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第6章 重点分野別の援助実績



6.2 社会分野(基礎生活、保健医療等)の改善

「社会分野」は、大きく保健医療、教育、上下水セクターで構成され、いずれもBHNに対するサービスの供給をつかさどる。以下セクター毎に現状と課題を考察し、我が国援助の取組みについて分析と評価を行った。

6.2.1 保健医療セクター

(1)バングラデシュ国の保健医療政策

1971年建国時のバングラデシュ国の出生平均余命は45歳、粗死亡率は千人あたり20.9人、乳児死亡率は千人あたり150人であり、国民の健康状態は非常に悪く、また保健医療施設および医療専門家の数も極端に不足していた。このためバングラデシュ国政府は、農村部を中心とする保健医療施設の拡充、国民全体への予防接種、感染症予防などの基礎保健サービスの提供、医療関連人材の育成などを中心に進めてきた。一方、人口増加の抑制も保健医療分野における最重要課題のひとつであり、家族計画の普及活動にも力を注いできた。その結果、保健医療および人口分野の状態は格段に改善された。

1990年代になると、ドナーが個別にプログラムごと、もしくはプロジェクトごとに援助を行っても、その援助効果や効率が期待通りに達成できなかったことから、世銀を中心とするいくつかのドナーの間でセクター全体をどのように開発してゆくべきかという視点に立ち戦略的に援助を行うというセクターワイドの対応が不可欠との共通認識が生まれた。

第5次5ヵ年開発計画の策定に歩調を合わせて、保健家族福祉省と世銀を中心とした援助国グループとが連携し、保健人口分野の新しい基本戦略として保健人口セクター戦略(HPSS: Health and Population Sector Strategy)が1997年に策定された。従来の政策と同戦略において提示されたそれとの大きな違いは、1)各ドナーとバングラデシュ政府が共通の資金プールを行うコモンバスケット方式の採用、2)従来から業務の重複、連携の欠如が問題となっていた同省保健局と家族計画局の統合整理、3)保健および家族計画両局のサービスを包括した基礎医療サービス・パッケージ(ESP: Essential Service Package)の提供、4)セクター包括的事業管理などであった。これはリソースの有効活用とコスト削減、さらにバングラデシュ国のプログラム・オーナーシップを高めることを意図していた。またHPSPは従来のプロジェクトベースによる手法からセクターワイドの手法への開発政策の転換であり、サービス提供システムの改革を伴うものであった。

このHPSSをベースに1998年、保健人口セクター・プログラム(HPSP: Health and Population Sector Program、1998-2003)が策定された。HPSPではすべての国民に提供されるべきESPとして1)リプロダクティブ・ヘルス、2)小児医療、3)伝染病治療、4)一般的な疾病治療、5)行動変容(正しい保健知識の普及や医療インフラの改革)の5つが挙げられている。

バングラデシュ国では独立当初から人口の約8割を占める農村部でのプライマリ・ヘスルケアの拡充を行ってきた。このサービス提供は、一番住民に近い末端レベルではユニオン(行政最小単位)にそれぞれUnion Sub Center(保健家族福祉省保健局の管轄)とUnion Family Welfare Center(同省家族計画局)が設置され、それぞれ基礎的な保健医療と家族計画サービスを行っていたが、これらの公的保健医療施設では基本的な医療機器、薬剤、スタッフも充分ではなかった。このことはサービスの質と信頼性の低下を招き、国民がこれらの施設を積極的に利用しない理由のひとつとして指摘されていた。

このHPSPでは上記の反省をもとに保健局と家族計画局の組織統合を行い、また末端にある公的保健医療施設を合併しリソースの有効活用と効率性を高めると同時に、一定の基準を満たしたESPを1ヶ所の保健医療施設(ワンストップ・デリバリー・ポイント)で提供し、すべての国民にとって利用しやすいサービス提供体制の確立を目指している。将来的には一定の資格と訓練を受けた医療スタッフと基礎的な医療施設および薬剤を整備したコミュニティ・クリニックを全国に約18,000ヵ所(人口約6,000人に対して1ヶ所の割合)整備する計画である。

(2)保健医療セクターの課題とパフォーマンス

保健医療セクターの開発課題として、最新の開発計画ではHealth for Allの達成に向けて以下の課題が掲げられた。また保健医療分野への政府支出は総予算の約7%、社会セクター支出に対する割合は約27%と計画された。

保健・医療サービス提供の質的・量的改善   保健・医療・人口セクターの状況の改善
プライマリ・ヘスルケア・サービスの拡充
コミュニティ・クリニック等ワンストップ・デリバリーによるESPの提供
ESPの提供を行う保健医療施設の拡充と能力強化
ヘルスワーカー、医療専門家の人材開発および人員増強
患者中心のリプロダクティブ・ヘスルケア提供システムの促進

子供の生存と健康の促進
母子を中心とする栄養状態の改善シスラム、および農村部女性の健康の改善
2005年までに純再生産率(NRR)を1まで引き下げる
主要伝染病および重要疾患の予防とコントロール
全国民が健康的な生活を営むことが可能となる

民間セクターの活用 その他
保健医療セクターへの民間およびNGOの参入促進
基礎医薬品、予防接種およびその他の診察用機材の充分な国内生産、供給、流通体制の促進
衛生的で安全な飲み水の提供
環境の汚染の防止による安全で健康的な生活環境の創造

制度改革
保健・人口セクターの改革
支払能力に応じた医療コスト負担を進める


出生率について見てみると、堅調に減少し、人口成長率も1989/90年の2.15%から1999/00年の1.56%(1998/99年は1.37%まで低下)へと下がっており、最新の開発計画目標値である1.32%に近づきつつある(表6-2-1)。これまでバングラデシュ国、ドナー、NGOは家族計画の普及を長期にわたり活発に進めてきており、その結果、避妊普及率は既に69%(1999/00年)にまで達し、人口成長のスピードの鈍化に貢献している(表6-2-2)。しかし伝統的な女子早婚の習慣が農村部を中心として現在でも広くみられ、このことは女性の出産可能期間が長いことを意味する。女子早婚年齢の引上げの問題は、バングラデシュ国の社会構造、女性の経済的・社会的地位、教育などとも関連しており、リプロダクティブヘルスの活動に加えて、この観点からの取組みを一層進めることにより、更なる出生率の低減の可能性も残されている。

粗死亡率も1994/95年の千人あたり9.0人から1999/00年の4.5人へと大きな改善を見せ、FDP5の目標値7.8人を既に達成している。この結果、出生時平均余命(全体)も1989/90年の56.0歳から1998/99年の61.0歳へと10年間で5歳伸びており、目標達成も近い(表6-2-1)。

表6-2-1 出生と死亡

指標 単位 1989/90 1994/95 1997/98 1999/00 目標値
人口
全国 百万人 108.7 119.9 126.5 130.2 -
成長率 % 2.15 1.87 1.77 1.56 1.32
出生率
粗出生率 千人あたり n.a. 27.8 21.0 19.9* 21.0
女性1人の出産数 4.9 3.4 3.4 3.3 2.6
出生時平均余命
全体 56.0 58.7 60.8 61.0* -
男性 56.4 58.4 60.7 61.0* 60.00
女性 55.4 58.1 60.9 61.0* 59.00
死亡率
粗死亡率 千人あたり n.a. 9.0 5.5 4.5 7.80
乳児死亡率 出生千人あたり n.a. 77.0 60.0 57.0* 55.0
5歳未満児死亡率 出生千人あたり n.a. 12.1 11.8
(96/97)
n.a. 5.50
妊産婦死亡率 10万件出産あたり n.a. 4.5 3.5 3.0* 3.00
出典:バングラデシュ国統計局
備考:*は1998/99の数値


一方、子供の生存および健康について見てみると、幼児死亡率(1歳未満)および5歳未満児死亡率ともに顕著な改善を示している。また表6-2-2に示すとおり、主要な幼児疾患であるポリオ、はしかなどの予防接種率は目覚しく上昇しており、上記乳児および幼児死亡率の改善をもたらした大きな一要因と考えられる。ドナーおよびNGOの協力のもとバングラデシュ国政府が推進する予防接種拡大計画(EPI)は着実にその成果を上げていることが評価できる。また子供の栄養面をみると、表6-2-2の6歳未満児の低身長および低体重比率の指標から判るように子供の栄養状態は確実に向上している。しかしながら、それでもバングラデシュ国の子供の栄養状態は国際比較においても依然として最低水準に留まっており、改善の余地は大きい。

リプロダクティブ・ヘルスに関しても改善が確認できる。助産婦を始めとする訓練を受けた保健員の付添う出産比率は大きく改善され、それと関連して妊産婦死亡率も開発計画の目標値である10万件出産あたり3.0人を1998/99年の時点で達成している。母子保健に重点を置いた保健医療政策と活動の成果の現れであると考えられる。

表6-2-2 母子保健(子供の健康、リプロダクティブ・ヘルス)

