国際協力の現場から 06
国際機関で活躍する日本人職員の声
〜気候変動下での飢餓撲滅を目指して〜
農学からスタートした国際協力の道

IRRIでの研究留学中、フィリピンで農家インタビューを行う筆者(右から2人目)

FAOの所属チームのメンバーと(前列左から2人目が筆者)
「飢餓と飽食」─私が国際協力を志したのは、中高生の頃に気付いたこの矛盾がきっかけでした。私は食べたいものを食べたいだけ食べられるのに、世界にはお腹を空かせながら亡くなっていく人がいる現実を前に、飢餓に苦しむ人たちの役に立つことが、恵まれた環境下で育った自分の使命だと感じました。
食べるためには食料を作らなければなりません。このため、大学・大学院では農学(作物学)を勉強し、在学中にフィリピンの国際稲研究所(IRRI)に1年間留学する機会を得て、気候変動の影響で深刻化する干ばつに適応するための稲作技術の確立に向けた研究を行いました。農家の方々の協力を得て、30軒の農家の水田で実際に技術の検証を行い、彼らの現状や課題を聞く機会にも恵まれました。その中で実感したのは、意味ある農業技術は環境や農家の状況に応じて大きく異なり、技術普及も国際協力も画一的に行うことはできないという当たり前の事実でした。この現場での経験は、国際協力に携わる現在も大きな糧になっています。
JPO制度で国連食糧農業機関(FAO)へ
ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)派遣制度注1でFAOに派遣されたのは、開発コンサルティング企業でJICAの農村開発に関するプロジェクトに携わっていた、社会人3年目でした。私がFAOを希望した大きな理由は、FAOが掲げる目的である、全ての人々の食料安全保障の達成が、私が目指す世界と一致していたことでした。現在、私が担当しているのは、日本も主要ドナー国である「緑の気候基金(GCF)」注2の資金を活用した、アフリカ地域における「農林水産業×気候変動」のプロジェクトの企画・実施支援です。天候に依存する農業とそれに従事する多くの貧困層は、気候変動の影響に非常に脆(ぜい)弱です。そこでFAOは、各開発途上国の現状や優先課題に応じて、小規模農家が気候変動に適応できるよう、農家の能力強化や改良技術の導入を支援するプロジェクトや、持続可能な農業活動を通じて森林伐採を縮小し、温室効果ガス削減に貢献するようなプロジェクトを提案し、脆(ぜい)弱な立場の人々の農業活動を支える活動を行っています。気候変動対策プロジェクトの企画・実施に向けて、本部だけでなく、地域事務所や多くの国事務所が協力しており、私は、国籍も専門も異なる同僚たちと働く刺激的な日々を過ごしています。
自分の生活も大切に、飢餓のない世界を目指して
「自分が幸せでないと、人を助けることはできない」─これは、今でも忘れられない高校時代の先生の言葉です。私は子連れ単身赴任の形で、こどもをローマで育てながら働いていますが、理解ある上司や周囲のサポートのおかげで、時に大変ながらも、自分や家族の幸せも大切に、楽しみながらキャリアと子育ての両立を目指しています。
国際機関での勤務は、自分には手が届かない世界のように感じていましたが、自分の目指す世界の実現のため、機会や縁を逃さずに一貫して取り組んできた結果、今の自分があります。国際協力への関わり方は様々ですが、世界中のネットワークを使い、多様なバックグラウンドの人と働くことは国連で働く面白さの一つです。これからも持続可能かつ強靱(じん)(レジリエント)な農業活動を通し、飢餓撲滅に向けて一歩ずつ進んでいきたいと思います。
国連食糧農業機関(FAO)イタリア・ローマ本部 加藤星絵
注1 詳細は図表Ⅴ-3を参照。
注2 用語解説を参照。