2016年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 09

政策対話で支えるエチオピアの国づくり
~「カイゼン」を国民運動として展開し製造業立国へ~

エチオピアの革靴製造工場を見学する産業政策対話のメンバーたち(写真:大野健一)

エチオピアの革靴製造工場を見学する産業政策対話のメンバーたち(写真:大野健一)

政策研究大学院大学(GRIPS)※1の研究プロジェクトの一つである「GRIPS開発フォーラム※2」は、JICAと共に、2009年6月から2016年7月まで、エチオピア政府と二国間の「産業政策対話」を行ってきました。これは、「東アジアの開発経験から学びたい」というメレス・ゼナウィ前首相の要請を受けて始まったものです。

そのきっかけは、2008年7月に「GRIPS開発フォーラム」の大野健一(おおのけんいち)教授と大野泉(おおのいずみ)教授が、エチオピアでJICAと政策対話イニシアチブ(IPD)※3が共催したアフリカ・タスクフォース会議に出席したことでした。

「2日目の会議の朝、メレス首相は誰よりも早く会場入りしてスティグリッツ教授の到着を待っておられたので、その間にこちらから近づき、ある本をお渡ししたのです。その本は東アジアに対する日本の開発援助の経験を私たちがまとめたもので、第7章にはチュニジアにおけるJICAのカイゼンプロジェクト※4について書かれていました」と、大野泉教授が話します。その翌週、メレス首相は在エチオピア日本大使を首相官邸に呼び、日本の開発政策を学ぶためにGRIPSとの政策対話と、エチオピアの製造業の振興を図るためにJICAによるカイゼンを2つの柱とした協力を強く要請したのです。

こうして始まったGRIPSとエチオピアとの産業政策対話は、日本によるアフリカにおける最初の開発政策支援で、第1フェーズ(2009年6月~ 2011年5月)と第2フェーズ(2012年1月~ 2016年7月)を通じて、①首相との直接対話や書簡の交換、②関係省庁の大臣や国務大臣とのハイレベルフォーラム、③政策担当者との意見交換や共同作業、という三層レベルで行われました。

メレス・ゼナウィ前首相を囲んで。両隣が大野健一教授と大野泉教授。(写真:大野健一)

メレス・ゼナウィ前首相を囲んで。両隣が大野健一教授と大野泉教授。(写真:大野健一)

具体的には、エチオピアの状況や政策に合わせて設定したテーマについて、ハイレベルフォーラムで日本側とエチオピア側がそれぞれの報告をもとに議論を行い、その結果や論点を首相に報告して意見交換するという形で進められています。また、この政策対話はカイゼンを含むJICAの産業支援と組み合わせて実施されているのも大きな特徴です。

こうした産業政策対話を通じて大野健一・大野泉両教授が感じたのは、国づくりにかけるメレス首相の熱い思いでした。大野健一教授は「産業政策対話を始めて間もないころ、メレス首相直筆の16ページにもわたる書簡が届きました。そこには首相の国家論、エチオピアの国づくり哲学、さらに、私たちとの政策対話に対する強い期待が書かれていました。一国のリーダーの情熱を直接知り、心を打たれました」と話します。

メレス前首相は2012年に逝去されましたが、その遺志を継いだハイレマリアム・デサレン現首相からも強い要請を受け、産業政策対話は継続されました。現在の国家開発計画(GTP2※5)には、軽工業を軸とした製造業立国ビジョンが掲げられ、その達成に向け「カイゼン」を国民運動として展開していくことなど、産業政策対話で日本側が提言した内容を踏まえた政策が盛り込まれています。

「日本のエチオピアに対する民間投資の『量』は、欧米諸国や中国、トルコ、インドなどと比べて少ないものの、産業政策対話を通じて産業開発や工業化に向けた知的支援をすることで、『質』の面で重要な存在感を発揮していると思います」と大野健一教授。

いろいろな開発途上国で開発政策を研究してきた大野健一・大野泉両教授ですが、エチオピアにはたいへん強い「やる気」があると口を揃えます。大野健一教授は、「たとえるなら、それは明治維新のようなもの。維新の志士ともいうべきエチオピアの首相や官僚たちと国づくりの方向を一緒に考えることに、私たちもやりがいを感じています。国づくりは何十年もかかるものですから、私たちも引き続き、ライフワークとして取り組んでいきたいと思います」と語ります。エチオピアにおける質の高い成長に向けた日本・エチオピア間の知的対話は、今後も力強く続いていくことが期待されます。


※1 The National Graduate Institute for Policy Studies.

※2 2002年に発足した、日本の政府開発援助(ODA)や経済協力分野の政策研究・発信活動を行う研究プロジェクト。

※3 IPD:Initiative for Policy Dialogue ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学教授のジョセフ・E.スティグリッツが主宰するシンクタンク。

※4 主に製造業の生産現場で行われている品質や生産性向上を目的に行う活動。「整理、整頓、清掃、清潔、躾(しつけ)」の頭文字をとった「5S」や品質管理サークルなどがあり、現場の従業員が様々なアイデアを出し合ったり、より効率的な方法を提案したりするボトムアップの取組。

※5 Second Growth and Transformation Plan.

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