指標 単位 1989/90 1994/95 1997/98 1999/00 目標値
1歳時未満予防接カバー率(3種混合) % n.a. n.a. 98 66 85
BCG予防接種率 % 68 71.1 75.0 80* 80
はしか予防接種率 % 68 73.9 97 61 85
結核予防接種率 % n.a. n.a. 100 94 -
ポリオ予防接種率 % 45 85 98 66 90
ORS普及率**(下痢性疾患の抑制) % n.a. n.a. 76.0 92.7* 90
6歳未満低身長児
 -中/重程度-の比率
6-71ヵ月
児童(%)
66 51
(95/96)
n.a. 49 -
6歳未満低体重児
 -中/重程度-の比率
6-71ヵ月
児童(%)
67 57
(95/96)
n.a. 51 -
1人あたりの1日平均カロリー摂取量 kcal n.a. n.a. 2,254 2,283 2,300
避妊法普及率(15-49歳) % n.a. 46 52 69 -
保健員の付添う出産の比率 % n.a. n.a. 42.0 68.0 -
出典: バングラデシュ統計局、ADB
備考: * 1998/99の数値
** ORS(Oral Rehydration Salt)とは経口補水塩のこと。経口補水塩の粉末と水を水に溶かしたのもを与えることにより、下痢で体内から失われた水分と電解質を補給し、脱水症状を防ぐ(経口補水療法)。


施設面での拡充については、最新開発計画期間中の1997/98年から1999/00年までの間では、公的な保健医療施設の施設面(病院数、ベッド数など)での目立った拡張は無かった。それに対して、私立の医療施設は、例えば1997/98年の288ヵ所から1998/99年の626ヵ所と3倍以上の伸びを示すなど、計画期間中に目覚しい拡張を見せた。

医師、看護婦などの医療専門家の数につては、1990/91年から1998/99年の9年間をみると、それぞれ医師数が1.5倍、看護婦数が1.8倍、助産婦数が2.0倍と伸びており、最新の開発計画期間中も堅調な増加傾向である。しかしながらこれら医療専門家数は登録数であり、実際の医療現場で保健医療サービス提供に従事する現役数は、この数字より少ないものと予測される。

保健・医療サービス提供の質の面での課題については、バングラデシュ政府は国立人口調査研修所(National Institute of Population Research and Training: NIPORT)や全国20ヵ所の地方研修センターなどの公的研修機関を通じて、医療補助員(Medical Assistant)や、各家庭を訪問し家族計画などを指導する家族福祉訪問員(Family Welfare Visitor)などへのトレーニングなどを進めている。

政府統計局調査によるとプライマリ・ヘルスケア・サービスの普及率は1997/98年の54%から1998/99年で58%へと改善されているものの、全ての国民に対して行き届くまでには、今後も継続に取り組む必要がある。サービス提供体制の質的改善については、データがないため不明である。バングラデシュ人間開発報告書2000年1でも、特にサービスへのアクセスの悪い最貧困層やコミュニティおよび地域に対して確実にプライマリ・ヘルスケア・サービスを提供することは、保健医療セクターにおける緊急の優先課題であると指摘している。

表6-2-3 保健医療施設および医療専門家の数

指標 単位 1990/91 1994/95 1997/98 1999/00 目標値
保健医療施設数
国立病院 608 639 650 647※ -
District病院 59 59 60 n.a. -
Rural診療所 12 14 14 n.a. -
Thana診療所 352 380 384 402 -
Union診療所 1,275 1,362 1,362 1,362 -
私立病院 267 280 288 626※ -
ベッド数
国立病院 n.a 28,553 30,081 31,872 29,000
私立病院 n.a 7,247 8,025 11,371※ 13,000
医療専門家数
医師 人(登録数) 19,387 24,099 26,608 28,312※ 32,000
看護婦 人(登録数) 9,274 9,630 15,408 16,972※ 21,000
助産婦 人(登録数) 7,485 7,713 13,211 14,915※ -
基礎医療サービス普及率 % n.a n.a 54.0 58.0※ -
出典:バングラデシュ統計局
備考:※は1998/99の数値


民間セクターの活用については、バングラデシュ政府は教育セクターと並んで保健医療セクターにおけるNGOとの協調を進めている。特にNGOは貧困層を対象にした基礎的な保健医療サービスの提供、予防接種、栄養、家族計画、保健医療スタッフの人材育成などにおいて優れた活動を行っているものが多い。バングラデシュ政府によればいくつかの研究の結果、政府とNGOの両者が活動を行っている地域では、そうでない地域と比較して高い避妊普及率と低い出生率が確認できるとのことである。近年の出生率の低下にはNGOによる貢献度は顕著であると推定できる。

HPSPは現在も継続実施中であるが、保健局と家族計画局の統合効率化を始めとする組織・制度改革のスピードが遅いため、セクター・プログラム全体の進捗の遅れや期待された成果発現へのマイナス影響が懸念されている。現在までに明らかになっている問題点としては、1)保健サービスと家族計画サービスの統合がいまだ実現せず、両者間のコーディネーションが欠如していること、2)保健医療施設数と訓練された保健医療スタッフ数が不足していること、3)保健医療サービスのマネジメントの欠如、4)現場レベルの保健医療スタッフへのトレーニングが充分でなく、また彼らの配置が適切でないことなどである。

(3)我が国の保健医療セクターへの取組みと貢献

我が国の保健医療セクターへの協力は、家族計画や母子保健を中心とする予防・第一次医療への支援を優先的に行ってきた。この方針はバングラデシュ国の過剰な人口増加問題や主要死亡原因に関連する疾病構造をふまえて生まれたものであり、その方向性はバングラデシュ政府の開発政策にも沿うものであり、妥当なものであった。以下は第5次5ヵ年開発計画の保健医療セクターにおける課題に対する、過去約10年間の我が国ODAの援助実績である。

保健・医療サービス提供の質的・量的改善
プライマリ・ヘスルケア・サービスの拡充 母子保健研修所改善計画(無償)
リプロダクティブ・ヘスル人材開発(プロ技)
専門家派遣(人材育成指導)
リプロダクティブ・ヘスル地域展開プロジェクト(開発パートナー)
コミュニティ・クリニック等ワンストップ・デリバリーによるESPの提供
ESPの提供を行う保健医療施設の拡充と能力強化
ヘルスワーカー、医療専門家の人材開発および人員増強
患者中心のリプロダクティブ・ヘスルケア提供システムの促進
民間セクターの活用
保健医療セクターへの民間およびNGOの参入促進  
制度改革
保健・人口セクターの改革  
支払能力に応じた医療コスト負担を進める  
保健・医療・人口セクターの状況の改善
子供の生存と健康の促進 リュウマチ熱・リュウマチ性心疾患抑制パイロット事業(無償)
第1次・2次ポリオ撲滅計画(無償)
新生児破傷風・はしか予防接種拡大計画(無償)
ヨード欠乏症対策計画(無償)
専門家派遣(シシュ病院肺炎髄膜炎ワクチン)
専門家派遣(地域住民参加型家族計画)
JOCVチーム派遣(ポリオ対策)
JOCVチーム派遣(人口家族保健フロントライン計画)
地域住民参加型家族計画プロジェクト(開発福祉支援)
主要伝染病と重要疾患の予防とコントロール
母子を中心とする栄養状態の改善シスラム、および農村部女性の健康の改善
2005年までに純再生産率(NRR)を1まで引き下げる
全国民が健康的な生活を営むことが可能となる
その他
基礎医薬品、予防接種およびその他の診察用機材の充分な国内生産、供給、流通体制の促進  
衛生的で安全な飲み水の提供 (上下水道セクターの箇所にて記述)
環境の汚染の防止による安全で健康的な生活環境の創造  
この他に保健・医療分野には、看護婦、助産婦、保健師、臨床検査技師などの資格をもつ青年海外協力隊(JOCV)が派遣されている。


過去約10年間の我が国ODAは、主に母子保健、特にリプロダクティブ・ヘルス、ポリオ、はしか、破傷風などの予防接種、ヨード欠乏症対策、また主要疾患のひとつであるリューマチ熱・リューマチ性疾患対策を中心に支援を行った。なかでもバングラデシュ国政府の予防接種拡大計画のもと、UNICEFを始めとするドナー間協力をベースに進められた子供への予防接種への協力は、前述のとおりバングラデシュ国の予防接種率を格段に引上げ、幼児および5歳未満時死亡率の低減を成功させた主要要因のひとつとして考えられている。我が国はこの協力ではワクチンやコールドチェーン整備のための資機材提供を中心としながら、青年海外協力隊(JOCV)チーム派遣とも連携させるなど、我が国ODAスキームを効果的に組み合わせ、人的側面での支援も行っている。この協力は予防接種率拡大に対して直接の貢献をしていると認められる。

またリプロダクティブ・ヘルスについても、協力対象となった小児科および産婦人科の臨床機能を備えた母子保健研修所は、保健医療セクターでもリプロダクティブ・ヘルス拡充のための主要なセンターとしての機能を期待されており、現在も進行中の同研修所をベースにした助産婦などへの人材育成支援が行われている。ここでは2000年の開所以来、既に1,000名以上の助産婦に対して研修を実施してきており、既に目に見える形で着実に実績を積んでいる。継続的な支援は将来に大きな貢献が期待できる。

さらにヨード欠乏症対策計画は、JICAによる「子供のための無償」スキームの一環として開始されたものであり、これにより従来の無償資金協力のスキームの特徴である資機材・施設提供に束縛されない資金活用に道が開かれ、トレーニング等への資金提供も可能となり、ソフト分野への協力拡大への可能性に先鞭をつけた。

