国際協力の現場から 03


災害時でも誰一人取り残さない!
~アジア太平洋地域における「障害インクルーシブ防災」の普及に邁進する日々~

バングラデシュで開催された「障害インクルーシブ防災」の会議に出席した筆者(写真:バングラデシュ障害と開発センター)
どのような国でも全人口の15パーセントの方々が何らかの障害を持っているとされています注1。この推計によれば、アジア太平洋地域では現在、約6億9千万人の障害者がいる計算になります。私が、タイのバンコクに本部を置く国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP(エスキャップ))に着任した2002年当時、この数字は6億5千万人でした。私にとっては膨大すぎてつかみどころのない数字でしたが、障害を持つこれらの人たちの権利を向上させるため仕事を頑張ろうと決意を新たにしたことが、今となっては懐かしいです。
ESCAPはアジア太平洋地域の加盟国・地域など注2を対象に、経済・社会発展全般の法整備支援を様々な方法で展開しています。障害者に関しては、日本政府の主導で、1993年から「アジア太平洋障害者10年注3」というフレームワークの下、障害者の人権実現と社会・経済発展への参画を政策レベルで図る取組を開始し、アフリカや中南米など他の地域にはない取組を現在も続けています。
そうした中、私は、日本政府の支援の下、アジア太平洋地域の障害者の命にかかわる喫緊の課題である防災において、「障害インクルーシブ防災」(障害者の視点を反映させた防災)を実現するための技術支援プロジェクトに2014年以降、携わってきました。
障害者が自然災害で被災した場合の死亡率は一般被災者より高いと言われています。これは、日頃の避難訓練や事前の備え、避難所や仮設トイレなどの施設のバリアフリー化、発災後のテレビやインターネットの手話通訳・字幕を通じた情報提供、知的障害者・発達障害者・自閉症の方々を含む様々な障害者のための配慮が十分でないことが原因です。また、各国の一般的な政策の中では、どうしても障害者の視点を反映させる=「障害インクルージョン」は重視されていません。
こうした状況を改善するため、まず2014年に、災害発生の頻度が高いインドネシア、バングラデシュおよびフィリピンの防災に携わる行政官や様々な障害者団体などが参加する会議を仙台で主催し、参加者との議論の結果、「障害インクルーシブ防災」という視点を、翌年に採択された仙台防災枠組2015-2030注4に盛り込む機運を作りました。その結果、仙台防災枠組では、災害から大きな影響を受ける重要な社会集団として障害者を認め、障害者を含め誰もが使いやすい物とシステムをつくるユニバーサル・デザインという考え方や、障害者などの当事者を政策策定の初期段階から参画させる重要性などが提言されるなど、大きな進歩がありました。
現在進行中のプロジェクトでは、各国の防災行政の日頃の業務の中に障害者の視点を盛り込むための支援を実施しています。災害が頻繁に発生するものの、「障害インクルージョン」の視点が、防災行政に最前線で従事する担当者の行動様式や考え方に今一歩浸透していないと思われる4か国を選び、それぞれの言葉で、それぞれの文化と風土に合ったオンライン教育プログラムを作成しています。
コロナ禍で、災害発生後の対応にも困難が生じがちな状況の中、私は、SDGsの基本理念「誰一人取り残さない」が活かされる現場はここであると信じて、「障害インクルーシブ防災」を実現するため、引き続き頑張っていきます。
国連アジア太平洋経済社会委員会 社会問題担当官
秋山愛子(あきやまあいこ)
注1 世界障害レポート(世界保健機構(WHO)・2011年)https://www.who.int/teams/noncommunicable-diseases/sensory-functions-disability-and-rehabilitation/world-report-on-disability
注2 49の加盟国・地域と9の準加盟メンバーの計58。
注3 2003年、2013年にもそれぞれ10年延長されている。
注4 2015年に開催された第3回国連防災世界会議において採択された(詳細は第Ⅱ部(7)防災を参照)。