7 中東・北アフリカ地域
日本は原油輸入の約9割を中東・北アフリカ地域に依存しており、世界の物流の要衝でもある同地域は、日本の経済とエネルギーの安全保障の観点から、極めて重要です。また、高い人口増加率で若年層が拡大し、今後成長が期待される潜在性の高い地域です。
同時に中東・北アフリカ地域は、様々な不安定要因や課題を抱えています。直近では、10月7日のハマス等によるイスラエルへのテロ攻撃を契機とする軍事衝突により、パレスチナ・ガザ地区の人道状況が極めて深刻化しています。また、イランをめぐる緊張の高まり、シリアにおける戦闘継続による難民・国内避難民の発生などが、周辺国も含めた地域全体の安定に大きな影響を及ぼしています。2021年8月のアフガニスタンにおけるタリバーン復権後は、同国および周辺国においても人道的ニーズが高まっています。「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」のような暴力的過激主義の拡散のリスクも今なお各地に残存しています。近年では自然災害にも重ねて見舞われており、人道・治安状況への影響も懸念されています。
国際社会の責任ある一員として、日本はこれまで、ODA等を通じて、中東・北アフリカ地域の平和と安定に大きく貢献してきており、今後も、これまで各国と築いてきた良好な関係をいかし、この地域の緊張緩和と情勢の安定化に向け、積極的な外交努力を展開していきます。
●日本の取組
この地域の平和と安定は、日本を含む国際社会全体の安定と繁栄にとって極めて重要です。持続的な平和と安定の実現に向けて、経済的支援や人材育成などを通じて支援していくことが求められています。
■シリア・イラクおよびその周辺国に対する支援
国際社会の懸案事項であるシリア問題について、日本は、2023年6月に開催された「シリアおよび地域の将来の支援に関する第7回ブリュッセル会合」において、2月に発生したトルコ南東部を震源とする地震への対応として表明した約4,000万ドルの人道支援を含め、これまで約2億2千万ドルの拠出を決定した旨を表明し、シリア国民および周辺国のニーズに沿った支援を今後も継続していくとの決意を改めて表明しました。この支援には、シリアおよびその周辺国に対する人道支援や社会安定化といった分野への支援が含まれています(シリア難民に対する支援については「案件紹介」を参照)。
イラクに対しては、日本は、イラク経済の根幹である石油・ガス分野や基礎サービスである電力・上下水道分野において、円借款などを通じた支援を実施しています。イラクが安定した民主国家として自立発展するため、ガバナンス強化支援にも取り組んでいます。
2011年のシリア危機発生以降、日本のシリア・イラクおよびその周辺国に対する支援の総額は約35億ドルとなっています。このように、絶えず人道状況が変化している同地域において、日本は時宜に即した効果的な支援を実施しています(第Ⅲ部2(1)も参照)。
日本は「日・ヨルダン・パートナーシップ・プログラム」に基づき、イラク難民の受け入れやイラク復興支援において重要な役割を果たしているヨルダンにおいて、イラクを始めとする近隣諸国の人材育成のための研修を行っています。また、2011年のシリア危機発生以降、ヨルダンは多くのシリア難民を受け入れており、日本はシリア難民およびホストコミュニティ支援として、人口増加による水不足の解消のため、上水道設備による安定的な水供給および効率的で効果的な水資源活用を支援しています。2023年9月には、電力セクター改革のための約1億ドル(150億円)の借款、電力安定化に向けた8.97億円の無償資金協力の署名式を行いました。
また、日本は、人材育成や難民の自立支援に向けた取組も行っています。日本は、将来のシリア復興を担う人材を育成するため、2017年度から2023年12月までに「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム(JISR)」注19および国費留学生あわせて136人のシリア人留学生を受け入れました。
案件紹介11
ヨルダン一般公募



