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第6章 重点分野別の援助実績



6.4 災害対策

6.4.1 自然災害対策の現状と課題

(1)自然災害対策に関係するセクター

バングラデシュ国の自然災害の影響は甚大であり、自然災害の歴史から洪水、サイクロンおよびサイクロンによる高潮による人、資産、農作物への被害が甚大であると言われている。

バングラデシュ政府の開発計画においては、洪水対策およびサイクロン対策など災害対策のみをセクターとして分類しておらず、災害対策に特化したセクターは無い。バングラデシュ国では、水資源開発セクターが堤防や排水路などの建設、維持管理を通じて洪水対策に対処し(水資源開発セクターは潅漑施設の建設・維持管理も管轄する)、サイクロン対策は施設インフラ・セクターが、サイクロン・シェルターの建設を通じて対応している。また、洪水およびサイクロン対策への別のアプローチとして、予警報システムの整備と運営は、開発計画上通信セクターにて言及されている。

洪水対策は水資源開発庁(BWDB)、サイクロン・シェルターは地方自治・地域開発・組合省地方自治土木局(LGED)が中心的に、気象および洪水予警報システムは、バングラデシュ気象局(BMD)およびBWDBが担当している。サイクロン・シェルターのうち、多目的施設として学校供用される場合は教育省が維持管理を担当する。

自然災害の種別 開発計画上のセクター 関係機関
洪水/河川浸食災害 水資源開発(洪水対策) 水資源開発庁(BWDB)
サイクロン災害 施設インフラストラクチャー 地方自治技術局(LGED)
気象および洪水予警報システム 通信 バングラデシュ気象局(BMD)
水資源開発庁(BWDB)


なお、バングラデシュ国には災害救済復興省(MDRR)が存在する。国レベルでの災害管理一般はMDRRが担当し、関係省庁、機関代表で構成される災害調整委員会を運営し災害管理に係る政策調整を行っている。近年、MDRRは省内に災害管理局を設置し包括的かつ全国的な災害対策計画の策定、全国およびタナ・レベル向けの災害管理ハンドブックの作成に従事している。

(2)自然災害の現状

(A)洪水災害

国土面積が僅か14万4千km2(我が国の約3分の1)のバングラデシュ国は毎年洪水を経験する。年間雨量の8割が集中するモンスーン期(6~9月)には、デルタを形成するガンジス、ブラマプトラ、メグナ河が上流地域である国外の集水地(174万km2)より多量の水と土砂をバングラデシュ国内に運び、これにバングラデシュ国内の雨量が加わる。

洪水反乱の発生状況 平年時の洪水は、むしろ同国に多大な恩恵をもたらす。自然形成される漁場、肥沃壌土の農地への堆積、低地澱水の出水など、洪水はバングラデシュ国農村部の生活と深く結びついている。しかし、先の主要河川が水位ピークを超え氾濫を引き起こす場合は、洪水被害が発生する。河川氾濫に、高潮や豪雨が加わる場合はその被害は甚大なものとなる。洪水被害は、特に資産や農産物への影響が大きいものとして捉えられている。

更にバングラデシュ国が低地にあり、排水施設が充分に機能しないため(土砂の堆積により)冠水面の低下が遅い。バングラデシュ国人口の約8割が農村部に暮らし、狭い国土と更なる人口増加は、農民の災害脆弱地域への追込みを加速する。都市部の工業化も、容易に蓄積された資産が浸食されたり、被害リスクのある環境では、事業継続や投資インセンティブに抑制が生じる。

(B)サイクロン災害

サイクロンの発生状況 ベンガル湾に発生するサイクロンは、通常高潮を伴い主に沿岸部に対し壊滅的な損害を与え、多くの人命を奪っている。サイクロンが満潮時、特に大潮と重なった場合は、波高5~9mの波が沿岸に押し寄せ、国土の大部分が低地に属するバングラデシュ国では内陸部5~8kmまで海水が侵入する場合もある。サイクロン被害については人的被害が大きいものとして認識されている。サイクロン被害を受けやすい高度危険地帯には、1995年時点で約520万人が居住していると言われていた。

