匠の技術、世界へ 1
ミャンマーの鉄道の地盤を補強
~新開発の“D・Box”で地盤沈下や陥没を防ぐ~
年間を通じて降水量が多いミャンマーは、湿度も80%以上と高く、5月から10月は雨季が続きます。中でも、ミャンマー南部の沿岸の低湿地帯に位置し面積約3万km2のエーヤワディ地域は、地盤がやわらかく、豪雨や高潮により甚大な被害を受けやすい地域です。また、ヘドロのような粘性土を直接盛土※1し、その上に鉄道や道路、建物などを建設しているため、地盤沈下や陥没が起こりやすい上に施設・設備も劣化しやすく、インフラの整備・維持管理が難しい状況にあります。このような条件下での地盤改良が必要とされる中、ミャンマーの鉄道公社は、建設分野の施工技術や製品開発に優れているメトリー技術研究所株式会社(埼玉県加須市)と協力し、同研究所がJICAの中小企業海外展開支援事業に提案した「内部拘束式箱型土のうを用いた鉄道インフラ普及・実証事業」によって、2016年10月より線路の整備・保守に着手しました。同研究所の代表取締役の野本太(のもとふとし)さんが開発した「D・BOX※2」と名付けられた製品を活用することで、建造物を支える基礎を強化することとしたのです。「D・BOXは、内部拘束具を備えた地盤補強用の袋であり、形状が安定し、変形しにくいため、通常は困難とされる沼地などの超軟弱地盤においても補強効果を得られます」と野本さんはいいます。
D・BOXの施工には、大型の重機や特別な器具を使わず、セメントなどの固化剤も不要で、用途によっては施工の際に採れる土やヘドロでまかなえるため、材料費を抑えるとともに運搬コストがかかりません(ミャンマーでは砂を使用)。身近な自然素材を利用することで自然環境への悪影響もなく、透水性を有することで土中環境(水道を塞ぐなど)への影響も最小限にとどめるように配慮されています。さらに、比較的手間をかけずに設置することが可能で、工期も短縮できることから、ミャンマーの施工環境に適しているといえるでしょう。
今回の実証事業は、従来の施工が適用できず、重機の入らない地方部の路線が選定されました。そのような状況下で試験的にD・BOXにより保線※3作業を実施したところ、現地の作業員だけで施工できることが分かりました。野本さんは「農作物などを都市部に供給することが難しく、貧困や過疎化が著しい地域に整備の需要が高い」と考えています。D・BOXによって地盤が強化され、鉄道を安定的に運行できるようになることで、今後の物流の強化促進と円滑化が期待されます。ミャンマー鉄道公社がどこから着手するかは未定のようですが、全体としては、およそ176kmに及ぶ路線の整備計画です。
雨季を迎えたミャンマーにおいても、D・BOXによる地盤補強は功を奏し、従来の盛土部分は大きく損傷しても、D・BOXを敷き詰めた部分は崩れることなく残り、効果を実証することができました。「実は、D・BOX本体だけで地盤を保っているのではなく、その下の地盤を締め固めて強化する効果がD・BOXにはあります。見かけは浅層部のみへの設置ですが、実際には深部まで土を締め込んで固くなるため、地盤が補強されるのです」と、野本さんはその効果を説明しています。
ミャンマー鉄道公社が手を付けられないでいた部分の補強をはじめ、鉄道インフラの整備には難題が山積みですが、「これからはミャンマー人の技術者を育てていく必要があります。また、今後D・BOXを認可してもらうために、ミャンマー工学会などで有識者にD・Boxの理論と有効性を広めていきます。そして、将来的には地域の人によるD・BOXの縫製や、住民による道路補修ツールとしてD・BOXを根付かせ、安価で安定したインフラ対策ツールにできるよう貢献していきたい」と、力強く語る野本さんの挑戦は続きます。
※1 低い地盤や斜面に土砂を盛り上げ高くして平坦な地表にすること。または、周囲より高くする工事(が施された道路や鉄道の区間)。
※2 ディー・ボックス(工法):名古屋工業大学名誉教授である松岡元氏による「ソイルバッグ工法」の理論・効果・実績に基づいた、地盤補強・振動低減対策・液状化対策などの複合効果を得られる工法。
※3 鉄道や軌道の線路の保守を行うこと。