1-2 基礎的生活を支える人間中心の開発を推進するための支援
日本は、人間の生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り、人々の豊かな可能性を実現するという「人間の安全保障」の考え方を、国際社会の中でこれまで積極的に提唱してきました。このような「人間の安全保障」なくして、質の高い成長は実現され得ません。ここでは、こうした人間中心の視点から、基礎的生活を支える保健・水・教育・文化などを紹介しています。
(1)保健医療、人口
開発途上国に住む人々の多くは、先進国であれば日常的に受けられる基礎的な保健医療サービスを受けることができません。ミレニアム開発目標(MDGs)においては保健関連の目標(目標4:乳幼児死亡率の削減、目標5:妊産婦の健康改善、目標6:HIV /エイズ、マラリア、その他疾病の蔓延(まんえん)の防止)の達成に一丸となって取り組んできましたが、現在でもなお、感染症や栄養不足、下痢などにより、年間590万人以上の5歳未満の子どもが命を落としています。〈注34〉また、産婦人科医や助産師など専門技能を持つ者による緊急産科医療が受けられないなどの理由により、年間28万人以上の妊産婦が命を落としています。〈注35〉さらに、貧しい国では、高い人口増加率により一層の貧困や失業、飢餓、教育へのアクセス・質の悪さ、環境悪化などに苦しめられています。近年では、栄養過多を含む栄養不良、糖尿病やがんなどの非感染性疾患、人口の高齢化などへの対処も新たな課題となっており、MDGsの後継として国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)〈注36〉では、目標3で「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」と設定されました。
世界の国や地域によって多様化する健康課題に対応するため、すべての人が基礎的な保健医療サービスを、必要なときに負担可能な費用で受けられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)〈注37〉」*の達成が重要となっています。
< 日本の取組 >
●保健医療

ケニア・ボメット郡で日本の支援により改築された産科病棟で笑顔を見せる出産後のお母さんと看護師たち(写真:柴岡久美子/在ケニア日本大使館)
日本は従前から、人間の安全保障に直結する保健医療分野での取組を重視しています。2015年2月の「開発協力大綱」の策定を受け、9月、日本政府は、保健分野の課題別政策として「平和と健康のための基本方針」を定めました。この方針は、日本の知見、技術、医療機器、サービス等を活用しつつ、①エボラ出血熱など公衆衛生危機への対応体制の構築、②すべての人への生涯を通じた基礎的保健サービスの提供を目指していくことを示しており、これらの取組は、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に掲げられた保健分野の課題解決を追求していく上でも重要なものです。さらに、日本政府は、2015年9月「国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本方針」を定め、国際的に脅威となる感染症対策の強化について、今後5年程度を目途として、基本的な方向性、重点的に強化すべき事項等を示しました。
また、日本は保健システム*の強化やUHCの推進などに関する国際社会の議論を主導してきました。たとえば2000年のG8九州・沖縄サミットにてサミット史上初めて、感染症を主要議題の一つとして取り上げました。2008年7月のG8北海道洞爺湖サミットでは、保健システムを強化することの重要性を訴えました。さらに、2010年のG8ムスコカ・サミット(カナダ)では、母子保健に対する支援を強化するムスコカ・イニシアティブが立ち上げられ、日本は2011年から5年間で最大500億円規模、約5億ドル相当の支援を追加的に行うことを発表しました。
2016年の伊勢志摩サミットでは、感染症等の公衆衛生危機への国際社会の対応能力の強化、また幅広い保健課題への対応の鍵となり、危機へのより良い備えを有するUHCの推進、薬剤耐性(AMR)への対応強化等が重要との点で一致し、「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」を発表しました。
ケニア・ナイロビで開催された第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)の際、「アフリカにおけるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC in Africa)」に関するハイレベルイベントで、スピーチする安倍総理大臣(写真:内閣広報室)
東ティモールの首都ディリで行われた巡回診療の乳幼児健診を受ける3歳の子ども。上腕の周囲はわずか10cmしかない。(写真:長壁総一郎)