独立の引き金となった1970年11月の高潮災害では30~50万人もの住民が犠牲となり、また、85年5月には死者1万人に及ぶ被害を蒙っている。さらに、史上最大規模と言われる91年4に襲ったサイクロンでは、政府の公式発表で14万人、国際救援機関では20万人を超えたものと報告されている。このような人命や家畜に被害を与え、また経済的にも大きな損失をもたらしたとされるサイクロンは、過去25年間で14にのぼり、ほぼ1年おきに繰り返されてきたと言われる。

(3)自然災害対策の課題と取組みの現状

(A)洪水対策

1990年代に入ってからのバングラデシュ国の洪水対策に関わる課題は、以下のとおりである。併せて河川浸食に関わる課題も開発計画において言及している。

洪水災害の最小化   洪水脆弱地域の生計向上
農作物・生命・資産損失を防ぐ洪水の管理
沈砂除去による水道導水能力の強化
洪水対策事業サイトにおける養殖業の振興
河川浸食災害の最小化 その他
河川浸食に対する宅地・商業地・農地の保護 水資源開発管理計画の策定


洪水および河川災害対策に関する課題は、基本的に人道的かつ恒久的なもので最終的には被害の最小化である。重要なことは上記課題への取組み策/アプローチであり、この問題は過去数十年に亘りバングラデシュ国でも議論されてきた。以下に、この恒久的なボトルネックに対する最適な取組み策を講じるため策定された水資源開発管理計画の変遷を述べる。

国家水資源管理計画

1964年に最初の計画(Water and Power Master Plan)が策定され、向こう20年間の水資源利用計画であり、災害対策面では構造物対策アプローチを重視して洪水制御施設の整備と拡充が計画された。3大河川の両岸を含む全国にわたる数千マイルの堤防、100余りのポルダー(輪中堤)、数えきれない水門やその他の水利施設からなる大規模な58の洪水制御、排水事業を中心にすえたものであった。問題は過度に政府の計画実施能力を見積り過ぎたこと、バングラデシュ国農民が蓄積してきた「洪水との共生」というコンセプトをあまりに看過した点と指摘されており、包括的な取組みがなされなかった。

1986年にはNational Water Management Plan(NWMP)フェーズIが策定された。フェーズIは農業生産増加指向の水資源開発計画であったが、一方でようやく既存の排水施設など洪水制御施設のパフォーマンスに焦点を当てたものとなった。この頃には、多大な資金をかけて実施された堤防建設事業が、必ずしも成功を納めたとは言えない状況にあることが明らかとなっていた。全国に建設された大小の堤防が、網の目のように走る河川や水路を国内の1,000箇所以上で分断する結果となり、排水不良が至る所で発生し全国的な問題となった。

Flood Action Plan(FAP)

1988年の大洪水後、それまでの大規模な堤防建設事業重視の姿勢から洪水に対する根本的解決をめざした方向転換を図ることになる。如何に洪水問題に対処するかについて本格的な議論が活発化した。バングラデシュ国の洪水対策への取組み調整を世銀が図ることで15ヶ国の国と国際援助機関により11の対策事業計画調査と15の支援調査(観点を換えれば地域別の対策計画、事業の実施計画、パイロット・プロジェクト)で構成されるFAPが策定された。1989年12月にはドナー会議の場に提案され正式に成立する事となった。

FAP策定において最も議論された問題は、構造物対策を重視し自然工学的な解決策を模索するのか、「洪水との共生」を基本とした非構造物的なアプローチを重視するのかということであった。議論を踏まえFAPは検討されたが、依然大規模な構造物対策を重視したFAPの内容は、当時現地および国際NGOからの強い批判を受けた。

しかし、FAPで掲げられた調査の実施期間中にいくつか重要なコンセンサスとコンセプトの形成が生まれた。これらは、よりソフト(非構造物)面を重視した洪水管理、住民および受益者の参加(コンサルテーションを通じた適切なニーズの把握)、他セクター間に跨る視点や計画、環境および制度面の配慮、地域の特性に応じた洪水対策計画などが挙げられる。FAPは構造物偏重の内容から段階的に洪水との共生というコンセプトをより重視する調査結果を生み出すに至った。

