3 地球規模課題への取組と人間中心の開発の促進
グローバル化の進展に伴い、国際社会は格差・貧困、テロ、難民・避難民、気候変動、海洋プラスチックごみ問題等様々な課題に直面しています。これらの社会・経済・環境問題は相互に絡み合い、かつ国境を越えて繋がっています。このような国境を越えた地球規模の課題の解決に際しては、旧来の先進国と開発途上国という概念を越えて国際社会が連携して取り組む必要があります。
持続可能な開発目標(SDGs)は、ミレニアム開発目標(MDGs)の後継として2015年9月の国連サミットで全国連加盟国によって合意された、2030年を期限とする17の国際目標です。MDGsが途上国のための目標であったのに対し、先進国を含む国際社会全体がコミットしたSDGsは、これらの絡み合う地球規模の課題を同時かつ根本的に解決する「羅針盤」となりえます。
ここでは、地球規模の課題の解決を通じた日本のSDGs達成に向けた取組について、保健、水・衛生、教育、ジェンダー、環境、気候変動などの各分野の切り口から広く紹介します。
人間の安全保障
SDGsが描くのは、日本が長年にわたって推進してきた「人間の安全保障」の理念が反映された、豊かで活力ある「誰一人取り残さない」社会です。これは、人間一人ひとりに着目し、人々が恐怖や欠乏から免れ、尊厳を持って生きることができるよう、個人の保護と能力強化を通じて、国・社会づくりを進めるという考え方であり、開発協力大綱でも、日本の開発協力の根本にある指導理念として位置付けられています。日本政府は、人間の安全保障の推進のため、①概念の普及と②現場での実践の両面で、様々な取組を実施しています。
①概念の普及について、日本は国際的な有識者委員会である「人間の安全保障委員会」およびその後継となる「人間の安全保障諮問委員会」の設置や、非公式・自由なフォーラムである「人間の安全保障フレンズ」の開催を主導してきました。2012年には、日本が主導して、人間の安全保障の共通理解に関する国連総会決議が全会一致で採択されました。
②現場での実践について、日本は国連における「人間の安全保障基金」の設立(1999年)を主導しました。これまで日本は累計で約460億円を拠出し、95か国・地域で、国連機関が実施する人間の安全保障の確保に資するプロジェクト243件を支援してきました。
(1)保健・医療
開発途上国に住む人々の多くは、多くの先進国であれば日常的に受けられる基礎的な保健医療サービスを受けることができません。現在もなお、感染症や栄養不足、下痢などにより、年間540万人以上の5歳未満の子どもが命を落としています。また、産婦人科医や助産師など専門技能を持つ者による緊急産科医療が受けられないなどの理由により、年間約30.3万人以上の妊産婦が命を落としています。さらに、貧しい国は、高い人口増加率により一層の貧困や失業、飢餓、教育へのアクセス・質の悪さ、環境悪化などに苦しめられています。このため、SDGsの目標3において「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」ことが設定されました。また、世界の国や地域によって多様化する健康課題に対応するため、すべての人が基礎的な保健医療サービスを必要なときに負担可能な費用で受けられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の達成が重要となっています。
■日本の取組
●UHCの推進
日本は従前から、人間の安全保障に直結する保健医療分野での取組を重視しています。2015年2月の「開発協力大綱」の策定を受け、同年9月、日本政府は、保健分野の課題別政策として「平和と健康のための基本方針」を定めました。この方針は、日本の知見、技術、医療機器、サービス等を活用しつつ、①エボラ出血熱など公衆衛生危機への対応体制の構築、②すべての人への生涯を通じた基礎的保健サービスの提供を目指していくことを示しており、これらの取組は、SDGsに掲げられた保健分野の課題解決を追求していく上でも重要なものです。
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)とは、すべての人が基礎的な保健サービスを必要なときに負担可能な費用で受けられることを指します。保健医療サービスの格差を是正し、すべての人の基礎的な保健ニーズに応(こた)え、被援助国が自ら保健課題を検討・解決する上で、UHCの達成は重要です。日本政府は、G7、TICAD、国連総会等の国際的な議論の場においても、「日本ブランド」としてのUHC推進を積極的に主導してきました。これを受けて、2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」では、UHCの達成が国際的な目標の一つに位置付けられました。
