2018年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)安定・安全のための支援

グローバル化やハイテク機器の進歩と普及、人々の移動の拡大などに伴い、国際的な組織犯罪やテロ行為は、国際社会全体の脅威となっています。薬物や銃器の不正な取引、人身取引、サイバー犯罪、資金洗浄(マネーロンダリング)などの国際的な組織犯罪は、近年、その手口が一層多様化して、巧妙に行われています。また、戦闘地から帰還・移転した外国人テロ戦闘員(FTF:Foreign Terrorist Fighters)等を通じて、ISILの影響を受けた各地の関連組織等が、中東やアフリカのみならず、アジア地域においてもその活動を活発化しています。また、暴力的過激主義の思想に感化された個人によるホームグロウン・テロ(自国で成長した人が起こすテロ)の問題も深刻な脅威をもたらしています。さらに、アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾や西部のギニア湾および東南アジアにおける海賊・海上武装強盗問題も依然として懸念されます。

国境を越える国際組織犯罪、テロ行為や海賊行為に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限りがあるため、各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における対処能力向上支援などを通じて、国際社会全体で法の抜け穴をなくす努力が必要です。

■日本の取組

ア.治安維持能力強化

日本は、国内治安維持の要となる警察機関の能力向上について、制度づくりや行政能力向上への支援など人材の育成に重点を置きながら、日本の警察による国際協力の実績と経験を踏まえた知識・技術の移転を中心とした支援をしています。

警察庁では、インドネシアなどのアジア諸国を中心に専門家の派遣や研修員の受入れを行い、民主的に管理された警察として国民に信頼されている日本の警察の在り方を伝えています。

イ.テロ対策

2018年も世界各地でテロが頻発しました。テロおよび暴力的過激主義の脅威が、中東・アフリカのみならずアジアにも拡大している現状において、G7伊勢志摩サミットで策定した「テロ及び暴力的過激主義対策に関するG7行動計画」の確実な実施は一層重要なものとなっており、日本は、テロ対処能力が必ずしも十分でない開発途上国に対し、テロ対策能力向上のための支援をしています。

グアテマラにて、「コミュニティ警察の普及を通した警察人材育成プロジェクト」(日本の技術協力によりブラジルに根づいた日本式コミュニティ警察普及のための三角協力プロジェクト)により、ブラジル人警察官による指導のもと、市民とのコミュニケーションを図る現地の警察官。(写真:JICA)

グアテマラにて、「コミュニティ警察の普及を通した警察人材育成プロジェクト」(日本の技術協力によりブラジルに根づいた日本式コミュニティ警察普及のための三角協力プロジェクト)により、ブラジル人警察官による指導のもと、市民とのコミュニケーションを図る現地の警察官。(写真:JICA)

日本は、「中庸(ちゅうよう)が最善」という考えの下、暴力的過激主義の拡大を阻止し、「寛容で安定した社会」を中東地域に構築するため、2016年から2018年の3年間で約2万人の人材育成を含む、総額約60億ドルの包括的支援の実施を表明しました。アフリカに対しては、2016年に日本が議長国を務めた国連安全保障理事会公開討論の場において、岸田外務大臣(当時)は、アフリカの平和と安全への日本の強いコミットメントを強調するとともに、アフリカのテロ対策のため、2016年から2018年までに3万人の人材育成を含む1.2億ドル(約140億円)の支援実施を表明しました。

また、アジアに対しては、2016年の日ASEAN首脳会議において、総合的なテロ対策支援として、①テロ対処能力向上、②テロの根本原因である暴力的過激主義対策、および③穏健な社会構築を下支えする社会経済開発の分野において、3年間で450億円の規模の支援を実施するとともに、3年間で2,000人のテロ対策人材を育成することを発表しました。この2年間で、既に目標を大きく上回る800億円規模の支援、および2,653人のテロ対策人材の育成という成果を上げています。このほか日本は、各国政府や国際機関とも連携し、「テロに屈しない強靱なアジア」の実現に向け、世界トップレベルの日本製機材である生体認証(顔認証、指紋認証等)システムや爆発物・麻薬検知機材を導入するなど、日本の技術を活用した支援を着実に実施しています。

ウ.国際組織犯罪対策

グローバリゼーションの進展に伴い、国境を越えて大規模かつ組織的に行われる国際組織犯罪の脅威が深刻化しています。国際組織犯罪は、社会の繁栄と安寧(あんねい)の基盤である市民社会の安全、法の支配、市場経済を破壊するものであり、国際社会が一致して対処すべき問題です。このような国際組織犯罪に対処するために日本は、テロを含む国際的な組織犯罪を防止するための法的枠組みである国際組織犯罪防止条約(UNTOC)の締約国として、同条約に基づく捜査共助等による国際協力を推進しているほか、主に次のような国際貢献を行っています。