Post-FAP

1994年末には、FAPの殆どの調査は終了し、調査結果を受けてバングラデシュ政府は1995年に水資源管理および洪水対策戦略を発表し、後に上記の新たなコンセプトを採用した国家水資源政策(NWP)が1999年に準備された。2002年3月末現在でこれら政策と戦略を具体化した新たな国家水資源管理計画(NWMP)が策定中である。

(B)サイクロン対策

開発計画において言及されているサイクロン対策に関わる課題は、「沿岸部でのサイクロン・シェルターの建設」であり、洪水対策と同様普遍的なものであり、課題自体の妥当性が問われるものではない。サイクロン・シェルターの整備推進は、1991年の記録的な災害の経験を受け世銀とUNDPの協力より「多目的サイクロン・シェルター・プログラム」なる計画が策定され、その後加速された。

なお、FAPにおいても「サイクロン・プロテクション・プロジェクト(FAP-C7)」として、防潮堤の構築により被害を軽減する計画の詳細検討を行った。FAP-C7はその緊急性に鑑み、世銀などの協力により事業の実施に移行された。

(C)予警報システムの整備を通じた対策

気象および洪水予警報システムはBMDおよびBWDBが管理している。自然災害対策で整備された施設は、予警報システムによる情報伝達と併せて機能しない限り効果的に活用されず、効果自体も充分に発現されない。

BWDBは1972年に洪水予警報センターを設立し、主要河川35カ所で水位観測、34カ所で雨量観測を行っている。観測データは全国40カ所のワイヤレス・ステーションを経由し、ダッカへ送られる。更に6カ所のテレメータ(水位が4カ所、残りは雨量)がフラッシュ・フラッドを受けやすいバングラデシュ国東部流域に設置されている。洪水期には、洪水予警報センターがガンジス、ブラマプトラおよびダッカ沿い二河川に係る定量的な洪水予測を過去24時間の雨量と併せて毎日レポートし、関係政府機関やマスメディアに報告する。その他河川に対しても毎日ではないが洪水予測が報告される。

開発計画において政府が掲げている予警報システム整備と運用に関わる課題は、「自然災害損失を最小化する予警報システムの改善」、「地震モニタリングおよび予測に向けた情報ネットワークの整備」、および「農業用気象予報サービスの改善」であった。

(4)自然災害対策事業のパフォーマンス

洪水対策事業のパフォーマンスを判断するには、災害被害額や被災者の推移でみるのが可能であれば望ましい。次葉に自然災害による被災者数の推移を示す。しかし自然災害の種類や災害が襲った規模や地域のばらつき、被災者数値の正確性などの理由により、被災者数の傾向だけで災害対策の貢献度を測定するのは難しい。

表6-4-1 自然災害による被災者数と主要な災害履歴

88/89 89/90 90/91 91/92 92/93 93/94
死亡 9,587 1,165 138,868 - 38 646
被災者計 55,200,000 5,304,000 13,400,000 - 1,275,300 16,619,633
主要自然災害
被災地域
7月:洪水
全国
不明:サイクロン
3月:竜巻
マニゴンジ
不明:旱魃 4月:サイクロン/高潮
沿岸部
不明:洪水
4月:サイクロン
コックスバザール
94/95 95/96 96/97 97/98 98/99 99/00
死亡 350 1,592 1,021 558 1,359 132
被災者計 1,054,109 23,455,001 64,447,010 4,705,098 30,916,351 4,529,030
主要自然災害
被災地域
4月:竜巻
ムンシガンジ、バリサル、マドリプール
7月:洪水
北部
10月:サイクロン
不明:洪水
全国
6月:洪水
北西部、ダッカ、ナラヤンガンジ
5月:竜巻
タンガイル、ジャヤマルプール
出典: UNDP
備考: 「被災者計」には傷害、家屋損失、その他災害の影響を受けた被災者を含む。
但し規模の大きな洪水やサイクロンなどが発生した年には、やはり被災者の数が増加する傾向に変化はないと言える。このことからバングラデシュ国全体でみれば、未だ自然災害に対する脆弱性が高い国であり、災害対策事業への投資およびドナーの支援は不可欠であると考えられる。


なお、バングラデシュ国開発計画では洪水対策事業のパフォーマンスをみるに、洪水対策および排水施設の整備対象面積を利用し、その推移をモニタリングしている。併せて河岸保護事業が施された総延長もモニタリングしている。

