(4)ジェンダー・包摂的成長
ア.女性の能力強化・参画の促進
開発途上国における社会通念や社会システムは、一般的に、男性の視点に基づいて形成されていることが多く、女性は様々な面で脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれやすい状況にあります。ミレニアム開発目標(MDGs)が策定された2000年代初めと比べると、女子の就学率が格段に向上し、女性の政治参加が増加したことなどにより、より多くの女性が要職に就くようになりました。しかし、現在も多くの国で、政府による高度な意思決定などの公の場に限らず、家庭など私的な場面でも、女性が、男性と同じように自分たちの生活に影響を及ぼす意思決定に参加する機会を持っているとはいえない状況が続いています。
一方で、女性は開発の重要な担い手であり、女性の参画は女性自身のためだけでなく、開発のより良い効果にもつながります。たとえば、これまで教育の機会に恵まれなかった女性が読み書き能力を向上させることは、公衆衛生やHIV/エイズなどの感染症予防に関する正しい知識へのアクセスを向上させ、適切な家族計画につながり、女性の社会進出や経済的エンパワーメントを促進します。さらには、途上国の包摂的な経済成長にも寄与するものです。
2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)」では、「ジェンダー平等の実現と女性と女児の能力向上は、すべての目標とターゲットにおける進展において死活的に重要な貢献をするもの」であると力強く謳(うた)われています。また、SDGsの目標5において、「ジェンダー平等を達成し、すべての女性および女児の能力強化を行う」ことが掲げられています。「質の高い成長」を実現するためには、ジェンダー平等と女性の活躍推進が不可欠であり、開発協力のあらゆる段階に男女が等しく参画し、等しくその恩恵を受けることが重要です。
●日本の取組
21世紀こそ、女性の人権侵害のない世界にしていくため、日本は国内外で「女性が輝く社会」を構築すべく、①女性の権利の尊重、②女性の能力発揮のための基盤の整備、③政治、経済、公共分野への女性の参画とリーダーシップ向上を重点分野に位置付け、国際社会の先頭に立って、ジェンダー主流化と女性のエンパワーメント推進に向けた取組を進めています。
2015年以降、G7およびG20の両サミットで女性が主要議題の一つとして取り上げられ、日本は国際社会における議論に積極的に参画しています。たとえば、日本は、2017年7月のG20ハンブルク・サミットにおいて立ち上げが発表された、途上国の女性が自ら生計を立て、社会への積極的な参画・貢献を促す重要な取組である「女性起業家資金イニシアティブ(We-Fi)*」を強く支持し、5,000万ドルの支援を行いました。また日本は、2019年3月、女性の経済的活躍を目的としてG20に提言を行う民間主導のグループであるW20(Women20)の会合と同時に、5回目となる国際女性会議WAW!(World Assembly for Women)を開催しました。同会議において、安倍総理大臣は、途上国における女性の教育機会拡大のため、2020年までの3年間で、少なくとも400万人の女児および女性に、質の高い教育と人材育成の機会を提供する旨を表明しました。さらに、2019年6月に行われたG20大阪サミットでは、女性のエンパワーメントが主要な議題の一つとして取り上げられ、①女性の労働参画、②女子教育支援、③女性起業家を含む女性ビジネスリーダーの声の反映の3点が議論されました。また、G20各国首脳の参加を得て、女性のエンパワーメントに関する首脳特別イベントを開催し、女性のエンパワーメント促進にかかるG20のコミットメントを再確認しました。

第5回国際女性会議(WAW!)の機会に訪日した、マララ・ユスフザイ・ノーベル平和賞受賞者より表敬を受けた安倍総理大臣(2019年3月)(写真:内閣広報室)

第5回国際女性会議WAW!で開会の挨拶を行った安倍総理大臣(写真:内閣広報室)

