2020年版開発協力白書 日本の国際協力

2.南西アジア地域

南西アジア地域は、インドなどの巨大な市場を抱え、今後の経済成長や膨大なインフラ需要が期待されるなど、大きな経済的潜在力を有しています。東アジア地域と中東地域を結ぶ陸上・海上の交通路に位置するため、「自由で開かれたインド太平洋」の実現のためにも戦略的に重要な地域です。また、同地域はテロおよび暴力的過激主義に対する国際的取組において大きな役割を果たしています。

一方、この地域には、道路、鉄道、港湾、上下水道などのインフラの欠如、人口の増大や自然災害への対応、初等教育制度や保健・医療制度の未整備、そして法の支配の未確立など、取り組むべき課題が依然として多く残されています。特に貧困の削減は大きな問題であり、世界の約3分の1の貧困人口が南西アジア地域に住んでいると言われています注5。日本は、南西アジア地域の有する経済的潜在力を活かすとともに、拡大しつつある貧富の格差に対応するため、多岐(たき)にわたる支援を行っています。

●日本の取組

インドに対する技術協力「鉄道安全能力強化プロジェクト」にて、訪日研修を通じて鉄道総合技術研究所を訪問するインド鉄道省および貨物専用鉄道公社職員

インドに対する技術協力「鉄道安全能力強化プロジェクト」にて、訪日研修を通じて鉄道総合技術研究所を訪問するインド鉄道省および貨物専用鉄道公社職員

バングラデシュの避難民キャンプ内での新型コロナ感染拡大を防ぐため、研修を受けた避難民がボランティアとして啓蒙(けいもう)活動を実施している様子(写真:UNHCR)(「国際協力の現場から」も参照)

バングラデシュの避難民キャンプ内での新型コロナ感染拡大を防ぐため、研修を受けた避難民がボランティアとして啓蒙(けいもう)活動を実施している様子(写真:UNHCR)(「国際協力の現場から」も参照)

ネパール、パキスタンおよびモルディブの駐日大使との昼食会を開催し、意見交換を行った國場幸之助(こくばこうのすけ)外務大臣政務官(2020年12月)

ネパール、パキスタンおよびモルディブの駐日大使との昼食会を開催し、意見交換を行った國場幸之助(こくばこうのすけ)外務大臣政務官(2020年12月)

耐震構造を施した新しい校舎の前の校庭を元気よく駆けるネパールの学校の生徒たち

耐震構造を施した新しい校舎の前の校庭を元気よく駆けるネパールの学校の生徒たち

ブータンにおける「中西部地域園芸農業振興プロジェクト」のモデル果樹農家でキウィの剪定(せんてい)を指導するJICA専門家(写真:JICA)

ブータンにおける「中西部地域園芸農業振興プロジェクト」のモデル果樹農家でキウィの剪定(せんてい)を指導するJICA専門家(写真:JICA)

2020年は、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行を受け、日本は、南西アジア諸国に対し、緊急支援円借款の活用や無償資金協力による機材供与、国際機関経由による支援および技術協力を組み合わせ、同地域の中長期的な財政・経済・社会の自立的向上を図るための支援を実施しています。たとえば、新型コロナの感染拡大の抑制とともに、社会・経済の回復と安定および持続的発展に寄与するためインド、バングラデシュ、モルディブに新型コロナ危機対応緊急支援円借款支援を開始しました。そのほか、南西アジア諸国に対して医療機材を供与する無償資金協力も決定し、各国のニーズに応じた機材を供与していきます。

南西アジア地域の主要国であるインドでは新型コロナの感染者数が急増しました。インドにおける感染拡大を受け、日本は2020年8月には保健分野における財政支援として500億円の新型コロナ危機対応緊急支援円借款、および医療機材を供与するための10億円の無償資金協力に関する各書簡の交換を行いました。また、バングラデシュにおいても、2020年8月までに保健分野における財政支援として350億円の新型コロナ危機対応緊急支援円借款、および医療機材を供与するための10億円の無償資金協力に関する各書簡の交換を行いました。