表6-4-2 洪水対策および排水施設の整備対象面積 (単位:累積千ha)

  1991/92 1994/95 1996/97 1997/98 1998/99 1999/00
累積整備対象面積 3,693 4,037 4,200 4,448 4,723 4,833


表6-4-3 河岸保護事業の総延長 (単位:km)

  1998/99 1999/00 2000/01 3年間計
河岸保護工事延長(実績) 69.4 38.0 51.1 158.5
河岸保護工事延長(計画) 103.2 38.6 63.1 204.9
出典:BWBD


1990年代における洪水対策および排水施設の整備対象面積の伸び率は、計画値3.1%/年であったのに対し、実際は5.8%/年を記録した。一方、河岸保護事業の進捗は用地取得と予算不足により進捗が芳しくないと報告されている。サイクロン・シェルターの数は1997年度現在で1,921戸建設されている。その地域別(沿岸部のみ)の内訳は以下のとおりである。

表6-4-4 サイクロン・シェルターの戸数

Chittagong Cox's Bazar Patuakhali Bagerhat Pirojpur Bhola Feni
365 385 328 50 26 318 43
Noakhali Lakshmipur Barguna Barisal Khulna Satkhira 合計
191 96 94 1 17 7 1,921
出典:バングラデシュ統計局


現在では、高度危険地帯に暮らす人口の概ね半分が収容される戸数に到達したとの報告があるが、建設に関わる機関がLGED以外多数有り、正確に戸数の把握はされていないのが現状である。

6.4.2 我が国の自然災害対策への取組みと貢献

(1)援助の実績

1990年代における自然災害対策分野での我が国の取組みを以下に示す。我が国の援助は「防災」に関わるものと、災害が起きた際の「救済」に関わるものに大別される。技術協力では、河川工学、水文、気象学、水資源開発政策に係る分野の専門家派遣、および洪水制御施設の維持管理、防災行政、護岸技術、河川工学、砂防技術、水災害対策、排水技術などに係る分野の研修事業を実施している。これら技術協力を通じ、実施機関の事業実施能力の向上と技術的ベースの蓄積を図り、実施事業の効率化支援が行われている。

洪水災害の最小化
農作物・生命・資産損失を防ぐ洪水の管理 洪水対策(チーム)
ダッカ市雨水排水施設整備計画(開調/無償)
ダッカ首都圏洪水防御・雨水排水計画(開調)
北西地域洪水防御・排水計画(開調)
専門家派遣、本邦および第3国研修
沈砂除去による水道導水能力の強化 ダッカ市雨水排水施設整備計画(開調/無償)
ダッカ首都圏洪水防御・雨水排水計画(開調)
北西地域洪水防御・排水計画(開調)
第3国研修
河川浸食災害の最小化
河川浸食に対する宅地・商業地・農地の保護 メグナ河護岸対策計画-橋梁対策(無償)
メグナ橋護岸改修計画-橋梁対策(無償)
メグナ河中長期護岸対策(チーム)
専門家派遣、本邦研修
洪水脆弱地域の生計向上
洪水対策事業サイトにおける養殖業の振興
その他
水資源開発管理計画の策定 専門家派遣
サイクロン災害の最小化
沿岸部でのサイクロン・シェルターの建設 多目的サイクロン・シェルター建設計画(無償)
草の根無償事業(1件)
予警報システムの整備
自然災害損失を最小化する予警報システムの改善 気象観測用レーダー更新計画(無償)
気象用マイクロウェーブ網整備計画(無償)
自然災害気象警報改善計画(無償)
専門家派遣、本邦研修
地震モニタリングおよび予測に向けた情報ネットワーク整備   
農業用気象予報サービスの改善   


この他、災害救済および復興事業を主に無償(含む草の根無償事業)にて以下のとおり実施している。援助計画および相手国の開発課題に基づいて実施されるという性格のものではないが、主に機材供与の形で援助が行われている。

災害救済および復興事業関係 罹災地復興計画(無償)
サイクロン被災道路、施設、農地復興計画(救援機材)(無償)
サイクロン災害復興緊急商品借款(無償)
災害緊急保健支援計画(無償)
草の根無償事業(9件)