●薬物取引対策

日本は国連の麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)に拠出し、薬物対策を支援しています。日本は、薬物問題がとりわけ深刻であるアフガニスタンおよび周辺地域での取締能力強化支援や、アジア地域を中心とした国境管理支援を行い、薬物の不正取引の防止に取り組んでいます。

そのほか、警察庁では、アジア・太平洋地域を中心とする諸国から薬物捜査担当幹部を招聘(しょうへい)して、各国の薬物情勢、薬物事犯の捜査手法および国際協力に関する討議を行い、関係諸国の薬物取締りに関する国際的なネットワークの構築・強化を図っています。

●人身取引対策

日本は2014年に策定された人身取引対策行動計画2014に基づき、重大な人権侵害であり、極めて悪質な犯罪である人身取引の根絶のため、様々な支援を行っています。また、同行動計画を踏まえて、2014年以降の日本による人身取引対策に関する取組の年次報告を公表し、各省庁・関係機関及びNGO等との連携を強化しています。また、日本は、人身取引に関する包括的な国際約束である人身取引議定書の締約国でもあります。

日本で保護された外国人人身取引被害者に対して、日本は国際移住機関(IOM)への拠出を通じて、母国への安全な帰国支援、および帰国後再度被害に遭うことを防ぐための自立支援として、教育支援、職業訓練等の社会復帰のための援助を実施しています。また、日本は、JICAの技術協力やUNODCの法執行機関能力強化プロジェクトへの拠出を通じて、主に東南アジアの人身取引対策および被害者保護に向けた取組に貢献し、人の密輸・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア・太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への拠出・参加なども行っています。

●資金洗浄対策等

国際組織犯罪による犯罪収益は、さらなる組織犯罪やテロ活動の資金として流用されるリスクが高く、こうした不正資金の流れを絶つことも国際社会の重要な課題です。そのため、日本としても、1989年のアルシュ・サミット経済宣言に基づき設置された「金融活動作業部会(FATF)」等の政府間枠組みを通じて、国際的な資金洗浄(マネーロンダリング)対策、およびテロ資金供与対策に係る議論に積極的に参加しています。また、日本はUNODCを通じて、イランや東南アジア地域等におけるテロ資金供与対策に取り組んでいます。

エ.海洋、宇宙空間、サイバー空間などの課題に関する能力強化
●海洋

日本は、海洋国家としてエネルギー資源や食料の多くを海上輸送に依存しており、海上の安全確保は日本にとって国家の存立・繁栄に直接結びつく課題として、さらには地域の経済発展のためにも極めて重要です。しかし、日本が大量の原油を輸入している中東から日本までのシーレーンや、ソマリア沖・アデン湾、スールー・セレベス海などの国際的にも重要なシーレーンにおいて海賊の脅威が存在しており、そうした地域の海賊対策の強化が急務となっています。

2018年5月に東京でReCAAP全締約国(日本を含む20か国)およびインドネシア、マレーシアの海上法執行機関職員等を対象に行われた第2回海賊等対策に係る海上法執行能力向上研修

2018年5月に東京でReCAAP全締約国(日本を含む20か国)およびインドネシア、マレーシアの海上法執行機関職員等を対象に行われた第2回海賊等対策に係る海上法執行能力向上研修

たとえば、アジアにおいて日本は、地域の海賊・海上武装強盗対策における地域協力促進のため、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の策定を主導しました。各締約国は、同協定に基づいてシンガポールに設置された情報共有センター(ReCAAP-ISC)を通じ、海賊・海上武装強盗に関する情報共有および協力を実施しており、日本は事務局長および事務局長補の派遣や財政支援により、ReCAAP-ISCの活動を支援しています。また、2017年からReCAAP-ISCと共催で、ASEAN諸国等の海上法執行機関の海賊対策に係る能力構築を目的とした訪日研修を実施してきており、2018年5月19日から25日まで東京において、第2回目となる研修を関係省庁と協力して実施しました。

さらに、海における「法の支配」の確立・促進のため、日本はODA等のツールを活用して、巡視船の供与、技術協力、人材育成等を通じ、ASEAN諸国の海上保安機関等の法執行能力の向上を途切れなく支援し、被援助国の海洋状況把握能力向上といった国際協力も推進しています。具体的には、日本はベトナム、フィリピンなどに対し、船舶や海上保安関連機材の供与を実施しているほか、インドネシア、マレーシアなども含めたシーレーン沿岸国への研修・専門家派遣等を通じた人材育成も進めています。

アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾における海賊による脅威に対しては、日本は2009年から海賊対処行動を実施しています。また、日本はソマリアとその周辺国の地域協力枠組みであるジブチ行動指針の実施のために国際海事機関(IMO)が設立した信託基金に1,510万ドルを拠出し、この基金により、海賊対策のための情報共有センター、ジブチの地域訓練センターが設立され、同センターではソマリア周辺国の海上保安能力向上のための訓練プログラムが実施されています。このほか、日本はソマリアおよびその周辺国における海賊容疑者の訴追とその取締り能力向上支援のための国際信託基金注10に対して累計450万ドルを拠出し、海賊の訴追・取締強化・再発防止に努める国際社会を支援しています。ほかにも、海上保安庁の協力の下で、ソマリア周辺国の海上保安機関職員を招き、「海上犯罪取締研修」を実施しています。さらに、日本はソマリア海賊問題の根本的解決にソマリアの復興と安定が不可欠との認識の下、2007年以降、ソマリア国内の基礎的社会サービスの回復、治安維持能力の向上、国内産業の活性化のために約4億6,800万ドルの支援も実施しています。