日本は、モルディブについても50億円の新型コロナ危機対応緊急支援円借款、および医療機材を供与するための6億円の無償資金協力に関する各書簡の交換を行いました。また、スリランカおよびパキスタンにおいても同様の無償資金協力の供与を決定し、それぞれに対し、8億円および10億円の無償資金協力に関する各書簡の交換を行いました。さらに、ネパールおよびブータンでも医療機材を供与するための総額3億円の無償資金協力をそれぞれで実施しています。南西アジアにおいては、これらの支援に加えて、各国で国際機関を通じた支援なども実施しました。

日本は、南西アジア地域の中心的存在であるインドとの間で、両首脳の相互訪問を行っており、「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」に基づいて、経済協力をはじめ、政治・安全保障、経済、学術交流など幅広い分野で協力を進めています。近年、インドは日本の円借款の最大の受取国であり、日本はインドにおいて、連結性の強化と産業競争力の強化に資する電力や運輸などの経済社会インフラ整備の支援に加えて、持続的で包摂(ほうせつ)的な成長への支援として、生計向上に資する森林セクターの支援や保健・衛生環境の向上に資する支援などを実施しています。

2020年3月には、アーメダバードやムンバイにおける地下鉄建設、生物多様性保全や気候変動問題などの地球規模課題に取り組む森林セクターの案件を含む、計9件の円借款供与のための書簡を交換しました。

また、2020年9月の日印首脳電話会談では、ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道整備計画を着実に進め、引き続き緊密に連携していくことを確認しました。同事業が実現すれば、現在、在来線特急で最短でも7時間必要なムンバイ・アーメダバード間の移動が2時間に短縮でき、料金は航空運賃の約半分になることが見込まれます。

このように、日本のODAは、保健医療整備やインフラ開発、貧困対策、投資環境整備、人材育成など、様々な分野での支援を通じ、インドの成長において大きな役割を果たしています。

近年発展が目覚ましく、日本企業の進出も増加しているバングラデシュとの間では、「日・バングラデシュ包括的パートナーシップ」を推進しており、①経済インフラの開発、②投資環境の改善、および③連結性の向上を3本柱とする「ベンガル湾産業成長地帯(BIG-B)」構想のもと、開発協力を進めています。2019年5月に、ハシナ・バングラデシュ首相が訪日した際、安倍総理大臣(当時)は、「日本は、バングラデシュのSDGsの達成および『2021年までの中所得国化』の実現に向けて支援を継続していく」と述べた上で、BIG-B構想の推進、両国間の人物交流の拡大や貿易・投資のさらなる促進への期待を表明し、2020年8月の首脳電話会談でもその方針を再確認しました。これら首脳間の合意のもと、2020年8月には、日本はバングラデシュとの間で、バングラデシュ国内や地域の連結性向上や経済インフラ整備に寄与する「ダッカ都市交通整備計画(IV)」、「ダッカ都市交通整備計画(5号線北路線)(第一期)」、「ジャムナ鉄道専用橋建設計画(第二期)」、「ハズラット・シャージャラール国際空港拡張計画(第二期)」、「チョットグラム-コックスバザール幹線道路整備計画(調査・設計のための役務)」、「フードバリューチェーン改善計画」および「都市開発及び都市行政強化計画」の計7件の円借款の供与に関する交換公文に署名しました。

なお、日本は、2017年8月のミャンマー・ラカイン州における襲撃事件以降の治安悪化を受けてバングラデシュに流入してきた避難民や避難民の受け入れにより大きな負担を抱えるホストコミュニティ支援を目的とした対バングラデシュ支援として、2020年に、国際機関を通じて水・衛生、栄養、保健、医療、女性保護、教育、職業訓練等に関する約28.28億円の支援を行いました(「国際協力の現場から」も参照)。また、日本のNGOによる支援として、特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム(JPF)を通じて生活に必要な物資の配布、衛生環境の改善、医療提供、女性および子どもの保護などにも取り組んでいます。

