(1) 計画経済から市場経済へ
カンボジアにおいては1991年のパリ和平協定の締結により和平が達成され、カンボジア王国憲法の成立により、市場経済への経済体制移行が定められた。1993年のUNTAC監視下における選挙を経て後、社会経済復興プランを国際機関の支援を受けて作成した。1996年以降は第一次社会経済開発計画(SEDP: Socio-Economic Development Plan)により、本格的に市場経済を前提とした政策がとられている。法制度面では商行為・商業登記法、商工会議所法の制定がなされ、国営企業に関しては民営化(企業売却・リース)が進められる等、市場経済化に向けた取り組みがなされている。また、1996年には国立銀行法、1997年には労働法、税法が制定された。
この間、経済成長は1994年に4.0%、1995年に7.6%、1996年に7.0%と目覚しい成長を遂げている(表2-1参照)。この要因としては1)1995年に主要生産品目である米の生産量が大幅に増加したこと、2)1994年以降、繊維縫製業などの労働集約型産業への外国直接投資が拡大し、工業化が開始されたこと、3)多数の国際援助機関の援助活動が徐々に成果を上げ直接・間接に寄与していること等が挙げられる。但し、一人当たりのGDPは最貧国に分類される300ドルに満たない水準の286ドル(1998年)であり、他のASEAN諸国との格差は大きい。(表2-2参照)
表 2-1: マクロ経済指標
1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 (推定) |
1999 (予測) |
|
実質GDP(百万US$) | 1,923 | 2,385 | 2,923 | 3,113 | 3,033 | 2,868 | 3,132 |
- (10億リエル) | 5,414 | 6,131 | 7,200 | 8,200 | 9,100 | 10,900 | 11,900 |
実質GDP成長率(%) | 4.1 | 4.0 | 7.6 | 7.0 | 1.0 | 1.0 | 4.0 |
1人当りGDP(US$) | 200 | 241 | 284 | 291 | 276 | 252 | 286 |
インフレーション(年平均%) | 114.5 | -4.0 | 7.9 | 7.1 | 8.0 | 14.7 | 5.0 |
経常収支(公的移転収支を含む) | -4.2 | -4.7 | -4.4 | -5.0 | -4.5 | -5.0 | -6.6 |
外貨総準備高 | |||||||
(百万U Sドル) | 62 | 70 | 110 | 146 | 198 | 323 | 376 |
(輸入額の月分換算) | 2.4 | 1.5 | 2.0 | 2.3 | 2.8 | 4.2 | 4.3 |
出所: Socio-Economic Development Requirements and Proposals, January 1999: Monthly Bulletin of Statistics, July 1999
表 2-2: ASEAN 諸国の経済概要の比較
シンガポール | マレーシア | タイ | フィリピン | インドネシア | ベトナム | ラオス | ミャンマー | カンボジア | |
GDP(US$Billion) 1998a | 84.4 | 71.8 | 116.1 | 65.1 | 94.2 | 27.2 | 4.5 | 2.868e | |
一人当りGDP (1997,US$)b |
32,940 | 4,680 | 2,800 | 1,220 | 1,100 | 320 | 400 | 97 a | 300 |
債務返済比率 (DSR)1998,%c |
2.3 a | 0.9 | 21.3 | 11.9 | 36 | 13.4 | 11.9 | - | 2.6 |
成人識字率 (1997, %)d |
91.4 | 85.7 | 94.7 | 94.6 | 85 | 91.9 | 58.6 | 83.6 | 65 |
a:EIU
b:Asian Development Outlook 1999
c:Asian Development Outlook 1999
d:識字率のデータはUNDP人間開発報告書1999、内カンボジアはSEDP(First Socioeconom ic Developm ent Plan)より作成でデータは1994年の
e:Socio-Economic Development Requirements and Proposals, January 1999 1998年のデータは暫定値
しかし、カンボジア経済はその後、1997年の武力衝突、その影響による援助活動の停滞、アジア通貨危機の余波、また旱魃の発生などで1997年以降は経済成長が減速し、1998年の経済成長率は1%となった。通貨リエルは米ドルに対して10%切り下げられ、またタイバーツに対しては30%近く切り下げられたことにより、インフレが懸念された。具体的には1997年の9%から、1998年では12%に上昇した。しかし、1999年には経済活動の回復も見られ、経済成長率は4%を達成すると推測されている。
(2) 財政構造
カンボジアは財政・経常収支共に赤字で、国際機関・ドナーの援助に依存する割合が極めて高い。通常の途上国の経済問題に加えて、紛争の後遺症が重くのしかかっていることがこの国の健全な財政運営を困難にしている。