さらに、2016年8月に開催された第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)では、安倍総理大臣がUHCに関するサイドイベントにおいて、G7伊勢志摩サミットの成果である「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」をアフリカにおいても着実に実践するために、各国のオーナーシップとリーダーシップを重視しつつ、特に人材育成を通じて「公衆衛生危機への対応能力及び予防・備えの強化」および「アフリカにおけるUHCの推進」の実現に貢献していく決意を述べました。
具体的には、①国際共同研究の推進も含む様々な取組を通じて、コミュニティなどの地方部〈注38〉も対象に、感染症対策のための専門家・政策人材を約2万人育成すること、②アフリカ各国のモデルとなるUHC推進国への重点的な支援を実施するなどの取組を通じて、基礎的保健サービスにアクセスできる人数をアフリカ全体で約200万人増加させるための貢献を行っていくこと、③「公衆衛生危機への対応能力及び予防・備えの強化」および「アフリカにおけるUHC推進」の実現に向けて、G7伊勢志摩サミットでの約11億ドルの拠出表明に関し、グローバルファンド、Gaviワクチンアライアンス等を通じて、約5億ドル以上の支援をアフリカで実施し、約30万人以上の命を救うことを表明しました。
また、日本は、「UHC in Africa」(政策枠組み)や「International Health Partnership for UHC 2030」(国際社会におけるUHC達成に向けた連携の枠組み)などを通じ、各国際機関・市民社会等とも連携を強化するほか、保健の基礎となる栄養状態を「食と栄養のアフリカ・イニシアティブ(IFNA)〈注39〉」の創設や「栄養改善事業推進プラットフォーム(NJPPP)〈注40〉」の設置等を通じて改善することを表明しました。
日本は、50年以上にわたり国民皆保険制度等を通じて、世界一の健康長寿社会を実現した実績を有しています。新しい方針の下、二国間援助のより効果的な実施、国際機関等が行う取組との戦略的な連携の強化、国内の体制強化と人材育成などに、今後も取り組んでいきます。
●公衆衛生危機対応
マリに対し供与された、エボラ出血熱の個人防護具
黄熱ワクチンキャンペーンを支援する感染症対策チーム隊員(コンゴ民主共和国における黄熱流行に対する支援)
グローバル化が進展する今日、感染症の流行は、容易に国境を越えて国際社会全体に深刻な影響を与えます。2014年のエボラ出血熱の流行は、多数の命を奪い、周辺国への感染拡大や医療従事者への二次感染の発生といった問題を引き起こしました。また、世界保健機関(WHO)〈注41〉による「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)〈注42〉」の宣言、感染症に関するものとしては3例目となる国際連合安全保障理事会(国連安保理)決議(第2177号)の採択が行われるなど、エボラ出血熱の流行は国際社会における主要な人道的、経済的、政治的な課題となりました。
日本は、流行国や国際機関に対し、資金的支援に加え、専門家派遣や物資供与といった様々な支援を切れ目なく実施しました。さらに、日本の技術を活かした治療薬や迅速検査キット、サーモグラフィーカメラの開発等、官民挙げてエボラ危機の克服を後押ししました。
今回のエボラ出血熱の流行拡大は、流行地域における保健システムが脆弱であったことが一因と考えられています。日本は、感染症対策には持続可能かつ強靱な保健システムの構築が基本となるとの観点に立ち、エボラ出血熱の流行前から、人間の安全保障に直結する課題である保健分野における開発協力を重視し、UHCの推進を掲げ、西アフリカの保健システムの強化に継続的に取り組んできました。日本は、アフリカ各国の「公衆衛生危機への対応能力及び予防・備えの強化」、すべての人が保健サービスを受けることができるアフリカを目指し、医療従事者の能力強化や保健施設の整備をはじめとした保健分野への支援、インフラ整備、農業生産性向上、食料安全保障強化等、社会的・経済的復興に役立つ支援を迅速に進めています。
また、日本は、国際社会の平和と繁栄に積極的に貢献する国家として、こうした健康危機に対応する国際社会の枠組み(グローバル・ヘルス・アーキテクチャー)構築においても、国連事務総長の設置した国際的な健康危機に関するハイレベルパネル等国際社会の議論と緊密に連携し、日本人専門家の参加を含む、様々な貢献を行いながらG7伊勢志摩サミットやTICAD Ⅵ等の場において議論を主導してきました。特に、WHOの健康危機プログラムには、安倍総理大臣が2016年5月の伊勢志摩サミットの際に5,000万ドルの拠出を表明し、その内2,500万ドルを年内に拠出したほか、緊急対応基金(CFE)〈注43〉には約1,080万ドルを拠出し、2016年12月現在日本が最大のドナー国となっています。加えて日本政府の後押しを受けて世界銀行がサミットの機会に創設した緊急対応ファシリティ(PEF)*に対しても、他国に先駆けて5,000万ドルの拠出を表明しました。さらに日本は、WHOが国連人道問題調整事務所(OCHA)〈注44〉と連携して危機に対応するための標準業務手順書(SOP:Standard Operation Procedures)の策定を主導しました。そのほか、2015年10月に国際緊急援助隊・感染症対策チームを新設し、感染症流行国での迅速かつ効果的な支援に向けた取組を行っています。