加えてNGOとの連携にも力を入れている。バングラデシュ現地NGOとの連携事業である「地域住民参加型家族計画プロジェクト(開発福祉支援事業)」はバングラデシュ国西部農村地域を対象に1998年から開始され現在はその第2フェーズが実地中であるが、同プロジェクトで開発した研修プログラムがバングラデシュ国保健省の研修に活用されるなど、地域レベルの家族計画を支える大プロジェクトへと成長している。また家族計画の分野で優れた実績のある我が国NGOの家族計画国際協力財団(ジョイセフ)との連携による「リプロダクティブ・ヘルス地域展開プロジェクト(開発パートナー事業)」を2001年3月より実施中であり、その成果が期待されるところである。

上記のほかにもシシュ病院肺炎髄膜炎ワクチンに関する免疫調査、公衆衛生に関する人材育成指導、地域住民参加型家族計画に係る参加型モニタリング・評価への専門家派遣や、保健医療セクターで活動するNGO等を対象に主に資機材物品への資金提供を中心とする草の根無償が5件行われている。

保健医療セクターではHPSPのもとドナー間の援助協調が他のセクターに比べて進展しているが、我が国も母子保健および予防接種の分野では、UNICEFを始めとする他ドナーとの連携関係を強化しつつ他ドナーとの連携にも取り組んでおり、この取組みはセクター全体の開発枠組みやHPSPの実効性を支える役割も果たすことになる。この我が国のドナー協調姿勢は評価され、また継続的な取組みが期待される。

(4)援助実施上の問題点

記述のとおり保健医療セクターはHPSPという枠組みの中で、各ドナーが支援を行っている。第4章でも述べたようにHPSPのベースにはセクター・ワイド・アプローチの考え方があり、具体的な実施手順についてはドナー間でも意見が異なるものの、国際機関および主要ドナーはこのアプローチを前提として同HPSPのもと援助協力を進めている。一方、我が国はこれまで通りプロジェクト・ベースでのアプローチを取っている。我が国はこのアプローチを堅持しつつ、保健医療セクターではUNICEFを始めとする他ドナーとの調整および協力を計りつつ、セクター全体のプログラムとの整合性、他ドナーのプロジェクトおよびプログラムとのデマケーションおよび進捗のスピードなどとのバランスを取りながら、個別プロジェクトによるセクター全体への波及効果を追求してきた。現在のところこの取組みは順調に進捗していると思われる。

我が国はドナー間調整については調整ありきではなく必要に応じた対応が重要であるとの認識のもと、LCGなどのドナー間援助調整の機能を活用している。そのためLCGの各部会を運営したり、LCG専属のスタッフを設けドナー間調整を積極的に推進しようとする世銀やイギリスなどのセクター・ワイド・アプローチ支持派のドナーに比べると、我が国のドナー調整を担当する実施体制には違いがある。リプロダクティブ・ヘルス人材開発プロジェクトがHPSPと整合性とを保ち、他ドナーのプログラムおよびプロジェクトの展開スピードとタイミングを合わせながら、堅実に個別プロジェクトとしての実績を生みつつあるが、これは現地日本大使館、JICA事務所などドナー間調整を行う現地援助実施体制の努力に加えて、プロジェクトリーダーもLCGの場で積極的に政策レベルのドナー間調整を支援するなど、優れた個人的資質に負うところも少なくないと思われる。これは現地援助実施体制と現場のプロジェクトリーダー、専門家同士の連携やコーディネーション、役割分担がうまく機能した結果であると思われる。一方で、政策レベルの調整に現場の専門化が関与する場合は、専門家の交替やプロジェクト協力期間の終了が成果の持続的発現に大きく影響する可能性が大きい。この点で、組織的な現地体制作りの強化が望まれる。

リプロダクティブ・ヘルス人材開発プロジェクトと保健人口セクター・プログラム(HPSP)

バングラデシュ国は女性の平均寿命が男性より低い数少ない国であり、その主要因として高い妊産婦死亡率および乳幼児死亡率が挙げられていた。母子保健医療の改善はバングラデシュ国保健政策においても重点課題と位置付けられ、我が国も対バングラデシュ国援助においてこの分野への支援を積極的に行ってきた。リプロダクティブ・ヘルス人材開発プロジェクトもそのひとつである。このプロジェクトは1998年の母子保健研修所改善計画(無償資金協力)と関連するプロジェクト方式技術協力案件として5年間(1999年9月~2004年8月)の協力期間で現在実施中の案件である。母子保健の分野については、このほかにも開発パートナー事業、開発福祉事業、草の根無償のスキームによるNGOとの連携による協力や、青年海外協力隊による活動が行われている。

リプロダクティブ・ヘルス人材開発
プロジェクト(研修センター内)

リプロダクティブ・ヘルス人材開発プロジェクト(研修センター内)
2000年6月に完成した母子保健研修所(MCHTI)は女性の健康、安全な母体のための産科病院の機能と、助産婦やヘルスワーカー等の母子保健従事者のための研修施設の機能を併設している。本プロジェクトでは母子保健研修所へ母子保健医療の専門家(医師、助産婦等)を派遣し、バングラデシュ国の母子保健従事者に対する研修・人材育成の機能強化に係る技術協力を主に行っている。一方、保健医療分野では保健人口セクタープログラム(HPSP)が策定され、そのなかでリプロダクティブ・ヘルスは全ての国民に提供されるべき5つの基礎医療サービスのひとつとされ、母子保健医療従事者の人材育成は、サービス提供の質の向上に直接に寄与するものである。従ってこのプロジェクトはセクタープログラムの方向性に沿った形で進められており、現在のところ順調に進捗している。

この成功要因として考えられるのは、プロジェクトリーダーの強力なリーダーシップに加えて、1)派遣専門家が各専門分野において途上国での協力経験が豊富なこと、2)リーダーが長期的視点に立ったプロジェクトの方向づけと将来ビションをHPSPの枠組みと整合性が取れた形で示していること、3)リーダーが様々なチャンネルを利用して他ドナーとの情報交換を積極的に行い、常に自分達の居場所を確認しながら他ドナーの動きと歩調を合わせてプロジェクトを進める努力をしていること、4)リーダーが政策や方向性だけでなく、プロジェクトにおける投入や諸活動のタイミングの重要性(個別プロジェクトが期待された効果を生むために適切なタイミングでインプットを行うということだけではなく、個別プロジェクトと関連した、或は並行的に進められている他ドナーのプロジェクトおよびプログラムの進捗にも配慮し、セクター全体に対する波及効果が期待できるタイミングでのインプット)も理解し、取組んでいることなどである。

このことを可能にした背景には、リーダーおよび専門家の派遣元である国立医療センター国際医療協力局の支援体制があると考えられる。国立医療センター国際医療協力局は国際医療協力を専門に行う途上国での医療現場の経験豊富な医師や看護婦の専門集団であり、そこでは過去のプロジェクトの経験の組織的共有化、関連情報のデータベース化、派遣専門家の養成研修や育成等に積極的に取組んでいる。国際協力に係る専門家派遣のリクルーティングを行う上で、よい例と言えよう。




6.2.2 教育セクター

(1)バングラデシュ国の教育政策

バングラデシュ国政府は建国以来、全国民に対する義務教育の実施を重要課題と位置付け、積極的に教育への投資を行ってきた。1973年に全私立小学校の国有化2を皮切りに、政府主導で識字率の向上と初等教育の普及への取組みを続け、1990年には6~10歳までの全児童を対象とした初等教育の義務化が法制化された。財政面でも教育は他のセクターと比較して優先的に予算配分が行われ、全開発予算に占める教育予算は1973/74年度の4.1%から1990/91年度には6.8%、1995/96年度には14.8%まで伸びている。とりわけ初等教育には重点が置かれ、教育予算の約半分近くは初等教育へ配分されている。現在のところ、政府教育支出は対GDP比3%近くであり、民間部門による教育支出の対GDP比1.6%を加味すると、バングラデシュ国全体で対GDP比4.6%近くが、教育セクターへの投資に向けられている3

この結果、識字率および初等教育就学率は大きく改善を見せ、成人識字率(15歳以上)は1980年の32%から1995年の38%へ4、就学率は1980年の61%から1995年の92%へと伸びた。しかし国民への初等教育サービスの量的拡大はかなり達成を実現したものの、僻地やスラムなど学校教育へのアクセスが困難な地域が依然として取り残されていた。さらに出席率と中退率の高さと、教育の質の低さが次の問題としてクローズアップされた。この要因は、教師数が不足しているため教師数に対する児童数が多いこと、暗記中心の学習方法や教育内容が実生活とかけ離れていること、教師の質に問題があることなどが考えられた。また男子に比べて教育参加機会が少ない女子に対する教育機会の促進も課題であった。

これらの課題に対応するため、教育の地域およびジェンダー格差の縮小、貧困層児童と女子児童をターゲットにした教育サービスの提供方法の改善、教師の養成訓練、カリキュラムや教材、教授法の改善、教育および学校運営への地方自治体および住民参加の促進、NGOが実施するノンフォーマル教育との連携、教育行政機関の能力強化などに関する施策を1990年代後半より取り組み始めた。

例えば主に貧困家庭児童の就学率の向上とドロップアウト率(中途退学率)の減少を目的として、一定の出席率(85%)の維持を条件に、初等教育就学児童に食糧を供給するフード・フォー・エデュケーション・プログラム5(FFE)、女子児童の就学率の向上を主な目的としたサテライト・スクール・プログラム6 、小学校へのアクセスを持たないコミュニティへの教育機会の提供を目的としたコミュニティ・スクール・プログラム7などに取組んでいる。

