国際協力の現場から 04
南アジア初の統一的な民法典制定へ
~ネパールの国づくりにつながる法整備支援~

民法制定支援の一環として、訪日視察中のネパール国会議員団ほか関係者(写真:長尾貴子)
2006年にそれまで10年間に及んだ内戦が終結したネパールでは、新しい国づくりのための法的基盤の整備が着々と進められています。その一つが、民法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法、量刑法の主要5法の制定です。
ネパールには、およそ150年前に制定された「ムルキ・アイン」※1という法典があります。5法の内容すべてを含むもので現在でも効力を持っているのですが、1960年代に改正が図られながらも、近年の社会変化に対応できず、国際標準からは立ち遅れたものとなっています。そこでネパール政府は、新しい国づくりを進める中でムルキ・アインを廃止し、これに替わるものとして新たに前記主要5法を制定することを決定しました。
日本は、ネパールの法曹を含む関係者で結成された民事法改正・改善タスクフォースによる民法の草案作成を、日本の学識経験者や法曹関係者から成るアドバイザリーグループ※2と現地へ派遣する専門家を通じて、2009年から支援してきました。これは、日本にとって南アジアで初めての民法制定支援になります。
2010年に草案が完成し制憲議会に提出されたものの、政治的混乱により2012年に制憲議会が解散したため、審議未了のまま一旦終了しましたが、第二次制憲議会の発足とほぼ同時期の2013年12月に修正作業を再開。修正された草案は2014年12月に「民法案2014」として再度議会に提出されました。そして、2015年9月20日に新憲法が成立した後、議会内の立法委員会を中心に、民法成立に向けた動きが本格化しています。
2016年4月には、立法議会議員や司法省官僚などが来日し、日本のアドバイザリーグループと議論を重ねることで法に関する理解を深め、法案の最終化に向けて検討すべき事項を確認しました。また、法案をより良いものにするため、ネパール各地で裁判官や検察官、弁護士、行政官、さらに市民やNGO、ジャーナリストなどから意見を聞く「パブリックコンサルテーション」も開催しています。

カトマンズにおけるパブリックコンサルテーションの様子(写真:長尾貴子)
こうした取組の中で、日本とネパールの橋渡し役を担っているのが、2015年9月にJICAの専門家として現地に派遣された弁護士の長尾貴子(ながおたかこ)さんです。長尾さんは各地で開かれるパブリックコンサルテーションに同行し、そこで出された意見や反応を日本のアドバイザリーグループに伝え情報を共有しています。これに対して、アドバイザリーグループは、法案が国際標準に達しているかなどについて評価し、アドバイスを行います。
「日本側からの提言も踏まえ、立法委員会所属の議員が中心となって最終的な法案をまとめます。順調にいけば、法案は2016年内に本会議で可決・成立する見通しです(2016年10月時点)。ただ、民法は人々の生活全般に直接かかわってくる法律なので、導入の是非について国内で意見が分かれている部分があるのも事実です」と長尾さんは話します。
たとえば、遺言制度はムルキ・アインの伝統的な財産分与に比べて女性が不利になるおそれがある、国際養子制度は人身売買の隠れみのになる可能性があるなどの理由で、導入に反対する声が根強くあるといいます。
「法律を最終的に決めるのはネパールの人たちです。私たちの仕事は、役に立つと思われる情報を提供し、ネパールにとって最良の選択肢を共に考えること。ある程度の価値観は共有すべきですが、日本の価値観を一方的に押し付けることはあってはならないと注意しています」と長尾さんはいいます。
なお、この法案は6章743条から成り、成立すればネ パール最大の法典となり、同時に南アジアで初めての統一的な民法典となります。
日本がアジアで法整備を支援することの意義について、長尾さんは「19世紀後半に日本がヨーロッパに学んで法律を近代化したように、アジアのほかの国が法律の近代化に向けて日本の支援を期待しているのであれば、それに応えるのがアジアのリーダーとしての日本の責務でもあるし、日本が過去、諸外国に学ばせてもらったことに対する恩返しでもあると思います」と話します。
2016年は、日本とネパールが国交を樹立してから60周年に当たる年。その記念すべき節目の年に、民法成立という形で日本のネパールへの法整備支援が結実する見通しが立ってきました。また、法整備支援は日本として公正で包摂(ほうせつ)的な社会の実現のために力を入れている分野であり、日本が法整備を支援することはネパールにおいてそうした社会が構築されるための大きな一歩になるものです。
※1 「国法」という意味。
※2 アドバイザリーグループのメンバーは、松尾弘慶応義塾大学教授、南方暁創価大学教授、木原浩之亜細亜大学教授、法務省法務総合研究所国際協力部。