に及ぶ内戦で最も被害を受けた橋梁・道路などのインフラや農業、エネルギーといった生産部門、保健・医療・教育などの社会開発分野、環境、民主化・経済安定化の四つの分野に重点的に行われてきた。中でも農業については、日本の協力が際立っており、期待も大きい分野である。また「日米コモン・アジェンダ」の一環として、米国と協調した民主化推進のための協力も行われてきた。


3.日本からの援助に対する評価

 1990年代の日本からの対エルサルヴァドル援助は、復興支援と人道主義を基本に進められてきた。内戦からの復興を促し、中米地域における和平と民主化の実現に向けて、重要な役割を果たしてきており、概ね適切であったと判断する。

 その理由としてはまず、援助の配分が適切だったことがあげられる。内戦終結直後は、戦災から復興するための橋梁や送電施設整備、学校の建設など緊急度の高いものを、そして復興が一段落した1990年代後半は、農村復旧計画や看護教育強化などの長期的視野に立った援助に重点を移しつつある。

 また橋梁架け替えや、ゴミ収集車の提供、給水設備の拡充、学校建設などの日本からの援助は、エルサルヴァドルの民生向上に大きく寄与しており、現地でも高い評価を受けている。


4.エルサルヴァドルの現状

 エルサルヴァドルの政治・経済・社会情勢は次のとおりである。

政治情勢:

 1992年1月に与党「国民共和同盟」と、それまで武装ゲリラ組織であった「ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)」との間に和平合意が締結されて以来、FMLNは国会における最大野党勢力となり、過半数を割っている国民共和同盟と対峙して国会運営を難しくしている。司法改革・軍の改革・選挙制度改革も進められているが、その進展についても予断を許さない状況である。99年3月に大統領選が行われ与党候補が大統領に選出されたが、投票率は低く、国民の多数の支持を受けているとは言い難い。2000年3月には国会議員や地方首長選挙が予定されており、政局は安定しているも、野党勢力の拡張の傾向が見られる。

経済情勢:

 マクロ経済は順調に推移している。農業分野の国内総生産における相対的比重が減少傾向にあるが、就業人口や、総輸出額においても農業は依然として極めて重要な役割を果たしており、農村の再開発や、アグロインダストリーの整備の必要性が増している。エルサルヴァドルの経済構造の特徴として地域間格差の大きいことがあげられるが、相対的に豊かなサン・サルヴァドル市を中心とした都市部と、ホンジュラス国境に接する農村地域などとの所得格差是正という観点からも、農村開発は重要となっている。また、人口600万人の同国からの米国への移民は100万人にのぼるとみられ、移民からの送金が貿易赤字額のほぼ8割を補填している。最近ではマキラドーラ(輸出加工区)からの繊維製品の輸出の伸びが著しい。

社会情勢:

 最大の社会問題は治安の悪さである。同国は、後述するように殺人発生率でコロンビアを抜いて中南米最悪の水準である。犯人検挙率も極めて低く、司法制度も不備である。このため内戦終結を機に帰国した有能な人材の一部が再び国外に流出したり、警察や司法制度を信頼しない市民も依然多い。内戦が農村部における伝統的な共同体を崩壊させ、それが新たな貧困層の発生や犯罪の増加を招いている。米国からの犯罪者の強制送還も、治安問題の解決をさらに困難にしている。


5.今後の協力の課題

 エルサルヴァドルは、一人あたりGDPが2,000ドルを超え、一般無償資金協力の卒業国となった。今後の協力については、技術協力や有償資金協力、草の根無償などを軸に進めていくことになると思われるが、同国の現状を十分に踏まえて進められることが肝要である。

 我が国援助の重点分野としては、従来の四分野(生活部門活性化、社会開発、環境、民主化・経済安定化)は優れて包括的に同国にとって重要な全ての分野をカバーしており、今後もこの重要性が揺らぐことはないであろう。中でも農業分野は所得格差の是正、貧困対策の観点からも極めて重要と考えられる。

 ただし今後は、1990年代の同国における様々な変化への対応が必要である。まず、一般無償資金協力卒業後の対応として、NGO等地域に根ざした現地組織との連携が課題である。二点目は、急速に進展する民営化・地方分権化への対応である。民営化が予定されている分野での協力は、実施開始後も大きな動きがあることを見込んで、柔軟に対処できるように計画されなければならないし、また民営化・市場経済化による弊害についても配慮しなければならない。三点目は、経済統合が進む中米地域内協力の進展への対応である。環境問題、民主化支援、司法制度の強化などの分野においては、地域全体を包摂した援助政策が有効と考えられる。四点目は、中米最悪といわれる治安の悪さへの対応である。司法制度や警察制度の紹介など、今後も治安の改善に協力する一方、現地の援助関係者の安全は十分に配慮されなければならない。

 次に分野別の課題としては、前述の農業分野に対する支援、治安の改善のための支援のほか、社会開発分野では、地方の保健・医療や教育における協力を今後も継続していくことが望まれる。この分野ではとくに草の根無償の活用が有効であろう。さらに、環境分野も重要である。最近のエルサルヴァドルでは森林の乱伐が世界最悪ともいわれる森林劣化を招いているほか、薪の多用や廃棄物の投棄が空気や水の汚染を招いている。日本は環境分野で多くのノウハウを蓄積しており、環境保全技術の移転や環境教育の普及において、大きな役割を演じることが可能であろう。

 最後に、援助全体に関する課題として、次の四点があげられる。まず、案件形成・相手側との調整・案件実施・評価などを支援するための、個別派遣専門家の配置である。エルサルヴァドルでは、外務省や農牧省に派遣された実績があるが、今後も個別派遣専門家の役割は極めて重要となろう。二点目は、機材供与の際の現地語マニュアルの添付である。せっかくの機材が埃をかぶらないためには、使用時のほか、メインテナンス、交換部品の調達などの際に、現地語マニュアルが必須である。三点目は、援助に関する情報公開の一層の推進である。一般国民が得られる情報量はスキームよって大きく違う。ODAに対する国民の理解を深め、援助のより適正な実施を促すことは、結果的には相手国国民の民生向上に資し、ひいては両国の親善増進にもつながると思われる。また、エルサルヴァドルについては、「国別援助方針」はあるが「国別援助計画」はまだ策定されていない。この国になぜ援助をするのか、何を目標としているのか、各セクターはどのような戦略で援助するのかを明確に示す、「国別援助計画」の策定が待たれるところである。


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