教師の質の問題については、政府トレーニング施設を通じての教師の訓練や待遇改善およびインセンティブの導入を行うと同時に、女子教育の促進の観点からも女性教師の積極的雇用も行っている。またUNICEFとの協力のもと、IDEAL(Intensive District Approach to Education for All)プログラム8を1996年より5地区にて開始している。その後1998年には17地区へ拡大し、現在(2002年)では35地区にて展開されている。

このプロジェクトは、学校教育への地域ぐるみでの参加、地方教育行政機関の教育事業の計画、実施、モニタリング等の実施能力の強化、女子や社会的弱者への配慮、教師の質とカリキュラムや教授法の改善を含めた教育サービスの質の向上、などの要素を含んだ総合的なアプローチを取っており、この主体となるのは児童、保護者、教師、そして地域の指導者である。

バングラデシュ国の場合は、初等教育およびノンフォーマル教育におけるNGOの役割は大きい。ノンフォーマル教育とは、フォーマルな初等教育制度から抜け落ちた村の貧しい児童に対して、識字教育を含む初等教育レベルの教育を提供するもので、多くのNGOがこの活動を行っている。

バングラデシュ政府はNGOのノンフォーマル学校と公立学校との教育内容の統一化、NGOのノンフォーマル学校出身生徒の公立学校への受入れ、一部の公立学校のNGOによる運営など、バングラデシュ政府もNGOとの連携・教育にも積極的に取り組んでいる。例えばハード・トウ・リーチ(Hard-to-Reach)プロジェクトと呼ばれる主要都市のスラムに住む児童を対象にしたNGOが行うノンフォーマル教育に対して支援をしている。

バングラデシュ国の初等教育

バングラデシュ国の教育行政は大きく2つに分かれており、初等教育は首相府直轄のPrimary and Mass Education Division(初等教育・大衆教育局)が担当し、中等および高等教育、宗教教育は教育省の担当である。初等教育は6~10歳までの5年、中等教育は7年(前期3年、中期2年、後期2年)、高等教育は2~6年(専門によって異なる)となっている。初等教育レベルの学校(小学校)は11種類に分類され主に、1)公立小学校(Government Primary School)、2)公認非政府系小学校(Registered Non-Government Primary School)、3)コミュニティ・スクール(Community School)、4)サテライト・スクール(Satellite School)、5)中等学校付属小学校(High School attached Primary Sections)、6)非公認非政府系小学校(Non-Registered Non-Government Primary School)、7)宗教学校(Madrash)、8)幼稚園併設小学校(Kindergarten)などがある。

公認非政府系小学校には、教員給与の補助の他、教員のトレーニング、教科書の無料配布などが政府より提供される。非政府系小学校が公認になるには一定の条件を満たす必要があるが、非政府系小学校の9割は公認である。コミュニティ・スクールは地域住民により設置・運営される学校であるが、教員給与および教科書は政府から提供される。宗教学校はイスラム教の教義を中心に教育を行う学校で、初等教育から大学レベルまであり、その運営は政府および政府系組織により行われている。宗教学校の修了者は対応するレベルと同等の教育課程修了資格者と見なされる。初等教育・大衆教育局の資料によると、2000年6月現在の初等教育レベルの学校数は、公立小学校37,677校、公認非政府系小学校19,253校、コミュニティ・スクール3,061校、サテライト・スクール3,884校、中等学校付属小学校1,220校、非公認非政府系小学校2,126校、宗教学校7,147校、幼稚園2,296校であった。

この他にNGO が独自に運営するノンフォーマル教育学校でも識字教育や初等教育レベルの教育が提供されている。NGO等が実施するノンフォーマル教育についての正確かつ包括的なデータはないが、バングラデシュ政府の開発計画中間レビューによれば、1999年現在、418のNGOが121,135ヶ所のノンフォーマル基礎教育を提供する基礎教育センターを運営し、3,635,050人の生徒(うち女子生徒は55%)が学んでいる。これとは別に306のNGOが38,288校のノンフォーマル教育学校を運営し、1,342,362人の生徒(うち女子生徒は63%)が学んでいる。

例えばバングラデシュ国最大のNGOであるBRACが運営するノンフォーマル小学校は2000年11月現在で31,082校、生徒数は110万人に上っている。また卒業生は170万人である(BRAC at A Glance, Public Affaires and Communications, BRAC, January 2001)。


(2)教育セクターの課題とパフォーマンス

バングラデシュ国教育セクターの開発課題として、第5次5ヵ年開発計画では、Education for Allの達成に向けて以下の目標が掲げられた。計画期間中における教育への政府支出は社会セクター支出全体の45%を予定していた。

重点目標(義務初等教育の徹底)   制度・組織改革、実施機関の能力強化
2002年までに識字率(7歳以上)を70%に上げる
2002年までに初等教育の総就学率を110%(純就学率では95%)に上げる
2002年までに初等教育の修了率を75%に上げる
女子就学率の増加
行政管理および監督機能の強化
中央教育行政機関の実施能力改善
地方自治レベルの教育行政の強化
タナ・レベルでの教育情報ベースと中央とのリンケージの強化

教育の質の向上 その他
集中的訓練による教員の質的改善
カリキュラムの見直しと良質な教材提供による質の改善
科学および英語教育の拡充と質的改善
就職指向型のカリキュラムの導入
教育機会の男女間および地域間格差の解消
子供に対する「良き市民」としての意識付け
試験制度の見直しおよび改革
教育への民間、NGOおよび住民参加の促進
教育機会の拡充(初等・中等教育)  
都市部と農村部との施設格差の解消
教室および研究室等の教育インフラの拡充
既存の教育インフラの効率的活用
Food for Education(初等教育)
サテライトスクール(初等教育)
施設建設(初等教育)


識字率(7歳以上)の向上については1989/90年の全国38.8%(男性46.2%、女性24.5%)から1997/98年には全国45.1%(男性48.2%、女性41.5%)へと改善している。ADBが最近まとめたデータ9では2000年における識字率(7歳以上)の実績は全国44.9%(男性49.5%、女性40.1%)であった。最新開発計画期間中の伸びはほぼ横ばい状態である。一方、識字率における男女間の格差は、1989/90年の21.7ポイントから1997/98の6.7ポイントへと縮小している。女性の識字率の改善が、全体識字率を押し上げる結果となっている。因みにUNICEFの統計資料10によると2000年における他の南西アジア5ヶ国の成人識字率は、インド55.5%、ネパール41.5%、パキスタン43%、スリランカ91.5%であった。今だに国民の半数以上が読み書きの出来ない層で構成されており、深刻な問題である。

初等教育への就学率(総就学率)は1989/90年の71.5%から1997/98年の96.2%11まで改善を見せている(表6-2-4)。これは第一に学校施設の増強と、FFEやサテライト・スクール、コミュニティ・スクールに代表されるように、教育へのアクセスに関して何らかの不平等や障害をもつ貧困層、女子、地域をターゲットにした取組み成果の現れであると考えられる。施設面での増強については、公立学校の数に大きな変化は無いが、1994/95年から1999/00年の5年間で公認非政府系学校は4,746校増加し、また1997/98年から1999/2000年の2年間でサテライト・スクールが2,842校、コミュニティ・スクールが1,099校新設されている(表6-2-5)。またバングラデシュ政府は1998年の大洪水の被害を受けた学校のリハビリも同時に進めており、1999年6月までに1,332校の修復を終えている。ちなみに1999年の南西アジア4ヶ国の総就学率12は、インド90.5%、ネパール122%、パキスタン84%、スリランカ102%であった。

UNICEFの統計資料によれば、小学校1年から5年へ進級できた生徒の割合も、1989/90年の43%から1990年の80%にまで上昇し、修了率も大きく改善されつつある。一方で、Campaign for Popular Educationによる調査では初等教育期間5年に対して、修了までに平均で男子は6.7年、女子は6.5年かかっているとの結果であった。

また、国際食糧政策研究所(International Food Policy Research Institute: IFPRI)の調査によれば、FFEを実施している対象地区の就学率が20.4%、および修了率が14.7%の上昇を示し、中途退学率が7.6%低下したとのことであった13。1999年現在では、1,243にのぼるユニオンの220万人の生徒がFFEの恩恵を受けている。またサテライト・スクールの出席率はほぼ100%近くの実績を誇っているとのことである。バングラデシュ政府は最新開発計画期間中にサテライト・スクールを2万校、コミュニティ・スクールを5,000校設置する予定であった。

NGO PROSHIKA 建設支援による中等教育施設
NGO PROSHIKA 建設支援による中等教育施設
一方、中等教育における就学率は1997年の比較では、バングラデシュ国は南西アジア5ヶ国のなかで一番低く19%(男子25%、女子13%)であった。ちなみに他4ヶ国ではインド49%、ネパール37%、パキスタン25%、スリランカ74.5%である。初等教育の就学率に比べて、格段に低い値である。当面の教育セクターにおける優先課題は初等教育にあるため、中等教育の改善については、今後の課題として残っている。

