2017年版開発協力白書 日本の国際協力

(6)文化・スポーツ

開発途上国では、自国の文化の保護・振興に対する関心が高まっています。その国を象徴するような文化遺産は、国民の誇りであり、同時に観光資源として周辺住民の社会・経済の発展に有効に活用できる一方、資金や機材、技術等の不足から、存続の危機に晒(さら)されている文化遺産も多く存在します。このような文化遺産を守るための支援は、その国民の心情に直接届く上に、長期的に効果が持続する協力の形ともいえます。また、これら人類共通の貴重な文化遺産をはじめとする文化の保護・振興は、対象となる国のみならず国際社会全体が取り組むべき課題でもあります。

また、スポーツは、誰にとっても親しみやすい話題であり、老若男女を問わず、参加が容易な分野です。健康の維持・増進を通じて、人々の生活の質を向上させることができ、また公正なルールにのっとって競い合い、同じ体験を共有することで相手を尊重する気持ちや、相互理解の精神、規範意識を育むものです。スポーツの持つ影響力やポジティブな力は、開発途上国の開発・発展に「きっかけ」を与える役割を果たします。

< 日本の取組 >

日本は、文化無償資金協力を通じて、1975年より開発途上国の文化・高等教育の振興、文化遺産の保全のための支援を実施しています。具体的には、日本は開発途上国の文化遺跡、文化財の保存や活用に必要な施設、その他の文化・スポーツ関連施設、高等教育・研究機関の施設の整備や必要な機材の整備を行ってきました。こうして整備された施設は、日本に関する情報発信や日本との文化交流の拠点にもなり、日本に対する理解を深め、親日感情を培う効果があります。近年では、日本は「日本の発信」の観点から、日本語教育分野の支援や日本のコンテンツ普及につながる支援にも力を入れています。

2016年度も引き続き、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催国として、スポーツの価値とオリンピック・パラリンピックムーブメントを広めていくためのスポーツを通じた国際貢献策「スポーツ・フォー・トゥモロー」を推進すべく、日本はODAやスポーツ外交推進事業を活用したスポーツ支援を積極的に行いました。具体的には、日本は文化無償資金協力を活用して12か国に対してスポーツ施設・器材を整備するとともに、241名のスポーツ分野のJICAボランティアを派遣しました。また、日本は文化無償資金協力を活用した文化遺産の保全のための支援として、パレスチナなどに施設や機材の整備の実施を決定しました。このほか、日本は3か国において、日本のテレビ番組ソフトの提供整備なども行っています。

●ボツワナ

柔道道場建設計画
草の根文化無償資金協力(2016年2月~2017年2月)

ボツワナ柔道連盟は、国内唯一の柔道関連団体としてボツワナでの柔道普及等に努めています。青年海外協力隊員であった故・井坪圭祐氏(2014年に不慮の事故により逝去)の柔道指導等により、ボツワナの柔道選手はアフリカ地域を中心とした国際的な大会でも活躍するようになりました。

しかし、国内には専用の柔道場が一つもなく、ボツワナの柔道選手は国立競技場観客席下の狭く薄暗いスペースに畳を敷き、練習に励んでいる状況でした。また国内大会は、小学校などの公共の施設に畳を持参し開催されているような状況であったため、専用柔道場がないことは柔道の普及やレベル向上の大きな障害となっていました。

完成した柔道場で、井坪氏の遺影を持つ田知本さんと関係者たち。

完成した柔道場で、井坪氏の遺影を持つ田知本さんと関係者たち。

このような状況を改善してほしいとのボツワナの要請を受け、日本は「草の根文化無償資金協力」によりボツワナに柔道場の建設を支援することとしました。国際柔道連盟や井坪氏ご遺族の支援もあり、完成した柔道場は「井坪先生記念道場」と命名され、2017年2月28日に引渡し式が開催されました。この引渡し式には井坪氏の大学時代の同級生であった2016年リオデジャネイロオリンピック金メダリストの田知本遙さんが参加し、日本の柔道関連団体から柔道衣が寄贈されました。