2016年のG7伊勢志摩サミットでは、感染症等の公衆衛生危機への国際社会の対応能力の強化、また幅広い保健課題への対応の鍵となり、危機へのより良い備えを有するUHCの推進、薬剤耐性(AMR)への対応強化等が重要との点で一致し、「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」を発表しました。また、2017年12月には、「UHCフォーラム2017」を開催し、各国、各機関のUHCの取組を後押しするため、29億ドル規模の支援を行うことを発表しました。また、日本は、UHC推進に向けた国際機関・ドナー国等との知見の共有、開発途上国の保健システム強化に向けた連携強化の必要性について国連総会やG7伊勢志摩サミットで訴え、これまでの保健分野の援助協調枠組みを発展させた「IHP(International Health Partnership)for UHC2030」(通称:UHC2030)の設立に主導的な役割を果たしました。
また、アフリカに対して、日本は、UHC の推進を2016年に開催したTICADVIの重要な柱の一つに位置づけ、ケニアやセネガルでUHC達成に向けた政策円借款を供与する等、アフリカにおける保健分野支援に積極的に取り組んでいます。さらに、2018年10月に開催されたTICAD閣僚会合では、強靱(きょうじん)な保健システムが、包括的成長をもたらす健康で生産的な人口を下支えする基盤となることを踏まえ、UHCの推進の必要性が改めて確認されました。また、日本は、国際機関と緊密に連携し、保健分野におけるファイナンスの改善の必要性や民間部門の役割強化といった、アフリカにおける新たな課題に取り組んでいく旨を述べました。
さらに、日本はUHC達成の上で参考となる道筋や具体的行動を示す「UHC in Africa」を世界銀行、WHO、グローバルファンド等と共に発表しました。日本は、2017年9月の国連総会ハイレベルウィークの機会にUHC推進のためのイベントを主催し、UHCの重要性に対する国際的な関心を喚起しました。これに続き、2017年12月に東京で開催されたUHCフォーラム2017では、安倍総理大臣、麻生副総理、グテーレス国連事務総長、サル・セネガル大統領等の国際保健分野を牽引(けんいん)するリーダーの出席のもと、UHC達成の取組を加速させるためのコミットメントとして、UHC達成に向けたグローバルな機運(モメンタム)の強化や各国・各機関の連携体制強化等を提唱した「UHC東京宣言」が採択されました。その上で、安倍総理大臣は、各国、各機関のUHCの取組を後押しするため、日本が今後29億ドル規模の支援を行うことを表明しました。さらに、2018年4月にはIMF・世銀春総会の際にUHC財務大臣会合を開催し、UHC達成に向けた持続可能な保健財政枠組構築のための財務当局の関与や、財務大臣と保健大臣の連携の重要性を発信しました。
具体的な支援として、日本は、2015年に定めた「平和と健康のための基本方針」の下、病院建設や医薬品・医療機器の供与などのハード面での協力や、人づくり、制度などのソフト面での協力等、日本の経験・技術・知見を活用した協力を促進し、貧困層、子ども、女性、障害者、高齢者、難民・避難民、少数民族・先住民などの「誰一人取り残さない」UHCを実現するための支援を行っています。
UHCにおける基礎的な保健サービスには、栄養改善(「(8)食料安全保障および栄養」を参照)、予防接種、母子保健、性と生殖の健康、感染症対策、非感染性疾患対策、高齢者の地域包括ケアや介護などすべてのサービスが含まれます。なかでも予防接種は、最も費用対効果の高い投資のひとつであり、毎年200万~300万人の命を予防接種によって救うことができると見積もられています。途上国の予防接種率を向上させることを目的として2000年に設立されたGaviワクチンアライアンス*に対して、日本は2011年に拠出を開始して以来、累計約1億1060万ドル注11の支援を行いました。Gaviは2000年の設立以来、7億人の子どもたちに予防接種を行い、1,000万人以上の命を救ってきました。この取組を推進すべく、日本政府は2016年、2020年までに新たに7,600万ドルを拠出する方針を表明しました。また、二国間援助において日本は、ワクチンの製造、管理およびコールドチェーン維持管理などの支援を実施し、予防接種率の向上に貢献していきます。