「オアシス」において、縫製技術の職業訓練に励むシリア人難民女性(写真:UN Women)
このほか日本は、国連女性機関(UN Women)を通じた支援も実施しており、2018年には約2,400万ドル、2019年には約1,800万ドルを拠出し、女性の政治的参画、経済的エンパワーメント、女性・女児に対する性的およびジェンダーに基づく暴力撤廃、平和・安全保障分野の女性の役割強化、政策・予算におけるジェンダー配慮強化などの取組に貢献しています。たとえば、ヨルダンでは、ザアタリ難民キャンプおよびアズラック難民キャンプにおいて、「キャッシュ・フォー・ワーク(労働の対価による支援)」プログラムのもと、203名のシリア人難民女性に仕事が提供されたほか、50名の難民女性が起業家として、マイクロビジネス注31の立ち上げに成功しました。また、同国に設置された女性支援センターである「オアシス(OASIS)」では、職業訓練に加え、保護サービス分野の支援が提供されており、難民キャンプにおける700名以上の女性にカウンセリングや精神的支援サービスが提供されたと同時に、99名の男性・男児がジェンダーに基づく暴力に関する研修を受け、正しい知識を身につけました。その結果、ヨルダンでは、支援を受けた女性の93%が、家庭内暴力(DV)が減少したと回答したほか、75%が家庭での女性の意志決定が増えたと回答するなど、支援の成果が上がっています。
紛争下の性的暴力に関しては、日本としても看過できない問題であるという立場から、紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表事務所(OSRSG-SVC:The Office of the Special Representative of the Secretary-General on Sexual Violence in Conflict)との連携を重視しています。2019年、日本は同事務所に対し、イラク、コンゴ民主共和国、中央アフリカにおける案件について153万ドル以上の拠出を行い、加害者処罰のための法制度整備などへの支援を通じて、性的暴力への予防および対応能力強化に貢献しています。
さらに、より効果的に「平和」な社会を実現するためには、紛争予防、紛争解決、平和構築のあらゆる段階で女性の参画を確保し、ジェンダーの視点を入れることが重要との考えから、日本は、2015年に「女性・平和・安全保障(WPS:Women, Peace and Security)に関する国連安全保障理事会決議第1325号」および関連決議の履行に向けた「行動計画」を策定、実施しており、2019年3月に改訂版を策定しました。また、日本は、2018年のG7外相会合で合意されたG7 WPSパートナーシップ・イニシアティブのもと、パートナー国をスリランカとし、同国駐在のG7各国大使館とも協力しながら、2019年度から、スリランカのWPS行動計画策定支援や、過去26年間の国内紛争により寡婦(かふ)となった女性を含めた同国女性へのリプロダクティブ・ヘルスを中心とする保健分野での支援や経済エンパワーメントのための支援などを促進しています。
日本はこのような活動を通じて、すべての女性および女児のエンパワーメントとジェンダー平等の実現、男女が共に支え合う社会および制度の構築を目指し、多様化する開発課題に対応するため、各国と協力していきます。
ガイアナおよびドミニカ国一般公募
ガイアナとドミニカ国の女性の災害管理能力強化のための支援
無償資金協力(国連開発計画との連携)(2018年6月〜2021年6月)