●UHCの推進
スーダン・ゲジラ州のカミールノーマック保健所を訪れた親子。「プライマリーヘルスケア拡大支援プロジェクト」が実施されている。(写真:吉留桂/公益財団法人ジョイセフ)
UHCとは、すべての人が基礎的な保健サービスを必要なときに負担可能な費用で受けることができることを指します。保健医療サービスの格差を是正し、すべての人の基礎的な保健ニーズに応(こた)え、被援助国が自ら保健課題を検討・解決する上で、UHCの達成が重要であり、日本政府は、UHC推進に取り組んでいます。また、国連総会の一般討論演説や関連イベントで安倍総理大臣がUHC推進を表明するなど、日本政府は、国際的な議論の場においても、「日本ブランド」としてのUHC推進を主張してきました。そしてこのような日本の主張を背景に、2015年9月に採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」では、UHCの達成が国際的な目標の一つに位置付けられました。
安倍総理大臣は2015年9月の国連総会の機会に、UHC推進に向けて国際機関・ドナー国等が知見を共有し、開発途上国の保健システム強化に向け連携を強化する必要性があると述べました。そのような招請を受け、これまでの保健分野の援助協調枠組みを発展させた「IHP for UHC2030」〈注45〉(通称:UHC2030)の設立が、伊勢志摩サミットにおいてG7首脳から支持されるなど、日本はその設立に向けて主導的な役割を果たしています。
また、安倍総理大臣はTICAD ⅥにおいてUHC推進のために、アフリカにおけるUHCの先駆的な国の取組が各国のモデルとなりアフリカ大陸全体に広がるよう、モデルとなり得る国への重点的支援を表明しました。加えて、世界銀行、WHO、グローバルファンド等と共に発表した「UHC in Africa」は、UHC達成の上で参考となる道筋や具体的行動を示すものであり、今後、進捗(しんちょく)を促進する会合も予定されています。
2015年9月に日本政府が定めた「平和と健康のための基本方針」においても、国際社会でのUHCの主流化のために必要な支援を引き続き行うことを挙げています。病院建設や医薬品・医療機器の供与などのハード面での協力や、人づくり、制度などのソフト面での協力等、日本の経験・技術・知見を活用した協力を促進し、貧困層、子ども、女性、障害者、高齢者、難民・国内避難民、少数民族・先住民などの「誰一人取り残さない」UHCを実現することが示されています。
UHCにおける基礎的な保健サービスには、栄養改善、予防接種、母子保健、性と生殖の健康、感染症対策、非感染性疾患対策、高齢者の地域包括ケアや介護などすべてのサービスが含まれます。
栄養改善の取組に関し、二国間支援では母乳育児の推進や保健人材育成などの支援を行ってきました。また、多国間支援では、UNICEF(ユニセフ)やWFPなどへの拠出を通じて協力しています。ほかにも、国際的に栄養改善の取組を牽引(けんいん)する国際的イニシアティブであるSUN(Scaling Up Nutrition)にはドナー国として参加しています。近年では、民間企業と連携した栄養改善事業の推進にも力を入れており、9月には、栄養改善事業推進プラットフォームを発足させました。このプラットフォームを通じ、民間企業、市民社会、アカデミア(学術研究機関)といったパートナーと協同で、食品関連事業者等による開発途上国における栄養改善の取組を後押しする環境を整備し、栄養改善に貢献します。このほか、アフリカでの栄養改善を加速化するための「食と栄養のアフリカ・イニシアティブ」(IFNA)〈注46〉をJICAが中心となり立ち上げるなど、日本主導の栄養改善の取組が本格的に動き始めています。
予防接種は感染症疾患に対して、安価で効果的な手段であることが証明されており、毎年200万から300万人の命を予防接種によって救うことができると見積もられています。〈注47〉しかしながら、必要な予防接種を受けることができない子どもが全世界で2,100万人もいます。開発途上国の予防接種率を向上させることを目的として2000年に設立されたGaviワクチンアライアンス*に対して、日本は2011年に拠出を開始して以来、累計約5,380万ドルの支援を行いました。Gaviは2000年の設立以来の15年間で、4億4,000万人の子どもたちが予防接種を受け600万人の命が救われたと推計しており、2016年から2020年までにさらに3億人の子どもたちに予防接種を行い、500万人以上の命を救うことを目標にしています。また、二国間援助においては、ワクチンの製造、管理およびコールドチェーン維持管理などの支援を実施し、予防接種率の向上に貢献していきます。さらに、この取組を推進すべく、日本政府は2016年5月、2020年までに新たに7,600万ドルを拠出する方針を表明しました。