途上国の母子保健については、5歳未満児の死亡率や妊産婦死亡率の削減、助産専門技能者の立会いによる出産の割合の増加などで大幅な改善が見られたものの、目標値の達成には至らず、大きな課題が残されています。日本は、包括的な母子継続ケアを提供する体制強化と、途上国のオーナーシップ(主体的な取組)や能力の向上を基本として、持続的な保健システムを強化することを中心とした支援を目指し、ガーナ、セネガル、バングラデシュなどの国において効率的に支援を実施しています。こうした支援を通じて日本は、妊娠前(思春期、家族計画を含む)・妊娠期・出産期と新生児期・幼児期に必要なサービスへのアクセス向上に貢献しています。
また、日本は、日本の経験・知見を活かし、母子保健改善の手段として、母子健康手帳(母子手帳)を活用した活動を展開しています。母子手帳は、妊娠期・出産期・産褥(さんじょく)期(出産後、妊娠前と同じような状態に回復する期間で、ほぼ産後1~2か月間)、および新生児期、乳児期、幼児期と時間的に継続したケア(CoC:Continuum of Care)に貢献できるとともに、母親が健康に関する知識を得て、意識向上や行動変容を促すことができるという特徴があります。日本の協力により全国に母子健康手帳が定着しているインドネシアは、同様に母子手帳を活用して母子保健サービスを提供してきているタイ、フィリピン、ケニアと各国での経験を共有して学び合い、母子手帳のさらなる可能性と課題を議論しました。また、インドネシアは、2018年以降の母子手帳に関する国際研修実施に関するニーズを検討するために、現在母子手帳の試行運用を実施しているアフガニスタン、タジキスタンの参加者も同時に招聘(しょうへい)し、意見交換を行いました。
さらに日本は、支援の実施国において、国連人口基金(UNFPA)や国際家族計画連盟(IPPF)など、ほかの開発パートナーと共に性と生殖に関する健康サービスを含む母子保健を推進することによって、より多くの女性と子どもの健康改善を目指しています。
●レバノン
アル・ラウダ診療所及びダール・アル・ワッファ診療所医療機材整備計画
草の根・人間の安全保障無償資金協力(2017年3月~2018年2月)
レバノンは、パレスチナ難民のほか、約95万人のシリア難民を受け入れており、国内情勢が不安定化しています。中東和平の実現の要の一つである同国の安定化を図るべく、日本は、レバノン国内の社会的弱者である、こうした難民に対し支援を実施してきています。
ブルジュ・バラジネ町は、計約4万人のパレスチナ難民及びシリア難民が居住しており、アラムーン町には、約1.5万人のレバノン人および約1万人のシリア難民が居住しています。現地NGO「救済と開発のための協会連合」は、これら2つの町において診療所を運営していますが、ブルジュ・バラジネ町の診療所では、超音波診断装置の老朽化により正確な診断を行うことができず、また、アラムーン町の診療所では、そもそもこうした装置が設置されていないため、貧困層の患者は診断が受けられない状況にありました。
こうした状況を改善するため、日本は同協会連合と協力して、これら2つの診療所に、超音波検査機材をそれぞれ1台ずつ供与しました。この結果、ブルジュ・バラジネ町の診療所では、高度かつ正確な超音波検査が可能となりました。また、アラムーン町の診療所では、新たに超音波診断機材が設置されたことにより、貧困層も検査を受けられるようになり、レバノン人及びシリア難民患者の医療へのアクセスが大幅に改善されました。本案件は、レバノン国内で大きな評価を受けています。
●公衆衛生危機対応
グローバル化が進展する今日、感染症の流行は容易に国境を越えて国際社会全体に深刻な影響を与えるため、新興・再興感染症*への対策が重要です。2014~2015年の西部アフリカ諸国でのエボラ出血熱の流行は、多数の命を奪い、周辺国への感染拡大や医療従事者への二次感染の発生といった問題を引き起こし、国際社会における主要な人道的、経済的、政治的な課題となりました。また2018年5月以降、コンゴ民主共和国ではエボラ出血熱が再び流行しています。こうした流行国や国際機関に対し、日本は、資金援助に加え、専門家派遣や物資供与といった様々な支援を切れ目なく実施しました。さらに、日本はその技術を活かした治療薬や迅速検査キット、サーモグラフィーカメラの供与など、官民を挙げてエボラ危機の克服を後押ししました。
