(4)職業訓練・産業人材育成・雇用創出
質の高い成長のためには、人々が必要な職業技能を習得することが不可欠です。しかし、開発途上国では、適切な質の教育・訓練を受ける機会が限られている上に、人的資源が有効に活用されておらず、十分な所得を得る機会が少ない傾向にあります。適切な人材の不足が途上国の産業発展に大きな障害となっています。
「働く」ということは、社会を形成している人間の根本的な営みであり、職業に就くこと(雇用)による所得の向上は、人々の生活水準を高めるための重要な手段となります。ところが、世界の雇用情勢は低迷しており、2019年の失業者数は、前年度より160万人増加し、1億8,800万人でした。また、国際労働機関(ILO)は、新型コロナの感染拡大により、2020年4月から6月の世界の総就労時間が感染拡大前と比べて約17%減少し、フルタイム労働者換算で4億9,500万人に相当するという統計を発表しました。こうした状況の中で、より良い仕事の未来に向けて安定した雇用を生み出していくためには、それぞれの国が、社会的セーフティー・ネット注12を構築してリスクに備えるとともに、一つの国を越えた国際的な取組として、SDGsの目標8で設定された「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」を実現することが急務です。
●日本の取組
…職業訓練・産業人材育成
日本は、開発途上国において、多様な技術や技能のニーズに対応できる人材育成への要請に基づいて、各国で拠点となる技術専門学校および職業訓練校への支援を実施しています。支援の実施にあたり、日本は民間部門とも連携し、教員・指導員の能力強化、訓練校の運営能力強化、カリキュラム改善支援等を行い、教育と雇用との結びつきをより強化する取組を行っています。
産業人材育成分野では、日本は、2000年から2019年の間に、31か国64案件で、日本の知見・ノウハウを活かし、カリキュラム・教材の開発/改訂、指導員能力強化、産業界との連携を通じた複合的な協力を実施しました。これにより、6か国12校の施設および機材の整備や、職業技術教育訓練(TVET:Technical and Vocational Education and Training)機関への支援が行われました。また、日本は、8か国14案件で、女性・障害者・除隊兵士や、難民および紛争の影響下にある人々等の生計向上を目的とした技能開発(skill development)に貢献しました。
2015年の日ASEAN首脳会議では、アジア地域において3年間で4万人の産業人材育成を目指す「産業人材育成協力イニシアティブ」が発表されました。2018年11月の日ASEAN首脳会議においては、同イニシアティブが目標を大幅に超える形で達成したことを受けて、日ASEAN友好協力50周年(2023年)を見据え、アジア地域において今後5年間で8万人規模の産業人材育成を実施する「産業人材育成協力イニシアティブ2.0」が発表されました。この中では、これまで重視してきた実践的技術力、設計・開発力、イノベーション力、経営・企画・管理力に係る協力に加え、AI等のデジタル分野における協力を含む産業高度化力を新たな協力分野としています。
さらに、2016年に閣議決定された「日本再興戦略2016」において、日本は、ODAを活用し、日本とアジアの途上国の双方におけるイノベーション促進に貢献することを目的として、2017年度から5年間で、約1,000人を目標に、アジアの優秀な学生等に日本での留学やインターンシップの機会を提供し、日本とアジア諸国の間で高度人材を環流させる新たな取組である「イノベーティブ・アジア」事業を行うこととしました。この事業は、首脳会談等の機会に相手国側からも高く評価されており、中長期的には、日本と各国の外交関係強化につながることを目指しています。
このほか、厚生労働省では、日本との経済的相互依存関係が拡大・深化しつつある東南アジア注13を中心に、質の高い労働力の育成・確保を図るため、これまでに政府および民間において培ってきた日本の技能評価システム(日本の国家試験である技能検定試験)のノウハウを移転する研修等注14を日本国内および対象国内で行っています。2019年度にこれらの研修に参加したのは、3か国合計123名で、これにより、対象国の技能評価システムの構築・改善が進み、現地の技能労働者の育成が促進されるとともに、雇用の機会が増大して、技能労働者の社会的地位も向上することが期待されています。
また、アフリカに関して、2019年8月に横浜で開催されたTICAD7において、「TICAD7における日本の取組」の一環として、産業人材育成支援を打ち出しました。その中で、カイゼン・イニシアティブ(「国際協力の現場から」も参照)、および職業訓練センターやアフリカ開発銀行信託基金による技術支援等を通じ、イノベーションや農業・ブルーエコノミー注15等の産業多角化と雇用創出を支える140,000人の人材育成を行うことや、ABEイニシアティブ*(アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ)3.0により、日・アフリカビジネス推進に資する産業人材を6年間で3,000人育成することなどを表明しました。産学官連携によるABEイニシアティブを通じては、2019年度末までに、日本全国の84大学162研究科がすでに1,200人以上の研修員を受け入れています。
…雇用創出を含む労働分野
日本は、労働分野における支援も進めています。多発する重大な労働災害等への対応や、世界的なサプライ・チェーンの拡大が進む中で、労働者の権利保護や雇用安定にどう取り組んでいくかは、各国共通の課題となっており、グローバルな視点での労働環境の整備が重要な課題となっています。日本は、これらの課題に対し、国際労働機関(ILO)への任意拠出金等を通じて、アジアを中心とした途上国に向けて、労働安全衛生水準の向上や、労働環境の整備・改善などに寄与する技術協力を行っています。このほか、ガンビア、モーリタニアおよびモザンビークでの若者等の雇用支援など、アフリカ地域における支援にも貢献しており、「働きがいのある人間らしい仕事(ディーセント・ワーク)」の実現に向けた取組を行っています。
- *ABEイニシアティブ(アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ:African Business Education Initiative for Youth)
- アフリカの産業人材育成と日本企業のアフリカビジネスをサポートする「水先案内人」の育成を目的として、アフリカの若者を日本に招き、日本の大学での修士号取得と日本企業などでのインターンシップの機会を提供するプログラム。2013年に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)で、ABEイニシアティブにより5年間1,000人の受入れを表明し、さらに2016年のTICAD VIでは、新たに現場における人材育成を加えて3年間で1,500人を育成することを発表。2019年のTICAD7でも継続して取り組んでいくことが表明され、6年間で3,000人を育成することを発表した。
- 注12 : 人々が安全で安心して暮らせる仕組みのこと。
- 注13 : インドネシア、タイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオスが対象。
- 注14 : 「試験基準・試験問題作成担当者研修」、「試験・採点担当者研修」および「トライアル検定評価担当者研修」の3種類がある。上記本文中の参加者数は、これらの研修の合計値。
- 注15 : 海や河川、湖等における資源の持続的な利用を通じて、海洋資源の保全と経済発展の両立を目指すもの。