参加型農業気象ワークショップに参加したことがきっかけで、家庭菜園を始めた女性(写真:UNDP Guyana)
南米大陸の北岸に位置するガイアナやカリブ海の小島嶼国のドミニカ国は、気候変動の影響を強く受け、自然災害が多く発生する地域です。実際に、ドミニカ国は2017年にハリケーン・マリアにより大被害を被(こうむ)りました。また、ガイアナとドミニカ国の人口の約9割は沿岸部に暮らしていますが、地球温暖化による海面上昇は沿岸浸食や洪水の問題を引き起こしており、気候変動問題は国土と国民を脅かす大きな課題となっています。
そこで、日本は2018年に国連開発計画(UNDP)との連携のもと、自然災害に対するリスクを抱えるガイアナとドミニカ国において、災害時に特に脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれる遠隔地や沿岸部のコミュニティの女性を主な対象に、生計の安定化と災害対応能力の強化に向けた支援を開始しました。この協力により、自然災害早期警報システムの整備などを通じて計1,400コミュニティ(約20,000世帯)の防災・減災能力が強化されるほか、金融アクセスの改善などを通じた生計の安定化、また、ワークショップ等への参加を通じたコミュニティ間の情報共有・連携体制の構築が進められています。
たとえば、地域ごとの気象情報(過去のデータと将来予測)を基に最適な農産物や家畜などの生計手段を選択する手法を教える参加型農業気象ワークショップが行われ、洪水や干ばつの被害に遭いやすいガイアナ内陸部や沿岸の農村に住む女性代表者や、農業省の指導者たちの能力強化が進められています。このワークショップで得た経験を基に、自分の家の庭先で菜園づくりを始めた女性もおり、プロジェクト開始後1年間で約450人がこのワークショップに参加し、その数はその後も着実に増えています。
- *女性起業家資金イニシアティブ(We-Fi:Women Entrepreneurs Finance Initiative)
- 開発途上国において、女性起業家や女性が運営する中小企業が直面する障害(資金アクセス、法制度等)を克服するための支援を実施することにより、途上国における女性の経済的自立を支援し、その経済・社会参画の促進を目的とする、世界銀行と参加国14か国によるイニシアティブ。支援内容は、女性起業家の資金等へのアクセス支援、金融機関等に対する女性起業家とのビジネス促進に向けた助言、途上国の法制度改善に向けた技術協力など。同イニシアティブは、ドナー国から約3.5億ドル、および民間資金・国際金融機関から動員する資金と合わせ、10億ドル超の資金を利用可能とすることを目指している。
イ.格差是正(脆弱な立場に置かれやすい人々への支援)
SDGsの達成に向けた取組が進められる中、大局的な国家レベルで課題がどこにあるのかを特定し、的確に対応することが困難であるという問題が顕在化していますが、「格差の拡大」への対応においても、同様の問題が存在しています。また、貧困・紛争・感染症・テロ・災害などの様々な課題から生じる影響は、国や地域、女性や子どもなど、個人の置かれた立場によって異なります。こうした状況に対しては、一人ひとりの立場に立った形でのアプローチが有効であり、SDGsの理念である「誰一人取り残さない」社会の実現にとって不可欠といえます。
●日本の取組
…障がい者支援
社会において弱い立場にある人々、特に障がいのある人たちが社会に参加し、包容されるように、能力強化とコミュニティづくりを促進していくことが重要です。日本は開発協力において、ODA政策の立案および実施に当たり、障がいのある人を含めた社会的弱者の状況に配慮しています。障がい者施策は福祉、保健・医療、教育、雇用など、多くの分野にわたっており、日本はこれらの分野で積み重ねてきた技術や経験を、ODAやNGOの活動などを通じて途上国の障がい者施策に役立てています。
たとえば、日本は、鉄道建設、空港建設の設計においてバリアフリー化を図ったり、障がいのある人のためのリハビリテーション施設や職業訓練施設整備、移動用ミニバスの供与を行ったりするなど、現地の様々なニーズにきめ細かく対応しています。また、途上国の障がい者支援に携わる組織や人材の能力向上を図るために、JICAを通じて、途上国からの研修員の受入れや、理学・作業療法士やソーシャルワーカーをはじめとした専門家、JICA海外協力隊の派遣などを通じ、幅広い技術協力も行っています。
2014年に日本が批准した障害者権利条約は、独立した条項を設けて、締約国は国際協力およびその促進のための措置をとることとしており(第32条)、日本は今後も、ODAなどを通じて、途上国における障がい者の権利の向上に貢献していきます。
タジキスタン
①ドゥシャンベ市における障がい児のためのインクルーシブ教育推進事業
②ヒッサール市における障がい児のためのインクルーシブ教育(IE)促進事業
日本NGO連携無償資金協力 (①2014年1月~2017年2月、②2017年6月~(実施中))
タジキスタンでは、障がいのある子どもに対する伝統的な考え方や学校側の受入れ体制が十分でないため、学校に通えなかったり、障がいに配慮した教育を受けることができない障がい児がたくさんいます。そのような状況に対処すべく、特定非営利活動法人 難民を助ける会(AAR Japan)は、タジキスタンで活動する唯一の日本のNGOとして、障がいの有無にかかわらず、すべての子どもがそれぞれの特性や障がいに応じた配慮を受けながら地域の学校で学べる「インクルーシブ教育」の推進を目指し、2014年から事業を実施しています。
当初は、障がい児を学校に受け入れることに反対の声もありましたが、学校のバリアフリー化や、障がい児が適切な学習支援や作業療法などを受けられる学習支援室の整備、教員への研修、保護者や地域住民への啓発活動など様々な取組を進めることで、少しずつインクルーシブ教育への理解が広まりました。今では多くの障がい児が就学し、健常児の保護者からも、「障がいのある子が学校に来てくれて良かった」、「子どもたちが優しくなった」という声が聞かれるようになりました。
首都ドゥシャンベでは、3年間の事業を通じて合計230名の障がい児が通学できるようになりました。また、事業終了後もタジキスタンの人々自らの手で障がい児が働く国内初のカフェをオープンするなど、その活動と支援の輪は着実に現地の人々に引き継がれ、広がっています。

