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2. 途上国の女性支援(タイ)

(現地調査期間:97年2月16日~21日)

タイ地図

■日本労働組合総連合会副事務局長   熊崎 清子

■日本労働組合総連合会国際局部員   大久保 暁子

 <評価対象プロジェクト>

プロジェクト名 援助形態 協力年度、金額・年度 協力の内容
家族計画/母子保健プロジェクト プロジェクト方式技術協力 1991年6月~
1996年5月
出生率、乳幼児死亡率ともに高いタイ東北部において、日本の技術協力により、家族計画及び母子保健活動を促進・強化する。
女性職業訓練支援事業 草の根無償資金協力

 

 1995年度、
約300万円
 

バンコクのスラム地域の女性の解雇機会を増やすため、日本の草の根無償資金協力により、ミシン及び車両を購入し、裁縫の職業訓練の活動を拡充する。
エイズ予防及び看護計画 草の根無償資金協力  1995年度、
約345万円
タイ北部の山岳民族のエイズ感染予防及びエイズ患者の看護のため、日本の草の根無償資金協力により、プリンターなどを購入し、エイズ教育用教材を利用した啓蒙活動を強化する。

1. 総論

(1) タイの現状

 タイの経済発展が目覚ましいことは、バンコクを見れば如実に感じ取れる。高層ビルが立ち並ぶ様は、ここだけを見れば、発展途上国という言葉から程遠い。1988年から1990年までの実質GDP成長率は、10%以上を記録した。最近は、金融引き締めによる民間投資の鈍化、労働集約型製品の国際競争力の低下と、それに伴う輸出増加率の伸び悩みなどで、景気は調整局面にあるといわれ、1995年の経済成長率は8.6%であった。1996年については6.8%(国家経済社会開発庁見通し)と減速傾向にあるのは確かだが、それでも先進国と比べれば依然高い成長率であるということができるだろう。日本のODAも、1993年度をもって原則として無償資金協力は卒業(草の根無償および文化無償は継続)、現在行われているのは有償資金協力(円借款)と技術協力のみである。

 しかし、急激な経済発展が国民すべてにあまねく恩恵をもたらせたのでないことは、バンコクの高層ビル地区から目を転じてみれば明かである。バンコクの昼間人口750万人に対して、いわゆるスラムに住まう人たちが1,400ヶ所に120万人いるといわれている。この人たちの6~7割は小学校以下の教育しか受けておらず、事実上インフォーマル・セクター以外に就労の途はない。またスラムでは離婚率が高いのが特徴で(25~30%)、女性1人が3~4人の家族を養っているケースが多い。特に女性に対する支援が必要とされているゆえんである。その他、青少年層に麻薬が爆発的に浸透してきていること、放火の多発など、取り組むべき課題は多い。

 今回バンコクから離れてコンケン県とチェンマイ県を訪問する機会を得たが、タイの地方における貧困状況は、80年代後半の高度経済成長期にかなりの改善がみられたとはいえ、依然として大きな問題である。貧困が誘因となって、売春とそれに伴うエイズが拡大してきている。また特にチェンマイ県で顕著なのは山岳少数民族の問題で、タイ国籍を持たない上、初等教育すら受けていない人が多いためにタイ語が通じないなどの事情から、保健衛生知識の普及やエイズ予防および患者の救済にあたっているNGOの活動をより困難なものにしている。

(2) 「WID・開発と女性」から「GAD・開発とジェンダー」へ

 今回の評価を行うにあたって主眼としようと考えたのは「WID・開発と女性」で、その観点から評価の対象としたのは、タイの3案件であった。プロジェクト方式技術協力の「家族計画・母子保健プロジェクト」はそのプロジェクトの性質上、必然的に女性が主たるターゲットになるものである。草の根無償資金協力の2案件のうち「女性職業訓練支援事業」は女性を直接のターゲットとしたプロジェクトあるのに対し、「エイズ予防及び看護計画」については直接の対象は山岳民族であるが、被供与団体が性産業に従事していた少女のリハビリセンターやエイズ発病患者のホスピスを運営していることもあり、WIDに十分配慮したプロジェクトとなっている。

 WIDとは、援助の際に開発における女性の役割・地位の重要性を認識し、配慮していくという考え方である。援助を効果的・効率的に実施するためには、女性が、開発の重要な担い手として、開発へ積極的に参加すると同時に、開発から受益することが重要である。また、WIDは、現在の社会体制、社会構造、男女の社会関係などには疑問を投げかけず、現在の社会の枠組みの中で開発を進めることを前提としている。