従来から日本は、感染症対策には持続可能かつ強靱(きょうじん)な保健システムの構築が基本になるとの観点に立ち、とりわけアフリカ各国の公衆衛生危機への対応能力および予防・備えを強化するとともに、すべての人が保健サービスを受けることができるアフリカを目指し、医療従事者の能力強化や保健施設の整備をはじめとした保健分野への支援、インフラ整備、食料安全保障強化等、社会的・経済的復興に役立つ支援を迅速に進めています。
また、日本は、国際社会の平和と繁栄に積極的に貢献する国家として、こうした健康危機に対応する国際社会の枠組み(グローバル・ヘルス・アーキテクチャー)構築においても、G7やTICAD等の国際会議の場において議論を主導してきました。特に、WHOの健康危機プログラムには、安倍総理大臣が2016年のG7伊勢志摩サミットの際に5,000万ドルの拠出を表明し、そのうち2,500万ドルを同年内に、300万ドルを2018年に拠出したほか、緊急対応基金(CFE)には約1,080万ドルを2016年に拠出しました。さらに、2018年にはWHOの健康危機プログラムに約300万ドルを拠出しました。これらのWHOの健康危機プログラムやCFEへの拠出は、2018年のコンゴ民主共和国でのエボラ出血熱アウトブレイクへの対応等に活用されています。
加えて日本は、日本政府の後押しを受けて世界銀行がG7伊勢志摩サミットの機会に創設したパンデミック緊急ファシリティ(PEF)*に対しても、他国に先駆けて5,000万ドルの拠出を表明しました。2018年のコンゴ民主共和国におけるエボラ出血熱の流行に際しては、PEFから1200万ドルが拠出され、危機対応に貢献しました。さらに日本は、WHOが国連人道問題調整事務所(OCHA)と連携して危機に対応するための標準業務手順書の策定を主導しました。そのほか、日本は2015年に国際緊急援助隊・感染症対策チームを新設し、翌2016年にはコンゴ民主共和国における黄熱の流行に対して、また2018年には同国におけるエボラ出血熱の流行に対して同チームを派遣するなど、感染症流行国での迅速かつ効果的な支援に向けた取組を行っています。
●感染症の薬剤耐性(AMR)への対応
感染症の薬剤耐性(AMR:anti-microbial resistance)注12は、公衆衛生上の重大な脅威であり、近年、対策の機運が増しています。日本は、AMRへの対策を進めるために2016年4月に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を策定するとともに、同月にアジアAMR東京閣僚会議を開催し、検査機関ネットワークや抗微生物剤の規制等の4本の柱から成る「AMRに関するアジア太平洋ワンヘルス・イニシアティブ」を採択しました。G7伊勢志摩サミットにおいても、保健アジェンダの柱の一つにAMRを取り上げ、G7として協働して取り組む方針をまとめました。さらに、同年9月の国連総会AMRハイレベル会合では、「国連総会AMRに関する政治宣言」が採択され、各国や関係国連機関が対策を推進していくことや、国連事務総長が分野横断的な作業部会を設置することが求められ、2017年11月にはAMRワンヘルス東京会議が開催されました。また、2018年に開催されたG20ブエノスアイレスサミットにおいて、AMR対策について議論が行われました。
●ガボン
公衆衛生上問題となっているウイルス感染症の把握と実験室診断法の確立プロジェクト
技術協力プロジェクト(2016年4月~(実施中))
中部アフリカに位置するガボンでは、国民の死因の大半を、マラリアやHIV、結核といった感染症が占めるほか、これまでに、エボラ出血熱の発生が確認されています。日本は、技術協力を中心に、長年に渡り、ガボンの保健分野の強化に貢献する支援を継続的に実施してきており、本案件はその一つです。
同国のランバレネ市は、かつて、高橋功(たかはしいさお)博士がシュヴァイツァー博士と共に、ハンセン病の診療を手伝った街として知られています。ランバレネ医療研究センターは、ガボンにおける中核研究機関であるにもかかわらず、新興・再興感染症に関する研究実績がほとんどありませんでした。そこで、エボラ出血熱等の感染症研究を行う長崎大学熱帯医学研究所は、ランバレネ医療研究センターと共同で、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)を活用して、研究を始めました。
両研究機関の研究者は、エボラ出血熱をはじめとするウイルス性出血熱等の原因不明の感染症の病原体の同定、感染症の現地診断システムおよび早期警戒システムの構築をテーマに、共同で研究を実施しています。今後、こうした研究を通じて、ガボンをはじめとするアフリカのエボラ出血熱の流行や、その他感染症に関する問題を解決すると同時に、地球規模課題の一つである感染症研究の発展に資することが期待されています。