同時に過去約10年間の我が国の洪水対策への支援は、下表のとおり、1989年に政府・ドナー間で合意された洪水対策上の枠組みであるFAPの提案調査や事業に基づいたもの、または先取りしたものであった。サイクロン対策は、多目的サイクロン・シェルター・プログラムに基づいて支援が実施されている。かつドナー間の分担と協調に基づいた支援が行われている。

表6-4-5 FAPコンポーネントと我が国の取組み

FAP
No.
コンポーネント ドナー 備考
1 ブラマプトラ河右岸堤強化 世銀  
2 北西地域洪水防御・排水計画調査 英、日 開発調査
3 北中央部地域洪水防御調査 EU、仏  
4 南西地域水管理計画 ADB、UNDP  
5 南東地域洪水防御調査 世銀、UNDP  
6 北東地域洪水防御調査  
7 サイクロン防御計画 EU、IDA  
8A 首都圏洪水防御・雨水排水計画調査 開発調査、無償
8B ダッカ洪水防御プロジェクト ADB、フィンランド  
9A 地方都市洪水防御プロジェクト ADB  
9B メグナ河護岸堤短期調査 ADB、フィンランド  
10 洪水予警報プロジェクト UNDP、日、デンマーク 無償
11 災害対策プログラム(予警報) UNDP  
12 洪水防御・排水/潅漑事業レビュー 英、日  
13 運営・維持管理調査 英、日  
14 洪水対応調査  
15 土地収容・再植民プロジェクト スウェーデン  
16 環境調査 米、蘭  
17 漁業調査とパイロット・プロジェクト  
18 地形図作成 仏、独、スイス、フィンランド  
19 地理情報システム  
20 区画化パイロット・プロジェクト 蘭、独  
21/22 氾濫原管理・河道安定プロジェクト 独、仏  
23 耐洪水性強化パイロット・プロジェクト  
24 河川測量計画 EU  
25 洪水モデル・洪水管理プロジェクト 英、仏、蘭、デンマーク  
26 制度改善計画 UNDP、仏  
  マクロ経済調査
主要河川地形影響評価
水資源マスタープラン


世銀
 
出典:Flood Action Plan in Bangladesh


なお、課題自体が人道的かつ恒久的な性格であることと、課題に対し如何なるアプローチで対処するのかがより重要となるため、援助内容にバングラデシュ国災害対策上の課題から乖離したものや、議論の的となるようなものは見当たらない。

洪水対策事業では、FAPやNWPが掲げるコンセプト(洪水との共生)に沿った事業計画ならびに実施であったか、シェルター整備事業においては、いかに住民のニーズと利便性に配慮したか、機材供与が中心である予警報システム整備ではいかにそれら機材が有効かつ持続的に活用されたかという点が重要である。

(2)我が国援助の貢献

(A)洪水対策

洪水対策においては、ダッカ市を重点的に雨水排水施設整備事業を実施している。これはFAPの提案調査内容(FAP-8A)を先取りした形で実施され、事業の目標は、ダッカ市内の内水を堤防外に排出し洪水を抑止することであった。ダッカ市の雨水排水事業関連施設の建設と維持管理は、ダッカ上下水道公社により行われている。

本事業が実施される数年前には、1988年の歴史的な洪水がバングラデシュ国を襲った。ダッカ市も洪水の被害を逃れることができず、JICA調査の記録では市街地135km2の約58%の地域が冠水したと報告された。被災人口は当時人口の約56%に上り、平均冠水深は1.2mとも言われた。我が国は当該事業において、市内の優先地域を対象として主要排水路の改良工事、排水ポンプ場の整備並びに外水対策事業(堤防、道路の嵩上げ、水門整備)を3年間に亘り実施した。

本事業で優先的に整備された地区では、整備後排水路以外の一般住宅地や商業地が冠水化する割合が低下し、ポンプ整備とその適切な稼働により降雨量が多くともポンプ場の内水位が一定値に維持されていると報告されている。当該事業で得られた効果は、経済および社会的効果に集約される。