アジアと中東・アフリカをつなぐシーレーン上の要衝(ようしょう)に位置するスリランカは、伝統的な親日国であり、日本は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、特に連結性強化や海洋分野で同国との協力強化を進めています。また、日本は、スリランカの質の高い成長を促すため、進出している日系企業の活動環境の改善にも寄与する空港、道路、電力などのインフラ整備に加え、同国の紛争の歴史や格差が拡大している現状を踏まえ、開発の遅れている地域を対象に生計向上や農業分野を中心とした産業育成・人材育成などの協力、および災害対策への支援を継続しています。2020年7月には、違法薬物対策機材の供与のための2億円の無償資金協力、および国連世界食糧計画(WFP)と連携し、食糧(東日本大震災の被災地で生産された魚缶詰約388トン)の供与のための3億円の無償資金協力に関する書簡を交換しました。

モルディブは、スリランカ同様、インド洋シーレーンの要衝(ようしょう)に位置し、日本にとって地政学的な重要性を有する国です。2018年1月には河野外務大臣(当時)がモルディブを訪問したほか、2019年10月にはソーリフ大統領とシャーヒド外務大臣が揃(そろ)って訪日し、首脳会談および外相会談が行われ、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて両国で協力していく旨が合意されました。この方針のもと、2020年には、テロ・治安対策能力強化のための関連機材(警察車両、液体検査装置、可搬型X線不審物検査装置等)の供与として5億円、海上での救難・救助対応能力の強化のための海上保安機材(通信機器、潜水関連機器等)の供与として8億円の無償資金協力を決定しました。また、モルディブの若手行政官が日本で学位を取得するために必要な学費などを供与する「人材育成奨学計画」の支援も行いました。

パキスタンは、テロ撲滅に向けた国際社会の取組において重要な役割を担っています。同国において、これまで日本は、空港・港湾の保安能力向上、平和構築・テロ対策分野の機材・製品の供与、不正薬物取引および国際的な組織犯罪に対する国境管理能力強化、テロ掃討軍事作戦で発生した避難民への支援を実施してきています。また、ポリオ・ワクチンの調達を通じたパキスタンのポリオ撲滅支援など、保健分野でも支援を実施しています。さらに、教育分野でも継続的に支援を行っており、2020年10月には、国連人間居住計画(UN-Habitat)と連携し、ハイバル・パフトゥンハー州における学校の耐震化や防災教育などの地域の防災対策強化に関する4.71億円の無償資金協力に関する書簡を交換しました。

2015年にネパールで発生した大地震に際して、日本は8つの国際機関等を通じて1,400万ドル(約16.8億円)の緊急無償資金協力を実施しました。また、中長期の復興プロセスとして、総額約2.6億ドル(約320億円超)規模の住宅(計約9万戸)、学校(計約280校)の再建を支援し、さらに災害脆弱(ぜいじゃく)性の克服および強靱(きょうじん)なネパールの構築に向け、政府の災害リスク削減に係る能力強化や建築基準にのっとった建物の普及などに係る各種技術支援を実施しています。2020年には、新憲法を通じた民主主義の定着と発展に向けたネパールの取組を後押しするため、中央および地方政府のガバナンス能力向上を支援するとともに、教育格差是正のため、ネパール政府の教育開発計画である「学校セクター開発計画」に対する支援や、ネパールの若手行政官が日本で学位を取得するために必要な学費等を供与する「人材育成奨学計画」に対する支援を行いました。加えて、WFPと連携して、ネパールのヌワコット郡において、地産地消(ちさんちしょう)型食材注6を用いた学校給食を提供するための施設整備および学校給食の普及に向けた能力構築などに関する3.52億円の無償資金協力を決定しました。