●三大感染症(HIV/エイズ、結核、マラリア)
SDGsのターゲット3.3に2030年までの三大感染症の終息が掲げられており、日本は2000年G8九州・沖縄サミットで設立された機関である「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」を通じた支援に力を入れています。日本は、2002年の設立時から2018年12月末までに約21.19億ドルを拠出しました。さらに、日本は、グローバルファンドの支援を受けている開発途上国において、三大感染症への対策が効果的に実施されるよう、グローバルファンドの取組を日本の二国間支援でも補完できるようにしています。日本は保健システムの強化、コミュニティ能力強化や母子保健のための施策とも相互に連携を強めるよう努力しています。
二国間支援を通じたHIV/エイズ対策として、日本は新規感染予防のための知識を広め、啓発・検査・カウンセリングを普及し、HIV/エイズ治療薬の配布システムを強化するなどの支援を行っています。特に、予防についてより多くの人に知識や理解を広めることや、感染者・患者のケア・サポートなどには、アフリカを中心に「感染症・エイズ対策隊員」と呼ばれる青年海外協力隊が精力的に取り組んでいます。
結核に関しては、外務省と厚生労働省が、JICA、財団法人結核予防会、ストップ結核パートナーシップ日本と共に「ストップ結核ジャパンアクションプラン」の下、日本が自国の結核対策で培(つちか)った経験や技術を活かし、官民が連携して、世界の年間結核死者数の1割(2006年の基準で16万人)を救済することを目標に、開発途上国、特にアジアおよびアフリカに対する年間結核死者数の削減に取り組んできました。また、2014年にWHOが採択した、2015年以降2035年を達成目標年とする新たな世界戦略(Global strategy and targets for tuberculosis prevention, care and control after 2015)を踏まえ、外務省と厚生労働省、JICA 等は2014年に「ストップ結核ジャパンアクションプラン」を再び改訂し、引き続き国際的な結核対策に取り組んでいくことを確認しました。
このほか、乳幼児が死亡する主な原因の一つであるマラリアについて、日本は、地域コミュニティの強化を通じたマラリア対策への取組の支援や、WHOとの協力による支援を行っています。
●ポリオ
ポリオは根絶目前の状況にありますが、日本は未だ感染が見られる国(ポリオ野生株常在国)であるナイジェリア、アフガニスタン、パキスタンの3か国を中心に、主にUNICEFと連携し、撲滅に向けて支援してきました。具体的には、2017年2月にUNICEFと連携して、ナイジェリア、チャド、ニジェール、カメルーン、中央アフリカ共和国におけるポリオ対策のため、40億円の支援を行い、推定7,200万人の5歳未満の子どもにワクチンを投与することができました。ナイジェリアでは、2014年以来発見されていなかった野生のポリオウイルスからの感染症例が2016年に報告されて以降、2018年11月現在までに新たな感染は確認されていません。
ほかにも、日本は、アフガニスタンにおいて、2002年以降、UNICEFと連携して計130億円の支援を行っています。また、パキスタンにおいて、日本は1996年以降UNICEFと連携した累計110億円を超える無償資金協力を行っているほか、2016年には、約63億円の円借款を供与しました。これにより、ポリオの新規感染の減少・撲滅に貢献しています。この円借款については、新たな方法であるローン・コンバージョンが採用されました。これは、一定の目標が達成されるとパキスタン政府の返済すべき債務を民間のゲイツ財団が肩代わりするものです。直近では、日本は2018年度に、アフガニスタンに対する約10億900万円の支援、パキスタンに対する約5億1000万円の支援を行いました。これらの事業により、約3,100万人の5歳未満児へのワクチン接種を通じ、両国におけるポリオの新規発症件数の減少ひいてはポリオ撲滅につながることが期待されます。
●顧みられない熱帯病(NTDs)