整備地域では、土地の利用価値が上昇し資産価値の上昇となって効果が発現されている。結果的に土地の効率的活用が進み、従来のトタン屋根平屋群の数階建て集合住宅への建替え、常設市場の拡大(店舗数、店主および雇用者数の増加)が事例として挙げられる。また、これら変化は整備地域およびその周辺における居住人口の増加が要因となっており、その波及効果は、輸送業(リクシャなど)の雇用増加にも現れている。社会面では、保健衛生状況の改善が認識されている。

以上より認識されるべきことは、貧困層に属する人々が被る変化や影響である。高層階の集合住宅などへの土地利用の変化は、概ね中間所得層以上に帰着する。整備以前からの地主であり、集合住宅への入居者である。一方貧困層または低位所得層に属する住民は、そこで新たに創出された商業活動やサービス業に従事する機会に恵まれるが、一方で土地を立退く必要に直面する。また、ダッカ市内でも排水路が養魚池として利用されている事例があり、排水路の適切な維持管理の必要性と養魚業に携わる既得権益との調整が問題として認識されている。

この他、FAPコンポーネントの一部として2件の開発調査が実施されている。しかしながら、現在のところ我が国による事業実施援助まで具体化していない。

河川浸食対策に係る支援では、無償および専門家チーム派遣によるメグナ河護岸対策事業が挙げられる。当該支援は同じく我が国が支援整備したメグナおよびメグナグムティ橋の護岸浸食を防止する目的で行われた。専門家派遣を通じた技術支援では、洪水対策の全般的な研究協力、とりわけ河川浸食や沈泥流出のメカニズムの解析、および河川浸食や変動の計測モニタリングに関する技術移転が重点的に行われた。バングラデシュ工科大学(BUET)を中心に研究や技術移転が取組まれ、バングラデシュ側独自での計測モニタリング活動、計測技術の変化や最新化への対応など効果が現れている。

本来の目標はこれら研究成果や移転技術を、BUETのみならず責任機関であるBWDBに移植することであったが、BWBDによる受入れが進んでいない状況にある。技術移転の現場レベルまでの浸透は、災害対策分野に限らずバングラデシュ国で共通してみられる課題である。

(B)サイクロン対策

多目的サイクロン・シェルター
建設計画(無償)

多目的サイクロン・シェルター建設計画(無償)
1997年度時点で、約2,000戸のサイクロン・シェルターが建設されている。我が国のシェルター整備支援は、バングラデシュ政府より既存家畜用シェルター(キラと呼ばれる)のうえに40カ所のサイクロン・シェルターの建設を要請したことから始められた。我が国はこれまでに61戸のシェルター整備を支援しており、バングラデシュ政府自身による整備の他、世銀、UNDP、サウジ政府、NGOなどが支援を行っている。

我が国が整備支援したサイクロン・シェルターが対象となる人口の生命をどれほどサイクロン被害から防ぐことができたかについて、定量的に把握することは不可能である。しかし、バングラデシュ国全体的に言えば1991年のサイクロンによる死亡者に比較して、規模の差こそあれ近年のサイクロンによる死亡者の数が比較にならない程減少している。

近年、気象予警報システムが改善され、マスメディアを通じた情報伝達が進んだことと併せて、シェルター整備が効果的に貢献しているとの見方がある。なお、我が国が整備支援した施設に関する評価報告書によると、対象40戸のうち38戸が、少なくとも一回以上サイクロン時に利用されたと報告されている。

我が国のサイクロン・シェルター整備支援は他ドナーに比べて、以下の点が特徴として挙げられる。

  • 高度危険地帯でアクセスの悪い遠隔地域を整備対象としている
  • 既存小学校施設を改修しシェルター機能を併せ持たせている
  • 規模が大きく頑丈で、維持管理負担を軽減している
  • 教育施設との併用で整備が行われている
  • 階上にポンプを設置し、高潮時でも安全な水の供給を確保している


教室として併用されている
サイクロン・シェルター

教室として併用されているサイクロン・シェルター
バングラデシュ政府側は、我が国のシェルター施設が他ドナーのシェルターより利用上の配慮の行き届いたものであることは認識している。一方で、我が国のシェルターは建設コストが高いという指摘がある。しかし以上の特徴を持たせるに要する配慮(例えば教育施設としての備品を要する、風速基準が最も厳しいなど)が成されている旨、継続的にバングラデシュ政府や他ドナー機関に説明を行う必要はあろう。