エルサルバドルのチャラテナンゴ県ラ・パルマ市保健センターで青年海外協力隊の竹原由美子さん(助産師)が若年妊婦に対して性教育と新生児ケアについて研修を行っている様子(写真:エルネスト・マンサーノ/ JICA)
ラオス・ビエンチャン郊外の病院で、母子保健手帳を持参して診療を終え、笑顔を見せる妊産婦たち(写真:久野真一/ JICA)
MDGsにも含まれている母子保健分野(目標4:5歳未満児死亡率の削減、目標5:妊産婦の健康改善)においては、5歳未満児死亡率や妊産婦死亡率の削減、助産専門技能者の立会いによる出産の割合の増加など大幅な改善は見られたものの、残念ながらその達成には至らず、SDGsにおいても母子保健には大きな課題が残されています。日本政府は包括的な母子継続ケアを提供する体制強化と、開発途上国のオーナーシップ(主体的な取組)と能力向上を基本とし、持続的な保健システム*を強化することを中心とした支援を目指し、ガーナ、セネガル、バングラデシュなどの国において、効率的に支援を実施しています。それらを通じ、妊娠前(思春期、家族計画を含む)・妊娠期・出産期と新生児期・幼児期に必要なサービスへのアクセス向上に貢献しています。また、日本は、日本の経験・知見を活かし、母子保健改善の手段として、母子健康手帳を活用した活動を展開しています。母子健康手帳は、妊娠期・出産期・産褥(さんじょく)期(出産後、妊娠前と同じような状態に回復する期間で、ほぼ産後1~2か月間)、および新生児期、乳児期、幼児期と時間的に継続したケア(CoC:Continuum of Care)に貢献できるとともに、母親が健康情報を持っていることで、意識向上や行動変容を促すことができることが特徴です。日本の協力により、既に全国に母子健康手帳が定着したインドネシアは、ケニア、ウガンダ、カメルーン、パレスチナ自治区、アフガニスタン、ミャンマー、ラオス、ベトナム、東ティモール等から母子保健関係者を招聘(しょうへい)し、母子健康手帳の普及・促進のための研修を実施しました。日本においては、母子手帳国際会議を大学機関と共に開催し、母子健康手帳のさらなる普及・拡大を目指す専門家間のグッド・プラクティス(優良事例)・知見の交換に貢献しました。
さらに日本は、支援の実施国において、国連人口基金(UNFPA)〈注48〉や国際家族計画連盟(IPPF)〈注49〉など、ほかの開発パートナーと共に、性と生殖に関する健康サービスを含む母子保健の推進によって、より多くの女性と子どもの健康改善を目指しています。
また、高齢化対策における国際貢献を強化するために、2016年に議長国としてG7の枠組みで初めて高齢化を議題として取り上げ、成果文書で、分野横断的な高齢化対策による「健康的で活動的な高齢化(Healthy and Active Ageing)」の推進や、各国との知見や経験の共有に取り組むことなどを述べました。加えて、2016年5月のWHO総会で、WHOによる「高齢化と健康に関する世界戦略・行動計画2016–2020」の採択とその実施を後押しする決議を日本は主導しましたが、9月のG7神戸保健大臣会合では、WHOによる同世界戦略・行動計画の実施を改めてG7が支援することを明らかにしました。
このほか、2016年11月、厚生労働省は、ASEAN10か国の社会福祉、保健衛生および雇用政策を担当する行政官、および世界公共雇用サービス協会(WAPES)〈注50〉加盟国の雇用政策担当行政官等を招き、第14回ASEAN・日本社会保障ハイレベル会合・WAPESアジア太平洋地区ワークショップ合同会合を開催しました。この会合では、「社会的支援が必要な人々の社会参画の促進とアクセシビリティの改善」をテーマとし、高齢者や障害者などの社会参加の促進のための、雇用促進を含む自立支援、バリアフリー、アクセスのしやすさの改善等の行政、企業、地域における取組について議論を行いました。また、2014年および2015年にASEAN日本Active Ageing地域会合を開催し、日本が世界に先駆けて超高齢社会に到達して得た知見とそれに対する取組等をASEAN諸国と共有し、この分野における地域協力を促進しました。
●感染症の薬剤耐性(AMR)への対応
感染症の薬剤耐性(AMR:anti-microbial resistance)*は、公衆衛生上の重大な脅威であり、
近年対策の機運が増しています。日本は、2015年のWHO総会でAMRに対する世界行動計画が採択されたことを受けて、我が国の対策を進めるために2016年4月に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を策定するとともに、同月にアジアAMR東京閣僚会議を開催し、検査機関ネットワークや抗微生物剤の規制等の4本の柱から成る「AMRに関するアジア太平洋ワンヘルス・イニシアティブ」を採択しました。G7伊勢志摩サミットにおいても、保健アジェンダの柱の一つにAMRを取り上げ、G7として協働して取り組む方針をまとめました。さらに、同年9月の国連総会AMRハイレベル会合では、「国連総会AMRに関する政治宣言」が採択され、各国や関係国連機関が対策を推進していくことや、国連事務総長が分野横断的な作業部会を設置することが求められました。