また、シャーガス病、フィラリア症、住血吸虫症などの寄生虫・細菌感染症等の「顧みられない熱帯病」(NTDs:Negletical Tropical Diseases)には、世界全体で10億人以上が感染しており、開発途上国に多大な社会的・経済的損失を与えています。感染症は国境を越えて影響を与えうることから、国際社会が一丸となって対応する必要があり、日本も関係国や国際機関と密接に連携して対策に取り組んでいます。日本は、1991年から、世界に先駆けて「貧困の病」ともいわれる中米諸国のシャーガス病対策に本格的に取り組み、媒介虫対策の体制を確立する支援を行い、感染リスクを減少することに貢献しました。また、1998年には、「橋本イニシアティブ」を提唱し、国際的な寄生虫対策に寄与してきました。フィラリア症についても、日本は駆虫剤のほか多くの人に知識・理解を持ってもらうための啓発教材を供与しています。また、日本は青年海外協力隊による啓発予防活動などを行い、新規患者数の減少や病気の流行の拡大防止を目指しています。
さらに2013年、NTDs等の開発途上国の感染症に対する新薬創出を促進するための日本初の官民パートナーシップである公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund:Global Health Innovative Technology Fund)を立ち上げました。本基金は、日本国内外の研究開発機関とのグローバルな連携を推進しながら、効果の高い治療薬・ワクチン・診断薬等の研究開発を通じて途上国における感染症の制圧を目指しています。また、日本は2016年、NTDsの治療薬等の研究開発・普及の促進や、医薬品の供給準備・供給支援のため、GHIT およびUNDPに対し、合わせて1億3,000万ドルの資金拠出を行う方針を表明し、着実にコミットメントを実施しているところです。今後アフリカなどで顧みられない熱帯病に苦しむ人々の治療に貢献することが期待されます。
●パキスタン
定期予防接種強化プロジェクト
技術協力プロジェクト(2014年11月~2018年6月)
パキスタンでは、保健分野の取組、特にポリオなどの感染症対策の強化は重要な課題の一つです。なかでも、定期予防接種体制の強化が求められており、具体的には、ワクチンを保管する機材の維持管理の強化、定期予防接種サービスを行う医療従事者の能力の向上のほか、定期予防接種に関する住民への適切な啓発活動の強化も課題となっています。
こうした事情を踏まえて、日本は、2014年から2018年にかけて「定期予防接種強化プロジェクト(SRIプロジェクト:Strengthening Routine Immunization Project)」を通じて、パキスタンのハイバル・パフトゥンハー州(KP州)の保健局とともに技術協力を実施してきました。様々な研修の機会を通じて、2,000人近い予防接種活動に携わる医療従事者の能力強化を図りました。
日本の支援活動としては、JICA専門家がその中心的な役割を果たしました。本プロジェクトでは、2016年11月から2018年のプロジェクト終了までの間、KP州の治安上の問題や、関係者との連絡調整を遠隔で行わざるを得ないといった制約の中で、KP州の公的保健施設のワクチン管理の改善や遠隔地での予防接種活動の強化に取り組み、現地での定期予防接種体制の強化に大きく貢献しました。
こうしたプロジェクトの成果のKP州における着実な定着を含め、日本は引き続き、パキスタンの保健分野の支援に取り組んでいきます。
- *Gaviワクチンアライアンス(Gavi, the Vaccine Alliance)
- 開発途上国の予防接種率を向上させることにより、子どもたちの命と人々の健康を守ることを目的として設立された官民パートナーシップ。ドナー国および途上国政府、関連国際機関に加え、製薬業界、民間財団、市民社会が参画している。
- *新興・再興感染症
- 新興感染症とは、SARS(サーズ)(重症急性呼吸器症候群)・鳥インフルエンザ・エボラ出血熱など、かつては知られていなかったが、近年新しく認識された感染症のこと。再興感染症とは、コレラ、結核など、かつて猛威をふるったが、患者数が減少し、収束したと見られていた感染症で、近年再び増加してきたもの。
- *パンデミック緊急ファシリティ(PEF:Pandemic Emergency Financing Facility)
- パンデミック発生時に迅速かつ効率的な資金動員を行うための枠組み。パンデミックが発生し、あらかじめ合意された条件が満たされた場合、即座に資金が途上国や国際機関、NGO等にPEFを通じて支出され、緊急対応の経費に充てられる。
- 注11 : 2018年度当初まで
- 注12 : 病原性を持つ細菌やウイルス等の微生物が抗菌薬や抗ウイルス薬等の抗微生物剤に耐性を持ち、それらの薬剤が十分に効かなくなること。