また日本は、ブータンと1986年に国交を樹立して以来、良好な関係を築いてきており、2016年に国交樹立30周年を迎えました。2020年1月には、令和元年度ODA調査派遣が行われ、調査団による農業分野、医療分野における支援の現状の視察と、ブータンのジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク国王陛下への拝謁(はいえつ)や、ツェリン首相、ドルジ外務大臣、ドルジ上院議長などと意見交換が行われました。ブータンに対する日本の開発協力は、両国間の友好関係の礎(いしずえ)となっており、国民総幸福量(GNH:Gross National Happiness)を最大化するという同国の基本理念を念頭に置いた国家開発計画を尊重しながら、支援が実施されています。特に農業生産性の向上、道路網、橋梁(きょうりょう)等の経済基盤整備や、人材育成といった分野では、着実な成果を上げています。2020年3月には、農家の農業機械へのアクセスの改善等のための2件の無償資金協力(「第二次賃耕のための農業機械整備計画」および廃棄物収集・運搬および最終処分場運営に係る機材整備のための「廃棄物管理改善計画」)の交換公文に署名し、ブータンの自立的かつ持続可能な国づくりを支援しています。さらに、5月には、ブータンの若手行政官等が修士または博士の学位を取得するために必要な学費などを供与する無償資金協力事業「人材育成奨学計画」の交換公文に署名し、ブータンの発展のみならず、日本との友好関係強化に貢献する人材の育成を支援しています。

日本の開発協力の方針 南西アジア地域の重点分野
図表Ⅲ-3 南西アジア地域における日本の援助実績

バングラデシュ

コックスバザール県ミャンマーからの避難民キャンプにおけるプライマリヘルスケアクリニック建設計画
草の根・人間の安全保障無償資金協力(2019年3月~2020年3月)

建設されたプライマリヘルスケアクリニックで活動する医療スタッフ(写真:バングラデシュ赤新月社)

建設されたプライマリヘルスケアクリニックで活動する医療スタッフ(写真:バングラデシュ赤新月社)

本案件で建設したプライマリヘルスケアクリニック

本案件で建設したプライマリヘルスケアクリニック

2017年8月、ミャンマーのラカイン州北部で大規模な武力衝突が発生しました。その際に多くの避難民が国境を越えてバングラデシュに移動し、バングラデシュのコックスバザール県では現在も約85万人が生活しています。

同県ウキヤ郡にある避難民キャンプの1つは、地形上の理由から雨期やサイクロン発生時にしばしば洪水が発生し、北側の急こう配地域では土砂崩れのリスクが高い状況でした。このような水害によりキャンプ内の衛生状況は悪化しており、コレラやデング熱などの病気のリスクも増加していました。

バングラデシュ赤新月社は、同キャンプにおいて、簡易な外科手術、心的ケアを含めた妊婦健診や健康促進のための啓発活動などを実施していますが、診療や手術などの医療サービスごとにテントが異なっていたため、患者は診療中にテント間の移動を強いられ、身体的負担が大きかったほか、雨天時には土が流されて施設の一部が使用できなくなることもありました。

このような状況を改善するために、バングラデシュ赤新月社は、草の根・人間の安全保障無償資金協力により水害に耐えうる施設としてプライマリヘルスケアクリニックを新たに建設しました。これにより、医療サービスを1か所で集中して提供することが可能となっただけでなく、医療施設の安全性が向上し、月2,600人にのぼる患者が必要なときに適切な医療を受けることができるようになりました。

日本はこれからも、人間の安全保障を推進するため小規模ながらも地域に密着した人道支援を提供していきます。


*出典:UNHCR(2020年10月)https://data2.unhcr.org/en/situations/myanmar_refugees



  1. 注5 : 出典:下記世界銀行ホームページ(ただし、同ホームページにはアフガニスタンが含まれている)。
    https://www.worldbank.org/ja/country/japan/brief/south-asia
    https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2018/09/19/decline-of-global-extreme-poverty-continues-but-has-slowed-world-bank
  2. 注6 : 国内の地域で生産された農林水産物を、その生産された地域内で消費する取組。
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