一般に世帯主の社会的特性と貧困との間には相関関係が見られる。特に世帯主の識字教育を含む教育水準と貧困率の間には明確な負の相関があることはこれまで多くの調査が示している。教育、おしなべて識字能力を獲得する上でも初等教育の普及は、貧困削減に直接的な効果が期待できる分野であると考えられている。従って、近年の識字率および就学率の改善は、貧困撲滅に直接の効果をもたらしていると考えられる。

表6-2-4 識字率および就学率

  単位 1989/90 1994/95 1997/98 1999/00 目標値
識字率(7歳以上)
全国 % 38.8 n.a. 45.1 n.a. 70.0
男性 % 46.2 n.a. 48.2 n.a. -
女性 % 24.5 n.a. 41.5 n.a. -
初等教育への参入
就学児童 百万人 n.a. 15.2 18.0 17.7 18.99
総就学率
全国 % 71.5* 95.0(95/96) 96.2 n.a. 110.0
男性 % 66.0* 96.95(95/96) 98.15 n.a. -
女性 % 77.0* 92.89(95/96) 94.2 n.a. -
小学校1年に入学した子供が
5年次まで進む割合
% 43 n.a. n.a. 70 80
出典:バングラデシュ統計局、UNICEF、ADB
備考:*はADB統計資料より引用。


表6-2-5 初等および中等教育施設の数

  単位 1989/90 1994/95 1997/98 1999/00 目標値
初等教育学校(総数) n.a. 62,617 66,235 n.a. -
公立小学校 37,655 (90/91) 37,710 37,710 37,677 -
公認非政府系小学校 6,266 (90/91) 14,807 19,529 19,253 -
非公認非政府系小学校 3,320 (90/91) 3,648 3,472 2,126 -
サテライト・スクール n.a. n.a. 1,042 3,884 新規20,000
 コミュニティ・スクール n.a. n.a. 1,962 3,061 新規5,000
中等教育学校(総数) n.a. 12,553 13,419 n.a. -
出典:バングラデシュ統計局、教育省


教育の質の面については、1997/98年までのデータを見る限りでは教師1人あたりの生徒割合は現状維持であり大きな改善は見られない。公立小学校の教師全体に占める女性教師の割合は1994/95年の25%から1990/00年の33.5%へと改善を見せている(表6-2-6)。公立学校は初等教育学校総数の約半分ほどを占めており、残りの学校でも女性教師の積極的登用を進めている状況を考慮すると、バングラデシュ国全体での初等教育現場で女性教師が占める割合は、実際には33.5%を上回っている可能性は高いと推量される。教育現場における女性教師の登用は堅実に進んでいる。

教師へのトレーニングについては、様々な教師訓練プログラムを実施しており、1997/98年までに累計で21,826名の教師に対して、何らかのトレーニングの機会を提供している。また1997年から1998年の間、162百万冊の教科書が無料で全国に配布されている。また教材やカリキュラムの改定、初等教育のモニタリングおよび評価システムの導入などが実施されている。教育の質が第5次5ヵ年開発計画の期間中にどれほど向上したかの総合的な評価は、バングラデシュ国政府およびドナーによっても行われていないため不明である。Campaign for Popular Educationによる調査結果(Education Watch)14では、1993年から1998年の5年間に生徒の学力は多少上昇しているものの、顕著な向上は確認できていない。15

表6-2-6 教師1人当りの生徒数

  単位 1989/90 1994/95 1997/98 1999/00 目標値
教師と生徒の割合
 初等教育 教師:生徒 1:62 1:66 1:70 n.a. -
 中等教育 教師:生徒 1:37 1:36 1:39 n.a. -
 短期大学 教師:生徒 1:34 1:34 1:33 n.a. -
 大学 教師:生徒 1:10 1:36 1:24 n.a. -
国立小学校で働く教師数
 合計 千人 n.a. 159 158 158 -
 男性 千人 n.a. 119 114 105 -
 女性 千人 n.a. 40 44 53 -
出典:バングラデシュ統計局


教育への地域ぐるみの参加の促進については、主に学校運営委員会(School Management Committee: SMC)やPTA(Parent Teacher Association)の普及率をひとつの指標として捉えるとすると、Campaign for Popular Educationによる調査(Education Watch)によると1998年時点では全国の初等教育学校の約90%以上が学校運営委員会を持ち、44%の学校でPTAが組織されているとのことである16。また制度改革、実施機関の能力強化については、引き続き取り組まれてはいるものの、ドナーからは改革進捗スピードの遅さや、行政機関の汚職問題などガバナンスの一層の改善を求める声が強い。

バングラデシュ国の初等教育の就学年齢は6歳から10歳であるが、実際は生徒の3分の1は対象年齢外の生徒である。バングラデシュ国の初等教育の総就学率が近い将来110%の目標達成の可能性が見えてきた現在、今後の課題としては、純就学率の達成と、初等教育の質の向上により重点が移ってきている。

(3)我が国の教育セクターへの取組みと貢献

国別援助計画では、初等教育の改善に重点を置いている。具体的には、課題とされている理数科教育の拡充を重視し、教育行政、カリキュラム開発・教員養成における質の向上を目指している。あわせて、小学校の建設等についても引き続き協力を行い、総合的な基礎教育向上を支援していく方針である。災害時の非難施設としての機能を備えた小学校の建設(多目的サイクロンシェルター)も、対象地域の被災した初等教育施設のリハビリおよび施設拡充につながり、また安全な教育環境の提供という意味からも、ひいては就学率の改善への副次的効果も期待される。

人材育成においては、小学校教師を対象とした南西アジア小学校理科実験研修、学位取得を目的とする長期研修員受け入れのための留学生支援無償など、初等教育から高等教育まで幅広い支援を行っている。特に理数科教育への支援は我が国が得意とし実績もあることから、青年海外協力隊(JOCV)の理数科教師派遣などを含めて、力を入れている分野でもある。また船員訓練要請学校の整備についても、職業専門教育の提供という観点から人的資源開発の性格を持つ。従って、我が国の教育セクターへの協力の方向性は妥当であったといえる。以下は第5次5ヵ年開発計画の教育セクターにおける課題に対する、過去約10年間の我が国ODAの援助実績である。

重点目標(義務初等教育の徹底)
2002年までに識字率(7歳以上)を70%に上げる    
2002年までに初等教育の総就学率を110%(純就学率では95%)に上げる    
2002年までに初等教育の修了率を75%に上げる    
女子就学率の増加    
教育の質の向上
集中的訓練による教員の質的改善 南西アジア小学校理科実験研修(研修)
カリキュラムの見直しと良質な教材提供による質の改善    
科学および英語教育の拡充と質的改善    
就職指向型のカリキュラムの導入    
教育施設の拡充
都市部と農村部との施設格差の解消    
教室および研究室等の教育インフラの拡充 多目的サイクロン・シェルター建設事業(無償)
船員訓練養成学校整備計画(無償)
既存の教育インフラの効率的活用    
制度・組織改革、実施機関の能力強化
行政管理および監督機能の強化    
中央教育行政機関の実施能力改善 専門家派遣(初等教育政策アドバイス)
専門家派遣(児童就学実態調査)
地方自治レベルの教育行政の強化 専門家派遣(初等教育地方普及)
タナ・レベルでの教育情報ベースと中央とのリンケージの強化  
その他
教育機会の男女間および地域間格差の解消    
子供に対する「良き市民」としての意識付け    
試験制度の見直しおよび改革    
教育への民間、NGOおよび住民参加の促進 専門家派遣(ノンフォーマル教育)
    留学生支援無償(無償)
この他に教育分野には、理数科教師、スポーツ・体育教師など青年海外協力隊(JOVC)が派遣されている。




多目的サイクロン・シェルター建設計画(無償)は、災害対策を主な目的としているが、平常時施設は主に小学校として使用されており、副次的には初等教育分野に対するインフラ整備支援の性格も有している。これによりサイクロンの被害を受けやすいバングラデシュ国沿岸部に61ヵ所の多目的サイクロン・シェルターが建設された。この事業に関連する評価は、後述の6.4項災害対策にて取り上げるため割愛するが、災害の被害を受けやすい地域での安全な初等教育機会の提供をインフラの面から支援していることは、対象地域や規模的な面で限定的ではあるが、教育セクターに対する貢献は認められる。

また専門的職業訓練、および人材育成の点から、船員訓練養成学校整備計画(無償)も特定分野において一定の貢献はしているものと思料される。しかしながら、貧困削減に直接的に効果のある協力という視点に立てば、識字率や初等教育就学率の改善を最優先の改題として掲げるバングラデシュ国教育セクターにおいては、船員訓練養成学校整備計画の優先度はそれほど高くは無いと思われる。

上記のほかにも教育省初等教育局への初等教育政策アドバイス、ノンフォーマル教育、初等教育普及(IDEAL)に係る専門家派遣や、教育セクターで活動するNGO等を対象に主に教育・訓練施設の建設や資機材物品への資金提供を中心とする草の根無償が13件行われている。

(4)援助実施上の問題点

多目的サイクロン・シェルターは一義的には災害対策を目的としているため、対象地域の選定を含む事業計画のデザインおよび実施は、災害対策プロジェクトとしてのコンセプトに沿って進められる。一方、維持管理については、シェルターとしての維持管理に責任を有するコミュニティ委員会と、教育施設としての機能を前提に、初等教育局、学校関係者、住民から構成される学校運営委員会がともに担当している事例が多い。

