人類は20世紀後半、史上例のない大きな開発の成果を達成した。開発途上国の人々の平均寿命は20年以上伸び、1950年代には半数に満たなかった成人識字率は3分の2程度にまで上昇した。しかし、現在なお13億もの人々が極度の貧困の中にあり、11億人が衛生的な水を得られず、8億余の人々が栄養不足や飢餓に苦しむなど依然多くの課題を抱えている。1990年代には、冷戦の終了に伴い民主化と市場経済化を本格的に進める国々が増える一方で、貧困や低開発も原因となって、紛争や国内対立が継続・激化する地域も見られる。
情報通信の飛躍的な進歩や経済自由化の進展とともに、経済効率の向上や国際的な相互依存が急速に進んでいるが、こうしたグローバリゼーションの流れから取り残される国々や貧富の格差の拡大が問題となっている。1997年来のアジア経済危機に際しては、開発途上地域における経済構造の脆弱性が改めて明らかとなり、新たな支援が必要となっている。また、アジア経済危機は、東アジア(東南アジアを含む)経済と我が国経済との間に存在する密接不可分の相互依存関係を照らし出したが、東アジア各国の経済構造改革や経済再生と社会的安定のための支援は、我が国自身の利益にも直接繋がる極めて重要な意義を有し、政府開発援助と経済政策との関連も重要となっている。
他方、地球温暖化をはじめとする環境問題は、一国のみならず地球的規模で深刻な影響を及ぼしうる問題である。人口・エイズ、食料、エネルギー、薬物等、国際社会が協調して取り組むべき問題が山積し、これらの諸問題も開発途上国に密接に関係している。
21世紀に向かって、開発と環境保全との両立を図り、開発途上国の持続可能な開発を支援していくことは先進工業諸国にとり共通の課題となっている。わけても、世界第二の経済大国であり、政府開発援助(以下ODA)の最大供与国である我が国にとり、開発途上国の持続可能な社会経済の発展に寄与することは、重大な責務であり、国際社会における我が国への信頼や評価を高めることにも繋がる。また、世界の平和と安定に依拠し、資源・エネルギー、食料等の供給を海外に依存する我が国にとり、開発途上国支援に引き続き積極的な貢献を行っていくことは、我が国自身の安全と繁栄の確保にとって重要な意義を有し、平和の維持を含む広い意味での我が国の国益の増進に資する。
我が国の経済財政事情は依然厳しい状況にあり、援助を巡る内外の環境も以前とは大きく変化している。ODAも、従来にも増して、こうした諸事情を総合的に勘案して実施していく必要がある。このような中にあって、国際社会から我が国に寄せられる高い期待に引き続き応えていくためにも、これまで以上に国民の理解と支持を得てODAを実施して行くことが不可欠である。その際、特に「政府開発援助大綱」*1の理念、原則等に則り、援助の適正な実施を確保するとともに、これまで以上に効果的かつ効率的に援助を推進すること、その政策につき国会をはじめ広く国民に対し十分な説明責任を果たすことが必要である。併せて、ODAと我が国の外交政策や国益に関わる重要な政策との間の連携を図っていくことも必要である。
これまでの我が国の援助は概ね高い評価を得ているが、ODA事業は歴史、文化、習慣、法制、言語などが全く異なる国々との共同事業である場合が多いため、本来的に種々の難しさを伴い、必ずしも当初の期待通りの成果が挙がっていない場合もあり、改善が求められるべき点もある。
以上を踏まえ、今後5年程度を念頭に置いた我が国ODAの基本的考え方、重点課題、地域別援助のあり方等をここに明らかにする。なお、この中期政策は、内外情勢の変化に対応して適宜見直しを図ることとする。
【注釈】
※1:政府開発援助大綱(ODA大綱)
我が国のODAの理念と原則を明確にするために、援助の実績、経験、教訓を踏まえ、日本の援助方針を集大成したODAの最重要の基本文書であり、平成4年6月30日に閣議決定された。内容は、基本理念、原則、重点事項、政府開発援助の効果的実施のための方策、内外の理解と支持をうる方策及び実施体制の6部から構成される。「基本理念」において、[1]人道的見地、[2]相互依存関係の認識、[3]自助努力、[4]環境保全の4点を掲げている。また「原則」において、「相手国の要請、経済社会状況、二国間関係等を総合的に判断」しつつ、4項目への配慮、すなわち[1]環境と開発の両立、[2]軍事的用途及び国際紛争助長への使用回避、[3]軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入等の動向に十分注意を払うこと、[4]民主化の促進、市場指向型経済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状況に十分注意を払うこと、を定めている。