第Ⅱ部 課題別の取組
ここからは、日本が世界で行っている開発協力注1に関し、「1 『質の高い成長』の実現に向けた協力、「2 普遍的価値の共有、平和で安全な社会の実現」、そして、「3 地球規模課題への取組と人間中心の開発の促進」の3つの主要な課題に関する最近の日本の取組を紹介します。
1 「質の高い成長」の実現に向けた協力
開発途上国が自立的発展に向けた経済成長を実現するには、単なる量的な経済成長ではなく、成長の果実が社会全体に行き渡り、誰ひとり取り残されないという意味で「包摂(ほうせつ)的」なものであり、社会や環境と調和しながら継続していくことができる「持続可能」なものであり、経済危機や自然災害などの様々なショックに対して「強靱(きょうじん)性」を兼ね備えた「質の高い成長」である必要があります。
これらは、日本が戦後の歩みの中で実現に努めてきた課題でもあります。日本は自らの経験や知見、教訓および技術を活かし、途上国の「質の高い成長」を実現すべく支援を行っています。
(1)産業基盤整備・産業育成、経済政策
「質の高い成長」のためには、開発途上国の発展の基盤となるインフラ(経済社会基盤)の整備が重要となります。また、民間部門が中心になって役割を担うことが鍵となり、産業の発展や貿易・投資の増大などの民間活動の活性化が重要となります。
数々の課題を抱える開発途上国では、貿易を促進し民間投資を呼び込むための能力構築や環境整備を行うことが困難な場合があり、国際社会からの支援が求められています。
■日本の取組
●質の高いインフラ
日本は、開発途上国の経済・開発戦略に沿った形で、その国や地域の質の高い成長につながるような質の高いインフラを整備し、これを管理、運営するための人材を育成しています。技術移転や雇用創出を含め、開発途上国の「質の高い成長」に真に役立つインフラ整備を進めることは、日本の強みです。
こうした「質の高い成長」に役立つインフラ整備への投資、すなわち「質の高いインフラ投資」の基本的な要素について認識を共有する第一歩となったのが、2016年のG7伊勢志摩サミットで合意された「質の高いインフラ投資の推進のためのG7伊勢志摩原則」です。同原則の具体的要素(①ライフサイクルコストから見た経済性、安全性、自然災害に対する強靱性、②雇用創出、能力構築、技術とノウハウの移転、③社会・環境配慮、④経済・開発戦略との整合性等の確保、⑤効果的な資金動員の促進)の重要性はその後のG20杭州(こうしゅう)サミット、第6回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド)VI)、東アジア首脳会議、APEC首脳会議等においても共有されました。
また、「質の高いインフラ投資の推進のためのG7伊勢志摩原則」に沿ったインフラ投資に関する日本独自の貢献策として、2017年から5年間で総額2,000億ドル規模の質の高いインフラ投資を世界全体に対して実施していく「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」に基づき、質の高いインフラ投資を推進しています。2018年のTICAD閣僚会合においても、河野外務大臣から「質の高いインフラ投資」を通じアフリカ全土において、また大陸外との連結性強化を支援していく考えが説明されました。
さらに、日本は開放性、透明性、経済性、対象国の財政健全性といった要素を含む質の高いインフラ投資の国際スタンダード化を進めるべく、経済協力開発機構(OECD)やEU等と連携して取り組んでいます。2018年4月に日本はOECD開発センターとの共催で「質の高いインフラの推進に関するセミナー」を東京で開催し、質の高いインフラに関する活発な議論を行いました。同年9月の国連総会ハイレベルウィークの際には河野外務大臣出席の上、EUおよび国連と共催で「質の高いインフラの推進に関する国連総会サイドイベント」を開催するなど、「質の高いインフラ」に関する国際的な議論を牽引(けんいん)しました。また、同月にEUとの共催で、アジア欧州会合(ASEM)の枠組みにて「ASEM持続可能な連結性/質の高いインフラに関するセミナー」を東京で開催し、同年10月の第12回アジア欧州会合首脳会合において、このセミナーの成果を踏まえて安倍総理大臣が、アジアと欧州の発展には連結性強化が不可欠であり、そのためにも「質の高いインフラ」を国際スタンダードとしていくべき旨述べました。さらに、同年9月、OECD・世界銀行と共催で、「質の高いインフラ投資」に係るセミナーを東京で開催し、インフラの需給ギャップの縮小に向けて「質の高いインフラ投資」が果たす役割や、その構成要素や期待される効果について掘り下げた議論を行いました。日本としては、今後も質の高いインフラ投資の国際スタンダード化に向けた取組を進めていく考えです。
●ケニア
モンバサ港開発計画 モンバサ港周辺道路開発計画