●その他関連する事項
新興・再興感染症*への対策や最終段階にあるポリオ根絶に向けた取組を強化することも引き続き国際的な課題です。また、シャーガス病、フィラリア症、住血吸虫症などの「顧みられない熱帯病」(NTDs)*には、世界全体で約10億人が感染しており、開発途上国に多大な社会的・経済的損失を与えています。感染症は国境を越えて影響を与えることから、国際社会が一丸となって対応する必要があり、日本も関係国や国際機関と密接に連携して対策に取り組んでいます。
■三大感染症(HIV /エイズ、結核、マラリア)

ラオス国立パスツール研究所で、マラリアやメコン住血吸虫症などの精度の高い診断法の開発・普及を進める石上盛敏JICA専門家と現地職員(写真:久野真一/ JICA)
日本は「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」を通じた支援に力を入れています。グローバルファンドは2000年G8九州・沖縄サミットで感染症の対策を初めて議論したことをきっかけに設立された、三大感染症*対策および強靱で持続可能な保健システムの構築を目指す機関です。日本は同ファンドの創設者の一人として、2002年の設立時から資金支援を行ってきており、設立から2016年3月末までに約25.3億ドルを拠出しました。また、日本は、2015年12月に、第5次増資準備会合を東京で開催し、グローバルファンドの2017年から2019年の活動や資金需要等、同ファンドの今後の活動の方向性に関する議論に貢献しました。翌2016年5月には、G7伊勢志摩サミットに先立ち、第5次増資に向け、当面8億ドルの拠出を表明しました。同ファンドによる支援により、これまでに救われた命は2,000万人以上と推計されています。さらに、日本は、グローバルファンドの支援を受けている開発途上国において、三大感染症への対策が効果的に実施されるよう、グローバルファンドの取組を日本の二国間支援でも補完できるようにしています。保健システムの強化、コミュニティ能力強化や母子保健のための施策とも相互に連携を強めるよう努力しています。
二国間支援を通じたHIV/エイズ対策として、日本は新規感染予防のための知識を広め、啓発・検査・カウンセリングを普及し、HIV/エイズ治療薬の配布システムを強化するなどの支援を行っています。特に予防についてより多くの人に知識や理解を広めることや、感染者・患者のケア・サポートなどには、アフリカを中心に「感染症・エイズ対策隊員」と呼ばれる青年海外協力隊が精力的に取り組んでいます。なお、2016年6月には、国連HIV/エイズハイレベル会合が開催され、「HIV及びエイズに関する政治宣言 2030年までのエイズ流行終息及びHIV対策の強化」が採択されました。
結核に関しては、「ストップ結核世界計画2006-2015年」〈注51〉に基づき、世界保健機関(WHO〈注52〉)が指定する結核対策を重点的に進める国や、蔓延(まんえん)状況が深刻な国に対して、感染の予防、早期の発見、診断と治療の継続といった一連の結核対策、さらにHIV/エイズと結核の重複感染への対策を促進してきました。2008年7月に外務省と厚生労働省は、JICA、財団法人結核予防会、ストップ結核パートナーシップ日本と共に「ストップ結核ジャパンアクションプラン」を発表し、日本が自国の結核対策で培った経験や技術を活かし、官民が連携して、世界の年間結核死者数の1割(2006年の基準で16万人)を救済することを目標に、開発途上国、特にアジアおよびアフリカに対する年間結核死者数の削減に取り組んできました。2010年の「ストップ結核世界計画2011-2015年」改訂を踏まえて2011年にアクションプランを改訂し、また、2014年にWHOが採択した、2015年以降2035年を達成目標年とする新たな世界戦略(Global strategy and targets for tuberculosis prevention, care and control after 2015)を踏まえ、2014年7月には「ストップ結核ジャパンアクションプラン」を再び改訂し、引き続き国際的な結核対策に取り組んでいくことを確認しました。
乳幼児が死亡する主な原因の一つであるマラリアについては、地域コミュニティの強化を通じたマラリア対策への取組を支援したり、WHOとの協力による支援を行っています。
■ポリオ

ザンビア・中央州チサンバ郡で、農村での母子保健向上を目的とした地域保健システム強化事業を実施しているTICO(Tokushima International Cooperation)の活動の様子(渋谷敦志/ JICA)
日本は、根絶に向けて最終段階を迎えているポリオについて、ポリオ常在国(ポリオが過去に一度も撲滅されたことのない国で、かつ感染が継続している国)であるナイジェリア、アフガニスタン、パキスタンの3か国を中心に、主にUNICEFと連携してポリオ撲滅を支援しています。ナイジェリアでは、2014年以来、野生のポリオウイルスからの感染症例が発見されていませんでしたが、2016年8月に野生のポリオウイルスからの感染症例が報告されました。これを受け、WHOは、ポリオウイルスの伝播を防ぐために、ナイジェリア国内と周辺国(カメルーン、中央アフリカ、チャド、ニジェール)に対する緊急ワクチンキャンペーンを行いました。
