匠の技術、世界へ 3
エネルギー低炭素社会実現を目指したインドにおけるスマートシティの構築に向けて
~日本とインドのアカデミアにおける協働~

インド・アーメダバード市で開催されたSATREPSワークショップ(右奥から、福田日本大学教授、デサイハイデラバード校(IITH)名誉教授、坪井名古屋電機工業プロジェクトリーダー)(写真:IITH研究室)

アーメダバード交差点の画像解析を行っているIITHの研究者(写真:IITH研究室)
インドの都市部では、経済の発展とともに交通量が急激に増えたことから深刻な交通渋滞や大気汚染が発生し、経済活動全般のみならず住民の健康にも影響する大きな問題となっています。さらに、地球温暖化の観点から、自動車から排出される二酸化炭素排出量の削減が求められています。このように、運輸交通部門におけるエネルギー効率の向上が急務になっている中、インド政府は、国内100都市を対象に環境にやさしい「スマートシティ*1」の実現を政策に掲げ、地下鉄やバスなどの公共交通手段を軸にあらゆる交通手段を組み合わせて効率的に利用するマルチモーダル化*2を推進することにより、交通渋滞の改善および二酸化炭素排出量の削減を目指しています。
このようなインド政府の取組を支援するため、日本の道路情報装置を提供している名古屋電機工業株式会社の坪井務(つぼいつとむ)プロジェクトリーダーと日本大学理工学部交通システム学科の福田敦(ふくだあつし)教授を中心とする研究グループは、「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)*3」を活用して、インド工科大学ハイデラバード校(IITH)のウダイ・デサイ名誉教授(前IITH学長)の研究グループとともに、2016年から共同研究を行っています。また、今までの研究成果を活かし、ハイデラバード、ムンバイなど、インド国内の各都市における学会でも積極的な議論や意見交換が行われています。
共同研究の舞台は人口680万人のインド西部に位置するアーメダバード市。最新のセンシング技術を活用しビックデータ解析を駆使することで都市交通状況を把握し、市民の持つスマートフォンなどの携帯端末に最適なルート情報を発信したり、信号機の制御や道路情報板を活用したりすることで渋滞を分散させることにより、自家用車から地下鉄やバスなどの公共交通機関の利用への転換を促すことを通じて、低炭素・低エネルギー社会の実現を目的としています。
本プロジェクトにおいて最初に行われたのは、アーメダバード市内の主要道路におけるあらゆる車や人の動きをモニターし、交通の流れに関する交通ビッグデータを収集することでした。日本の道路では主に自動車が走っているため、電柱上などに取り付けたカメラでのモニタリングが比較的容易に行えますが、インドでは、自動車の間をジグザグに走る二輪車、オート三輪車や歩行者が、信号のない交差点を入り乱れるように動き回っているため、正確な計測が非常に困難でした。そこで、町中に設置されたカメラのほかにドローンを活用し、上空から広く交通状況を観測することで、データの収集や解析を行いました。
また、本プロジェクトは、インド全土に共通する交通量把握の手法の確立のほか、携帯端末の効果的活用の仕組みを構築することも目的としており、坪井プロジェクトリーダーは、本プロジェクトを通じて観測された交通データに基づき、需要の多い地域のインフラ整備が進むようになっても、インドが二酸化炭素排出量を削減し環境改善を実現するためには、まだ大きな課題が残されていると言います。
「現在、アーメダバード市内では地下鉄の建設が進んでいます。インフラを充実させていくことも大切ですが、同時に重要なのは、完成した公共交通機関を現地の方々が積極的に使うべく、システムを構築することです。」
坪井プロジェクトリーダーは現在、自由度が高い形で交通手段を検索できる交通情報アプリの開発に取り組んでいます。日本で使用されている交通情報アプリでは、「歩く」、「鉄道」、「車」というように移動手段を選択し、経路を検索するのが一般的ですが、インドでもこのアプリを使えるようになれば、あらゆる交通手段を同時に検索できるようになり、家から駅まで車で行き、駅から地下鉄を利用し、目的地の最寄り駅に着いたらバスで目的地に行く、といった方法を検索できるようになるのです。多様な交通手段を組み合わせることで、今後開業する公共交通機関を積極的に使ってもらうことをねらいとしています。インドの都市において、鉄道が網の目のように走る東京のような状況になるにはまだ時間がかかりますが、開通した公共交通機関を少しでも多くの人に使ってもらうことが、マルチモーダル化、さらには二酸化炭素の排出量の削減による環境問題の改善につながると期待しています。
現在インドには、30万人、40万人規模以上の都市が約400か所あるとされています。さらには、近年の急速な経済発展のもと、すでに200以上の都市でスマートシティ化が必要な状況になっているともいわれており、インドにおいて本件プロジェクトを通じた新たな交通改革の「羅針盤」の完成が待たれています。
*1 都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区のこと。
*2 複数の交通機関の連携を通じて、利用者のニーズに対応した効率的で良好な交通環境を築くこと。
*3 「用語解説」を参照。