同国の財政基盤について見てみると、主な財源は税収である。しかし、徴税制度の構築が遅れているため、直接税・間接税等国内税の徴収率は著しく低く、1999年の付加価値税導入まで、税収面では関税収入に極端に依存する割合が大きかった。1994年を例にとると関税が77%、間接税20.6%、直接税は僅か2.3%であった。その後、徴収率が改善されたものの、関税は55.5%、間接税37.4%、直接税7.1%の水準にある。1999年の1月の付加価値税導入が若干の希望をもたらしており、経済財政省によると、歳入は1月から5月の間に前年比より41%増加した。近年歳入のGDP比率は増加しているとはいえ、1997年を除いては経常支出をまかなうレベルには至っていない。資本支出のほとんどが外国資金(援助)によってまかなわれているというのが現状である。
1996年以後、経常赤字は対GDP比1%以内に抑えられているが、歳出面を見ると構造的な問題がある。第一に、紛争の影響もあり、軍事・公安における支出が1998年の経常支出の5割以上に達しており、その結果、他の社会・経済サービスに対する支出が圧迫されていることがある。しかも、公務員の給与支払いが支出の5割を占めており、給与以外の投資に充てられる資金は限られている。軍事・公安部門に至っては、給与が支出の7割近くを占めるという極端な構造になっていることがわかる。これらを解決するには、公務員の削減が最重要課題であるが、民間市場が確立されていないカンボジアにおいて、吸収する雇用市場が欠如しており、慎重な対応が求められる。こうしたことから、政府は退役軍人支援プログラム(Cambodia Veterans Assistance Program, CVAP)の実施について、各ドナーに打診しており、具体的に1999-2001年の3年間に7,540万ドルの支援を要請している1。
表 2-3: 国家財政の概要とGDPに占める割合
項目 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998(概算) | 1999(計画) | ||||||||
予算 | 予算 | 予算 | 予算 | 予算 | 予算 | |||||||||
10億 リエル |
GDPに 占める 割合 |
10億 リエル |
GDPに 占める 割合 |
10億 リエル |
GDPに 占める 割合 |
10億 リエル |
GDPに 占める 割合 |
10億 リエル |
100万 US$ |
GDPに 占める 割合 |
10億 リエル |
100万 US$ |
GDPに 占める 割合 |
|
歳入: | 590.4 | 9.63% | 643.0 | 8.93% | 749.1 | 9.08% | 881 | 9.68% | 867.6 | 230 | 8.07% | 1245 | 336 | 10.23% |
1.税収入 | 364.5 | 5.95% | 445.5 | 6.19% | 534.3 | 6.48% | 597.4 | 6.56% | 638.2 | 169 | 5.94% | 855 | 231 | 7.03% |
直接税 | 6.3 | 0.10% | 19.0 | 0.26% | 21.2 | 0.26% | 40.7 | 0.45% | 45.1 | 12 | 0.42% | 75 | 20 | 0.62% |
間接税 | 77.3 | 1.26% | 105.8 | 1.47% | 169.0 | 2.05% | 209.3 | 2.30% | 238.5 | 63 | 2.22% | 339.3 | 92 | 2.79% |
関税 | 280.9 | 4.58% | 320.8 | 4.46% | 344.1 | 4.17% | 347.3 | 3.82% | 354 | 94 | 3.29% | 440.7 | 119 | 3.62% |
2.税外収入 | 224.6 | 3.66% | 189.8 | 2.64% | 175.6 | 2.13% | 271.3 | 2.98% | 200 | 53 | 1.86% | 344.8 | 93 | 2.83% |
-内森林収入 | 88.7 | 54.1 | 27.5 | 17.8 | 4.7 | 124 | 33.5 | |||||||
3.資本収入 | 1.2 | 0.02% | 7.7 | 0.11% | 39.2 | 0.48% | 12.3 | 0.14% | 29.4 | 8 | 0.27% | 25 | 7 | 0.21% |
税構造 -直接税 -間接税 -関税 |
2.3% 20.6% 77% |
4.7% 23.3% 72% |
4.9% 30.6% 64.4% |
6.8% 35% 58.1% |
7.1% 37.4% 55.5% |
8.8% 39.7% 51.5% |
||||||||
歳出: | 997.7 | 16.27% | 1,247.9 | 17.33% | 1,319.7 | 16.00% | 1,267.9 | 13.93% | 1,262.3 | 334 | 11.74% | 1,490 | 403 | 12.24% |
1.経常支出 | 662.4 | 10.80% | 736.8 | 10.23% | 789.8 | 9.57% | 816 | 8.97% | 895.7 | 237 | 8.33% | 1110 | 300 | 9.12% |
軍事・公安 | 391.5 | 6.39% | 430.1 | 5.97% | 403.0 | 4.88% | 419.3 | 4.61% | 463.9 | 123 | 4.32% | 455 | 123 | 3.74% |
-内給与支払 | 188.8 | 3.08% | 229.6 | 3.19% | 222.3 | 2.69% | 252.3 | 2.77% | 315 | 83 | 2.93% | 315 | 85 | 2.59% |
文民部門 | 256.4 | 4.18% | 270.0 | 3.75% | 336.0 | 4.07% | 360.3 | 3.96% | 360 | 95 | 3.35% | 527.5 | 143 | 4.33% |