 このようなWIDの考え方に対して、1980年代半ばから提示されてきたのが、「GAD・開発とジェンダー」の考え方に基づく「エンパワーメント・アプローチ」である。これまでのWIDが女性のみに注目してきたのに対し、GADでは男女の相対的社会関係に注目している。

(3) 草の根無償資金協力について

 今回評価した3案件のうち、2案件が草の根無償資金協力案件であったわけだが、これらの評価の過程において、日本大使館の担当官と、現地NGO関係者の熱意に触れることができたのは、大きな収穫であった。

 すでに無償を卒業しているタイであるが、我が国からの支援を必要としている人はまだまだ多い。そのような人に対する支援は一義的にはタイ政府の責任であろうが、事実上NGOに頼っている部分が大きい。地道な活動を展開しているNGOに対し、我が国が草の根無償資金協力を行うことは、財政にゆとりのないNGOにとって、活動の大きな助けとなり、日本のODAもプレゼンスの機会を得ることができる。

 草の根無償資金協力については、途上国にある日本大使館が中心となって実施しているが、今回訪れたタイの大使館では担当官1名で実施しており、増大する草の根無償案件の処理に十分対応できる体制にあるとは言い難いと思われる。担当官の机の上にはタイ各地のNGOからの申請書がうずたかく積まれており、供与実績のないNGOの場合には、承認に至るまでに5~6回は面談を重ね、1回は現地視察を行っているとのことであった。また、申請書類は英語か日本語で提出することが要求されるため、全国に1万4千ほどあるといわれているローカルNGOは申請すら難しいのが現状である。草の根無償資金協力が被供与団体から極めて高く評価されている現状に鑑みれば、日本大使館における十分な人的配置が望まれる。


2.個別プロジェクトの評価

(1) タイ家族計画・母子保健プロジェクト(プロジェクト方式技術協力)

 同プロジェクトは1991年6月から1996年5月まで、ウボン・ラチャタニ、スリン、ブリラム、コンケンの4県において実施された。全体として適切な支援事業であり、プロジェクトの成果は依然として有効に活用されているということができる。今回訪問したのは、第6地方(東北タイ地方)健康増進センター、バンパイ病院、ムアン・ピア・ヘルス・センターで、同プロジェクトの活動の中心となったのは第6地方健康増進センターであった。バンパイ病院は郡レベルの医療機関で、ムアン・ピア・ヘルス・センターは村レベルのものである。全体として、各医療施設のレベルに応じた機材が適切に整備され、それぞれの使用状況も良好である。

 バンパイ病院には1992年、1995年と1996年に機材が整備されたが、このうち現在故障中の新生児人工呼吸装置(1992年に整備)を除き、すべての機材が順調に稼働中であった。新生児人工呼吸装置についても、バンコクでの修理が可能とのことであった。死蔵されている様子もなく、有効に利用されているといって良い状況である。

 ムアン・ピア・ヘルス・センターは、バンパイ病院から7キロメートルほど離れた場所にある。約3,000人の住民をカバーしており、1日平均25名の利用者がある。スタッフは4名で、医師・看護婦は常駐していないが、所長は助産婦の資格を持っている。ここに整備されているのは、オートバイ1台と加圧減菌器1台である。オートバイは出産前および出産後の回診に利用されている。加圧減菌器が整備される以前は、消毒を必要とする備品をそのたびにバンパイ病院まで輸送して消毒を行っていたとのことなので、時間と労力の節約に大いに役立っているようである。

 プロジェクト期間中、のべ1,300人以上の保健・医療従事者が7つの研修コースに参加した。プロジェクト終了後、健康増進センターは独自の研修コースを設定し、1996年には妊産婦検診技術向上研修を5県の47病院から47名の看護婦を集めて行った。1997年には同研修を4県75病院の75名の看護婦に対して、また新たに超音波検診技術研修を7県8病院の11名の看護婦に対して実施する予定である。1996年の研修では、費用はすべて健康増進センター負担であったが、1997年以後は一部参加費を徴収する。超音波検診技術については、これまでは医師しか扱えなかった超音波診断器が看護婦にも使用可能になるため、供与機材の有効利用という点でも有効である、と関係者は分析していた。

 今回インタビューした関係者のうち、Provincial Chief Health Officerを除いて、DirectorおよびChiefの地位にある全員が女性であった。これは保健省全体に言えることらしく、役職員の90%が女性であるとのことで、最高役職者はDeputy Permanent Secretary(次官補)だそうである。女性にとって働きやすい社会的状況になっているようで、メイドも雇いやすい状況にあるほか、健康増進センター内には託児所もあり、職員は割安な料金で利用できるとのことであった。研修の修了者に対して昇進・昇給があったという事実はないようだが、そのようなインセンティブがないにもかかわらず、参加者および研修実施にあたったスタッフの積極的な姿勢が伝わってきた。

