(6)文化・スポーツ
開発途上国では、自国の文化の保護・振興に対する関心が高まっています。その国を象徴するような文化遺産は、国民の誇りであり、同時に観光資源として周辺住民の社会・経済の発展に有効に活用できる一方、資金や機材、技術等の不足から、存続の危機に晒さらされている文化遺産も多く存在します。このような文化遺産を守るための支援は、その国民の心情に直接届く上に、長期的に効果が持続する協力の形ともいえます。また、これら人類共通の貴重な文化遺産をはじめとする文化の保護・振興は、対象となる国のみならず国際社会全体が取り組むべき課題でもあります。
また、スポーツは、誰にとっても親しみやすい話題であり、老若男女を問わず、参加が容易な分野です。健康の維持・増進を通じて、人々の生活の質を向上させることができ、公正なルールにのっとって競うことを通じ、同じ体験を共有することで相手を尊重する気持ちや、相互理解の精神、規範意識を育むものです。スポーツの持つ影響力やポジティブな力は、開発途上国の開発・発展に「きっかけ」を与える役割を果たします。
< 日本の取組 >
ブラジル・サンパウロ州インダイアツーバ市の野球クラブで、JICA短期派遣ボランティアの日本体育大学野球部員が指導している様子(写真:綿山友子/ JICAブラジル サンパウロ事務所)
日本は、文化無償資金協力*を通じて、1975年より開発途上国の文化・高等教育の振興、文化遺産の保全のための支援を実施しています。具体的には、開発途上国の文化遺跡、文化財の保存や活用に必要な施設、その他の文化・スポーツ関連施設、高等教育・研究機関の施設の整備や必要な機材の整備を行ってきました。こうして整備された施設は、日本に関する情報発信や日本との文化交流の拠点にもなり、日本に対する理解を深め、親日感情を培う効果があります。近年では、「日本の発信」の観点から、日本語教育分野の支援や日本のコンテンツ普及につながる支援にも力を入れています。
2015年度には、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催国として、スポーツの価値とオリンピック・パラリンピックムーブメントを広めていくためのスポーツを通じた国際貢献策「スポーツ・フォー・トゥモロー」を推進すべく、ODAやスポーツ外交推進事業を活用したスポーツ支援を積極的に行いました。具体的には、文化無償資金協力を活用して15か国に対してスポーツ施設・器材を整備するとともに、219名のスポーツ分野のJICAボランティアを派遣しました。また、草の根文化無償資金協力を活用した文化遺産の保全のための支援として、地震による被害を受けたネパールの歴史的建造物の修復・保存のための機材整備の実施を決定しました。このほか、3か国において、日本のテレビ番組ソフトの提供整備なども行っています。

ボツワナの首都ハボロネにて柔道の指導をする萩野孝司さん(写真:伊藤洋美/ JICAボツワナ事務所)

ラオス・ビエンチャンの国立博物館で展示物の配置図面を見て、現地担当者と相談する青年海外協力隊の渡邉淳子さん(写真:久野真一/ JICA)
日本は、国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))に設置した「文化遺産保存日本信託基金」を通じて、文化遺産の保存・修復作業、機材供与や事前調査などを支援しています。特に、将来はその国の人々が自分たちの手で自国の文化遺産を守っていけるようにとの考えから、開発途上国の人材育成には力を入れており、日本人専門家を中心とした国際的専門家の派遣や、ワークショップの開催等により、技術や知識の移転に努めています。また、いわゆる有形の文化遺産だけでなく、伝統的な舞踊や音楽、工芸技術、口承伝承(語り伝え)などの無形文化遺産についても、同じくUNESCOに設置した「無形文化遺産保護日本信託基金」を通じて、継承者の育成や記録保存、保護体制づくりなどの支援を行っています。
ほかにも、文部科学省では、アジア・太平洋地域世界遺産等文化財保護協力推進事業として、アジア・太平洋地域から文化遺産保護に関する若手専門家を招き、研修事業を実施しています。
- *文化無償資金協力
- 開発途上国の文化・高等教育振興に使用される資機材の購入や施設の整備を支援することを通じて、開発途上国の文化・教育の発展および日本とこれら諸国との文化交流を促進し、友好関係および相互理解を増進させることを目的とした資金を供与する。政府機関を対象とする「一般文化無償資金協力」とNGOや地方公共団体等を対象に小規模なプロジェクトを実施する「草の根文化無償資金協力」の二つの枠組みにより実施している。
●ボスニア・ヘルツェゴビナ
スポーツ活動を通じた地域融和のためのモスタル市スポーツセンター改修計画
草の根文化無償資金協力(2015年1月~ 2016年10月)

ボスニア・ヘルツェゴビナにおいて、草の根文化無償資金協力「スポーツ活動を通じた地域融和のためのモスタル市スポーツセンター改修計画」の引渡し式に出席する岸外務副大臣(右から2人目)(写真:在ボスニア・ヘルツェゴビナ日本大使館)
ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争激戦地であったモスタル市では、紛争終結20周年を越える現在も、クロアチア系、ムスリム系民族等の住む地域が分断され、学校のカリキュラムも基本的に民族ごとに異なっています。
そこで日本は、モスタル市スポーツセンターのサッカー場やクラブハウスを改修して、サッカーをはじめとする各種スポーツができる環境を整え、異なる民族の子どもたちが一緒にスポーツを行いながら交流できる場を提供することを目的としたプロジェクトを実施しました。
また、FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ元日本代表主将の宮本恒靖氏は、モスタル市に異なる民族の子どもたちが共にサッカーを学べるサッカー・アカデミー「マリ・モスト(現地語で「小さな橋」を意味する)」を開設しました。アカデミーは2016年10月時点で、53人が参加し、日本の支援で改修したサッカー場で練習や試合を行っています。今後、JICAもスポーツ教育を通じた信頼醸成(じょうせい)のための技術協力プロジェクトを開始し、これらの活動と連携を図る予定です。
2016年10月9日には、日本から岸外務副大臣、ボスニア側からブルキッチ外務副大臣、ベシュリッチ・モスタル市長、オシム元サッカー日本代表チーム監督など多数の出席者を得て、改修したサッカー場等の引渡し式とサッカー・アカデミーの開校式が盛大に行われました。今後、このスポーツセンターで、子どもたちがスポーツを通じた交流を深め、友情を育み、共通の価値観を醸成していくことで、地域融和が進展していくことが期待されます。