維持管理上、多目的サイクロン・シェルターが直面している問題点は、災害対策の項にて説明するが、責任と役割分担の不明瞭さや維持管理予算の不足が指摘されている。また、多目的サイクロン・シェルターのような規模の施設は、対象地域には唯一のものであることが多く、夜間利用を可能とするなどの要望に応え、成人識字教育や職業訓練教育の提供、集会施設としての有効活用が望まれている事例もある。避難所としての機能が第一義であるため、限界はあるが今後係る配慮事項について検討を加えることも一案であろう。コミュニティ向けのプログラムの提供は、NGOの協力を仰ぐことも可能であろう。

6.2.3 上下水道セクター

(1)バングラデシュ国の上下水道政策

バングラデシュ国は独立以来、急激な都市化を伴う人口増に対して、狭い国土面積と効率的な土地利用計画の不在により、住宅、上水道、下水道など生活関連インフラの整備が大きく立ち遅れている。上下水道セクターについては、都市部および農村部両方に対して安全な飲料水および下水道と衛生施設(トイレ)の提供と普及が優先課題であった。1973年から1990年までの上下水道セクター開発の経過をたどってみると、農村部での1井戸あたりの人口比は、1973年の1井戸あたり238人が1990年には1井戸あたり125人に改善され、また各家庭での下水浄化槽の整備も徐々に普及し、1990年には農村人口の約11%が衛生施設(トイレ)を使用するようになった。

ダッカ市では給水能力が1973年の182百万リットル/日から1990年には546百万リットル/日に増強され、それに伴い普及率(人口比)も25%から50%へと向上した。下水道普及率(人口比)は1973年の10%から1990年の25%へ増えた。チッタゴン市の場合は、1973年における給水能力68百万リットル/日、および普及率(人口比)30%から、1990年にはそれぞれ136百万リットル/日、45%へと改善している。県・郡レベルの都市では、1973年の給水能力27百万リットル/日、普及率(人口比)10%から、1990にはそれぞれ250百万リットル/日、41%へと向上した。

上記のように上下水道の施設面での拡充は一定のペースで進んではいるものの、都市部では上水道の普及率は50%以下、下水道でも25%程度で人口増に対応できていない状態であり、引き続き生活関連インフラとしての上下水道の整備はバングラデシュ国の開発政策上の課題として位置付けられている。

また施設面での整備というフィジカルな側面に加えて、公共サービスとしての上下水道サービスのあり方についても、バングラデシュ政府はその制度、実施体制の面からの見直しを進めている。これまでも地方部・農村部における上下水道の整備は、中央政府とともに地方自治体および地域住民、NGOなどとの協力のもとに進められてきたが、今後は一層地方分権を進め、事業計画、モニタリング、運営・維持管理を地方自治体や住民参加を主体として推進する方針である。同時に事業実施機関の実施能力強化、貧困層にも配慮しながら支払い能力に応じたコスト負担の導入、料金体系の改定、特に都市部で深刻な問題となっている無収水率の改善、など制度・実施体制面での改革を目指している。

一方、近年では砒素汚染問題が緊急に対処すべき課題として取組まれている。イギリス国際開発省(DfID)が1998年から1999年にかけて実施した調査によると、バングラデシュ国の64県中61県で3,534本の井戸水をサンプリング調査した結果、約25%の井戸からバングラデシュ国の飲料水基準値(0.05mg/l)を超える砒素が検出された。これを基に推計すると2,800万人から3,500万人のバングラデシュ国民が、同国の基準値を超えた砒素を含む井戸水を飲んでいることになるとのことであった17

砒素によるこれまでの被害状況については、症例は報告されてはいるものの、全国規模の健康調査は未だ実施されていないため正確なところとは不明である。しかし基準値を超える砒素の摂取は人体に健康上の甚大な悪影響18を及ぼす可能性も高いことから、バングラデシュ政府としても保健医療および安全な水の提供という観点からも、砒素汚染問題の解決は緊急の優先課題としている。

(2)上下水道の課題とパフォーマンス

バングラデシュ国上下水道セクターの開発課題として、第5次5ヵ年開発計画では以下の目標が掲げられた。都市部(ダッカ、チッタゴン)、県および郡レベル、農村部ごとに課題と達成すべき数値目標を設定している。また全体に共通する課題として、支払いの能力に応じたコスト負担の導入、中央政府の役割の再定義、サービス提供に係る責任機関の能力強化、地元のリソース(人、資機材、資金などを含む資源)の上下水道事業への動員、NGOや民間セクターの参入の促進、既存施設の効率改善(例えば無収水率の削減など)とリハビリを中心とした上下水道システムの拡張を優先することなどが挙げられている。

農村部   ダッカおよびチッタゴン
全な水および衛生施設(トイレ)へのアクセス確保を通じた健康状態の改善
農村部で1井戸あたり80人を実現する
農村部で52万9千の井戸の設置(公共側)
2002年までに衛生施設(トイレ)の普及率を70%に上げる

2002年までにダッカ市の給水量を1,250百万リットル/日まで増加させる
ダッカ市の給水率を人口の80%に上げる

2002年までにダッカ市で下水道に接続する衛生施設を有する人口を全体の40%に上げる
2002年までにチッタゴン市の給水率を318百万リットル/日まで増加させる
チッタゴン市の給水率を人口の80%に上げる
2002年までにチッタゴン市で下水道に接続する衛生施設を有する人口を全体の80%に上げる
無収水率の削減

県(District)および郡(Thanas)レベル その他(共通事項)
水道配水管による給水家庭の増加と下水設備の拡充
2002年までに県レベルの都市の給水率を人口の70%に上げる
2002年までに郡レベルの町の水道配水管による給水率を人口の25%に上げる

支払能力に応じたコスト負担の導入(特に都市部について)
上下水道サービスの提供は地方自治体に任せ、中央政府の役割は政策策定に徐々に移行する
責任機関の実施運営能力の強化
地元リソースの動員とNGOおよび民間の参入促進
既存施設の効率改善とリハビリを中心としたシステムの拡張



表6-2-7 上下水道セクターの主要指標

指標 単位 1989/90 1994/95 1997/98 1999/00 目標値
安全な水へのアクセス可能な割合(人口比)
 全体 % n.a. 97 97 98 -
 農村部 % n.a. 96 97 98 -
 都市部 % n.a. 99 99 100 -
給水量
 ダッカ 百万リットル/日 546 773 n.a. 1,180 1,250
 チッタゴン 百万リットル/日 136 159 n.a. 163 318
 県・郡 百万リットル/日 250 295 n.a. n.a. 746
 農村部(井戸水) 百万 n.a. n.a. 1.12 n.a. -
給水普及率
 ダッカ % 50 60 n.a. 74 80
 チッタゴン % 45 50 n.a. 45 90
 県・郡 % 41 49 n.a. n.a. 70
 農村部(井戸水) 人/井戸 125 107 n.a. 101 80
無収水率
 ダッカ % n.a. 45 (96/97) n.a. 30 39
 チッタゴン % n.a. 35 (96/97) n.a. 35 30
下水道に接続する衛生施設(トイレ)の普及率
 都市部(ダッカのみ) % 25 33 36 20 40
 農村部(公衆トイレ) % 11 25 n.a. 47 70
衛生施設(トイレ)を使用する割合(人口比) % n.a. 34 40 40 -
 都市部 % n.a. 30 37 37 -
 農村部 % n.a. 77 71 65 -
出典:UNICEF、JBIC


安全な水へのアクセス可能な割合(人口比)は全体で98%と、殆んどの国民が上水配水管による給水あるいは井戸からの取水などの手段を含めて、安全な飲料水へアクセス可能な状態は一応整っているとみられる。上水道についてみるとダッカ、県・郡、農村部ともに給水施設の能力拡張は徐々に進んでおり、それに伴い給水普及率も向上している。チッタゴンについては供給能力の伸びが人口増に相殺され、結果的に1989/90年から1999/00年の10年間では、給水普及率は45%のままであった。最新開発計画の達成目標との比較では、ダッカは1999/00年時点で既に74%まで改善されており、給水普及率は目標の80%に届きつつある。しかしチッタゴンについては目標を大幅に下回っている。県・郡レベルについては、データ不足のため近年の業績については不明である。

下水施設普及率(下水道に繋がった衛生施設の普及率)をみると、農村部が過去10年で36%も改善を見せている一方、ダッカでは5%低下している。首都圏における急激な都市化の拡大と人口増に対して、施設面での拡張が追いついていない。チッタゴンに至っては、下水施設の整備が大幅に遅れている。

また無収水率の削減については、ダッカでは1996/97年の45%から、1999/00年の30%へ改善を見せているが、同期間チッタゴンは35%のままで現状維持であった。ダッカの30%は達成目標の39%をクリアしているとはいえ、国際比較では無収水率30%以上の水準は高い数値であり、引き続き改善の必要がある。この無収水率については、水使用状況の正確な計量の不備や漏水などのテクニカル・ロスが原因である一方、盗水、料金徴収率の低さや職員による料金の不正徴収などノンテクニカル・ロスによる要因も少なくないと考えられている。引いては施設利用の非効率を招く結果となっている。

従って、実施機関の組織改革および能力強化を始め、適正な料金政策による維持管理費用のコストリカバリーの強化などの課題を含む組織・制度、およびガバナンス面でのセクター改革は、セクター全体の効率性を高める上でも不可欠であり、世銀やデンマーク援助庁(DANIDA)などのドナーはダッカ上下水道公社(DWASA)、チッタゴン上下水道公社(CWASA)、地方自治・農村開発・協同組合省地方自治局などの実施機関に対して、経営強化やセクターマネジメントのための技術支援を行っている。