ほかにも日本は、アフガニスタンにおいて、2002年以降UNICEFと連携して累計103億円を超える支援を行っています。また、パキスタンにおいて、1996年以降UNICEFと連携した累計110億円を超える支援を行っているほか、2011年8月には民間のゲイツ財団と連携して、約50億円の円借款を供与し、2016年5月には、約63億円の円借款を供与しました。この円借款については、新しい方法(ローン・コンバージョン)が採用されました。これは一定の目標が達成されるとパキスタン政府の返済すべき債務をゲイツ財団が肩代わりするものです。同じ方式で、2014-2015年には、ナイジェリアに対し、約83億円の円借款を供与しました。さらに、2015年度には、アフガニスタンに対する約17.5億円の支援、パキスタンに対する約3.6億円の支援を行いました。
■顧みられない熱帯病
日本は、1991年から、世界に先駆けて「貧困の病」ともいわれる中米諸国のシャーガス病対策に本格的に取り組み、媒介虫対策の体制を確立する支援を行い、感染リスクを減少することに貢献しました。フィラリア症についても、駆虫剤を供与し、多くの人に知識・理解を持ってもらうための啓発教材を供与しています。また、青年海外協力隊による啓発予防活動などを行い、新規患者数の減少や病気の流行が止まった状態の維持を目指しています。
さらに2013年4月、NTDsを含む開発途上国の感染症に対する新薬創出を促進するための日本初の官民パートナーシップ、一般社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund(ジーヒット ファンド):Global Health Innovative Technology Fund)を立ち上げました。日本国内外の研究開発機関とのグローバルな連携を推進しながら、低価格で効果の高い、治療薬・ワクチン・診断薬等の研究開発を通じて開発途上国における感染症の制圧を目指します。また、日本政府は2016年5月、NTDsの治療薬等の研究開発・普及の促進や、医薬品の供給準備・供給支援のため、1億3,000万ドルの資金拠出を行う方針を表明しました。
- *ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)
- すべての人が基礎的な保健医療サービスを必要なときに負担可能な費用で受けられること。
- *保健システム
- 行政・制度の整備、医療施設の改善、医薬品供給の適正化、正確な保健情報の把握と有効活用、財政管理と財源の確保とともに、これらの過程を動かす人材やサービスを提供する人材の育成・管理を含めた仕組みのこと。
- *緊急対応ファシリティ(PEF:Pandemic Emergency Facility)
- 保険メカニズムを活用して、民間資金を動員しつつ、パンデミック発生時に迅速かつ効率的な資金動員を行うための枠組み。ドナー国等が保険会社に保険料を支払う。パンデミック発生によりあらかじめ合意された条件が満たされた場合、即座に保険金が開発途上国や国際機関、NGO等に保険会社からPEFを通じて支出され、緊急対応の経費に充てられる。
- *Gaviワクチンアライアンス(Gavi, the Vaccine Alliance)
- 開発途上国の予防接種率を向上させることにより子どもたちの命と人々の健康を守ることを目的として設立された官民パートナーシップ。ドナー(援助国)および開発途上国政府、関連国際機関に加え、製薬業界、民間財団、市民社会が参画している。
- *感染症の薬剤耐性(AMR:anti-microbial resistance)
- 病原性を持つ細菌やウイルス等の微生物が抗菌薬や抗ウイルス薬等の抗微生物剤に耐性を持ち、それらの薬剤が十分に効かなくなること。
- *新興・再興感染症
- 新興感染症とは、SARS(サーズ)(重症急性呼吸器症候群)・鳥インフルエンザ・エボラ出血熱など、かつては知られていなかったが、近年新しく認識された感染症。
再興感染症とは、コレラ、結核などのかつて猛威をふるったが、患者数が減少し、収束したと見られていた感染症で、近年再び増加してきたもの。 - *顧みられない熱帯病(NTDs:Neglected Tropical Diseases)
- シャーガス病、デング熱、フィラリア症などの寄生虫、細菌感染症等の18種類の熱帯病。感染者は世界で約10億人に上り、その多くが予防、撲滅可能であるが、感染者が貧困層に多いなどの理由で社会的関心が低いため、診断法、治療法、新薬の開発や普及が遅れている。2016年のG7伊勢志摩サミットでは、G7諸国として、NTDs対策の研究開発・イノベーションの促進を進める方針が示された(「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」)。