自立支援を通じてシリア難民の尊厳を守る
~UNHCRの支援~
ヨルダンにおける難民保護
2011年から続くシリア紛争はいまだ出口が見えず、国内で約680万人、周辺国で約520万人が避難生活を送っています。65万人以上のシリア人が避難する隣国ヨルダン注1は、寛容な難民受入れ政策で知られ、難民に基本的な公的サービスを保障し、新型コロナウイルス感染拡大の際もワクチン接種対象に難民を含むなど、柔軟な対応を行ってきました。しかし、慢性的な人道支援の資金不足、経済の疲弊などにより、難民は様々な困難に直面しており、避難生活の長期化により支援ニーズも多様化しています。
そこで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、日本の資金協力を得て、ヨルダンに滞在するシリア難民の命と尊厳を守るための支援を実施しています。その一つが、難民自身がコミュニティ内で保護活動を行えるようにするためのボランティアの育成です。また、地元の女性団体などと連携して、難民の女性が自立に向けた生計向上の機会にアクセスできるよう取り組んでいます。
脆(ぜい)弱な難民家族に対しては、日々の暮らしに必要な資金を毎月給付しています。UNHCRヨルダン事務所の澤田芽衣(めい)職員は「日々の暮らしに必要な資金の供与は、難民の自立や経済活動を助け、地元経済の活性化にもつながる大切な支援の形です。」と話します。2023年は約25万人にこの支援を届け、「食費や家賃、こどもの医療費や教育費に充てることができた。」という感謝の声が聞かれています。
故郷を追われた一人ひとりのニーズに適切かつタイムリーに応えることができるよう、UNHCRはパートナー団体と連携し、「現場にとどまって支援を続ける」をモットーに人道支援を続けています。

UNHCRとヨルダン政府が連携して整備した、8万人以上の難民が暮らすザアタリ難民キャンプ(写真:UNHCR)

首都アンマンのコミュニティセンターで、生計向上プログラムの一環として石鹸(けん)づくりを学ぶシリア難民の女性(写真:UNHCR)
注1 人口あたりの難民受入れが世界で2番目に多い。
■イエメン支援
イエメンでは、紛争の長期化により、全人口の約8割が何らかの人道支援を必要とする「世界最悪の人道危機」に直面しています。こうした中、日本は、主要ドナー国として、2015年以降、国際機関を通じて総額約4億ドル以上の人道支援を実施してきました。2023年も国際機関を通じた人道支援に加え、イエメンの自立的な安定化を後押しするための人材育成支援として、イエメンからの国費留学生の受入れ、JICAによるイエメン人専門家を対象とした研修など、日本での教育・研修を実施しています。また、人々が経済活動を行えるような環境を整備するための支援として、アデン市内の道路修復支援や、老朽化によって石油流出の可能性がある浮体式貯蔵・取卸施設サーフィル号に関して、その石油が積み替えられた代替施設を係留するための機材供与を実施しています。
■アフガニスタン支援
2021年8月のタリバーンによるカブール制圧以降も、アフガニスタンでは、国際機関やNGOが機能を維持し、国際社会からの多くの支援が実施されています。しかし、女性・女児の権利に対する制限の強化をはじめとしたタリバーンによる抑圧的な政策の影響もあり、同国の人道状況は依然として深刻です。そうした中、日本は国際社会と協調して、状況改善に向けたタリバーンへの働きかけを継続するとともに、G7や国連安保理をはじめとする国際場裡(り)で積極的な人道支援の方針を表明し、アフガニスタンに安定をもたらすことの重要性を強調しています。
具体的な支援として、日本は、2021年8月以降、国際機関やNGOなどを通じて、シェルター、保健、水・衛生、食料、農業、教育等の分野で支援を行っており、この中には、国連食糧農業機関(FAO)を通じた農業生産の向上・地域社会主導型灌漑(かんがい)の普及や、国連開発計画(UNDP)を通じた女性の生計向上支援が含まれています。また、2023年10月にアフガニスタン西部で発生した地震の直後には、JICAを通じて、緊急援助物資を供与し、その後の被害の継続・拡大を受けて、食料、保健等の分野における緊急無償資金協力も実施しました。
日本は2001年以降、アフガニスタンの持続的・自立的発展のため、二度の閣僚級支援会合のホスト(2002年、2012年)や、人道、保健、教育、農業・農村開発、女性の地位向上など、様々な分野で開発支援を行ってきました。今後のアフガニスタン支援については、国際社会と緊密に連携しながら、自立した経済の確立や女性のエンパワーメント等も念頭に、アフガニスタンの人々のニーズをしっかりと見極めた上で適切に対応していきます。
■中東和平(パレスチナ支援)

JICAを通じて供与されたテント(写真:JICA)

