3. 評価
3.1 水供給分野における我が国支援の妥当性
水供給分野における我が国支援が着実に実施されており、主にカイロ市民の貧困層に対しての生活改善に役立っていることは疑いの余地もないし裨益効果も高く、プロジェクトへのニーズも優先度も高いことから、支援の妥当性があるのは当然のように思われる。しかし、プログラムレベルでの妥当性については、個々のプロジェクトのレベルでフィージビリティーがあったとしても議論が分かれる。
エジプト政府の突出した水道料金補助金政策を取りつづけている以上、恒常的・構造的に実質大幅な赤字収支にあるカイロの水道事業整備プロジェクトにエコノミカルな妥当性はありようがない。補助金政策を是認するならば政治的な妥当性がプロジェクトレベルではあるとしても、自立的発展という視点からは殆ど妥当性を欠いている。
世界の水供給分野における明らかな方向性は民営化であり、今や日本が唯一のカイロ首都圏水道整備事業に対する無償資金供与国になりつつあることが、今回の調査で明らかになっている。補助金問題や民営化問題を無視して水道プロジェクトの妥当性を議論するわけにはいかないであろう。日本だけが特殊であってよいという説明だけでは妥当性を欠くため、世界の潮流と対峙するための理論武装が必要であり、ソフト(マネジメント)分野を統合できる無償資金協力のあり方を模索する必要がある。
3.2 我が国の水供給分野における主な成果
(1)安全な飲料水の安定的な供給、
無償資金協力による水道施設(主に浄水場とパイプライン)の建設によって、カイロ首都圏の局地的水不足地域において水質的に安全で水量的に安定した飲料水の供給が段階的に進み、最終的には24時間給水までが可能になっている。水道施設拡張型のギザ市モニブ地区上下水道整備計画や新規施設建設型のギザ市ピラミッド南部地区では一人当たり一日最大給水量として140~210リットルが確保され、この数値は日本の平均的な家庭での実質的な一人当たりの水消費量に近い値である。カイロ首都圏の給水率は数字の上では85%を超えて24時間給水が実施されているため、カイロの水道に問題があるといっても内容はさておき先進国に近い整備率であるために、他の途上国と比較されると、ほぼ安定した水供給が出来ていると判断される。
(2)技術移転
カイロ水道庁には、欧米との長い関係のなかで様々な水道技術を保有し有能な人材が潜在しているはずであるが、人的資源の有効な利用や管理が適切に行われて来たかどうかについては議論が分かれる。水供給分野でキャパシティー・ビルディング(人材育成)にターゲットをおいたプロジェクトはエジプト水道技術訓練向上計画(プロジェクト技術協力)1997-2002年 <2.4億円>である。自立して水道技術訓練向上センターを運営していくに必要な技術移転の基盤ができ、人材育成の貴重な第一歩を踏み出している。本プロジェクト完了 (2002年6月)後の自立性が確認できないと本当の意味での成果は見えてこないが、プロジェクトチームは期待をもってプロジェクトを終了しようとしている。期待をもつ裏腹には心配事もあり、ファシリティーと人材については技術の移転という意味での所定の目的を達して期待感も高いが、組織や財政のマメネジメントに関する技術移転は今後の課題に残る。
(3)環境保全・WID・貧困対策
人口集中が続くカイロ首都圏で半スラム化している地域において、劣悪で非衛生的な日常生活からの開放(ベーシックな生活環境の改善)、婦女子や子供の水汲みの重労働からの開放、健康の確保と増進、都市計画の促進などが可能となり、市民生活の安定と向上に大いに寄与している。
(4)我が国支援の有効性
第二次ギザ市モニブ地区上下水道整備計画(無償資金協力)の直接効果としては、全世帯の5%で一人一日平均給水量10-20リットルしか上水道から給水されていなかった状況に対して、南ギザ浄水場拡張工事(3.5万m3/日)によって安定した飲料水の供給が可能になり、一人当たり一日最大給水量として140リットルが確保された。一方、下水道施設計画では、全く整備されていない状況から、一人一日最大汚水量190リットルの汚水を衛生的で適切な公共下水道に排水することが可能になる。モニブ地区住民(裨益人口155,000人/1996年:完了時⇒247,000人/2010年:計画)の劣悪で非衛生的な日常生活からの開放(ベーシックな生活環境の改善)、婦女子や子供の水汲みの重労働からの開放、健康の確保と増進、都市計画の促進などが可能となり、市民生活の安定と向上に大いに寄与している。
アミリア浄水場施設改善計画では、老朽化によって42万m3/日から33万m3/日に落ちていた給水能力を回復させるリハビリ型のプロジェクトであるが、当該地区の151万人に対して不足していた66リットル/人/日の衛生的な給水を増加させることが可能になった。
ギザ市ピラミッド南部地区上水道整備計画は配水管網と送水幹線および配水地の建設により、75%の地域で50リットル/人/日から計画給水量210リットル/人/日の配水が可能になった。