サイクロン・シェルターは平常時教育施設として併用されている。バングラデシュ政府は1990年代を通じて、初中等教育就学率の向上を上位の開発目標に掲げており、教育施設としても整備されるシェルター施設は、確実に就学機会および受入容量の拡充を通じ貢献している。

(C)予警報システムの整備と改善

自然災害対策のために整備支援した防災インフラ施設が、有効に活用され当初の目標達成に貢献するためには、気象および洪水予警報システムの整備拡充、予警報情報の適切な伝達が重要となる。この意味からも、予警報システム整備に向けた機材やシステムの供与と専門家の派遣を通じたバングラデシュ側技術者の育成や能力向上は妥当な支援であった。

1988年や1991年の記録的な死亡者を出した災害以来、これらに並ぶ災害死亡者を出していないことは、災害の規模と程度の差はあるが、我が国援助を始め関係ドナーの予警報システム整備、改善支援に一定の効果があったものと思料される。過去の自然災害記録では、警報情報自体へのアクセスが限られ、あったとしても情報を信用せず(幾度となく誤った予警報情報が伝達されていたため)、講じるべき対応を講じず生命を失う例が多かったと報告されていることからも、予警報システムの拡充と改善は重要な役割を担っていることがわかる。

当該分野では過去に、気象観測用レーダー網整備および改善、気象用マイクロウェーブ網整備に係る機材の供与と技術協力を実施した。近年では、専門家派遣を通じて気象衛星ひまわりを活用したサイクロン発生・移動の解析に関する技術移転を行っている。効果として、天候の正確な予警報情報の提供、実施機関(BMD)の利用技術の高度化が報告されている。

(3)援助実施上の問題点

過去に亘る我が国の自然災害対策援助を通じて得られた実施上の問題点は以下のとおりである。主に住民参加(貧困層や土地無し層への配慮)、施設機材の適切かつ持続的な維持管理の必要性がクローズアップされる。

(A)洪水対策

洪水対策については、FAPのコンセプト(洪水との共生)を具現化する配慮が事業形成および実施段階に求められる。これらはソフト(非構造物)面の重視、住民および受益者の参加、他セクター間に跨る視点や計画、環境および制度面の配慮、地域の特性に応じた洪水対策計画が挙げられる。

我が国が支援した洪水対策事業においても、住民および受益者の参加と他セクター間に跨る視点や計画の重要性が浮き彫りにされた。事前の住民参加を求め貧困層への影響を適切に予測し、その影響を緩和軽減し得る「他セクターに跨る計画(ここでは土地利用の変化を見据えた地域開発計画)」の必要性が指摘される。貧困層への影響の配慮が充分でないままの洪水防御事業の実施は、これら階層のマージナライゼーション(追いやり)と脆弱地域への集中化を助長する恐れがある。

また、洪水対策施設に限らないが、整備に要する土地収容の問題も実施上の問題として認識される。バングラデシュ政府は堤防や道路など公共の利益に用される土地の収用権を有している。しかし公式な収用手続きはほとんど行使されず、法的手段に因らず伝統的な方法で仲介調停されるのが一般的であると言われている。FAPが実施した調査(FAP15および20)でも洪水制御および管理の法的側面について言及され、法制度の施行強化を提言しているが、バングラデシュ国慣習に配慮した事業形成と実施準備段階を踏まえる必要がある。

ダッカ市の雨水排水対策事業を担当するダッカ上下水道公社(DWASA)の維持管理体制については、維持管理能力と予算の不足が指摘されている。

  • 雨水排水施設や堤防の維持管理に対し、ほぼ水道料金のみにより対応せざるを得ない状況でありドナー支援以外の資金充当手段が不足している。
  • 公社の中心業務が上下水道事業であり、排水路や排水ポンプ場などの維持管理や清掃に、予算および人員上の重きが置かれていない。
  • 無償提供によるポンプ施設のスペアパーツは我が国からの調達が必要であり、適切な更新と予算措置が懸念される。

我が国が継続的に支援を行っている河川浸食対策の技術協力では、1)明確な成果指向の支援ではない、2)研究成果のバックアップおよび継続体制の構築支援が欠けている、3)派遣専門家のスキームをもっと柔軟にし、ニーズに沿った投入量や柔軟なリクルート体制を構築すべきではという指摘があった。