11月、中東訪問時、ガザ地区出身のパレスチナ人中学生3名と懇談する上川外務大臣
日本は、パレスチナに対する支援を中東和平における貢献策の重要な柱の一つと位置付け、1993年のオスロ合意以降、23億ドル以上の支援を実施しています。具体的には、東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区の社会的に弱い立場に置かれる人々やガザ地区の紛争被災民に対して、その厳しい生活状況を改善するため、国際機関やNGOなどを通じた様々な人道支援を行ってきました。2023年3月には、約2,477万ドルの国際機関経由の無償資金協力を実施し、8月には、イスラエルの攻撃により大きな被害を受けたパレスチナのジェニン難民キャンプに対する支援として、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)を通じて、100万ドルの緊急無償資金協力を実施しました。9月には、パレスチナの食料安全保障を改善し、開発課題の解決に寄与することなどを目的として、国連世界食糧計画(WFP)を通じて、2億円の支援を実施しました。
日本は、将来のパレスチナ国家建設に向けた準備と、パレスチナ経済の自立化を目指して、パレスチナの人々の生活の安定・向上、財政基盤の強化と行政の質の向上など、幅広い取組を行っています。2月、JICAは、パレスチナ自治区の大手民間金融機関パレスチナ銀行(Bank of Palestine)との間で3,000万ドルの劣後融資を供与する契約に調印したことを発表しました。パレスチナ向けの初の海外投融資案件であり、融資の拡大を通じて中小零細事業者の金融アクセス改善に貢献することが期待されます。また、9月には、水道サービスの向上を図るため、パレスチナ西岸地区ジェニン市の上水道施設等の改修等を行う供与額27.93億円の無償資金協力に関する書簡の署名・交換が行われました。
10月7日のハマス等によるイスラエルへのテロ攻撃を契機として、イスラエル国防軍によるガザ地区における軍事作戦が始まり、ガザ地区の人道状況は著しく悪化しました。日本は、10月にUNRWAおよび赤十字国際委員会(ICRC)を通じて、食料、水、医療等について1,000万ドルの緊急無償資金協力を実施しました。11月3日、上川外務大臣は、パレスチナを訪問した際に、約6,500万ドルの追加的なパレスチナへの支援およびガザ地区への物資供給を実施する考えである旨を発表しました。これを具体化するものとして、JICAを通じて、エジプト、パレスチナ赤新月社およびUNRWAと協力してテントや毛布等の支援物資をガザ地区に届けたほか、ジャパン・プラットフォーム(JPF)を通じ、食料、生活物資、保健・医療、水、衛生などの分野において6億円(約440万ドル)の支援を実施しました。その他、国際機関(UNRWA、WFP、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)等)を通じて、食料・栄養、母子保健、医療サービス等の分野における人道支援として、約83億円(約6,000万ドル)を令和5年度補正予算として措置しました注20。
■北アフリカ地域への支援

日本人専門家により、チュニジア国内の公立病院で働く医療専門家らを対象に実施された、病院運営のためのカイゼン研修の様子(写真:JICA)
エジプトでは、エルシーシ大統領の主導により就学前教育から大学院までの日本式教育が導入されているほか、カイロ地下鉄四号線やボルグ・エル・アラブ国際空港等の交通インフラ事業、灌漑(かんがい)セクター等農業支援、大エジプト博物館(GEM)建設と遺物修復等の多岐にわたる分野において、無償資金協力、円借款や技術協力を組み合わせた支援を行っています。2023年4月、岸田総理大臣はエジプトを訪問してエルシーシ大統領との首脳会談を実施し、「カイロ地下鉄四号線第一期整備計画(III)」の1,000億円の円借款の供与に関する交換公文の署名を行いました。このほか、食料安全保障強化に関する協力、教育分野における日本式教育の普及、エジプト日本科学技術大学(E-JUST)における博士課程を中心とした150人の留学生の受け入れ、GEMに関する協力の実施等、日本のODAを通じた支援の着実な進展を確認しました。
リビアは、アフリカ最大の原油埋蔵量を誇る資源大国であるにもかかわらず、長引く紛争・政治的混乱から脱却できておらず、難民問題を含め、地域の不安定要因となっています。9月、東部で、集中豪雨とダムの決壊により発生した洪水により、多数の死傷者・被災民と物的被害が生じました。日本は、テント、毛布、浄水器等の緊急援助物資を供与したほか、緊急人道支援として、国際移住機関(IOM)および国連児童基金(UNICEF)を通じて、合計300万ドル(4億1,100万円)の緊急無償資金協力および約160万ドルの食料支援を実施しました。
モロッコでは、9月に中部で発生した地震により甚大な被害が発生しました。日本は、IFRCを通じて、一時的避難施設や食料等の200万ドルの緊急無償資金協力を実施したほか、JPFを通じ、日本のNGOによる100万ドルの支援を行うことを決定しました。
- 注19 : 2016年5月に日本が表明した中東支援策の1つで、シリア危機により就学機会を奪われたシリア人の若者に教育の機会を提供するもの。ヨルダン、レバノンに難民として逃れているシリア人の若者を対象に、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の協力を得ながら実施している。
- 注20 : 2024年1月26日に発覚したUNRWA職員のテロへの関与疑惑を受け、1月28日、日本はパレスチナ支援の一部であるUNRWAへの資金拠出(約3,500万ドル)を一時停止した。