現在、この道場では2020年の東京オリンピック出場を目指し、ボツワナの柔道選手たちが練習に励んでいるほか、様々な試合や審判コースも開催されています。また柔道への関心が高まり、地元コミュニティを対象とした柔道クラスも新設されました。

日本は、国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))に設置した「文化遺産保存日本信託基金」を通じて、文化遺産の保存・修復作業、機材供与や事前調査などを支援しています。特に、将来はその国の人々が自分たちの手で自国の文化遺産を守っていけるようにとの考えから、日本は開発途上国の人材育成には力を入れており、日本人専門家を中心とした国際的専門家の派遣や、ワークショップの開催等により、技術や知識の移転に努めています。また、いわゆる有形の文化遺産だけでなく、伝統的な舞踊や音楽、工芸技術、口承伝承(語り伝え)などの無形文化遺産についても、同じくUNESCOに設置した「無形文化遺産保護日本信託基金」を通じて、継承者の育成や記録保存、保護体制づくりなどの支援を行っています。

ほかにも、文部科学省では、アジア・太平洋地域世界遺産等文化財保護協力推進事業として、アジア・太平洋地域から文化遺産保護に関する若手専門家を招き、研修事業を実施しています。

用語解説
文化無償資金協力
開発途上国の文化・高等教育振興に使用される資機材の購入や施設の整備を支援することを通じて、開発途上国の文化・教育の発展および日本とこれら諸国との文化交流を促進し、友好関係および相互理解を増進させることを目的とした資金を供与する。政府機関を対象とする「一般文化無償資金協力」とNGOや地方公共団体等を対象に小規模なプロジェクトを実施する「草の根文化無償資金協力」の二つの枠組みにより実施している。

●ヨルダン

サルト市における持続可能な観光開発プロジェクト
技術協力プロジェクト(2012年9月~2016年8月)

天然資源が乏しいヨルダンにおいて、文化遺産や死海などの自然環境を利用した観光産業は、経済の安定と発展を支える主要な産業の一つです。日本は、有償・無償資金協力による観光施設建設、観光開発の専門家の派遣等、様々なスキームを活用し、長年にわたり、ヨルダンの観光産業振興の推進を継続的に支援してきました。

サルト市は、19世紀後半頃に通商で栄えた街で、当時の黄色い石灰岩を用いた特有の建造物と固有の文化が息づく、歴史的都市です。同市は、考古遺跡が中心である他都市と異なり、景観と人々の生活が一体となって継承された遺産都市であるところに観光資源としての価値があります。しかし、これらの観光資源を活かした開発は十分になされていませんでした。そこで日本は、山口県萩市で取り組まれた住民参加型の観光モデル「まちじゅう博物館」を参考に考案された「エコミュージアム」注1を基本コンセプトとする、サルト市の観光開発プロジェクトを実施しました。

住民ガイドによる散策の様子。

住民ガイドによる散策の様子。

このプロジェクトでは、伝統文化を体感できる家庭訪問、宗教や日常生活等テーマに基づいた散策ルートの開発といった住民参加型の取組みの推進や、地元産品を扱うブランドショップの設置などの観光商品開発支援のほか、観光プロモーション能力向上等を目指した支援を行いました。この結果、約3,000人程度だったサルト歴史博物館の入場者数が、2017年には約5,000人近くに増加し、また、最初は一つしかなかった散策ルートも新たに三つ設けられ、育成されたローカルガイドが散策ルートを案内しながら歴史や文化を観光客に紹介しています。さらに、ローカルブランドの生産者も増加し、ブランドショップが開店し、地域経済の活性化に寄与しています。

これらの取組は、ヨルダンの経済発展のみならず、住民が地域を誇りに思う気持ちや、観光に対する意識を高めることにつながったと、高い評価を得ています。また、プロジェクトが終了した後も、サルト市は、日本の支援から得た知識やノウハウを活用し、サルト市の世界遺産登録を目指し、さらなる努力を続けています。

注1 「エコミュージアム」は、一定の地域を「屋根のない博物館」と見立て、住民の参加によって、その地域で受け継がれてきた自然や文化(建造物、道具など)、生活様式といった資源を、持続的な方法で保存・保全・展示・活用していくという考え方。

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