(B)サイクロン対策

サイクロン・シェルターは維持管理上の負担を出来る限り軽減するべく頑丈に整備されているが、それでも運営および維持管理上の問題が皆無というわけではない。以下の事項が問題として認識されていた。

  • 学校としても併用されているためシェルター管理委員会と教育運営委員会の2つの管理組織が存在する。これら2つの管理組織間で維持管理における役割分担に不明瞭さを生んでいる。対象コミュニティからのシェルター施設利用上のマイナーな要望に対する対応、割れ目や排水路の補修やポンプの修理などに対して支障を来たす例がある。
  • 政府側の建設実施機関であるLGEDと建設後の責任機関となる教育省の責任と役割も不明瞭であり、万が一施設に多大な損害が生じた場合の考慮に欠ける。
  • 家畜用シェルター・スペースの確保が、10戸を除きなされていないが、バングラデシュ側の責任で整備すべき事項であるため我が国が責められるべきことではない。しかし、スペースが確保されなければ避難住民は同じ部屋に家畜を待機させるか、居住先に残すかの選択を強いられる。家畜は唯一の資産であることが多く、家畜に対する住民の対応は適切な予警報情報の伝達と並び、避難に係る意志決定に大きく影響するものである。

(C)機材供与に係る維持管理・スペアパーツ調達の問題

災害復旧支援などで供与された機材や車輌の多くがスペアパーツの不足(近隣地域内で調達が不可能なもの、外国調達を要するもの)や維持管理の不足(未修理や定期的なチェックの怠り)に面し、稼働状態が悪化しているものが見受けられる。予算不足とバングラデシュ側技術者の技術水準の低さが指摘されている。

なお、JOCVからもバングラデシュ側の問題として、基礎的な機械工学および電気工学知識の不足、革新的かつ目新しい技術への興味が過多となる一方、日常業務や現況に即した技術の習得と研鑽に重きを置かない点が指摘されている。農業用ポンプでは、機材受入機関が利用者に対しリース契約より、機材を配布するのが一般的であるが、近年安価な中国製品が好んで利用され、我が国が供与した機材が活用されないまま放置されている事例も報告されている。

予警報システムに関する機材供与支援については、継続的な機材整備支援がなければ、バングラデシュ側で蓄積された知識や技術的資産を充分に継承することが困難となることが思料される。

6.4.3 教訓と提言

自然災害対策分野における今後の取組み策としては以下が挙げられる。

  • 事前の住民参加を求め貧困層への影響を適切に予測し、影響を緩和軽減し得る「他セクターに跨る計画(特に土地利用の変化を見据えた地域開発計画)」の検討を事業形成段階に組入れる。構造物ベースの洪水対策事業に限らず、交通インフラ事業などにも言える。
  • 維持管理(堤防および排水施設など)強化コンポーネントの提供(専門家派遣を中心に目標および成果重視指向が望まれ、技術支援内容は専門家の裁量に全面的に委ねる)と維持管理の改善目標の策定を実施機関に求め事後のモニタリングと評価体制の強化を行う。
  • サイクロン・シェルターは、予警報システムとのリンケージを重視することで、施設の存在意義と効果を一層高めることが望ましい。事業形成段階では、予警報システムの整備と運用状況を把握し、受け手側には予警報情報に係る教育と啓蒙支援が望まれる。農民らが所有する家畜の避難先確保も重要である。これら2つの事項はシェルター本来の目的に添った活用率を左右する事項であり、今後より焦点を置いて検討することが求められる。
  • シェルター整備に関する住民参加型計画の機能を強化し、コミュニティにおけるシェルター施設の役割と施設上の要望、維持管理の主体と内容について充分な検討を行わせることが望ましい。また、可能な限りの建設コスト削減努力が望まれる。
  • 機材整備支援では、できる限り予算制約と技術水準に応じた機材や適用技術の選択を事前に行う。災害予警報については、バングラデシュ国の自然災害の脆弱性と予警報情報に課せられた役割から、バングラデシュ政府は極力自らの予算と教育で実施機関とサービスの持続性を確保する体制を構築し、段階的に自立的発展を促す必要があるものと思料される。


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