有償資金協力 モンバサ港開発計画(フェーズ1:2012年3月~2016年3月)、フェーズ2:モンバサ港周辺道路開発計画(2013年1月~(実施中))
グローバル化が進むなか、世界の貿易において海運が果たす役割は非常に大きくなっています。ケニアにおいても、東アフリカ地域最大の物流拠点であるモンバサ港の貨物取扱量は、空運による貨物取扱量の約100倍となっており、海運業がケニアの経済活動や人々の生活を支えているといえます。
また、アフリカ大陸は海に面していない内陸国が多いため、港のある一か国のためだけではなく、内陸国への物流の起点として、モンバサ港は重要な役割を果たしています。同港では、貨物取扱量の約3割がウガンダ、南スーダン、ルワンダといった内陸国へと輸送されており、これらの国々の玄関口としての役割を果たしています。
モンバサ港における貨物取扱量は、人口増加や経済成長を背景に年々増加しており、今後も堅調に増加することが見込まれる一方、既存の施設だけでは、増大する貨物に対応しきれないといった問題を抱えていました。こうした状況を踏まえ、日本は、モンバサ港がより多くのコンテナ貨物を円滑に取り扱えるよう、港拡張工事への支援を行っています。この工事により、モンバサ港で取り扱うことのできるコンテナ貨物の量は大幅に増加し、2017年に、2011年と比較して1.5倍以上に増なりました。
また、地域全体の物流を円滑にするためには、港湾施設の拡張のみではなく、港からの物流を支える道路の整備も重要となります。そのため、日本は、モンバサ港の拡張工事に加え、モンバサ地域の大動脈となる道路の整備も支援しています。
日本は、こうしたインフラ整備に対する開発協力を通じ、ケニアのみならず、東アフリカ諸国の経済発展や人々の生活水準の向上に寄与しています。
●貿易・投資環境整備
日本は、ODAやその他の公的資金(OOF)*を活用して、開発途上国内の中小企業の振興や日本の産業技術の移転、経済政策のための支援を行っています。また、日本は途上国の輸出能力や競争力を向上させるため、貿易・投資の環境や経済基盤の整備も支援しています。
世界貿易機関(WTO)では、加盟国の約3分の2を途上国が占めており、途上国が多角的な自由貿易体制に参加することを通じて開発を促進することが重視されています。日本は、WTOに設けられた信託基金に拠出し、途上国が貿易交渉を進め、国際市場に参入するための能力を強化すること、およびWTO協定を履行する能力をつけることを目指しています。
日本市場への参入に関しては、日本は途上国産品の輸入を促進するため、一般の関税率よりも低い税率を適用するという一般特恵関税制度(GSP)を導入しており、特に後発開発途上国(LDCs)*に対しては無税無枠措置*をとっています。また、日本は、経済連携協定(EPA)*を積極的に推進しており、貿易・投資の自由化を通じ途上国が経済成長できるような環境づくりに努めています。
こうした日本を含む先進国による支援をさらに推進するものとして、WTOやOECDをはじめとする様々な国際機関等において「貿易のための援助(AfT)」*に関する議論が活発になっています。日本は、途上国が貿易を行うために重要な港湾、道路、橋など輸送網の整備や発電所・送電網など建設事業への資金の供与、および税関職員、知的財産権の専門家の教育など貿易関連分野における技術協力を実施してきています。
さらに日本は、途上国の小規模生産グループや小規模企業に対して「一村一品キャンペーン」*への支援も行っています。また、日本は途上国へ民間からの投資を呼び込むため、途上国特有の課題を調査し、投資を促進するための対策を現地政府に提案・助言するなど、民間投資を促進するための支援も進めています。
2017年2月に発効した「貿易の円滑化に関する協定(TFA)」*の実施により、日本の企業が輸出先で直面することの多い貿易手続の不透明性、恣意的な運用等の課題が改善し、完成品の輸出のみならずサプライ・チェーンを国際的に展開している日本の企業の貿易をはじめとする経済活動を後押しすること、また、開発途上国においては、貿易取引コストの低減による貿易および投資の拡大、不正輸出の防止、関税徴収の改善等が期待されます。
●国内民間資金動員支援
開発途上国が自らのオーナーシップ(主体的な取組)で、様々な開発課題を解決し、質の高い成長を達成するためには、途上国が必要な開発資金を税収等のかたちで、自らの力で確保していくことが重要です。これを「国内資金動員」といいます。国内資金動員については、国連、OECD、G7、G20、国際通貨基金(IMF)、および国際開発金融機関(MDBs)等の議論の場において重要性が指摘されている分野であり、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)」においても取り上げられている分野です。