-内給与支払 | 99.6 | 1.62% | 116.6 | 1.62% | 121.6 | 1.47% | 133.5 | 1.47% | 162.4 | 43 | 1.51% | 176 | 48 | 1.45% |
-内オペレーション費 | 120.0 | 110.6 | 161.0 | 165.3 | 1.82% | 142.5 | 38 | 1.33% | 267.7 | 72 | 2.20% | |||
2.資本支出 | 335.3 | 5.47% | 511.1 | 7.10% | 530.0 | 6.42% | 452 | 4.97% | 366.6 | 97 | 3.41% | 380 | 103 | 3.12% |
国内資金調達投資 | 78.5 | 56.9 | 61.6 | 110.3 | 1.21% | 76.6 | 20 | 0.71% | 180 | 49 | 1.48% | |||
-内財政支援 | 0 | 0.00% | 0 | 0 | 0.00% | 55 | 15 | 0.45% | ||||||
外国資金調達投資 | 256.8 | 454.2 | 468.0 | 341.6 | 3.75% | 290 | 77 | 2.70% | 200 | 54 | 1.64% | |||
収支 | ||||||||||||||
総合赤字 | -404 | 6.64% | -604.8 | 8.40% | -570.6 | 6.92% | -386.9 | 4.25% | -394.7 | -105 | 3.67% | -245 | -66 | 2.01% |
-経常勘定赤字 | -73.2 | 1.19% | -101.5 | 1.41% | -79.9 | 0.97% | 52.6 | 0.58% | -57.5 | -15 | -0.53% | 110 | 30 | 0.90% |
出所:Ministry of Economics and Finance
(3) アジア通貨危機と武力衝突事件の影響
カンボジアへの外国からの投資は、1993年以降活発化した。特に1994年には外資系企業の誘致を目的とした投資法を施行し、軽工業品の輸出の増加や観光開発が進展した。貿易についても1997年にカンボジアが米国より最恵国待遇を得て、特恵関税が適用されたことに伴い、繊維縫製品を中心とした輸出が急増してきている。
しかし、1997年のアジア経済危機とカンボジアでの武力衝突は、経済活動に大きな影響を及ぼし、投資額は停滞した。また内紛が軍事費削減への意欲をそいだため、軍事費の経常支出の占める割合は依然として高いままである。この間、海外からの民間投資のみならず、ODAを財源とする公共投資も減少したことから、1997年、1998年の成長率は1%にとどまった。1998年の総選挙を経て新政府樹立後は、政治的安定と経済成長を軌道に乗せるため、ドナーに積極的に働きかけたため、ODAのディスバースは漸増し、経済成長率も1999年は4%に回復する予想である。
海外からの直接投資については表2-4のとおりで、近隣諸国が中心で、次いで、米国、フランスが多い。日本からの民間投資は非常に限られている。
表 2-4: 各国からの投資
1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 合計 | |
米国 | 193 | 110 | 5 | 86 | 1 | 395 |
フランス | - | 187 | 3 | 1 | 1 | 192 |
その他先進国 | 4 | 65 | 61 | 32 | 15 | 177 |
シンガポール | 43 | 108 | 30 | 15 | 49 | 245 |
タイ | 6 | 36 | 54 | 28 | 33 | 157 |
マレーシア | 42 | 1,418 | 194 | 66 | 147 | 1,867 |
インドネシア | 26 | 1 | 13 | 1 | 6 | 47 |
中国 | 26 | 6 | 37 | 36 | 113 | 218 |
香港 | 3 | 13 | 21 | 72 | 91 | 200 |
韓国 | 2 | 1 | 5 | 189 | 5 | 202 |
台湾 | 1 | 14 | 164 | 44 | 144 | 367 |
日本 | - | 1 | 11 | 0 | 1 | 13 |
カンボジア | 249 | 417 | 196 | 167 | 248 | 1,277 |
その他 | 0 | 2 | 8 | 23 | 2 | 35 |
合計 | 595 | 2,379 | 802 | 760 | 856 | 5,392 |
出所:商業省資料
(4) ASEAN加盟の課題
長年の懸案であったASEANへの加盟は、新政府の樹立後1999年4月に実現された。国連の代表権も1998年12月に回復し、国際社会へ正式に復帰した。
一方、ASEAN加盟に伴いAFTA (ASEAN自由貿易地域) 加入により、関税率引き下げが、大きな問題となっている。関税収入の今後の減少を勘案すると、直接税・間接税の早急な増大による財政基盤の強化が最重要課題となっており、特に歳入がGDPの10%未満という低い値にとどまっている状態ではASEAN各国のレベルとかなり差があるため、税制改革を実行し歳入を増加させる方策が求められている。また、同時に国営企業の改革による補助金の削減、投資環境の整備による外国民間投資の促進、さらに国内資本の流動化を目指した金融システムの整備拡大が緊急課題とされる。
1 Royal Government of Cambodia., January 1999. "Socio-Economic Development Requirement and Proposals."