- *三大感染症
- HIV/エイズ、結核、マラリアを指す。これらによる世界での死者数は現在も年間約360万人に及ぶ。これらの感染症の蔓延は、社会や経済に与える影響が大きく、国家の開発を阻害する要因ともなるため、人間の安全保障における深刻な脅威であり、国際社会が一致して取り組むべき地球規模課題と位置付けられる。
- 注34 : (出典)WHO “World Health Statistics 2016”
- 注35 : (出典)WHO, UNICEF, UNFPA, and the World Bank“ Trends in Maternal Mortality: 1990 to 2010”
- 注36 : 持続可能な開発目標 SDGs:Sustainable Development Goals
- 注37 : ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ UHC:Universal Health Coverage
- 注38 : 非都市部を指す。
- 注39 : 食と栄養のアフリカ・イニシアティブ IFNA:Initiative for Food and Nutrition Security in Africa
- 注40 : 栄養改善事業推進プラットフォーム NJPPP:Nutrition Japan Public-Private Platform
- 注41 : 世界保健機関 WHO:World Health Organization
- 注42 : 国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 PHEIC:Public Health Emergency of International Concern
- 注43 : 緊急対応基金 CFE:Contingency Fund for Emergency
- 注44 : 国連人道問題調整事務所 OCHA:United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs
- 注45 : 国際保健パートナーシップ IHP:International Health Partnership
- 注46 : 食と栄養のアフリカ・イニシアティブ IFNA: Initiative for Food and Nutrition Security in Africa
- 注47 : (出典)WHO“ Health topics, Immunization”
http://www.who.int/topics/immunization/en - 注48 : 国連人口基金 UNFPA:United Nations Population Fund
- 注49 : 国際家族計画連盟 IPPF:International Planned Parenthood Federation
- 注50 : 世界公共雇用サービス協会 WAPES:World Association of Public Employment Services
- 注51 : ストップ結核世界計画(2006年-2015年) Global Plan to Stop TB 2006-2015
- 注52 : 世界保健機関 WHO:World Health Organization
●タンザニア
地域中核病院マネジメント強化プロジェクト
技術協力プロジェクト(2015年5月~実施中)

チーフアドバイザーによる州レファラル病院管理チームへの指導の様子(写真:JICA)
タンザニアでは、慢性的に保健人材や医薬品等が不足しており、保健医療施設の効率的な運営と質の高い保健医療サービスの提供が課題となっています。同国内に27か所存在するレファラル病院(RRH)〈注1〉では、病院経営に関する基礎的な知識すらないまま経営されているところも多く、既存の資源の十分な活用や戦略的な病院運営計画の策定ができていません。また、適切な病院機能評価体制の欠如や、市民から構成される病院運営審議会(HAB:Hospital Advisory Board)などによる管理体制が機能していないなどの課題を抱えています。
このような中、これまでJICAが支援してきた州レベルの保健行政能力強化の取組や、「カイゼン」 〈注2〉による保健医療サービスの質向上の取組をさらに発展させるべく、タンザニアから日本に対し、公立医療機関の中でも課題の多いRRHのマネジメント強化に関する技術協力プロジェクトが要請されました。このプロジェクトでは、病院運営者の計画・管理能力強化および機能評価体制等の強化により管理体制の向上を図るとともに、カイゼン手法による効率化などを通じて、質の高い保健医療サービスが提供されることを目的としています。
プロジェクトが開始されて以降、病院運営者向けのマネジメント教材および指導者養成ガイドが策定され、17名の指導者が養成されました。その他、年間病院運営計画の策定や財務管理等のテーマについて全27か所のRRHの病院運営者を対象とした研修が実施されています。また、病院内部評価ツールや病院運営審議会の役割・機能等を規定したガイドラインが策定され、12名のHAB指導者も養成されました。カイゼンについては、10名のカイゼン指導者の養成、全27か所のRRH職員の計81名を対象とした研修が実施されており、カイゼンは県レベルで展開されています。