日本は、国際機関等とも協働しながら、この分野の議論に貢献するとともに、関連の支援を開発途上国に対して提供してきています。たとえば、日本は、開発途上国の税務行政の改善等を目的とした技術協力に積極的に取り組んでいます。2018年に日本は、税務調査、国際課税、徴収、職員研修等の分野について、カンボジア、インドネシア、ラオス、ミャンマー、ベトナムへ国税庁の職員を講師として派遣しました。
国際機関と連携した取組としては、たとえば、租税条約注2や多国籍企業に対する税務調査のあり方など、税制・税務執行に関する途上国の理解を深めるために、それらの分野における専門家を途上国に派遣してセミナーや講義を行う「OECDグローバル・リレーションズ・プログラム」の展開を20年以上支援してきています。そのほか、日本は、IMFやアジア開発銀行(ADB:Asian Development Bank)が実施する国内資金動員を含む税分野の技術支援についても、人材面・知識面・資金面における協力を行っており、アジア地域を含む途上国における税分野の能力強化に貢献しています。
近年、富裕層や多国籍企業が国際的な課税逃れに関与することに対する世論の視線は厳しいものになっています。この点、たとえば世界銀行やADBにおいても、民間投資案件を形成する際に、実効的な税務情報交換の欠如など税の透明性が欠如していると認められる地域を投資経由地として利用する案件について、案件形成の中止も含めて検討する制度も導入されています。MDBsを通じた投資は途上国の発展にとって重要な手段の一つであり、開発資金の提供の観点からも、途上国の税の透明性を高める支援の重要性は増しています。
最後に、OECD/G20 BEPSプロジェクト*の成果も、途上国の持続的な発展にとって重要という点に触れておきます。このプロジェクトの成果を各国が協調して実施することで、企業活動や行政の透明性は高まり、経済活動が行われている場所での適切な課税が可能になります。途上国は多国籍企業の課税逃れに適切に対処し、自国において適正な税の賦課(ふか)・徴収ができるようになるとともに、税制・税務執行が国際基準に沿ったものとなり、企業や投資家にとって、安定的で予見可能性の高い、魅力的な投資環境が整備されることとなります。現在、BEPSプロジェクトで勧告された措置を実施する枠組みには、途上国を含む120以上の国・地域が参加しています。
●モンゴル
モンゴル国国税庁徴税機能強化及び国際課税取組支援プロジェクトフェーズ2
技術協力プロジェクト(2017年1月~(実施中))
モンゴルは、1990年代初頭に、社会主義経済から市場経済に移行しましたが、多数の外資系企業・国際資本のモンゴル進出に伴い、国際課税に係る制度整備および人材育成と、効率的な徴収システムの確立が課題となっていました。日本は、モンゴルの市場経済体制移行支援の一環として、1998年から、徴税制度の構築や税務行政の強化など、モンゴル国税庁の機能強化を支援してきました。
現在実施中の「モンゴル国国税庁徴税機能強化及び国際課税取組支援プロジェクトフェーズ2」は、多国籍企業の租税回避への対抗措置という国際的要請に応(こた)えつつ、自国の課税権を確保するために、明確でなかった課税や納税、徴収に関連する制度や体制の整備・構築を支援しています。現在、このプロジェクトで作成を支援した改正法案がモンゴル国会で審議中ですが、承認されれば、適切な徴税体制の下で、税収の増加につながることが期待されます。
また、滞納者への効率的な督促が可能となるように、納税対象者のデータベース化や、小口滞納者を対象とした「催告(さいこく)注1センター」の設立、税務職員の徴税能力強化に向けた研修も支援しています。2013年11月から2019年1月の間で、延べ824名のモンゴルの税務職員に研修を実施、催告センターでは、2016年3月の設立から2018年11月の間で、207億320万トゥグルグ(日本円で約8億8750万円)の小口滞納税を徴収することができました。
日本は今後も、モンゴルの国民が安心して暮らせるような財政基盤の強化、また、モンゴルの納税者、モンゴルでビジネスをする日本企業の役に立つ公平、公正な税務行政サービスの確立に貢献していきます。
注1 債務者に対して債務の履行を請求すること。
●金融
開発途上国の持続的な経済発展にとって、健全かつ安定的な金融システムや円滑な金融・資本市場は必要不可欠な基盤です。金融のグローバル化が進展する中で、新興市場国における金融システムを適切に整備し、健全な金融市場の発展を支援することが大切です。
金融庁では、2018年2~3月、8月および10月に、アジア等の途上国の銀行・証券・保険監督当局の職員を招聘(しょうへい)し、日本の銀行・証券・保険分野のそれぞれの規制・監督制度や取組等について、金融庁職員等による研修事業を実施しました。
- *その他の公的資金(OOF:Other Official Flows)
- 政府による途上国への資金の流れのうち、開発を主たる目的とはしないなどの理由でODAには当てはまらないもの。輸出信用、政府系金融機関による直接投資、国際機関に対する融資など。