したがって、これらの計画が日本の無償資金協力によって実施された意義は物理的に大きく、当初の数値的な目的を果たしている各プロジェクトの妥当性があると判断される。しかし、プロジェクトレベルで検討された対象地域の裨益人口代表される数値評価の裏には、水道システム全体の非効率、マネージメントの欠如、無駄(漏水、不明水)、料金体系の妥当性などの諸問題が数多く隠れ潜んでいる。プロジェクト単位での有効性が評価されたとしても水供給セクターのプログラムレベルで有効かどうかは別問題である。
3.3 事業の実施にかかる効率性
(1)相手国政府
水道整備5ケ年計画に沿った実施計画をもとにすべきであるが、住宅省から水道局に毎年度予算が配分される仕組みになっているため、具体的には一年ごとの予算配分に見合った実施計画を策定している。都市のインフラ施設は本来、長期計画のもと主体的に整備されるべきだが、外国援助に依存して当座しのぎの部分的整備を積み重ねてきた結果として、カイロ首都圏では水道システム全体の間題が山積している。あえていえば、大カイロ首都圏の水供給プロジェクトにおいては唯一の無償資金供与国となっている日本に優先度の高いプロジェクトを順次要請してきたという経緯はある。
発注者(政府)側の理由により、関連する他のプロジェクトとのシステム的不整合が生じる場合を除けば、現場施工面では地元コントラクターの技術レベルに問題は少なく長年に亘って工事をくり返し継続して経験も積み重なっているので、無償であれ有償であれ資金さえつけばプロジェクトが単体工事である限り、効率的に建設工事を実施し、ほぼスケジュールどおりに完工できる状況にある。
一方で、平均的な造水コスト(維持管理費用)が0.40/m3 LE(エジプトポンド)に対して平均的な水道料金収入が0.16LEであるため、構造的な赤字収支で独立採算の事業体にはなっていない。水道料金への補助金政策をとりつづける政府のもとに慢性的・構造的な赤字財政を余儀なくされされ、さらに失業対策経営の自立ができない水道事業体のなかでいかなる効率性を見出せるかには大きな疑問と課題が残っている。
(2)裨益住民
老朽施設のリハビリ型の援助プロジェクトは投資金額に対して相対的に大きな裨益人口をカバーできる計算になり、アミリア浄水場施設改善計画では総額40.8億円の無償資金協力によって不足分をカバーすることによって151万人に対しての裨益がある。ギザ市モニブ地区上下水道網整備プロジェクトは総額79.8億円の浄水場の拡張工事によって20万人の住民に対し非常に室の高い飲料水が十分(140リットルm3/人/日)に供給されるようになり、生活環境は大幅に改善された。裨益住民一人当たりのコストは、1,100エジプト・ポンド(約43,700円)であった。この数値を効率性の視点からどのように評価するかは興味深いが、他国で実施された日本の援助プロジェクトの横断的な(コスト/裨益人口)比較評価の資料を整えることが求められる。
(3)他援助機関等との関係等
現在の主要ドナーは米国、フランス、日本である。USAIDSは最大のドナーで、最近ではターンキー・プロジェクトを組み入れている。USAIDSは全ての分野のインフラ整備からは手を引いてキャパシティー・ビルディングの方向に転換しつつあるたため、それを補完する形でJICAの無償資金協力への要請が強まっている。フランスは有償が多く、機材供給が主体である。日本は開発調査、無償、プロジェクト方式技術協力、有償(OECF)と多彩である。現在では日本が大カイロ圏水供給事業に対する唯一の無償資金供与国になっている。マスタープランの優先順位を考慮しながら、どこの国でも良いから資金協力が得られれば部分的整備でも着手する援助依存体質があり、水供給分野内でのドナー・コーディネーションに特に配慮したシステムを有してはいない。
(4)自立発展性とインパクト
東西冷戦時代に水資源開発の国際援助に東側・西側の国際政治の熾烈な駆け引きをリンクさせたナセル大統領時代から、エジプトの開発と国際援助は世界を巻き込む政治レベルで深く結びつき、今日に至るまで、かたちの上では独自の開発5ケ年計画にもとづいているものの、現実的には外国援助無しの自立的発展というコンセプトは政府の政策レベルでも現場の実施機関でも極めて薄い。裏をかえせば、カイロ首都圏の水道事業は巨額の生活インフラ整備に投資した外国援助資金の一部か全てが間接的に政府補助金に化けているとの解釈も成り立ち、米国は特に補助金政策は国の自立的発展につながらないとして完全に大首都圏カイロの水道インフラ整備から撤退している。際立った対照をなす日本の無償資金協力は、四面楚歌の状況にあるエジプト政府にとってこれほどありがたいことはないし、裨益する住民に対する生活環境改善へのインパクトも絶大である。これだけインパクトがあり政策的な優先度も高い都市水道施設整備への無償資金協力が、結果をたばねてみてもエジプトの自立的発展に寄与するためには遥かに遠い位置にあり、2001年9月米国テロ事件を契機にエジプト政府(外務省)が地方の開発援助に最優先の新しい課題があると明言しているなかで、大カイロ首都圏に無償資金協力を今後とも集中させていくよりは地方に目を向けた援助の方向性の方がニーズのみならず政策的なインパクトも大きい。