このような活動を受け、アフリカ8か国より20名、バングラデシュより2名の計22名の保健省関係者や病院長がタンザニアをスタディーツアー〈注3〉に訪れるなど、諸外国の能力強化にも貢献しました。タンザニアのカイゼンの取組は国際的にも評価されており、2015年には保健セクターにおけるカイゼンの適用がDAC(ダック)賞〈注4〉ファイナリストとして表彰されたほか、2016年には国連南南協力室(UNOSSC)作成の南南協力事例集にもSDGs〈注5〉に貢献する取組として紹介されました。
(2016年8月時点)
- 注1 : レファラル病院とは、高度な専門的知識や経験が要求される、実施に困難を伴う治験・臨床研究を計画・実施できる専門部門およびスタッフを有し、基盤が整備された病院をいう。
- 注2 : カイゼン(KAIZEN)は、日本の製造業の現場で培われて広がった取組で、現在この手法は、国際的に認知されるようになっている。
- 注3 : 各団体や企業、NGOなどの活動を視察し学ぶツアーや、企業の新規ビジネスの調査および視察、見本市などのツアー。 開発途上国における社会問題を学び、支援し、現地の方々と、交流するツアーなどが中心。
- 注4 : DAC賞は、開発途上国に広く適用できる革新的な取組みを表彰するため、2014年にOECDの開発援助委員会(DAC)が設立。
- 注5 : Sustainable Development Goals(SDGs)、持続可能な開発目標。
●チュニジア
ウティカヌベル診療所改築・機材整備計画
草の根・人間の安全保障無償資金協力(2015年3月~ 2016年1月)

診療所の外観(写真:在チュニジア日本大使館)
チュニジアでは、格差に対する国民の大きな不満と若年層の高い失業率を背景に、2010 年12 月から政治・経済・社会改革を求める市民運動が始まり、政権交代が起こりました。この一連の騒動の中で経済状況の悪化が国全体に及び、国立の医療機関であっても予算が十分に確保できないなどの問題が生じています。
ウティカヌベル村は、首都チュニスの北西約50キロに位置する人口約3,300人の農村で、村の唯一の医療機関であるウティカヌベル診療所は、チュニジア政府の支援の下、無料で診療を行ってきました。
しかしながら、同診療所は建設から45年が経過し、建物が傷み、電気配線等に問題が生じて、医療機器が安定的に使用できない状況になりました。また、診察台や体重計などの基礎的な機材も老朽化が著しく、同診療所を改築し、機材を更新する必要性に迫られていました。
このため、診療所の改築・機材供与分野で実績を有する日本に対してチュニジアから支援の要請がありました。
現在、日本の支援によって診療所の改築および機材の更新は完了し、同診療所を利用する年間延べ約3,750人の住民が適切な医療サービスを受けることができるようになりました。
●ケニア
キプトゥルワ診療所産科病棟改築計画
草の根・人間の安全保障無償資金協力(2015年3月~ 2016年3月)

キプトゥルワ診療所の産科病棟前に集まる診療所関係者と子どもを抱く母親(写真:在ケニア日本大使館)
ケニアでは、病院や診療所における医療機器不足、医者や助産師などの人材不足、また私立病院の医療費が高額であるなどの理由から、自宅での出産を余儀なくされる人が多くいます。ケニア南東部のボメット郡に位置するキプトゥルワ診療所の周辺に住む近隣住民も例外ではありませんでした。
キプトゥルワ診療所は、2011年には政府の支援を受けて産科病棟の工事が始まったものの、資金不足により工事が中断していました。そのため、限られた設備や機材で少数の妊産婦の受入れを行うことしかできず、近隣住民に十分な医療サービスを提供することができませんでした。また、キプトゥルワ区周辺の地域から最も近い産科病棟のある病院は10キロ以上離れており、なおかつ私立病院であることから診察料も高額でした。そのため、地域住民の約90%が自宅での出産を余儀なくされていました。衛生環境の整っていない自宅での出産は、妊産婦や新生児の死亡率が高く、たとえば、妊産婦の大量出血、敗血症、へその緒から引き起こされる感染症、小児麻痺などの障害、HIV等の母子感染の危険性など、住民の出産を取り巻く環境は厳しいものでした。
このような状況下、日本は、草の根・人間の安全保障無償資金協力案件として、工事が中断していた産科病棟を完成させ、医療機材を整備したことで、地域住民へ提供される医療サービスが大幅に改善しました。過去5年間にキプトゥルワ診療所で産まれた新生児の平均数は1年間当たり6.5人でしたが、産科病棟完成後は出産数が飛躍的に伸び、1か月半で33人もの新生児が誕生しました。
設備の整った衛生的な診療所で出産できるようになったことで、出産の際に母子の身体にかかるリスクを大幅に減らすことができるようになりました。今後も安心して出産できる環境の整備に寄与していくことが期待されます。