- *後発開発途上国(LDCs:Least Developed Countries)
- 国連による開発途上国の所得別分類で、途上国の中でも特に開発の遅れている国々。2016~2018年の1人当たり国民総所得(GNI)平均1,025ドル以下などの基準を満たした国。2018年現在、アジア7か国、中東・北アフリカ2か国、アフリカ33か国、中南米1か国、大洋州4か国の47か国。
- *無税無枠措置
- 先進国が後発開発途上国(LDCs)からの輸入産品に対し原則無税とし、数量制限も行わないとする措置。日本はこれまで同措置の対象品目を拡大してきており、LDCsから日本への輸出品目の約98%を無税無枠で輸入可能としている。
- *経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)
- 特定の国、または地域との間で関税の撤廃等の物品貿易やサービス貿易の自由化などを定める自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)に加え、貿易以外の分野、たとえば人の移動、投資、政府調達、二国間協力など幅広い分野を含む経済協定。このような協定によって、国と国との貿易・投資がより活発になり、経済成長につながることが期待される。
- *貿易のための援助(AfT:Aid for Trade)
- 途上国がWTOの多角的貿易体制の下で、貿易を通じて経済成長を達成することを目的に、途上国に対し、貿易関連の能力向上のための支援やインフラ整備の支援を行うもの。
- *一村一品キャンペーン
→「国際協力の現場から」も参照 - 1979年に大分県で始まった取組で、地域の資源や伝統的な技術を活かし、その土地独自の特産品の振興を通じて、雇用創出と地域の活性化を目指すもの。これを海外でも活用している。一村一品キャンペーンではアジア、アフリカなど途上国の民族色豊かな手工芸品、織物、玩具など魅力的な商品を掘り起こし、より多くの人々に広めることで、途上国の商品の輸出向上を支援している。
- *貿易の円滑化に関する協定(TFA:Trade Facilitation Agreement)
- 貿易の促進を目的として通関手続の簡素化・透明性向上等を規定するもの。2014年のWTO一般理事会特別会合において、TFAを2017年2月にWTO協定の一部とするための議定書が採択された。TFAは、WTO加盟国の約3分の2に当たる110加盟国が受諾したことで発効に至った。日本は2016年に受諾。TFAはWTO設立(1995年)以降、初めて全加盟国が参加して新たに作成した多国間協定。WTOによれば、TFAの完全な実施により、加盟国の貿易コストが平均14.3%減少し、世界の物品の輸出が1兆ドル以上に増大する可能性があるとされている。
- *OECD/G20 BEPSプロジェクト
- BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)とは、多国籍企業等が租税条約を含む国際的な税制の隙間・抜け穴を利用した過度な節税対策により、本来課税されるべき経済活動を行っているにもかかわらず、意図的に税負担を軽減している問題を指す。BEPSプロジェクトは、こうした問題に対処するため2012年6月にOECD租税委員会(2016年末まで日本が議長)が立ち上げたもので、公正な競争条件を確保し、国際課税ルールを世界経済および企業行動の実態に即したものとするとともに、各国政府・グローバル企業の透明性を高めるために国際課税ルール全体を見直すことを目指している。
BEPSプロジェクトでは、2013年に「BEPS行動計画」、2015年には「BEPS最終報告書」が公表された。2016年には、BEPS実施フェーズのキックオフとなる「第1回BEPS包摂的枠組会合」が京都で開催され、日本は、BEPSプロジェクトの成果が広く国際社会で共有されるよう、OECDや途上国、関係する国際機関と協調して議論を先導した。2019年2月現在、「包摂的枠組」には、120以上の国・地域が参加している。
また、日本は「税源浸食および利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約(BEPS防止措置実施条約)」の交渉に積極的に参加し、2016年末には同条約が署名のため開放された。2017年6月には同条約の署名式が行われ、日本も署名を行った。2019年2月25日現在、85か国・地域が同条約に署名、我が国を含む21か国・地域が締結している。
- 注1 : ここでいう「開発協力」とは、政府開発援助(ODA)や、それ以外の官民の資金・活動との連携も含む「開発途上地域の開発を主たる目的とする政府および政府関係機関による国際協力活動」を指す。
- 注2 : 所得に対する租税に関して、二重課税を除去したり、脱税および租税回避を防止したりする二国間の条約。