また、シーレーン上で発生する船舶からの油の流出事故などは、航行する船舶の安全に影響を及ぼすおそれがあるだけでなく、海岸汚染により沿岸国の漁業や観光産業に致命的なダメージを与えるおそれもあり、こうした事態に対応する能力強化も重要です。このため、日本は、アジアと中東・アフリカを結ぶシーレーン上に位置するスリランカに対し、2018年度以降も引き続き、海上に排出された油の防除能力強化を支援する専門家(油防除対応能力向上アドバイザー)の派遣を継続することを決定しました。

そのほかにも、国際水路機関(IHO)では、日本の海上保安庁海洋情報部が運営に参画し、日本財団の助成の下、途上国の海図専門家を育成する研修を2009年から毎年英国で実施し、これまで39か国から65名の修了生を輩出しています。このIHOとユネスコ政府間海洋学委員会では、世界海底地形図を作成するGEBCOプロジェクトを共同で実施し、日本の海上保安庁海洋情報部を含む各国専門家の協力により、世界海底地形図の改訂が進められています。また、日本財団の助成の下、GEBCOに貢献できる人材育成研修を2004年から毎年米国ニューハンプシャー大学で実施し、これまで37か国から84名の修了生を輩出しています。

●宇宙空間

日本は、宇宙技術を活用した開発協力・能力構築支援の実施により、気候変動、防災、海洋・漁業資源管理、森林保全、資源・エネルギーなどの地球規模課題への取組に貢献しています。また、宇宙開発利用に取り組む新興国・開発途上国に対する人材育成も積極的に支援してきました。特に、日本による国際宇宙ステーション「きぼう」実験棟を活用した実験環境の提供や小型衛星の放出は高く評価されており、「きぼう」からの超小型衛星放出の機会を提供する国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国連の連携プログラム(KiboCUBE)を通じて、ケニアの超小型衛星が放出されました。

このほか日本は、2016年に宇宙分野における途上国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効果的に支援を行うための基本方針を策定し、宇宙開発戦略本部に報告しました。日本はこうした方針に沿って積極的に支援を行っていきます。

●サイバー空間

自由、公正かつ安全なサイバー空間は、地球規模でのコミュニケーションを可能とするグローバルな共通空間であり、国際社会の平和と安定の基礎となっていますが、近年、サイバー空間における脅威への対策が急務となっています。このため、世界各国の多様な主体が連携して対処していく必要があり、開発途上国をはじめ一部の国や地域における対処能力が不十分であることは、日本を含む世界全体にとっての大きなリスクとなります。また、日本国民の海外への渡航や日本企業の海外への進出は、渡航先国・進出先国の管理・運営する社会インフラおよびサイバー空間に依存しています。こうしたことから、世界各国におけるサイバー空間の安全確保のための協力を強化し、途上国に対する能力の構築のための支援を行うことは、その国への貢献となるのみならず、日本と世界全体にとっても利益となります。

2018年12月に開催された「サイバー・イニシアチブ東京2018」でスピーチする河野太郎外務大臣

2018年12月に開催された「サイバー・イニシアチブ東京2018」でスピーチする河野太郎外務大臣

総務省では、日本政府が拠出する「日ASEAN統合基金(JAIF)」を活用し、タイのバンコクに「日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター」を設立し、ASEAN各国の政府機関や重要インフラ事業者のサイバーセキュリティ担当者等を対象に実践的サイバー防御演習(CYDER)等を提供することで、ASEANにおけるサイバーセキュリティの能力構築への協力を推進しています。

また、警察庁では、2017年からベトナム公安省のサイバー犯罪対策に従事する職員に対し、サイバー犯罪への対処等に係る知識・技能の習得および日越治安当局の協力関係の強化を目的とする研修を実施しています。

用語解説
人身取引
人を強制的に労働させたり、売春させたりすることなどの搾取(さくしゅ)の目的で、獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿(ぞうとく)し、または収受(しゅうじゅ)する行為。
資金洗浄(マネーロンダリング)
犯罪行為によって得た資金をあたかも合法な資産であるかのように装ったり、資金を隠したりすること。
例)麻薬の密売人が麻薬密売代金を偽名で開設した銀行口座に隠す行為。

  1. 注10 : 2012年12月より国連薬物・犯罪事務所(UNODC)から引き継いで、国連開発計画マルチパートナー信託基金事務所(UNDP-MPTF)が資金管理を行っている。
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