整備した学習支援室で手話を学ぶ様子(写真:AAR Japan)

供与した車いすで入口のスロープを使用する子どもと母親(写真:AAR Japan)
…子どもへの支援

日本の支援により建設されたモーリタニアの小学校にて、児童たちに囲まれる佐藤正久外務副大臣(当時)(2019年2月)

日本が教室の増設を支援したナミビアのフィデル・カストロ・ルーシュ小学校の敷地内で、児童がダンスを披露する様子
一般に、子どもは脆弱な立場に置かれやすく、今日、紛争や自然災害などにより、世界各地で多くの子どもたちが苛酷(かこく)な状況に置かれています。また、子どもの難民や国内避難民も急増しています。途上国の子どもの状況改善に向け、日本は様々な形で人道支援や開発支援を行っています。
たとえば、日本は、草の根・人間の安全保障無償資金協力を通じ、特に草の根レベルで住民に直接裨益(ひえき)するような協力を行っており、小・中学校の建設や改修、病院への医療機材の供与、井戸や給水設備の整備などを通じて、子どもたちの生活状況の改善に貢献するプロジェクトを実施しています。
具体的には、ミャンマーにおいて、少数民族の児童・生徒が多く通学する、カチン州プータオ地区レーイングウィン区小中高等学校において、新たな校舎の建設に協力しています。この協力によって、老朽化の激しい校舎で授業を受けていた968名の児童・生徒の学習環境の改善に貢献することが期待されます。また、2019年にネパールにおいて、草の根・人間の安全保障無償資金協力により、経済的に恵まれていない家庭の児童が多く通学するカトマンズ郡ブダニルカンタ市公立学校に学校給食センターを建設する協力を行いました。この協力によって同市の公立学校生徒約5,000名に給食が提供されることとなり、生徒の栄養および学習環境の改善を図ることが期待されます。このほか、ナミビアでは、日本が支援した「コマス州トビアス・ハインイェコ地区フィデル・カストロ・ルーシュ小学校教室建設計画」により、小学校に5教室が新たに完成し、1クラスあたりの児童数が緩和されるなど、630名以上の児童が効果的な学習を行うことが可能になりました。
ほかにも、日本は国際機関と連携した支援も行っており、カンボジアに対して、2019年1月、無償資金協力「カンボジアにおける児童に対する暴力の防止及び暴力への対応計画(UNICEF連携)」に関する交換公文に署名しました。この計画のもとで、日本は、児童に対する暴力の防止および対応のための主要な取組の実施規模をさらに拡大するべく、暴力撲滅のために世界的に認知されている研修をカンボジア政府職員に対して実施するほか、児童に実際に相対するソーシャルワーカー・医療関係者などの接遇能力強化を行います。これにより、教育現場等における身体暴力の減少および身体的暴力を受けた児童が専門官などに相談しやすい環境の創設が期待されます。
またパキスタンでは、2019年に、ハイバル・パフトゥーンハー州のアフガン難民受入れ地区において、アフガン難民、国内避難民、ホストコミュニティの乳幼児、および妊婦・授乳婦に対して、WFPと連携し、栄養補助食品の配布や栄養・保健研修などの支援を行いました。この協力により、栄養失調と診断された乳幼児約3万人および妊婦・授乳婦約28,000人の栄養改善、同州対象地区女性ヘルスワーカー200人以上に対するメンター研修などを通じて、乳幼児および妊婦・授乳婦の栄養状態が改善されることが期待されます。
このほか、アフガニスタンでは、2019年12月に、無償資金協力「小児感染症予防計画(UNICEF連携)」に関する交換公文に署名しました。この協力は、定期予防接種活動において必要となるワクチン調達を支援することで、約131万人の1歳未満児および約292万人の妊娠可能な年齢層の女性への接種を可能とします。またワクチン調達を支援することで、計1,100万人の5歳未満児の子どもへのポリオワクチン接種が可能となります。さらに、定期予防接種およびポリオワクチン接種キャンペーンの着実な実施を通じて、アフガニスタン全国におけるポリオ等小児感染症の予防・撲滅に寄与することが期待されます(ポリオ予防・撲滅のための支援については、「ポリオ」も参照)。
- 注31 : 個人や少人数のグループが、わずかな資金で始められる小規模なビジネスのこと。