(写真)バンパイ病院に設備した医療機材

(2) 女性職業訓練支援事業(草の根無償資金協力)

 被供与団体である「曹洞宗国際ボランティア会(SVA)」バンコク・アジア事務所は1992年に現地法人格を取得し「シーカ・アジア財団(Sikkha Asia Foundation)」として活動している。バンコクのほか、東北地方および北部地方に計3ヶ所のプロジェクトサイトがある。バンコクでは、スラム開発事業(3ヶ所のスラム[スアンプルー、チュアパーン、クロントイ]で保育園事業、生協活動、住民図書館事業など)、職業訓練事業、奨学金支援事業などを展開しているが、今回評価の対象となった草の根無償資金協力(1995年度)は縫製の職業訓練事業に対して工業用ミシン3台、パソコンおよびプリンター各1台、車両1台を供与したものである。

 視察したときに行われていた職業訓練の内容は、ミシンを使った縫製技術訓練と、北および東北タイの伝統的絹織物と皮革工芸を組み合わせたクラフト製作、印刷技術訓練であった。縫製技術訓練は年3回、3ヶ月のコースが設定されており、修了者は一般の工場に職を得られるレベルに達することができる。就職率は90%で、残り10%は育児や通勤の関係で家庭にとどまっているが、なかには自営を目指す女性もいるとのことである。供与されたミシン3台はこの訓練に使用されていた。クラフト製作は高付加価値でオリジナルなのでなければなかなか売れないそうで、見学したときにはタイ人の芸術家がボランティアで指導に当たっていた。印刷部門では障害者も参加しており、事業展開への積極性が見て取れた。パソコンおよびプリンターは、縫製技術訓練で作られた製品の管理に使用されているとともに、こちらの印刷部門でも活用され、車両についても、縫製と印刷の両部門で、製品の搬送に活用されていた。申請時の使用目的以外の目的にも供与機材が使われていたことが認められたが、全体的には有効に活用されているということができる。

(写真)ミシンを使った縫製技術訓練

(3) エイズ予防及び看護計画(草の根無償資金協力)

 タイのNGOであるニュー・ライフ・センターは、タイ北部の山岳民族、特にサガウ・カレン族、ポゥ・カレン族、ラフ族、アカ族を対象に保健衛生に関する教育活動を行っている。タイ国籍を持たない人が多く、正規の教育を受ける機会もまれで、したがってタイ語を解しない人が多い。このような人々に対し、それぞれの部族語で教材(パンフレット、ポスター、フリップチャート=紙芝居のようなもの、など)を作成し、同様にそれぞれの部族出身のスタッフが中心となって教育活動を展開している。ちなみにタイ全国にラフ族の正看護婦(registered nurse)は3人しかいないそうだが、そのうち2人がこの活動に従事しているとのことである。

 草の根無償資金協力により供与されたのは、コンピューター、プリンター、スキャナー、コピー機、車両であった。スタッフはチェンマイ大学の協力を得てオペレーションを習得し、各々の出身部族語のパンフレット等の作成を受け持っていた。以前はタイプで打った原稿を印刷所に依頼して作成していたそうで、そのやり方に比べて、必要とされている部数に柔軟に対応できるようになり、カラフルな教材ができるようになっため、教育効果が増すなどの効果が上がっている。車両は、遠隔地に教育活動に出かける際の足などに利用されている。

 なお、ニュー・ライフ・センターは、その他の活動として、山岳民族の少女たちが家庭の貧しさのために町へ仕事を捜しに出てきたり、親や村の長に売られて売春させられたりしているのを保護し、学校へ通わせるかたわら、職業訓練を行って将来自活できるよう支援する活動も行っている。さらには、エイズ発病者のためのホスピスも運営している。

(写真)教材を作成するためのコンピューターとスキャナー


3.おわりに

 今回プロジェクト方式技術協力案件1件と草の根無償資金協力案件2件を評価したが、これらに限って言えば、日本のODAは有効に生かされ、受け入れ側の体制も熱意も満足すべきものであった。また現地で援助に関わる日本政府の担当者の熱意と信頼度は、大変高いと言える。すでにタイが日本からの無償援助を卒業しているのは前述したとおりだが、技術協力プロジェクトの終了後もその研修を引き継ぐ、また新たなコースを設定する、など、タイが自立した取り組みを行っていることは高く評価できる。さらに、タイは、他の東南アジア諸国からも研修生を受け入れる「南南協力」の担い手としても、我が国の期待に充分応えてくれるであろうと感じた。

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