砒素汚染問題については、我が国を含めて世銀、UNDP、UNICEF、WHO、DANIDA、DfIDなど多くのドナーの協力を得て、砒素対策プロジェクトに取り組んでいる。活動の内容は現段階では全国の井戸の汚染度調査、患者の確認、住民への啓蒙活動などが主であり、今後も継続して進められる。

(3)我が国の上下水道セクターへの取組みと貢献

安全な水の提供はBHNの基本であり、貧困対策の観点からも優先度は高い。また急速な都市化の拡大と人口増が進むダッカおよびチッタゴンにおいては、既存の給水能力は需要量を大きく下回っており、これは民生部門のみならず、産業部門への影響も大きいことから、ダッカおよびチッタゴンにおける給水能力の改善は、重要であった。ダッカにおける下水道整備も緊急性が高いものであった。また洪水や雨季におけるダッカ首都圏の冠水被害の軽減は、内水対策が主目的ではあるものの、広く都市環境や都市衛生改善への効果が期待される。さらに砒素汚染対策は、目下緊急に対処すべき優先課題であった。我が国の協力は上記の目的を持ったものであり、協力の方向性はバングラデシュ国の開発目標と照らし合わせても妥当であったといえる。以下は第5次5ヵ年開発計画の上下水道セクターにおける課題に対する、過去約10年間の我が国ODAの援助実績を示している。

農村部
安全な水および衛生施設(トイレ)へのアクセス確保を通じた健康状態の改善 砒素汚染地域地下水開発計画(開調)
農村部で1井戸あたり80人を実現する   
農村部で52万9千の井戸の設置(公共側)   
2002年までに衛生施設(トイレ)の普及率を70%に上げる   
実施機関の実施運営能力の強化   
県(District)および郡(Thana)レベル
水道配水管による給水家庭の増加と下水設備の拡充   
2002年までに県レベルの都市の給水率を人口の70%に上げる   
2002年までに郡レベルの町の水道配水管による給水率を人口の25%に上げる   
実施機関の実施運営能力の強化   
ダッカおよびチッタゴン
2002年までにダッカ市の給水量を1,250百万リットル/日まで増加させる チャンドニガット上水道施設改善計画(無償)
ダッカ市の給水率を人口の80%に上げる
2002年までにダッカ市で下水道に接続する衛生施設を有する人口を全体の40%に上げる ダッカ北部下水道整備計画調査(開調)
ダッカ市下水道網整備計画(無償)
2002年までにチッタゴン市の給水量を318百万リットル/日まで増加させる チッタゴン・モハラ上水道拡張計画調査(開調)
チッタゴン市の給水率を人口の80%に上げる
2002年までにチッタゴン市で下水道に接続する衛生施設を有する人口を全体の80%に上げる   
給水のシステム・ロスを削減する   
その他(共通事項)
支払能力に応じたコスト負担の導入(都市部について)   
上下水道サービスの提供は地方自治体に任せ、中央政府の役割は政策策定に徐々に移行する   
責任機関の実施運営能力の強化   
地元リソースの動員とNGOおよび民間の参入促進   
既存施設の効率改善とリハビリを中心としたシステムの拡張 チャンドニガット上水道施設改善計画(無償)
その他(災害対策分野)
(防水目的主体の排水) ダッカ首都圏洪水防御・雨水排水計画(開調)
ダッカ市雨水排水設備整備計画(無償)
北西部地域洪水防御・排水計画(開調)


上下水道セクターへの我が国支援の特徴は、施設面における供給能力の改善、内水対策を中心とした雨水・排水能力の整備、砒素汚染対策であった。チャンドニガット上水道施設改善計画(無償)やダッカ市下水道網整備計画(無償)などは既存施設の改修をベースとした施設改善であり、その施設の効率的利用の観点からも適切であった。

内水対策を主な目的とするダッカ市雨水排水設備整備計画(無償)は、雨水を市街地に適切に放出し、雨季に冠水化していた土地の有効利用を大幅に増やすなど、副次的な効果をもたらしている。上下水道の整備は、民生の向上など生活環境や保健衛生への改善に大きく貢献するところであり、我が国の協力もその一部を担っていると評価できる。

一方、施設面での拡充および改善と同様に、実施機関の実施能力や制度面での問題の解決は、効率的かつ効果的な上水道サービスの実現にとって必要不可欠の課題である。これに対して、我が国は上下水道経営管理専門家、送配水網維持管理専門家、浄水技術専門家の派遣を実施機関に対して行うなど、組織・制度改革の面での支援を含めた技術支援も並行して行っている。これは協力の方向として望ましい。

さらに砒素汚染対策については、開発調査に加えて、砒素対策専門家や水資源開発政策アドバイザー、地質、水門および地下水開発専門家の派遣を行っている。我が国は砒素問題に対しては早い時期より取組みを開始し、特に砒素対策は我が国の経験が適用できる分野でもあり、時機を得た協力の提供であった。

(4)援助実施上の問題点

上水道セクターを含むインフラ整備型の事業で共通する問題は、施設完成後の運営・維持管理の持続性である。バングラデシュ国の上下水道セクターの場合、上下水道の料金設定が政策的に低く抑えられているため、運営・維持管理に必要なコストリカバリーの実現に困難が生じている。加えて高い無収水率による料金収入の減少もあり、運営・維持管理の持続性を支える財務的基盤は弱い。また実施機関の経営管理能力、財務管理能力、組織の非効率性、ガバナンスの弱さなども多くのドナーの指摘を受けるところである。

我が国は案件の優先度および緊急性を考慮しつつ具体的な援助事業を進めてきている。また実施機関の経営改善への支援に対しても専門家派遣による技術協力を行いながら、セクター全体の効率性の改善を目指している。この課題に対しては、世銀、DANIDAを始め、いくつかのドナーがセクター構造改革へ積極的な技術支援を行い、その進捗の方向性を見定めながら中長期的な視点で援助を行っている。

我が国もこれまでの開発調査やマスタープランでの実績をベースに、プロジェクトの形で具体的な協力を将来的にも継続してゆくと思われるが、その際は事業の持続性を十分に確保する観点からも、他ドナーとの連携・協力を図り、セクター改革のスピードと歩調を合わせた個別事業での支援を進めるべきである。

6.2.4 スポーツ・文化、マスメディア

我が国の重点4分野の範疇ではないが、我が国はスポーツ・文化、マスメディアのセクターに対しても支援を行っている。スポーツ・文化活動支援の上位的な目標は人間開発の促進であり、第5次5ヵ年開発計画における開発課題は、スポーツ・文化施設の全国への普及などであった。マスメディアの使命は、レクリエーションの提供に加えて、貧困緩和、家族計画、非識字率の撲滅、雇用創出、プライマリ・ヘルスケアなど国家の開発上位目標達成のために不可欠な情報を国民へ伝達し、また動機付けを行うことである。開発課題は、テレビやラジオの視聴地域の拡大、メディア・コミュニケーション・ネットワークの拡充、独立性の確保、民間放送の活性化と規制緩和の促進などであった。

過去10年間におけるスポーツ・文化、マスメディアにおける我が国の協力は以下の通りであった。下記の案件は、スポーツ・文化についてはスポーツ・文化施設の改善、マスメディアについては、放送ネットワーク施設や放送機材の拡充と整備などバングラデシュ国の開発目標に沿ったものであり、協力の方向性は妥当なものであったと言える。

スポーツ・文化活動への支援 マスメディアへの支援
青年・スポーツ省に対するスポーツ機材整備計画(無償) ラジオ放送局送信整備計画
ダッカ芸術大学学部に関する教育研究用機材整備計画(無償) 国営放送向け教育文化テレビ機材整備計画(無償)
    ダッカテレビ局機材整備計画
    国営テレビに対する番組粗ソフト提供


6.2.5 教訓と課題

(1)セクターワイド・アプローチに対する我が国の協力の方向性

バングラデシュ国の最終的な開発目標は貧困削減であり、バングラデシュ政府はドナーと連携しつつ、包括的開発枠組み(Comprehensive Development Framework: CDF)に基づく貧困削減戦略の策定に取組んでいる。包括的開発枠組みが従来の開発に対する考え方と異なっている点は、1)長期的な開発の成否を規定する要因の捉え方を、通常の経済・社会指標に準拠するだけではなく、政府、司法制度、金融制度、投資環境など広義のガバナンスの問題や、教育、保健、社会保障などの問題まで広げていること、2)開発過程を促進するためには、開発に関与する全ての主体、すなわちバングラデシュ国政府、多国間・二国間ドナー、市民社会、NGO、民間セクターなどとの連携と協力を進め、全体としての開発効果を高めることに重点を置いている点である19。バングラデシュ国政府が世銀との協力のもと作成に取組んでいるPRSPは、そのアプローチに沿ったものである。

この包括的開発枠組みのアプローチは、セクターワイド・アプローチの考え方や経験を基に構築されたものである。セクターワイド・アプローチの核となる考え方は、1)特定の問題を切り離して取り上げるのではなく、セクターの在るべき姿とその実現を阻害するセクター内外の要因を理解した上で、課題に対して優先順位をつけて取組むこと、2)プロジェクト当事者(実施側および受益者)のオーナーシップを促進すること、3)セクター全般に係る政策のフレームワークに基づく実施計画と政策目標に整合性があり、かつ実施計画が現実的であること、4)当事国政府、ドナー間の協力の調整によりセクター全体に対する最大の開発効果を目指すこと、5)資金管理面における共通の手続きに基づいてプログラムが実施されること(コモン・バスケット方式)などである20

バングラデシュ国では既に保健医療セクターにおいてセクター・プログラム(HPSP)が策定され、セクターの課題に対する包括的な取組みが行われている。教育セクターについても将来的にはセクター・プログラムの導入が行われる予定である。

一方、日本も含めてドナーのなかにはこのセクターワイド・アプローチのコンセプトのうちいくつかは制度上なじみにくい場合がある。例えば資金管理面での共通化や課題に対する優先度の考え方の違いである。保健医療セクターにおける我が国の協力は、従来のプロジェクト・ベースによる手法を取りながら、セクター全体の開発政策との整合性、優先度、他ドナーとの協力内容の調整と連携にも注意深く配慮し、結果としてプロジェクトがHPSPの枠組みを補完している。しかしながら一方でHPSPは期待されていたほど十分に機能していないとの認識も多くのドナーにあり、バングラデシュ政府は現在、HPSPの見直しを進めている。我が国としてもこのHPSPの見直しや方向性を見ながら、さらに保健セクターにおける問題点や教訓を整理、検討を行いながら、バングラデシュ国における我が国の開発協力の今後の方向性を見極める必要がある。その手順を踏まえた後に、保健セクターにおける我が国の経験の他のセクターへの適用の可能性についての検討が可能となろう。

従って、我が国が今後積極的に取組むべきは、1)バングラデシュ国および他ドナーとの一層の連携協力の強化、2)我が国が提供可能な支援メニューや重点協力内容と、セクター全体の開発政策および優先課題とのミスマッチを避け、両者の整合性が取れたプロジェクト形成を進めることであろう。

そのためには、バングラデシュ国における我が国の現地援助実施体制の強化、とりわけ他ドナーとの連携協力や情報収集を進めるための機能を強化すること、またセクター全体の方向性や開発政策の形成過程に積極的な提言と関与を行う能力を強化すること、などが求められる。

(2)社会セクターの教訓と課題

保健医療セクター
  • HPSPのようにバングラデシュ政府およびドナー間のコミットメントに基づいたセクター・プログラムが策定されている分野においては、他ドナーとの協調や連携に取組みやすく、相互の役割分担を明確にすれば、我が国のプロジェクト・ベースの援助アプローチも効果的に機能する余地が大きいと考えられる。
  • HPSPを尊重し、他ドナーとの協調を一層進めると同時に、当該セクターでの実績と経験のあるNGOとのパートナーシップの強化や共同事業の推進を行う。

教育セクター

  • 開発課題のひとつである理数科教育は我が国の経験が生かせる分野でもあり、協力隊による協力に加え、カリキュラム開発や教員養成における質の向上への協力意義は大きい。
  • 教育分野における我が国の援助人材を育成する観点から、特に本分野で経験豊富なUNICEFと連携して協力を実施し、人的交流を含めこの分野における人材育成を進めていくことが必要である。現在、JICAはUNICEFとの共同プログラムであるIDEALを実施予定であり、その機会の活用をはかる。
  • 初等教育における就学率の向上が成果を納めつつあり、今後は初等教育の質の向上に課題が移行すると考えられる。当該分野における我が国の協力の可能性と役割を積極的に調査する。

上下水道セクター

  • 砒素流出問題は保健医療との観点からも早急な対策が必要な優先課題であり、今後も我が国としても関与すべき課題である。砒素対策では我が国の経験が生かせる分野でもあり、我が国がリーディング・ドナーとして率先して取組める領域と思われる。
  • 実施機関の能力向上や組織・制度改革への支援強化を行うべきであり、同じ方向性で協力を行っている世銀やDANIDAなど他ドナーとの連携協力を進める。

社会セクター共通

  • 社会セクターでは施設インフラ整備や資機材提などへの協力に加えて、政策立案、人材育成、制度改革、実施機関の能力向上、サービス提供システムの確立、他ドナーおよびNGOとのパートナーシップなど、よりソフト・コンポーネントの領域が大きい協力の内容、形態が大きな比重を占める。我が国もこれに柔軟に対応できる体制や制度作りの検討をはかる。
  • 無償、プロ技、円借、協力隊(青年海外協力隊とシニアボランティア)など既存のスキームを効果的に連携させ、長期的な視点に立った、継続性のある支援体制を一層進める。とりわけ草の根で活動する協力隊と各援助スキームを有機的に連携させることにより、プロジェクトの効果発現に寄与できる。ポリオ撲滅計画(無償)と協力隊との連携は、その成功例である。また政策アドバイザー型の専門家派遣の充実も求められる。
  • 医療保険、教育など社会セクターで経験と実績のあるNGOとのパートナーシップを一層進める。NGOは草の根レベルでの貧困層を直接のターゲットした活動を得意としており、彼らの優位性やノウハウと我が国の援助との連携により、貧困層に直接の効果のあるプロジェクトの形成や実施の可能性が広がると期待される。



1 Bangladesh Institute of Development Studies(BIDS)、"Fighting Human Poverty: Bangladesh Human Development Report 2000", BIDS, Jan. 2001.

2 国有化政策は1980年代に入って改められ、私立学校の設立も再び認めるようになった。

3 Bangladesh Country Paper, World Summit for Social Development for All, June 2000.

4 A Mushtaque R Chowdhury et al (ed.), Hope not Complacency: State of Primary Education in Bangladesh 1999.

5 FFEは1993/94年度に試験的に貧困層の多い460のユニオンで始まり、その後、1995/96年には1,243のユニオンにまで拡大された。一定の出席率を達成した児童にはインセンティブとして1月あたり15~20kgの小麦が支給される。

6 サテライト・スクールは男子生徒に比べて就学機会の少ない第1~2学年の女子児童を主な対象としているが、同時に学校までの通学距離が遠い生徒のため、教室過密度の緩和目的でも、サテライト・スクールは設置されている。学校運営委員会から選ばれたボランティアの女性教師が教えている。施設は住民の家屋を借りるなどして設置され、必要な資機材、女性教師の給与、教科書は政府より支給される。サテライト・スクールで2年次を修了した生徒は、3年次から本校へ転入が可能である。

7 コミュニティ・スクールは小学校を持たない地域の児童を対象に、地域住民が土地と必要な設備を提供する。教師の採用も行い、教師の給料(1人あたり500タカで最大4名まで)と教科書は政府が支給する。

8 IEDALについては、本報告書4.3項でも解説している。

9 ADB, "Bangladesh: Progress in Poverty Reduction", Background Paper, Bangladesh Development Forum, Paris, March 13-15, 2002.

10 UNICEF, Official Summary: The State of the World's Children 2002: Leadership, UNICEF Web site URL: www.unicef.org/sowc02summary.

11 ここで使用する教育指標データは、他との整合性を保つためデータのあるものについては公表されているバングラデシュ国統計局資料およびバングラデシュ政府機関資料を優先して使用している。しかし政府収集データの信頼度および正確性において、疑問視する意見もある。1998年にCampaign for Population EducationというNGOネットワークが行った調査結果(Education Watch)では、初等教育総就学率は既に107%まで達していると報告している。

12 UNICEF, Official Summary: The State of the World's Children 2002: Leadership, UNICEF Web site URL: www.unicef.org/sowc02summary.

13 A Mushtaque R Chowdhury et al (ed.), Hope not Complacency: State of Primary Education in Bangladesh 1999, Campaign for Popular Education, 1999.

14 A Mushtaque R Chowdhury et al (ed.), Hope not Complacency: State of Primary Education in Bangladesh 1999, Campaign for Popular Education, 1999.

15 この調査はABC(Assessment of Learning)と呼ばれる子供の基礎教育の知識(読み書き、算数、生活スキル)をテストする手法を用いて、公立小学校を修了した11~12歳の男女を対象に行われた。この結果、テストで規定された基礎的最低教育基準を満たしたものは全体の29.6%(1998年)であり、1993年のテスト結果である26.7%と比較すると、5年間で2.9ポイントの改善を見せている。

16 A Mushtaque R Chowdhury et al (ed.), Hope not Complacency: State of Primary Education in Bangladesh 1999, Campaign for Popular Education, 1999.

17 世界保健機関(WHO)は飲料水中の砒素濃度を0.01mg/lとするガイドラインを示しており、この値を基準にすると基準値を超える砒素を含む井戸は全体の約45%にのぼるとのことである。

18 長期にわたる砒素の摂取は慢性砒素中毒を引き起こし、結膜炎、胃腸炎、気管支炎などの粘膜症状や、色素沈着、色素脱失、角化などの症状、末梢神経、泌尿器、肝臓、循環器の疾患など症状をもたらし、将来的にはガンになる危険があるとのことである。

19 柳原透「途上国の貧困削減へのアプローチと日本の貢献」国際協力研究Vol.17 No.2(通巻34号)2001年10月。

20 吉田和浩「セクターワイド・アプローチ-ガーナ基礎教育支援の反省から学ぶもの-」国際協力研究Vol.17 No.1(通巻33号)2001年4月。




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